「僕が闇堕ちしたのは、君せいだよ」と言われても

月咲やまな

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【最終章】

【第3話】意外な報告(弓ノ持棗・談)

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 家具の店で偶然出会った“ナナクサ”さんと連絡先を交換し、その流れでお互いの本名も知った(“ナナクサ”さんの本名は“鈴井奏太すずいそうた”というらしい)。そのせいで拗ねたメランから、夜にはエロに全振りしやがったお仕置きを喰らった。そのせいで翌日は当たり前のように体が使い物にならず、三日連続でダンジョン攻略を断念する羽目に。一日目は週末だからと普通に休み、あとの二日間は腰や股関節が痛いとか体力がゼロだとか声がまともに出ないとか……そんな理由で休むだなんて——

(破廉恥が過ぎる!)

 は、は、恥ずかしい!恥ずかしいけども、悲しいかなスッキリした気分でもあったりする。性欲は強くない方だと思っていたのにどうやらアレはただの勘違いだったみたいだ。ボクよりも長い期間童貞だったらしいのに豊富な知識だけで乗り切っているらしいメランの手管が神がかっているから嵌っているだけかもしれないけども。

 まだ少し眠いし体も痛いままだが、だからってダンジョン最下層の洋館で一日過ごす気にはやはりなれず、今日も今日とて宵闇市の市街地に来ている。目に留まった趣のある様相の飲食店に入り、運良く個室が空いていたので、そこに入って今さっき注文を終えた所だ。お金を貯めたいので出費を控えたい所ではあるのだが、食事の為だけにダンジョン最下層にまで戻るのも正直億劫だ。……まぁメランに頼めば一瞬なんだろうけど、その様子を誰が見たからってこの街でなら不思議にも思われないんのだろうが、ただの人間でしかないボクではまだちょっと躊躇してしまうから。

 見終わったメニュー表を隅に片付け、つい考えてしまうのは昨日の件だ。激し過ぎて死ぬかと思った夜の方じゃなく!も、もちろん昼間の方である。

(随分前に澪義兄にいさんが活動休止したとは聞き齧っていたけど、まさか、まだ休んだままだったとはなぁ……)

 多分メランが何かしたとはいえ、ボク色に染め変えた澪義兄にいさんの髪色を真似る人が続出するくらいに人気があるのに二ヶ月近くも休むとは、本当に何を考えているんだか。そしてそれを止めない潮 義兄にいさんも潮 義兄にいさんだ。

(そういや、活動中も仕事を選びに選んでいたっけ)

 夜の撮影は絶対に引き受けないとか、海外での撮影は完全NGで、夕方までには帰って来られる距離じゃないと駄目だとか。デビューしたての頃から注文だらけの我儘放題だったのに、それでも依頼が殺到しているっちゅう何かと別格の人間だったから、このくらいは事務所側も許容範囲なんだろうか。
 ガッツリ稼いでいるとはいえ、だからって家事の担い手が欲しいってくらいじゃ目撃情報程度に一千万円なんて額を払う理由も心境も想像つかない。その人気が故に他人を家に入れたくないとかがあるにしても、感情管理をも徹底しているプロの家政婦だって探せばちゃんといるだろうに。“人間”相手では不安なら人外さん達を雇うって手段だってあるんだし。

(……となると、マジで、心配して……いる、とか?)

 二人との暮らしを思い出すと、すぐに『有り得んだろ』とは思ったが、なかなかその甘い考えが捨て切れない。会話はなくとも長年一緒に暮らしてきたから多少の情くらいは持ち合わせている。

(『無事だ』とくらいは伝えた方がいいのかな。の為にも電話でもするか?……あー駄目だ、絶対に会話にならんし、まず番号がわからん。じゃあメールでも送る、とか?あ、それも無理だ。二人のアドレスも覚えてないぞ)

 連絡先を登録してあるスマホを置いてきたのは失敗だったかな……。番号もアドレスも何もかんも記憶なんかしていない。家電なら流石に覚えているけど、高校を中退させられたのと同時期くらいで義兄達が解約した。無言電話の多さが原因での解約だったから同じ番号で再契約している可能性はゼロだろう。どっちもSNS系は本人がやっているわけじゃないし、そもそも一切関知していないらしいから、もしボクがDMを送っても雑多なメッセージに埋もれて終わるだろう。——となると、こっちからアクションを起こす手段なんかいくら考えても皆無だった。

(……詰みじゃね?)

 だからってこのまま放置するのは気が引ける。ずっと気になり続ける事になる未来しか見えないし。参ったなぁ……。
 ずっと一人で唸りながら悩んでいると、対面の席に座っていたメランが急にボクの手をぎゅっと掴んできた。思考の海に沈んで放置したままだった事を咎めるつもりかもしれないと思い、反射的に「あ、すみません」と謝罪する。だけどメランは『違うよ』と言うみたいに緩く頭を横に振った。

「大事な話があるんだ」

 個室であるおかげで此処には他人の目がないから今のメランはマスクもしていないし、パーカーについているフードといった類の物でその姿を隠したりもしていない。そんな状態のまま、彼がボクの瞳を真剣な眼差しで真っ直ぐ見てくる。そのせいで段々と心臓が鼓動を早め始めた。

(何だろう?何の話だって言うんだろうか?今更まだ改まってする話なんかあるのか?)

 ボクが不思議に思っていると、メランは突如思いも寄らぬ言葉を口にした。

「……できちゃったの♡」
「……?」

 意味不明過ぎて思考回路がフリーズした。『何が?』と小首を傾げていると、「子供だよぉ、こ・ど・も♡」と話を続ける。
「僕も初めての事だからどのくらいの期間で生まれてくるかまでは不明だけど、楽しみだねぇ。ねぇねぇ名前はどうしようか。出生理由的にもう男の子ってのはもう確定なんだけど、万が一にでも顔が棗に似ていたら困っちゃうなぁ。溺愛し過ぎて参っちゃいそー!。あーでも、予想通り僕似だったら……ホント、どうしようね?」
 ぽっと頬を染め、ボクの手を指先でぐりぐりと押しながらそんな話を続けているが、「——は?」としか言えない。

(……こども?コドモ——子供ぉぉ⁉︎いやいやいや、それこそ有り得ないだろ!)

 男同士のカップルの間に子供が出来るとか、そりゃ出来そうな事は散々してはいるが、そんな空想話は到底信じられない。

「……ホントにソレ、ボクの子なんですか?」

 スンッと冷めた顔で率直な疑問を口にすると、「うわぁ……。僕は君を、そんなクズみたいな事を平気で言う様な子に育てた覚えはありません!」と、ドン引いた顔でメランに言われた。だけどボクは「そもそも育てられてねぇよ!」と直様返す。今もまだボクの手をしっかり掴んだまま、『うわぁ』みたいな顔をされているけど納得なんか出来るもんか。

(だって、いつも中出しをされているのはボクの方だぞ!?)

 とんでもない量を毎日毎日ナカに出されているボクが、堕天使が相手だった事で奇跡的に妊娠したってんならまだしも。だけど妖怪人外当たり前な世の中であろうが“人間の男”の妊娠報告はまだ聞いた事がないうえに、好き勝手にハメている側が、妊娠!?

(ボクの子供言われたって、受け止め切れるはずが無いだろぉぉ!)

 正直な所、十八歳で親になる心構えだって少しも無い。寝耳に水だったからとかそう言うんじゃなく、交際経験すらなかったのだから考えた事すらなかった事柄だ。そんなん頭ん中が大混乱にしかならんだろ!

(……托卵?托卵なのか?他の男とは立場逆転状態で寝ていたっていうのか!?——それで『君の子だ』と言い張るには、お粗末過ぎる!)

 だけどいつそんな暇がある?生まれる前からずーっとボクの隣に居る(らしい)様な奴が?——苛立ちのせいか、そんな基本的な事が頭から綺麗に抜け落ちる。そのせいで段々と腹が立ってきて、『文句の一つでも』と勢いよく顔を上げるとメランの唇がふにゅっとボクの唇に触れてきた。甘い甘いバードキスから始まり、次第に熱い舌が割って入って、ねっとりとした唾液で濡れる舌が優しく絡んでくる。クチュッ、ぬちゅりと水音が微かに室内に響き、ボクの下っ腹がきゅっと疼いた。

「はぁ……」と熱い吐息を吐き出しながらゆっくりと舌が抜けていき、互いの唇の間に淫靡な糸だけがしばらく残った。こんな場所で何すんだと思うよりも先に、不覚にも続きを期待してしまう。
「……落ち着いた?」と訊き、メランが大きな両手でボクの頬を包む。その高めな体温のおかげで少しだけ気持ちが晴れた気がする。そもそもメランが浮気するはずがないんだから、きっと子供の件は冗談なのだろうと思えてきた。

「……ねぇ。僕の側に、たまに居るスライムの事は覚えている?」

「あ、はい。初日に、階段から勢い余って転落した時、ボクを受け止めてくれたアレですよね?」
「そそ。いつも、僕の大事なお嫁さんの痴態を手助けしてくれたりしている、あーれぇ♡」
「……(そっちは言わないで欲しかったなぁ)」
 遠い目をしているボクを他所にメランが話を続ける。

「アレねぇ、実は僕の精子から出来てるんだぁ。棗の痴態や入浴シーン、着替えに寝顔……。君の全てに興奮せずにはいられなくてね?今までいっぱいいっぱい自分一人で誤魔化してきたんだぁ。それはそれで終わってたはずなのに、魔素を使って無理矢理実体化してみたら、今まで吐精していた分まで何故か全部実体化しちゃって、大きな一塊になっちゃったんだ。でも手足並みに自在に操れたから存在するだけなら『まぁいいかぁ』くらいに思っていたのに、追加で勝手に棗の精子を取り込んだ事で今度は進化しちゃったみたいで——」

 メランがまだ何か言っている気がするが、段々聞こえなくなっていく。頭に入ってこないと言った方が正しいかもしれない。
 限りなく透明な“アレ”の正体が『メランの精子』?ボクの手首を縛ったり、あられもなく脚を大きく開かせたり、行為の最中にはクッション代わりになる事もある“アレ”が?

(……うわっ)

 ドン引き所の心境ではない。スライムみたいな“アレ”がどんだけ大きかったと思う?——ちょ!いくらなんでも自慰し過ぎだろ!自在に操れたからと便利に使っていたらしいが、今じゃそれがボクらの子供に進化?って事は、ボクは子供の前で性行為をしていたって事になるのか?
「…………っ」

(うわぁぁぁぁぁぁぁ!)

 一度目とは違う悲鳴を心の中だけであげ、ボクは頭を抱えて天井を仰ぎ見た。めちゃくちゃ恥ずかしくって顔が熱い。

 だが……今の話が本当ならボクだけの問題じゃなくなる。未経験者だけでは子育てなんて大事業をやるには無理があるだろう。どうしたって家族の手助けが必須になっていくと思う。でもボクには『家族』と言える存在なんてもう、双子の義兄達くらいなものだ。

「……義兄にいさん達に、報告しないと」

 頭で考えるよりも先に言葉が出た。事が事だ、流石に直接会って話をしないと駄目だろう。

(……家出した義弟が帰ったと思ったら、今度は『子供が出来た』とか。んな報告したら卒倒されそうだな。勘当だってあり得そうだけど、こっちはまぁ願ったり叶ったり、か?……手伝いを見込めないのは手痛いけども)

 額を押さえながら俯き、そっと息を吐き出す。強制的に家に顔を出す理由が出来てしまったというのに、何処か『義兄達に再び会わねばならない理由』が出来た事に安堵している自分がいる。『何でか探されている』という事実をなあなあにしてスルーせずに済んだからだろう。

(——ん?もしかして、コレってボクに、実家に一時帰省する決断をさせる為にメランがわざとついた嘘なんじゃ?)

 ハッとしながら顔をあげてメランを見たが、「子供の件は本当だよー♡仲良く一緒に育てようねぇ」と幸せそうな顔で言われた。……『子供の件は、実家に帰る決断をさせる為の嘘』説は、いとも簡単にボクの願望で終わった。親になる覚悟の無いボクが『いい父親』になれるとは思えないぞと益々困惑していると、「大丈夫。棗はいい『お母さん』になれるよー」とメランが言う。

(……男なのに、腹を痛めた訳でもないのに『母親』か。余計に自信ねぇわ)

 頭がふらっと揺れ、遠い目をしてしまった事は言うまでもないだろう。
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