インキュバスのお気に入り

月咲やまな

文字の大きさ
51 / 83
第五章

【第二話】理事長室への呼び出し・前編

しおりを挟む
「そのうち絶対に何かやるだろうなぁとは思っていたけど、まーさーか、転入初日の自己紹介時にやらかしてくれるとはね。思い付きで行動する私でも、流石にコレは想像出来なかったなぁ、あははは!」

 相変わらず『此処は貴族の部屋か?』とツッコミを入れたくなる程に品のある豪奢な一室で、清明学園の理事長であるロイ・カミーリャが声をあげて笑っている。
 そんな彼の座る席の正面に立ち、顔面を両手で押さえ、俯いたまま華が「すみません……」とか細い声で謝罪する。だがカシュは笑顔のまま「ボクは謝りませんよ。コレでボクがどんな行動をしようが、華さんは『日本の常識を知らない、距離感のバグっている外国人から一方的に迫られている被害者』って扱いになりますからね」と自信満々に言い切った。
 そんな彼の腕を、もの凄い勢いをつけて華が力一杯肘打ちをする。
 カシュはその衝撃と痛みにより、「あがっ!」と声をあげはしたが、心なしか表情は『ご褒美、ありがとうございます!』とでも言い出しそうな笑みを浮かべていた。

「了解、そういった方向で情報を管理しておくよ。まぁ華先生側の態度が揺らぐ心配はそもそも無いしね。黒鳥君はどう足掻いたって“淫魔”の習性で好きな人を誘惑したくなるだろうから、最初っから隠さないという選択肢は、確かにありだね、うん」

「ありがとうございます、カミーリャさん」
 そう言って、カシュがカミーリャに向かい頭を下げる。
 何の相談もせずに行動した事だけでも詫びようかと一瞬思ったが、彼ならば全て見通しているのではと思い、結局カシュは謝罪をしなかった。
「いいんだよ、“人外”達との付き合いには慣れているつもりさ。こちらのルールばかりを押し付けるのは無理だともわかっているからね。この先も、こうやって何度も折り合いをつけていこうじゃないか」
「あ、あの……私の監督責任は問われるのでしょうか?その……頰ではありましたが、担任である私が、生徒達の前で、せ、せ……接吻をされて、しまったわけです、し」

(何故に『接吻』?キスって言うのすら、恥ずかしかったとか?)

 と、カシュとカミーリャが同じ事を思う。
 だがそんな彼女を同時に微笑ましくも思い、ちょっとほっこりとした気持ちになった。
「大丈夫だよ、君には何も責任は無いから。頰くらいなら、黒鳥君の見た目や設定的にも、挨拶の範疇だからね。もし保護者から何か言われても、説明の出来る範囲だから平気さ」
「あ、ありがとうございます!」
 バッと顔を上げ、華がカミーリャに向かい礼を言う。カシュはその横で『そっか、頰へのキスは挨拶の範囲か……ふふっ』と悪知恵を身に付けていたのだった。

「さてと、一応『注意はしたぞ』って事で、本題に入ろうかな。——黒鳥君はもう、先に戻っていていいよ。もし華先生と一緒に帰りたいんだっら、図書館の側にあるカフェで待つといい。ちなみに此処に残るのは無理だよ。ここからはお仕事のお話になるからね」
 先程の件が本題ではなかったのか、と思いながら華が背筋を正す。彼がどんなに柔らかな雰囲気であろうとも、『理事長からの呼び出し』という事に対しての緊張感は拭えなかった。
「わかりました。ではボクはお先に失礼します。華さん、お仕事が終わったら迎えに来てくださいね、一緒に帰りましょう」
「いいえ、それはダメじゃないかしら」と渋い顔で断られ、カシュが間髪入れずに「——何で⁉︎」と問い詰める。目にはちょっと涙を浮かべていて、華の服の袖をそっと悲しげに掴んだ。

「今朝の行動が原因だと、何故わからないのかしら?」

 顔は笑っているのに、その表情は怒りにも染まっている。そして華はそれを体現するみたいに、カシュのこめかみを両手に作った拳でぎゅーっと挟んだ。

「痛い、痛いです、華さん!」

 “物理ダメージ”と“魔女の呪い”による効果の双方のダメージがカシュの体に痛みを与える。呪いの方は静電気程度の微々たるものではあったが、拳の方はツボを的確に押されていたせいで、かなり痛かった。

「そっか、そうだよねぇ。失念していたな!じゃあ顔や身長でも変えたらどうだい?スーツにでも着替えて、いかにも『華先生に男性の影。もしかして二人はデート⁉︎転校生の黒鳥君に、まさかのライバル出現!』みたいな雰囲気で歩いたら面白いんじゃないかな!」

 カミーリャの悪戯心に火が着いたのか、彼は無責任にテンションを上げて遊び始めた。
「理事長……そんな安っぽいドラマか漫画の副題みたいな事を言わないで下さい。この子が言葉通りに受け取ったらどうす——」まで言った華の言葉を、「いいですね!面白そうだっ」と遮り、カシュが予想を裏切らない反応をした。
「ボクが“ボク”だとはわかりにくい格好をしてカフェで待っていますから、絶対に迎えに来て下さいね!」と言って、カシュが華の返事も聞かずに、逃げるように理事長室から去って行く。

「なっ⁉︎——い、行かないわよ?私は!」

 華の返事は、当然カシュの耳には届いていなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

屋上の合鍵

守 秀斗
恋愛
夫と家庭内離婚状態の進藤理央。二十五才。ある日、満たされない肉体を職場のビルの地下倉庫で慰めていると、それを同僚の鈴木哲也に見られてしまうのだが……。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

処理中です...