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第五章
【第一話】華さんはボクのモノ
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週が明け、彼らが出逢ってから三週目の月曜日になった。
今日からカシュが、華の職場でもある清明学園に学生として通学する事になる。彼女の部屋の中にある姿見用の大きな鏡の前に立ち、学校側が用意してくれた詰襟タイプの黒い制服を着込んだカシュが、クルッとその場で回った。
「どうですか?華さん。似合いってます?」
嬉しそうに訊かれ、華が完全に保護者の心境になりながら目を細める。
「うんうん、とっても似合っているわよ」
「ありがとうございます!」
元気に返事をされ、「じゃあ、そろそろ行きましょうか」と彼に声を掛けながら、華がカシュの背中をぽんっと叩く。制服姿の彼を見て『ボクの嫁になって欲しいとか、ホント無理だわ』と改めて思った事を、華は胸の奥にそっと仕舞った。
◇
朝のホームルームの時間。
「——はい。じゃあ、今日は新しくウチのクラスに転入生が来るので紹介するわね」
華は担当しているクラスの教壇に立ち、生徒達に向かって声を掛けた。高校での転入生は珍しいからか「まじか!美人?美人かなぁ?」「えーどんな人だろう?カッコイイといいなぁ」「モテキャラは来るなー!モブでいい、モブで!」などと、生徒達が好奇心に満ちた言葉を次々と口にする。
普段ならそんなふうに騒いでいる生徒を前にすれば、『そう難易度を上げちゃダメよ、教室へ入って来るのが嫌になるから』と思う華なのだが、今回は『大いに騒ぎなさい!期待以上の子が来るから!』と少し自慢気だ。
「さぁ入って」
廊下側の扉に向けて華が声を掛けと、間髪入れずにガラッと開き、カシュが颯爽とした足取りで教室内に入って来た。
正面に立ち、ピシッと背を正す。そして色艶の良い唇に笑みを浮かべ、カシュはゆっくり口を開いた。少しだけ生徒達に向かい魅了の魔法を使用したが、華にはわからない程度のものだ。
「はじめまして、黒鳥カシュといいます。ずっと海外で暮らしていたので、こちらの習慣がわからず、色々とご迷惑をおかけする事もあるかもしれませんが、どうかよろしくお願いします」と言い、カシュが皆に向かってキラキラとした眩しい笑顔を向けた。
「……わぁ」
教室内に居る一同が言葉を失い、ぽかんとした顔でカシュを見上げる。
サラッとした金髪に、シトリンのような瞳が朝の光を受けて蠱惑的に輝いている。高校生とは思えぬ低身長のせいで幼い雰囲気があろうとも、淫魔特有の色香が溢れ出ていて、上手く言葉が出てこない。“夜の蝶”的華と美少年そのものなカシュの二人が並ぶ様子は圧巻そのもので、歓声すらもあげる事が出来なかった。
そんな彼らに向かい、華がパンパンッと手を叩いで生徒達の惚けた意識を正常に戻す。
「さてと、カシ……く、黒鳥君の席は一番後ろに用意したから、そこに座ってくれるかしら」
一番後ろ……と思いながらカシュが最後尾に視線をやると、空席の隣に座っている生徒が『ここ、ここの隣』と言うように手を振っている。
「……華先生」
教室の後方で手を振っていた生徒には目もくれず、カシュは眩しい笑顔を華に向けた。
「何かしら?」
「ボク、まだ日本語を読むのに自信がないので、最前列の席に座らせてはもらえませんか?先生の側に座っていた方が、何かと便利だと思うので」
(いやいやいや、貴方ペラペラでしょ。読み書きどっちも不自由無いくせに何言ってるの!)
可愛い顔してサラッと嘘を言ったカシュに対し、『は?』と視線だけで華が文句を伝える。
だがしかし、最前列に座っていた生徒達が黙々と一人分のスペースを勝手に開けて、カシュの席を用意し始めた。
「え?まだ私は許可していないわよ⁉︎」と華は最前列の子達に言ったが、クラスのほぼ全員が、カシュが一番前の席に座る事に賛同している。
「でも先生、黒鳥君の言い分はもっともですし。ね?」と、最前列の子が言う。すると他の子達まで「うん、うん」と口にした。
「いや、まぁ確かにそうね……」
別に最後尾でなければならない理由もないので、文句も言えない。
「これで黒鳥君が見やすいなら、俺達は別に一列づつずれてもいいですよ」
生徒達が顔を見合って、「ねー」と笑顔で頷く。『前に座ってくれた方が、眼福そのものなカシュの姿が見易いから、むしろラッキー』的な『見やすい』である事は明らかだった。
「ありがとうございます!嬉しいです、とっても」
金髪の少年なカシュの喜ぶ姿に、クラスメイトのみんなが崇めるような気持ちになりながら悶えている。『このクラスでよかったぁ!』と叫びたい気分になる者まで中には居た。
「……わかったわ。まぁ、みんながいいなら私は構わないわよ。座席表は作り直さないとだけど、まぁいいでしょう」
そう言って、華が仕方ないわねぇと息を吐く。そんな彼女に向かいニコッと一度笑みを浮かべると、カシュは華の胸元を軽く掴んで顔を引き寄せ、頰にチュッと軽い口付けをした。
「正面に座る許可をボクにくださり、ありがとうございます。これで、毎朝華先生のお美しい姿が特等席で見詰め続けられるんですね、最高です」
何が起きたの?とクラス中の皆が固まる。『キスをしたみたいに見えたけど、え?』と、疑問符でいっぱいだ。もちろん、された華自身も。
(……華さんに唇で直接触れると、やっぱりちょっと痛いな。でもまぁ、コレもご褒美だと思えば!)
魔女の呪いも何のその。ちょっと(?)マゾっ気のあるカシュは、『やってやったぞ』と軽く拳を握る。この週末で色々達観したインキュバスに、もう怖いモノなど何も無かった。
「ボク、華先生に一目惚れしたので、卒業するまでの三年間、卒業と同時に受け入れて頂けるようにアピールし続けますのでそのおつもりで。なので、皆さんは華先生に手出ししないで下さいね」
華の両手を取り、クラスメイト達に向かってカシュが突然釘を刺した。
「——?」
目を見開いたまま、感触の残る頰をそっと押さえて華がフリーズしている。
頰だったとはいえ、華にとってキスなんぞ初の体験なうえ、受け持ちの生徒達の前だった事もあって、完全に頭の中が真っ白だ。
華に惚れる者がこのクラスから出てくる可能性を摘みつつ、自身に恋心を抱く者も現れないようにした発言を聞き、生徒達が「おぉぉぉ!すげぇ、ドラマみたいだ!」と興奮気味に声をあげる。恋愛事に興味津々な時期である彼らはもう、今がホームルーム中である事も忘れて完全にお祭り騒ぎとなった。
この出来事は二時間目が終わる頃にはもう全生徒の知るところとなり、転入初日でカシュは、華と共に理事長室に呼び出される事となったのだった。
今日からカシュが、華の職場でもある清明学園に学生として通学する事になる。彼女の部屋の中にある姿見用の大きな鏡の前に立ち、学校側が用意してくれた詰襟タイプの黒い制服を着込んだカシュが、クルッとその場で回った。
「どうですか?華さん。似合いってます?」
嬉しそうに訊かれ、華が完全に保護者の心境になりながら目を細める。
「うんうん、とっても似合っているわよ」
「ありがとうございます!」
元気に返事をされ、「じゃあ、そろそろ行きましょうか」と彼に声を掛けながら、華がカシュの背中をぽんっと叩く。制服姿の彼を見て『ボクの嫁になって欲しいとか、ホント無理だわ』と改めて思った事を、華は胸の奥にそっと仕舞った。
◇
朝のホームルームの時間。
「——はい。じゃあ、今日は新しくウチのクラスに転入生が来るので紹介するわね」
華は担当しているクラスの教壇に立ち、生徒達に向かって声を掛けた。高校での転入生は珍しいからか「まじか!美人?美人かなぁ?」「えーどんな人だろう?カッコイイといいなぁ」「モテキャラは来るなー!モブでいい、モブで!」などと、生徒達が好奇心に満ちた言葉を次々と口にする。
普段ならそんなふうに騒いでいる生徒を前にすれば、『そう難易度を上げちゃダメよ、教室へ入って来るのが嫌になるから』と思う華なのだが、今回は『大いに騒ぎなさい!期待以上の子が来るから!』と少し自慢気だ。
「さぁ入って」
廊下側の扉に向けて華が声を掛けと、間髪入れずにガラッと開き、カシュが颯爽とした足取りで教室内に入って来た。
正面に立ち、ピシッと背を正す。そして色艶の良い唇に笑みを浮かべ、カシュはゆっくり口を開いた。少しだけ生徒達に向かい魅了の魔法を使用したが、華にはわからない程度のものだ。
「はじめまして、黒鳥カシュといいます。ずっと海外で暮らしていたので、こちらの習慣がわからず、色々とご迷惑をおかけする事もあるかもしれませんが、どうかよろしくお願いします」と言い、カシュが皆に向かってキラキラとした眩しい笑顔を向けた。
「……わぁ」
教室内に居る一同が言葉を失い、ぽかんとした顔でカシュを見上げる。
サラッとした金髪に、シトリンのような瞳が朝の光を受けて蠱惑的に輝いている。高校生とは思えぬ低身長のせいで幼い雰囲気があろうとも、淫魔特有の色香が溢れ出ていて、上手く言葉が出てこない。“夜の蝶”的華と美少年そのものなカシュの二人が並ぶ様子は圧巻そのもので、歓声すらもあげる事が出来なかった。
そんな彼らに向かい、華がパンパンッと手を叩いで生徒達の惚けた意識を正常に戻す。
「さてと、カシ……く、黒鳥君の席は一番後ろに用意したから、そこに座ってくれるかしら」
一番後ろ……と思いながらカシュが最後尾に視線をやると、空席の隣に座っている生徒が『ここ、ここの隣』と言うように手を振っている。
「……華先生」
教室の後方で手を振っていた生徒には目もくれず、カシュは眩しい笑顔を華に向けた。
「何かしら?」
「ボク、まだ日本語を読むのに自信がないので、最前列の席に座らせてはもらえませんか?先生の側に座っていた方が、何かと便利だと思うので」
(いやいやいや、貴方ペラペラでしょ。読み書きどっちも不自由無いくせに何言ってるの!)
可愛い顔してサラッと嘘を言ったカシュに対し、『は?』と視線だけで華が文句を伝える。
だがしかし、最前列に座っていた生徒達が黙々と一人分のスペースを勝手に開けて、カシュの席を用意し始めた。
「え?まだ私は許可していないわよ⁉︎」と華は最前列の子達に言ったが、クラスのほぼ全員が、カシュが一番前の席に座る事に賛同している。
「でも先生、黒鳥君の言い分はもっともですし。ね?」と、最前列の子が言う。すると他の子達まで「うん、うん」と口にした。
「いや、まぁ確かにそうね……」
別に最後尾でなければならない理由もないので、文句も言えない。
「これで黒鳥君が見やすいなら、俺達は別に一列づつずれてもいいですよ」
生徒達が顔を見合って、「ねー」と笑顔で頷く。『前に座ってくれた方が、眼福そのものなカシュの姿が見易いから、むしろラッキー』的な『見やすい』である事は明らかだった。
「ありがとうございます!嬉しいです、とっても」
金髪の少年なカシュの喜ぶ姿に、クラスメイトのみんなが崇めるような気持ちになりながら悶えている。『このクラスでよかったぁ!』と叫びたい気分になる者まで中には居た。
「……わかったわ。まぁ、みんながいいなら私は構わないわよ。座席表は作り直さないとだけど、まぁいいでしょう」
そう言って、華が仕方ないわねぇと息を吐く。そんな彼女に向かいニコッと一度笑みを浮かべると、カシュは華の胸元を軽く掴んで顔を引き寄せ、頰にチュッと軽い口付けをした。
「正面に座る許可をボクにくださり、ありがとうございます。これで、毎朝華先生のお美しい姿が特等席で見詰め続けられるんですね、最高です」
何が起きたの?とクラス中の皆が固まる。『キスをしたみたいに見えたけど、え?』と、疑問符でいっぱいだ。もちろん、された華自身も。
(……華さんに唇で直接触れると、やっぱりちょっと痛いな。でもまぁ、コレもご褒美だと思えば!)
魔女の呪いも何のその。ちょっと(?)マゾっ気のあるカシュは、『やってやったぞ』と軽く拳を握る。この週末で色々達観したインキュバスに、もう怖いモノなど何も無かった。
「ボク、華先生に一目惚れしたので、卒業するまでの三年間、卒業と同時に受け入れて頂けるようにアピールし続けますのでそのおつもりで。なので、皆さんは華先生に手出ししないで下さいね」
華の両手を取り、クラスメイト達に向かってカシュが突然釘を刺した。
「——?」
目を見開いたまま、感触の残る頰をそっと押さえて華がフリーズしている。
頰だったとはいえ、華にとってキスなんぞ初の体験なうえ、受け持ちの生徒達の前だった事もあって、完全に頭の中が真っ白だ。
華に惚れる者がこのクラスから出てくる可能性を摘みつつ、自身に恋心を抱く者も現れないようにした発言を聞き、生徒達が「おぉぉぉ!すげぇ、ドラマみたいだ!」と興奮気味に声をあげる。恋愛事に興味津々な時期である彼らはもう、今がホームルーム中である事も忘れて完全にお祭り騒ぎとなった。
この出来事は二時間目が終わる頃にはもう全生徒の知るところとなり、転入初日でカシュは、華と共に理事長室に呼び出される事となったのだった。
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