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番外編(むしろここからが本編じゃ?って内容となっています_(:3 」∠)_)
寝酒のお付き合い(アステリア談)
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頭がくらくらする。
これで何杯目なんだろうか。
そもそも、なんで私はこんなにムキなって、嫌いなお酒なんか飲んでいるのかしら?
思い出せないわ…… 。
——そんな事考えながら、隣でまた、余裕めいた顔のままグラスを空けるヒョウガの様子に腹が立ち、私も手持つワイングラスの中身を一気に煽る。
「ふはぁっ」
「無理していませんか?そんなに飲んで…… 御自分のペースでちゃんと飲んでいます?」
気遣うような表情で、ヒョウガが私の顔を覗きこむ。
彼が隣に居る事にすっかり慣れてしまった私は、距離感の近さ程度の事で文句を言う事は無くなった。パーソナルスペースが近い状態が続くと、心の距離も近くなるという話を聞いた事があるが、あれは本当だなと実感する日々だ。
「無理なんかしていませんっ」
キッと睨みつけてそう答えたが、自分でも判るくらいに頭がクラクラしている。
今までも食事中などの時に付き合いで嗜む程度には飲んでいたけれど、アルコール類が好きではなかったので量を飲んだ事は無かった。それなのにヒョウガが、『もうお終いなんですか?弱いんですね、お酒』なんて言うから。獣人なんかに負けたくないって気持ちに火がつき、彼と同じペースでずっと飲み続けてしまうとは…… 私はなんて馬鹿なんだろう。でも、馬鹿だとわかっているのに、やめられない。
こんなものを美味しいと感じるなんてオカシイわ。
いや、そもそも、こんなペースで飲めるなんて、この男がイカれてるのよ!
「…… わかってはいるのでしょうけど、全部聞えていますよ?何も無理して一緒に飲まなくてもいいのに」
ヒョウガはそう言うと、クイッとまたワインを飲み干し、再びグラスにワインを注ぎなおした。
「五月蝿い!私の考えを聞くなと何度も言っているでしょう!?」
「そうは言っても、コレはヴァルキリアから奪い取った宝石の効果なので、私にはどうにも。聞かないようにする方がちょっと面倒な魔法なんですから」
くっ…… そうなのよね。
会った日に、彼が飲み込んだヴァルキアの首飾りの宝石。あの宝石が持つ魔法の力のせいで、ヒョウガの頭の中には私の考えが常に流れ込み続けているらしい。元々は眠る私との意思疎通の為に、十二番目の魔法使いから与えられた品だったと彼女から聞いている。
些細な心の変化や、考え、感情の揺れ。口にする言葉とは違う、私の本心がヒョウガには完全に全て見抜かれているっぽい。口にせずとも先にヒョウガが動いてくれる時があるのは嬉しいが、困る事の方が圧倒的に多い。
何せ隠し事が出来ない、嘘がつけない。
…… 本音と建前の世界で育ってきた私には、この二つはかなりキツイ。いや、そうじゃなくても、心を常に誰かに見続けられてる事は、きっと私以外の者であっても不快な状態ではないだろうか。凪いだ水面の様に心を常に穏やかにしていればいいのだろうけど、それはそれでしんどい。前に一度やって、もう懲りた。
モジッと脚が勝手に動く。ワインの飲み過ぎのせいか、急にお手洗いに行きたくなってきた。それなのに一人で立てる自信が無い。酔いのせいで全身に力が入らず、頭だってフラフラするのに、お手洗いにまで歩いて行けるかしら。
でもでも、『お手洗いにまで連れていって』だなんて恥ずかしくて、夫っぽい相手だろうが、異性になんて言えない。
ど、どうしよう。
困った顔で両脚をモジモジとさせる。するとヒョウガがスクッと共に座っていたソファーから立ち上がり、軽々と私を抱き上げた。
「そういう事は、黙っていてはいけませんよ。我慢は体に悪いですからね」
「こ、こういう時は無言で連れて行ってくれるのが、紳士ってものじゃないんですか!?」
「では、男にお手洗いにまで連れて行かせるのはレディーのする事なんですか?」
「くっ…… いちいち五月蝿い獣ね!」
そう言って、憎々しげな顔をしながら軽くヒョウガの胸を叩く。
「あまり文句ばかり言っていると、このままベットの方に運んでしまいますよ?」
「ちょっ、え!?」
「夫の目の前で、お奥さんが失禁だなんてちょっと興奮しません?しかもお姫様が、とか。あ、今は王妃様でしたね」
「す、す、する訳がないでしょう!?放して!自分で歩きますっ」
考えたくも、言われたくもなかった言葉に、私は涙目になりながら、今度は強くヒョウガの胸を力いっぱい押してみた。
「歩けもしないでしょうに、無理はいけませんよ?そうやって暴れて、それが原因で漏れたらどうする気ですか」
——さっきからこの男は!
「無礼者!下ろしなさい!!」
何度も何度も、ヒョウガを叩く。酔っているせいか制御が効かず、止め時がわからない。
「無礼でも、これが貴女の夫ですからねぇ。受け入れないと。何もかもね」
何もかもって…… 。ナニ?
きょとんとした表情に一瞬なったが、その後ちょっと色々な事を想像してしまったせいで、お酒により赤い頬が、更に赤くなる気がする。酔っているからか、ヒョウガの言葉の端々を変に卑猥な意味で受け取ってもしまったが、『これも酒のせいよ』と言い張れる事だけが救いだ。
「まったくもう貴女って人は、可愛過ぎるんですから。でもまぁ大丈夫ですよ、漏らした姿を前にしても引いたりはしませんが、見たいという趣味もありません。なので、今ちゃんと連れて行ってあげますよ」
優しく微笑み、ヒョウガがお手洗いのある方へと歩き出した。
お姫様抱っこの状態で運ばれ、私の耳にヒョウガの心音が随分と近くに聞える。
大きくて広い胸。
いつもこの胸と腕に、私は抱かれているんだ…… 。
そう考えると、酔いとは関係なしに、少し心拍数が上がってきた感じがする。そして、ジワッと感じる下着の生温かさ。呪いより目覚めてからずっと、毎日の様に触れられ過ぎているせいか、いとも簡単に濡れてきてしまったみたいだ。
やだ!どうしよう。
「着きましたよ。ドアは開けてもらえますか?」
お手洗いのドアを前にそう言われ、私は「あ、あとは自分で出来ますから、下ろしてください」と、恥ずかしさから視線を反らして言った。
「わかりました。ここでこのまま待っていますね」
戻っていてよ、バカ!
側で待たれるだなんて、恥ずかしいじゃないっ。
考えがどうしたって伝わるのをいい事に、床へ下ろしてもらう間中ジト目を向ける。なのに、こんなの時に限って反応が返ってこない。『あれ?どうしたっていうのかしら。まさか流された?』と思いながらヒョウガの顔を見上げると、よしよしとあやす様に頭を撫でられた。
「早く行かないと本当に漏らしちゃいますよ?それとも、スルのを手伝います?後ろから抱えて、脚を持ち上げていてあげましょうか。あ、それって案外エロいかもですね。事が終わったら、そのまま挿入とか…… わぁ考えただけで興奮してきます」
尻尾を振りながらとんでもない事を言う。
「結構です!」とキッパリ答え、バンッと激しく音をたてながら、私はお手洗いのドアを開けて中に入った。
◇
事が済み、何とか間に合ってほっと息を吐く。
手を洗い、姿見の鏡の前でスカートの裾が捲れたりしていないか確認し、さぁ部屋に戻るか、と前に一歩脚を踏み出した途端、膝から力が抜けてその場にへたりこんでしまった。
完全にアルコールのせいだ。さほど飲めないクセに、浴びる様に飲んだから膝にまできたのだろう。きちんと歩けないかもという自覚はあったが、まさかここまで回っていたとは。
介助してもらう為にヒョウガを呼ぼうかと思ったが、声が出ない。こんな場所に異性を呼び込むとなど、私には出来なかった。
「…… 」
ど、どうしよう。
はしたなく床にぺたりと座ってしまっている自分自身に対して、不快感を覚える。
状況を改善すべく、なんとか自力で部屋まで戻れないかと思い腕を前に伸ばす。
床に手をつき這いつくばってでも——と、やろうとしたのだが、気位の高さが邪魔して伸ばした手が空で止まり、プルプルと震えてしまった。
…… 無理だ、赤子やケモノの様に四つん這いになってでも戻りたいなんて事、私には出来ないわ。
恥ずかしいやら汚いやら、色々な感情で胸がいっぱいになり、ボロボロと瞳から涙が零れ落ちてくる。
「ふぐっ…… っ」
泣き声を堪えながら、ほんの数歩先にあるドアを見上げる。こんなに短い距離なのに、酔っているせいで何も出来ない事が悔しい。板一枚隔てた先に多分まだ残っているはずのヒョウガに対し、イライラし始めてしまったのだから、なんと私は自分勝手なのだろうか。
コンコンッとドアをノックする音が不意に聞こえる。
「アステリア、戻りが遅いですけど大丈夫ですか?もしかして具合が悪いのでは?手助けはいりますか?」
ヒョウガの声が聞こえ、心底安堵した。
「…… ヒョ、ヒョウガァ」
質問に対しての答えにまるでなっていないのはわかるのだが、涙声では名前を呼ぶのが精一杯だ。
「失礼、近くに居る様なので開けますね。マナー違反だなんだといった類の説教は後にして下さい」と言いながら、ヒョウガがドアを開ける。床にへたり込んでいる私と目が合った途端、彼は即座に私の脚の下に腕を入れて抱き上げてくれた。
「何だって床に?間に合った事に安堵したら、力が抜けちゃったんですか?」
きっとそれもあるのだろうとは思うが、情けなくって返事が出来ない。真っ赤な顔をしたままヒョウガの胸に中に顔を埋め、無言のまま服を掴む。
もっと早く助けてくれたってよかったじゃないの!
心の中で叫ぶ様に文句を言う。
お酒のせいで感情的になってしまいそうで声には出せなかったが、どうせ伝わっているのだから問題は無いだろう。
「…… えっと、このままベットに連れて行ったら怒ります?」
…… は?
何故突然そんな質問をされたのか理解出来ない。
私は今拗ねているの、早く気が付いてくれなかった事に対し怒っているのよ、わかっているでしょう?
自分勝手な感情のまま呆れ顔を彼に向けたのに、視界に入ったヒョウガの表情は興奮気味なものだったのでちょっと引いた。
顔は赤く、アルコールで目が潤み、引き絞った口元がプルプルと震えているのは何故?
理由がわからず、彼の腕の中にいるまま胸を押して距離を取る。
「沈黙は了承だと受け取りますね!」
言うが早いかヒョウガが歩き出し、二人の寝室へ向かう。
「ま、まっ——」
待って、どうしてそんなに興奮しているの?
そんな要素、どこかにあった?
さっぱりわからず、また顔をじっと見詰める。「待って、あの」と声をかけるが、次の瞬間にはもうベットの上にポーンッと投げる様に寝かせられてしまった。
「ヒョ、ヒョウガ?ねぇ、ちょ」
落ち着け!とにかく一回話を聞いて!
頭の中で必死に訴えるけどさっぱり通じず、戸惑った顔を彼に向ける。
するとヒョウガはニタリと笑い、「気が付いています?今私には、アステリアの声が聞こえていないんですよ」と言ったと思ったら、長い舌をベロリと見せつけてきた。
「…… そ、それ!」
ヒョウガの舌の上には琥珀色の宝石がのっている。間違いない、これはヴァルキリアの宝石だ。
「返して!」
手を口の方へ伸ばしたが、酔って鈍くなっている動きでは当然間に合わず、目の前でゴクンと飲み込まれてしまった。
あぁぁ…… 奪い返すチャンスが、また。
「聞かないようには出来ないんじゃなかったの⁈」
「いいえ、『聞かないようにする方がちょっと面倒だ』とは言いましたが、『出来ない』とは言ってはいませんよ」
あ、そういえば、そうかも。
「本当に可愛い人ですね、随分前から聞かないでおいてあげていたのに、気が付かないだなんて。私に声を聞かれているのが当たり前になり過ぎていたんじゃありませんか?」
図星過ぎて辛い。反論も出来ず、私はうっと喉を詰まらせてしまった。
「心まで晒し続けても平気な程、私と貴女の距離が近いんだって知ることが出来て、今私は本当に幸せですよ、アステリア」
うっとりと、とろけた瞳を向けながらヒョウガが私の頰に何度もキスをしてくる。
「慣れただけで、何もそんな…… 」
「誰だって本心など知られたく無い。本音と建前を使い分けて生きていくのが、知性ある生き物ってものでしょう?」
えぇそうね、私だってそうよ。
知られたくなど無いわ、心の声なんて——
「でも心配いりませんよ。アステリアはちょっと私に意地悪な事を言いはしますけど、表情に全て心の考えが出ちゃっていますからね」
「嘘!」
本音を隠して生きていかねばならぬ立場なのに顔に出てるとか、言われても信じたくない。
「あぁ、その点はご心配なく。私にしか気付けない程度の差ですから」
優しく微笑み、ヒョウガがそっと頬を撫でてくる。
「…… この百年間で随分性格がねじ曲がったとご自分ではお思いの様ですけど、貴女は十八歳の時のまま、心優しい女性ですよ」
「ヒョウガ…… 」
ちょっと嬉しい言葉をもらえて、不覚にも胸の奥がキュンッとときめく。
なのに彼はそんな私の胸の上に手を置いて、ニコニコと笑った顔のまま、二人の間を満たしていた空気も読まずに揉み始めた。
「…… あの、ヒョウガ、さん?」
「はい、何でしょうか、私のアステリア」
胸を揉む手を除けようと彼の腕を掴んだが微塵も動かない。
「ふふふ、お酒を飲むと力が抜けるタイプなんですね」
どうやらそうみたいですね、私も初めて知ったわ。
「上げ膳据え膳だぁ、あはは」
そう言って、頬擦りするヒョウガの体からお酒の匂いがぷんぷんする。今更になって、コイツは酒が回って酔い始めたみたいだ。
私を見詰める目が座り、息が荒くなっていく。こうなったらもう、獣そのものが襲いかかってくるのと同義だと経験的に察知できたが、同じく酔っている身では抵抗など無意味だ。
「今夜もたくさん、孕ませ交尾に浸りましょうねー」
下っ腹に固いモノを擦り付けられた私は「ひぃっ!」と王妃にあるまじき声を上げることしか出来無い。
——もう二度とお酒は口にしない。
次の日の朝。目覚めた瞬間私は、キスマークだらけの全身を茫然と見詰めながら、心の奥底でそう誓ったのだった。
【終わり】
これで何杯目なんだろうか。
そもそも、なんで私はこんなにムキなって、嫌いなお酒なんか飲んでいるのかしら?
思い出せないわ…… 。
——そんな事考えながら、隣でまた、余裕めいた顔のままグラスを空けるヒョウガの様子に腹が立ち、私も手持つワイングラスの中身を一気に煽る。
「ふはぁっ」
「無理していませんか?そんなに飲んで…… 御自分のペースでちゃんと飲んでいます?」
気遣うような表情で、ヒョウガが私の顔を覗きこむ。
彼が隣に居る事にすっかり慣れてしまった私は、距離感の近さ程度の事で文句を言う事は無くなった。パーソナルスペースが近い状態が続くと、心の距離も近くなるという話を聞いた事があるが、あれは本当だなと実感する日々だ。
「無理なんかしていませんっ」
キッと睨みつけてそう答えたが、自分でも判るくらいに頭がクラクラしている。
今までも食事中などの時に付き合いで嗜む程度には飲んでいたけれど、アルコール類が好きではなかったので量を飲んだ事は無かった。それなのにヒョウガが、『もうお終いなんですか?弱いんですね、お酒』なんて言うから。獣人なんかに負けたくないって気持ちに火がつき、彼と同じペースでずっと飲み続けてしまうとは…… 私はなんて馬鹿なんだろう。でも、馬鹿だとわかっているのに、やめられない。
こんなものを美味しいと感じるなんてオカシイわ。
いや、そもそも、こんなペースで飲めるなんて、この男がイカれてるのよ!
「…… わかってはいるのでしょうけど、全部聞えていますよ?何も無理して一緒に飲まなくてもいいのに」
ヒョウガはそう言うと、クイッとまたワインを飲み干し、再びグラスにワインを注ぎなおした。
「五月蝿い!私の考えを聞くなと何度も言っているでしょう!?」
「そうは言っても、コレはヴァルキリアから奪い取った宝石の効果なので、私にはどうにも。聞かないようにする方がちょっと面倒な魔法なんですから」
くっ…… そうなのよね。
会った日に、彼が飲み込んだヴァルキアの首飾りの宝石。あの宝石が持つ魔法の力のせいで、ヒョウガの頭の中には私の考えが常に流れ込み続けているらしい。元々は眠る私との意思疎通の為に、十二番目の魔法使いから与えられた品だったと彼女から聞いている。
些細な心の変化や、考え、感情の揺れ。口にする言葉とは違う、私の本心がヒョウガには完全に全て見抜かれているっぽい。口にせずとも先にヒョウガが動いてくれる時があるのは嬉しいが、困る事の方が圧倒的に多い。
何せ隠し事が出来ない、嘘がつけない。
…… 本音と建前の世界で育ってきた私には、この二つはかなりキツイ。いや、そうじゃなくても、心を常に誰かに見続けられてる事は、きっと私以外の者であっても不快な状態ではないだろうか。凪いだ水面の様に心を常に穏やかにしていればいいのだろうけど、それはそれでしんどい。前に一度やって、もう懲りた。
モジッと脚が勝手に動く。ワインの飲み過ぎのせいか、急にお手洗いに行きたくなってきた。それなのに一人で立てる自信が無い。酔いのせいで全身に力が入らず、頭だってフラフラするのに、お手洗いにまで歩いて行けるかしら。
でもでも、『お手洗いにまで連れていって』だなんて恥ずかしくて、夫っぽい相手だろうが、異性になんて言えない。
ど、どうしよう。
困った顔で両脚をモジモジとさせる。するとヒョウガがスクッと共に座っていたソファーから立ち上がり、軽々と私を抱き上げた。
「そういう事は、黙っていてはいけませんよ。我慢は体に悪いですからね」
「こ、こういう時は無言で連れて行ってくれるのが、紳士ってものじゃないんですか!?」
「では、男にお手洗いにまで連れて行かせるのはレディーのする事なんですか?」
「くっ…… いちいち五月蝿い獣ね!」
そう言って、憎々しげな顔をしながら軽くヒョウガの胸を叩く。
「あまり文句ばかり言っていると、このままベットの方に運んでしまいますよ?」
「ちょっ、え!?」
「夫の目の前で、お奥さんが失禁だなんてちょっと興奮しません?しかもお姫様が、とか。あ、今は王妃様でしたね」
「す、す、する訳がないでしょう!?放して!自分で歩きますっ」
考えたくも、言われたくもなかった言葉に、私は涙目になりながら、今度は強くヒョウガの胸を力いっぱい押してみた。
「歩けもしないでしょうに、無理はいけませんよ?そうやって暴れて、それが原因で漏れたらどうする気ですか」
——さっきからこの男は!
「無礼者!下ろしなさい!!」
何度も何度も、ヒョウガを叩く。酔っているせいか制御が効かず、止め時がわからない。
「無礼でも、これが貴女の夫ですからねぇ。受け入れないと。何もかもね」
何もかもって…… 。ナニ?
きょとんとした表情に一瞬なったが、その後ちょっと色々な事を想像してしまったせいで、お酒により赤い頬が、更に赤くなる気がする。酔っているからか、ヒョウガの言葉の端々を変に卑猥な意味で受け取ってもしまったが、『これも酒のせいよ』と言い張れる事だけが救いだ。
「まったくもう貴女って人は、可愛過ぎるんですから。でもまぁ大丈夫ですよ、漏らした姿を前にしても引いたりはしませんが、見たいという趣味もありません。なので、今ちゃんと連れて行ってあげますよ」
優しく微笑み、ヒョウガがお手洗いのある方へと歩き出した。
お姫様抱っこの状態で運ばれ、私の耳にヒョウガの心音が随分と近くに聞える。
大きくて広い胸。
いつもこの胸と腕に、私は抱かれているんだ…… 。
そう考えると、酔いとは関係なしに、少し心拍数が上がってきた感じがする。そして、ジワッと感じる下着の生温かさ。呪いより目覚めてからずっと、毎日の様に触れられ過ぎているせいか、いとも簡単に濡れてきてしまったみたいだ。
やだ!どうしよう。
「着きましたよ。ドアは開けてもらえますか?」
お手洗いのドアを前にそう言われ、私は「あ、あとは自分で出来ますから、下ろしてください」と、恥ずかしさから視線を反らして言った。
「わかりました。ここでこのまま待っていますね」
戻っていてよ、バカ!
側で待たれるだなんて、恥ずかしいじゃないっ。
考えがどうしたって伝わるのをいい事に、床へ下ろしてもらう間中ジト目を向ける。なのに、こんなの時に限って反応が返ってこない。『あれ?どうしたっていうのかしら。まさか流された?』と思いながらヒョウガの顔を見上げると、よしよしとあやす様に頭を撫でられた。
「早く行かないと本当に漏らしちゃいますよ?それとも、スルのを手伝います?後ろから抱えて、脚を持ち上げていてあげましょうか。あ、それって案外エロいかもですね。事が終わったら、そのまま挿入とか…… わぁ考えただけで興奮してきます」
尻尾を振りながらとんでもない事を言う。
「結構です!」とキッパリ答え、バンッと激しく音をたてながら、私はお手洗いのドアを開けて中に入った。
◇
事が済み、何とか間に合ってほっと息を吐く。
手を洗い、姿見の鏡の前でスカートの裾が捲れたりしていないか確認し、さぁ部屋に戻るか、と前に一歩脚を踏み出した途端、膝から力が抜けてその場にへたりこんでしまった。
完全にアルコールのせいだ。さほど飲めないクセに、浴びる様に飲んだから膝にまできたのだろう。きちんと歩けないかもという自覚はあったが、まさかここまで回っていたとは。
介助してもらう為にヒョウガを呼ぼうかと思ったが、声が出ない。こんな場所に異性を呼び込むとなど、私には出来なかった。
「…… 」
ど、どうしよう。
はしたなく床にぺたりと座ってしまっている自分自身に対して、不快感を覚える。
状況を改善すべく、なんとか自力で部屋まで戻れないかと思い腕を前に伸ばす。
床に手をつき這いつくばってでも——と、やろうとしたのだが、気位の高さが邪魔して伸ばした手が空で止まり、プルプルと震えてしまった。
…… 無理だ、赤子やケモノの様に四つん這いになってでも戻りたいなんて事、私には出来ないわ。
恥ずかしいやら汚いやら、色々な感情で胸がいっぱいになり、ボロボロと瞳から涙が零れ落ちてくる。
「ふぐっ…… っ」
泣き声を堪えながら、ほんの数歩先にあるドアを見上げる。こんなに短い距離なのに、酔っているせいで何も出来ない事が悔しい。板一枚隔てた先に多分まだ残っているはずのヒョウガに対し、イライラし始めてしまったのだから、なんと私は自分勝手なのだろうか。
コンコンッとドアをノックする音が不意に聞こえる。
「アステリア、戻りが遅いですけど大丈夫ですか?もしかして具合が悪いのでは?手助けはいりますか?」
ヒョウガの声が聞こえ、心底安堵した。
「…… ヒョ、ヒョウガァ」
質問に対しての答えにまるでなっていないのはわかるのだが、涙声では名前を呼ぶのが精一杯だ。
「失礼、近くに居る様なので開けますね。マナー違反だなんだといった類の説教は後にして下さい」と言いながら、ヒョウガがドアを開ける。床にへたり込んでいる私と目が合った途端、彼は即座に私の脚の下に腕を入れて抱き上げてくれた。
「何だって床に?間に合った事に安堵したら、力が抜けちゃったんですか?」
きっとそれもあるのだろうとは思うが、情けなくって返事が出来ない。真っ赤な顔をしたままヒョウガの胸に中に顔を埋め、無言のまま服を掴む。
もっと早く助けてくれたってよかったじゃないの!
心の中で叫ぶ様に文句を言う。
お酒のせいで感情的になってしまいそうで声には出せなかったが、どうせ伝わっているのだから問題は無いだろう。
「…… えっと、このままベットに連れて行ったら怒ります?」
…… は?
何故突然そんな質問をされたのか理解出来ない。
私は今拗ねているの、早く気が付いてくれなかった事に対し怒っているのよ、わかっているでしょう?
自分勝手な感情のまま呆れ顔を彼に向けたのに、視界に入ったヒョウガの表情は興奮気味なものだったのでちょっと引いた。
顔は赤く、アルコールで目が潤み、引き絞った口元がプルプルと震えているのは何故?
理由がわからず、彼の腕の中にいるまま胸を押して距離を取る。
「沈黙は了承だと受け取りますね!」
言うが早いかヒョウガが歩き出し、二人の寝室へ向かう。
「ま、まっ——」
待って、どうしてそんなに興奮しているの?
そんな要素、どこかにあった?
さっぱりわからず、また顔をじっと見詰める。「待って、あの」と声をかけるが、次の瞬間にはもうベットの上にポーンッと投げる様に寝かせられてしまった。
「ヒョ、ヒョウガ?ねぇ、ちょ」
落ち着け!とにかく一回話を聞いて!
頭の中で必死に訴えるけどさっぱり通じず、戸惑った顔を彼に向ける。
するとヒョウガはニタリと笑い、「気が付いています?今私には、アステリアの声が聞こえていないんですよ」と言ったと思ったら、長い舌をベロリと見せつけてきた。
「…… そ、それ!」
ヒョウガの舌の上には琥珀色の宝石がのっている。間違いない、これはヴァルキリアの宝石だ。
「返して!」
手を口の方へ伸ばしたが、酔って鈍くなっている動きでは当然間に合わず、目の前でゴクンと飲み込まれてしまった。
あぁぁ…… 奪い返すチャンスが、また。
「聞かないようには出来ないんじゃなかったの⁈」
「いいえ、『聞かないようにする方がちょっと面倒だ』とは言いましたが、『出来ない』とは言ってはいませんよ」
あ、そういえば、そうかも。
「本当に可愛い人ですね、随分前から聞かないでおいてあげていたのに、気が付かないだなんて。私に声を聞かれているのが当たり前になり過ぎていたんじゃありませんか?」
図星過ぎて辛い。反論も出来ず、私はうっと喉を詰まらせてしまった。
「心まで晒し続けても平気な程、私と貴女の距離が近いんだって知ることが出来て、今私は本当に幸せですよ、アステリア」
うっとりと、とろけた瞳を向けながらヒョウガが私の頰に何度もキスをしてくる。
「慣れただけで、何もそんな…… 」
「誰だって本心など知られたく無い。本音と建前を使い分けて生きていくのが、知性ある生き物ってものでしょう?」
えぇそうね、私だってそうよ。
知られたくなど無いわ、心の声なんて——
「でも心配いりませんよ。アステリアはちょっと私に意地悪な事を言いはしますけど、表情に全て心の考えが出ちゃっていますからね」
「嘘!」
本音を隠して生きていかねばならぬ立場なのに顔に出てるとか、言われても信じたくない。
「あぁ、その点はご心配なく。私にしか気付けない程度の差ですから」
優しく微笑み、ヒョウガがそっと頬を撫でてくる。
「…… この百年間で随分性格がねじ曲がったとご自分ではお思いの様ですけど、貴女は十八歳の時のまま、心優しい女性ですよ」
「ヒョウガ…… 」
ちょっと嬉しい言葉をもらえて、不覚にも胸の奥がキュンッとときめく。
なのに彼はそんな私の胸の上に手を置いて、ニコニコと笑った顔のまま、二人の間を満たしていた空気も読まずに揉み始めた。
「…… あの、ヒョウガ、さん?」
「はい、何でしょうか、私のアステリア」
胸を揉む手を除けようと彼の腕を掴んだが微塵も動かない。
「ふふふ、お酒を飲むと力が抜けるタイプなんですね」
どうやらそうみたいですね、私も初めて知ったわ。
「上げ膳据え膳だぁ、あはは」
そう言って、頬擦りするヒョウガの体からお酒の匂いがぷんぷんする。今更になって、コイツは酒が回って酔い始めたみたいだ。
私を見詰める目が座り、息が荒くなっていく。こうなったらもう、獣そのものが襲いかかってくるのと同義だと経験的に察知できたが、同じく酔っている身では抵抗など無意味だ。
「今夜もたくさん、孕ませ交尾に浸りましょうねー」
下っ腹に固いモノを擦り付けられた私は「ひぃっ!」と王妃にあるまじき声を上げることしか出来無い。
——もう二度とお酒は口にしない。
次の日の朝。目覚めた瞬間私は、キスマークだらけの全身を茫然と見詰めながら、心の奥底でそう誓ったのだった。
【終わり】
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孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!
※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。
【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】
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