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第7話(綾瀬・談)
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「お待たせー」
お皿の上にチーズケーキをのせ、フォークを添えた物を二つ、テーブルの上に並べる。そして彼の隣に腰掛けると、私は既に二個づつに分けて置かれているチョコレートマフィンを前にして覚悟を決めた。
幸いにしてお腹には充分余裕がある。チーズケーキがあるからマフィンを二個ともは食べなくても問題無いはずだ。いける、いけるわ、珈琲もあるし。
何たって、烏丸の手作りだし!
「いただきます」
「いただきます」
同時にそう言い、私は最初にマフィ…… あーいや、珈琲からにしよう。
少し挙動不審になりながら、珈琲の入るカップを手に取り、一口飲む。多少苦いが、酸味が少なくってとても美味しい。朝にベランダで嗅いだ珈琲の香りに似ている気がしたが、差なんかちゃんとわかる程鋭い鼻じゃないし、きっと素人にはどれも似たような香りにしか感じられないのだ。
「美味いか?」
「うん、美味しい!ありがとう。遠いのに、わざわざウチまで来て、淹れてくれて」
温かな珈琲の入るカップの中を見詰めながら、感謝を伝える。
「お前の部屋の鍵でもくれたら、いつだって淹れに来てやれるんだけどな」
「またまたぁ」
「朝一番に飲む珈琲は美味いぞ?仕事中にホッと一息なんかも乙だぞ?」
「魅惑的過ぎんだろ、それ」
…… でも、合鍵?え、欲しいの?何で。
しかも朝一って、そんなに早い時間にここまで来てくれるってのかい?
珈琲を飲みながら疑問符が頭を埋める。そんな物、手に入れてどうする気だ。幼馴染の部屋の鍵なんて飾りにすらならんだろうに。
「だろ?」と言い、烏丸が私の後頭部にぽんっと大きな手を置く。ゆっくりと髪を撫で続け、そして不意に私の顔を覗き込んできた。
「…… お前の事だから、こっちの予定とか気にしてたんだろうけど、今まで通りそっちのタイミングで呼んでいいんだからな?いつまで待ってもお前から『来い』って言わんから、もしかしたら部屋で倒れてんじゃねぇだろうなって心配になったりもしたんだぞ?」
「ご、ごめん。色々忙しかったり、恥ずかしかったりとかあって…… 」
「あぁ、だろうな」
ははっと笑い、私の頭から彼が手を離す。そして、私が買って来たチーズケーキの方にフォークを入れて一口分切り取ると、大きな口でパクりと食べて、「美味いな」と喜んでくれた。
「良かった。初めて入ったお店だったから、味とかわかんなかったんだよね。事前に評判を調べたりもしてなかったし。でも店内はそれなりに混んでたから、多分人気のお店なんだと思う」
「そのテキトーな感じが、綾瀬らしくっていいな」
「褒められてる気がしないなぁ」
「いいんだよ、お前はそれくらいで」
続けて二口、三口と彼がケーキを食べてくれる。どうやら相当気に入ってくれたみたいだ。
私も覚悟を決めてチョコレートマフィンを手に取ると、紙製のカップを破って中身を出した。
「こぼしてんぞ?」と言いつつ、私の着ている服やテーブルに落ちたマフィンのくずを摘んで拾い、膝の上にさっきまで烏丸の分のケーキがのっていたお皿を置いてくれる。
「シミになったら大変だ、せっかくオシャレしてんだからな」
気遣いの鬼かよ、お前は。
「ありがとう」
素直に礼を言い、ごくりと唾を飲み込んで私はチョコレートマフィンと対峙した。不思議な事にまだ吐き気はしない。“烏丸のお手製”効果は絶大だ。吐き気防止効果のバフでもかかってんじゃないか?このお菓子には。
あんぐりと口を開け、ゆっくり近づいていく。その様子を烏丸にじっと見られている気がするのだが、彼の長い前髪が邪魔で確信が持てない。だがちょっと呼吸が苦しそうで頬が赤くないか?それこそ、フェラ待ちしている男の顔みたいに思えるのは、私の目が腐ってるからっすよね、絶対。
「…… ?」
あれ?普通に食べられる。しかも美味しい。甘過ぎずほろ苦で、それこそちょっと珈琲を連想させる味付けだった。
「どうだ?」
「美味しいよ。スゴイね、お店で出せそうな感じ」
「当然だろ?愛情たっぷり入れてっからな」
ニヤッと笑い、烏丸がカップを手に取り珈琲を飲む。
…… 愛情が、たっぷり。
長年苦手だったチョコ味なのに、いとも簡単に克服出来た。しかもコレには彼の“愛情”が篭っているそうだ。“友情”と言い間違えてっぞ?とツッコミを心の中で入れながら、また一口噛んで、咀嚼し、ごくりと腹の中に飲み込んでいく。
烏丸の言い間違いのおかげでもう、グラスさんの書いていた『愛しちゃってますから』の一言に縋らずとも、しっかり自分の足でこの恋心の前に立っていられる様な気がしたのだった。
お皿の上にチーズケーキをのせ、フォークを添えた物を二つ、テーブルの上に並べる。そして彼の隣に腰掛けると、私は既に二個づつに分けて置かれているチョコレートマフィンを前にして覚悟を決めた。
幸いにしてお腹には充分余裕がある。チーズケーキがあるからマフィンを二個ともは食べなくても問題無いはずだ。いける、いけるわ、珈琲もあるし。
何たって、烏丸の手作りだし!
「いただきます」
「いただきます」
同時にそう言い、私は最初にマフィ…… あーいや、珈琲からにしよう。
少し挙動不審になりながら、珈琲の入るカップを手に取り、一口飲む。多少苦いが、酸味が少なくってとても美味しい。朝にベランダで嗅いだ珈琲の香りに似ている気がしたが、差なんかちゃんとわかる程鋭い鼻じゃないし、きっと素人にはどれも似たような香りにしか感じられないのだ。
「美味いか?」
「うん、美味しい!ありがとう。遠いのに、わざわざウチまで来て、淹れてくれて」
温かな珈琲の入るカップの中を見詰めながら、感謝を伝える。
「お前の部屋の鍵でもくれたら、いつだって淹れに来てやれるんだけどな」
「またまたぁ」
「朝一番に飲む珈琲は美味いぞ?仕事中にホッと一息なんかも乙だぞ?」
「魅惑的過ぎんだろ、それ」
…… でも、合鍵?え、欲しいの?何で。
しかも朝一って、そんなに早い時間にここまで来てくれるってのかい?
珈琲を飲みながら疑問符が頭を埋める。そんな物、手に入れてどうする気だ。幼馴染の部屋の鍵なんて飾りにすらならんだろうに。
「だろ?」と言い、烏丸が私の後頭部にぽんっと大きな手を置く。ゆっくりと髪を撫で続け、そして不意に私の顔を覗き込んできた。
「…… お前の事だから、こっちの予定とか気にしてたんだろうけど、今まで通りそっちのタイミングで呼んでいいんだからな?いつまで待ってもお前から『来い』って言わんから、もしかしたら部屋で倒れてんじゃねぇだろうなって心配になったりもしたんだぞ?」
「ご、ごめん。色々忙しかったり、恥ずかしかったりとかあって…… 」
「あぁ、だろうな」
ははっと笑い、私の頭から彼が手を離す。そして、私が買って来たチーズケーキの方にフォークを入れて一口分切り取ると、大きな口でパクりと食べて、「美味いな」と喜んでくれた。
「良かった。初めて入ったお店だったから、味とかわかんなかったんだよね。事前に評判を調べたりもしてなかったし。でも店内はそれなりに混んでたから、多分人気のお店なんだと思う」
「そのテキトーな感じが、綾瀬らしくっていいな」
「褒められてる気がしないなぁ」
「いいんだよ、お前はそれくらいで」
続けて二口、三口と彼がケーキを食べてくれる。どうやら相当気に入ってくれたみたいだ。
私も覚悟を決めてチョコレートマフィンを手に取ると、紙製のカップを破って中身を出した。
「こぼしてんぞ?」と言いつつ、私の着ている服やテーブルに落ちたマフィンのくずを摘んで拾い、膝の上にさっきまで烏丸の分のケーキがのっていたお皿を置いてくれる。
「シミになったら大変だ、せっかくオシャレしてんだからな」
気遣いの鬼かよ、お前は。
「ありがとう」
素直に礼を言い、ごくりと唾を飲み込んで私はチョコレートマフィンと対峙した。不思議な事にまだ吐き気はしない。“烏丸のお手製”効果は絶大だ。吐き気防止効果のバフでもかかってんじゃないか?このお菓子には。
あんぐりと口を開け、ゆっくり近づいていく。その様子を烏丸にじっと見られている気がするのだが、彼の長い前髪が邪魔で確信が持てない。だがちょっと呼吸が苦しそうで頬が赤くないか?それこそ、フェラ待ちしている男の顔みたいに思えるのは、私の目が腐ってるからっすよね、絶対。
「…… ?」
あれ?普通に食べられる。しかも美味しい。甘過ぎずほろ苦で、それこそちょっと珈琲を連想させる味付けだった。
「どうだ?」
「美味しいよ。スゴイね、お店で出せそうな感じ」
「当然だろ?愛情たっぷり入れてっからな」
ニヤッと笑い、烏丸がカップを手に取り珈琲を飲む。
…… 愛情が、たっぷり。
長年苦手だったチョコ味なのに、いとも簡単に克服出来た。しかもコレには彼の“愛情”が篭っているそうだ。“友情”と言い間違えてっぞ?とツッコミを心の中で入れながら、また一口噛んで、咀嚼し、ごくりと腹の中に飲み込んでいく。
烏丸の言い間違いのおかげでもう、グラスさんの書いていた『愛しちゃってますから』の一言に縋らずとも、しっかり自分の足でこの恋心の前に立っていられる様な気がしたのだった。
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