眠り姫の憂鬱

月咲やまな

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番外編(むしろここからが本編じゃ?って内容となっています_(:3 」∠)_)

お茶会と恐怖心(ヒョウガ談)

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 何百年と生きてきて、今まで私は恐怖という感情を感じた事がなかった。
 恐怖に顔を歪ませ、逃れられぬ死神の手の中に堕ちていく者達を側で見ている時も、その感情を理解する事も、心が揺れる事だって無かったのだ。

 ——それなのに今、生まれて初めて、恐怖という感情はこの事を言うんじゃないだろうかという気持ちが心にあり、私の額には嫌な汗が伝い落ちていている。

「さあどうぞ、こちらに座って下さい」

 初めて生で見る、妻のにこやかな笑顔。
 他人に向けられているものしか見る機会がしかなかったが…… 想像以上に可愛い。すごく可愛らしいのだがが、こういうのタイミングで見たいものでは、ないな。

 温かい紅茶の芳しい香りと、焼きたてらしい綺麗なケーキがテーブルに二人分並び、中心には庭から採取してきたと思われる美しい薔薇が丸い花瓶いっぱいに生けてある。
「…… 今日は機嫌がよいのですね。何かいい事があったんですか?」
 強引に純血を頂くという不正な方法で娶ったばかりという事もあり、妻に歓迎される事に慣れていない私は、動揺を隠すようにゆっくりとした口調でアステリアに問いかけた。
「貴方に訊いておきたい事があるのです。さ、こちらへどうぞ」
 対面にある席の方へアステリアが手を向け、私を座るようにと促す。
 上品な振る舞いと高貴な空気を纏うアステリアはいつも以上に触れにくい雰囲気を周囲に漂わせており、自分のペースへ持っていき難い。アステリアの『訊いておきたい事』の内容も気になるし、ここは無理に雰囲気を崩し自分のペースに持っていくよりは、彼女に合わせた方がいいだろう。

「では、失礼して」と言いながら席に座り、真っ直ぐにアステリアの方へと顔を向ける。
 彼女の心は不自然な程に凪いでいて考えがこちらに流れてこない。『紅茶が美味しそう』と言った些細な発言も無く、完全に無心状態の様だ。こんなことになるなら、仕事中もずっと彼女の“声”に耳を傾け続けておけば良かった。そうしたら、この茶会の意図も事前に分かったのに。

 窓辺にあるこの席は、ガラス越しに夕焼けのオレンジ色が部屋の中へと差し込んできている。
 結婚後はもう彼女に会いたい一心で、日々目が回る程の量の雑務や執務を真面目にこなしている。夕焼けの陽に染まる妻の美しい横顔を見るたびに、今日も真面目に仕事を終わらせてよかったと毎日思う。
 今まで私が抱えてきた孤独を、全てかき消す美しい姿と彼女の心。いつもしかめっ面で憎まれ口しか言わぬ彼女だが、それすらも愛おしい。心の中ではちょっとづつ私に気持ちが動いてきているのに、出会いが散々だったせいで素直になれていないだけなのだとわかっているので、余計にだ。

 だが、今日のこの異様とも取れるほどのにこやかな笑顔とおもてなしは一体…… 。

 自分にはまだ当分向けてくれる事のないものと思っていただけに、膝の上に握る手の中にまで変な汗が。
「砂糖はいりますか?」
 優しい口調と問う笑顔が、また怖い。せめて心の中ではいつもの様に悪態なり何なり呟いてくれればいいものを。
「いえ、このままで。もしかして葉のブレンドは自分で?」
「えぇ。もてなす時は最善を尽くすよう教えられたので」
「では、このケーキも手作りなのでしょうね。一瞬調理師の者が作ったのかと思いましたよ」
「料理も…… 人並みには出来ますからね」
 少し下へと視線を落とし、アステリアの表情が物悲しげに見える。彼女を“本気で”傷付けるような事をした記憶は全く思い当たらないのだが、私は無意識のうちに何かしてしまったんだろうか?

 それならばそれで、『この獣風情が』と罵倒してくれた方がいっそ嬉しいのだが。

「さぁどうぞ」
 音もなく目の前に差し出される紅茶の入るカップに対し軽く頭を下げ、置かれたそれを手に取り口に運ぶ。ケーキに合うようにと、甘みの少ない味が口の中に広がり、ほっとする香りに心が少し落ち着く。
 いつも色々な事をいっぱい考えてくれ、口は閉じていても騒がしいくらいに色々アステリアから聞えてくる心がさっぱり無いせいで、家路につく鳥達の鳴き声が部屋の中に響いて聞えた。
 紅茶を口に運び、ふぅと息を吐き出しながらアステリアが不意に外の景色へと目をやる。
 夕日に染まる顔の美しさにいつもなら引き込まれ、その身を胸に抱き締めたい衝動が抑えられなくなるのに、ここまで静かだと、紅茶のおかげで落ち着いてきた恐怖心が今度は不安という感情へと変わってきた。
「静か…… ですね。鳥の声しか聞えないと、なんだかちょっと落ち着かないです」
「あぁ、今日は私の声が聴こえないからですか?…… ふふふ、何も考えないようにしていますからね」
 意図した行為だとわかり、恐怖が増した。
「何故です?何か怒ってらっしゃるんですか?」
 そう言った瞬間、一瞬アステリアの顔がムッとした顔に変わり『何を当然の事を』というぼやきが頭の奥で聞こえ、ほっとしてしまった。

 彼女は少し動揺したが、「ま、まぁ、怒っているかと訊かれれば出会った日からずっとそうですが…… 今日は別の件でお話が」と言い、手に持っていた紅茶の入るカップをテーブルに戻す。
 真剣な表情で私を真っ直ぐに見詰めてくる眼が、真意が読め無い。形の整った唇が開いた時に、何を言われるのかが予測出来ない事など当然の事なのに、ここまで動揺してしまうとは。私はすっかり、黙っていても妻の感情を聞き取れるという普通では有り得ない状況に慣れ過ぎていたみたいだ。相手の考えが解らない事がどれほど不安で怖いものなのか…… 初めて解った気がする。
 仕草や前後の流れから考えを推測する事も得意なはずなのに、この状況ではそれすらしようが無い。

「ところで、何ですか?そのお話とは」
 早くこの現状を変えたくて、私は自分から先に話題に戻ってみる事にした。
「ずっと思っていた事なんですが…… 」

『別れて欲しい』『消えてくれ』『森へ帰ってくれないか——

 自分にとって、改めては聞きたくない言葉ばかりが頭の中で、アステリアの言葉の後に続く。
 普段のアステリアから言われるのならばそれほど気にはしないし、言われ慣れているせいか傷付いたりもしないのだが、こうも真面目な顔で改めて言われてしまったとしたらきっと、言葉がナイフとなり、深く私の心に刺さるだろう事が簡単に予測出来てしまう。
 ゴクッと唾を飲む。続く言葉を聞くのが怖いが、それを無理に止めて、余計に嫌われてしまうのはもっと怖い。

「私に執着しているフリをする理由を、教えて下さい」

 アステリアが真っ直ぐな視線を私に向け、そう言った。意味を瞬間的に理解出来ず、茫然としてしまう。

 …… フリ?しているフリ、だなんてそんな
 演じているつもりなど一度も無かったのに、心外だ。

「私は眠りの魔法に閉じ込められるよりも以前に貴方と会った事は無いし、ヒョウガ様は誰かに本気で執着するタイプだとは到底思えません。国土欲しさに私を娶っただけなのに、こうも毎夜も…… 求めてくる、理由がわからないのです」
 ほんのり頬を染め、自分の発言に羞恥を感じているのが見て取れる。少し心がブレているのか、『こ、こんな事まで言わせるなんて』と、逆ギレしている“声”が同時に聞こえた。

 しかし意外だな、そんなふうに思われていたなんて。
 私は誰よりも他者に対し貪欲に執着するタイプだ。
 もっとも、気に入っている存在ならば、の話ではあるが——

「…… だから、私は貴女を好きなフリをしているだけだと?」
「獣人はあらゆるモノに対して欲求の強い生き物だと聞きます。それを発散する理由を作ろうとしているだけだとしか私には——」
「心外ですね、私はずっとそういう目でアステリアから見られていたのですか」
 正直ショックだ。やりたい盛りの青年と同義に思われていたとは。
「顔を合わせる度に、だ…… 抱かれていれば当然じゃないですか…… 」
 言葉に出すのも恥ずかしいのか、頬を赤く染めながらアステリアが私から視線を反らした。
「じゃあこちらからもお訊きしますが、アステリアは私を愛していますか?」
 真っ直ぐに彼女の顔を見詰めながら真剣な声で問うと、アステリアの頬が先程以上に染まっていき、耳までもが赤くなる。
 
(そそそそ、そ、そんな訳が!——…… でも、えっと…… )

「…… さぁ、分かりません。そんな事はどうでもいい事じゃないですか、どうせ私は貴方から逃げる事など出来ないのでしょう?」
 動揺しているのか、アステリアの声が少し震えている。何に対し動揺しているのか確信出来ず、心の声が聞けない今の状況に少しイライラしてきた。青くなる訳でもなく、頬が赤くなる時点でもう答えは出ていると思うのだが、その事にすら気が付かないとか、鈍感にも程がある。
「この状況は、私の愛情が確信出来ず、アステリアが不安なのだと自惚れてもいいのでしょうか。それとも、本心から私が嫌いで、離れていく理由が欲しいだけですか?」
「わ、わ、私の事は、どうでもいいでしょう?」
 答え難い事を訊かれている事からくる動揺なのか、終始穏やかだった口調が少しキツくなり心の方にもブレが。
『は、ははは、早く答えてよ!』と、アステリアが考えている心の声が少し私に伝わり、怒っている感情だというのに少し安心してしまう。

 愛しい人の考えが伝わる事の何と幸せなことか。 

 安堵から私がくすっと小さく笑うと、アステリアが真っ赤な顔を少し悔しげにしかめる。
 いつもの彼女の表情が見られ、私の中で渦巻いていた不安や恐怖心といった感情まで、いつの間にかすっかり落ち着いてきたようだ。

 だがしかし…… 訊かれたからといって、話すの?話しちゃうの?

 人間の組織形態を学ぶ為人間に化けて王城へ侵入した時に偶然見かけた、まだ生まれたばかりの赤ちゃんでしかなかった君の香りに一目惚れして、結婚適齢期である十八歳になるまでひっそりと見守っていた。
 だが、そんな時期から貴女が好きだと言えば『この変態が!』と言われる事は安易にわかる。自分だて当時そう思ったし。所詮私は、貴女が普段言うところの獣なのだ、匂いで好きな相手を見付けてしまったとしても、『そういうものか』と流して欲しいのだが、そうはいくまい。
 私はちゃんと大人な体を抱きたいタイプなのでより芳醇な香りになる今の容姿になるまでちゃんと待つつもりであったと言っても、きっと信じてはくれないだろう。

 十二番目の魔法使いとして本来呼ばれていた者を眠らせ、勝手になり変わって貴女の誕生祝いに参列し、『獣人達との和平を実らせる功績を成す力を貴女に』と祝福を授け、いずれ私と結婚する道筋を作ろうとしたのに、目の前で呪う事しか能のない十三人目の魔法使い野郎に横槍を入れられ、結局は百年の眠りを与える羽目になった事も、まだアステリアには話していない。
 しかも邪魔された腹いせにあの直後、呪いの魔法使いをさっさと始末してしまった事も、優しいアステリアには言い辛い。怒り任せで灰すらも残らぬ程、あの者の遺体を焼き払ってしまったので余計に。

 十八歳の誕生日のあの日。塔まで導いた黒衣の男が私であった事だって、正直に話すべきか否か…… 迷う。
 十二番目の魔法使いのフリをしてこの土地を守るようノーム達に頼んだり、体しか眠れぬ身となってしまったアステリアとの意思疎通の為の魔法具の宝石をヴァルキリアに託したり、永遠の若さを与えて百年もの間アステリアを守らせたり、あの少女が闘う力を得る為にノームと契約させたりと…… 全てが全て私が背後で動いていたとか——言っていいのものなのか?

 イヤ、ダメだ、『全部アステリアが好きだからした行為ですよ』と言っても、彼女は絶対に喜ぶタイプではない。執着愛を心地よく感じる人であれば良かったのだが、そうではないし。

 確実に私だけの妻としかなれぬ様、城への侵入者達による睡眠姦の犠牲に合わぬ為茨で全てを覆い、貴女の貞操を私が奪うまでの間守っていたとしても、理解など得られるはずがないだろう。こんな事になるならばちゃんと普通にキスをしただけで起こしてあげて、婚姻後にまともな段階を踏むべきだった…… 。
 でも、眠る彼女の体と精神体のあの反応を前にして、ずっと色々抑え込んでいた身としてはペロリと喰べてしまう事を我慢するという選択肢は無かったし…… 。

 顎に手を当て、「んー…… 」と唸りながら思考する。

 どこまで言うか迷いに迷い、私が返事を出来ないままでいると、目の前に居るアステリアの眉間のシワが秒を追うごとに深くなり、表情が険しくなっていく。

「…… ずっと黙ったままということは、私ごときに理由など言う気は無い、と言う事ですね?わかりました、でしたらこちらにも考えがあります」
 手に持っていた紅茶のカップをアステリアが乱暴にソーサーに戻し、ガシャンッと音が立つ。マナー違反だとか、ヒビが入るかもとか、そんな事を思慮する余裕もない様だ。
「獣人の側室でもお迎え下さいませ。そうすれば人間などと、こ、こ…… 子作りせずとも済みましょう?」
 顔を真っ赤にするくらい恥ずかしいのなら『子作り』などと言わなければ良いのに、避けずにちゃんと伝えてくれるとか、嫁が可愛過ぎてテーブルに突っ伏してしまいたくなる。
 だがしかし、側室とかちょっと待ってくれ。
「え、何ですかその発想、気持ち悪い。完璧なスタイルの貴女以外を抱くとか、どんな罰ゲームですか。そもそも私はかなりデリケートなのでアステリア以外では勃ちませんから無理です」と、私は勘違いの余地の無いようハッキリと伝えた。

(い、言い方!体だけが目的なの?だから黙っていたってこと?)

「あぁ、いや、それは違いますよ。そもそも私がなかなか返事を出来ないでいたのは、どう言えば私が貴女をちゃんと深く愛している事が伝わるのか思案していたからです」
 ついつい聞こえてきた“声”に対し返事をしてしまう。
「…… どうだか。言葉でなどいくらでも言えますからね」

(狐の獣人が言うことは信じちゃいけないわ。だって、読んだ書物に書いてあったもの『狐は嘘吐きだって』)

 キリッとした瞳をしながら、思いっきり私に考えがダダ漏れになっている。が、その事をすっかり失念しつつあるっぽくって愛おし過ぎる。『理由を言え』『話せ』と自分で言っておきながら、その言葉を信じる気がそもそも無いという自己矛盾に気が付きもしていない点もまた。

 だがそうか、そう思っているのか。ならば私の選択肢はもう一つしか無いな。

「わかりました、私の言葉は信用出来ないと」
 良かった。それならば引かれるのが確定した事実を話さなくても済みそうだ。素直に語らずに済んだ喜びを胸に、アステリアへ向かい笑顔を振りまく。ちょっと胡散臭いものになった気がするがまぁいいだろう。
「語れと言われれば語っても良かったのですが、話したとして私の言葉は信用出来ずみたいですし、これはもう——」と言いながら席から立ち上がり、アステリアの隣に跪く。
 彼女の美しく小さな手を取り、その甲に口付けをすると、ギュッとそのままその手を強く掴んだ。

「ベットで朝まで体に叩き込んであげますね」と、言うが同時にアステリアの顔から火が出たのかと思う程ボンッと真っ赤になる。
「な、何をっ言ってるの貴方は!」
「肌で語ると言っているのですよ。言葉よりも雄弁に、朝まで愛をお伝えしてあげましょう」
 その直後、「いやぁぁぁぁ」と言う絶叫が城中に響いたが、『夫婦仲のよろしい事で』と見事に皆にスルーされ、誰も助けになど来なかったことはあえ語る程の事でも無いだろう。

 この日を境に、より一層アステリアの態度が冷たくなったのだが、私の愛情を疑うような言葉だけは一切言わなくなった。

 夫婦仲は良い方向へ一歩前進した、と思っておこう。


【終わり】
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