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追憶
愛玩少年・③(ハク談)
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義母の死から数か月が経過した。
遺体はあのまま僕の父だと言い切る男に引き渡したので、義母は今でも戸籍上では生きている事になっている。体が今どうなっているのか僕では知る由もないが、あんな姿になろうが今でも尚愛しているらしいので、酷い目にあってはいないだろう。
僕はといえば、今でも山奥の大きな洋館に住んでいる。突然自由の身になり、物は試しだと父の紹介で外に出てはみたが——
義母がどれだけ僕を愛してくれていたのかを、知っただけだった。
父の紹介だと知るや否や、僕を知りもしない強欲な者達が群がってきた。
義母の子だと聞いた途端、親戚だと言い張る者が支援を求めてきた。
僕の容姿が美しいと喜び、着飾った香水臭い女性達がしなだれかかり、人の居ない場所へ連れて行こうともされた。
気持ち悪い、醜い、なんて世の中は腐っているんだ。母が何から僕を守りたかったのか、守ってくれていたのか、まさかこうも早々に知る事になるとは思ってもいなかった。
『ね?世間と言うモノはとっても怖い場所でしょう?…… もっと、もーっと私を頼ってくれていいんですよ?私は、君のお父さんなのだから、ね』
あぁ、コイツのせいか。
なんて歪んだ愛情だ。僕に頼られたいが為に、真っ先に嫌がらせを嬉々としてするとか。義母がアンタを愛さないワケだ。
——そうは思ったが、不自由な生活に対してこれといって不満が無かったので、僕は元の生活に戻る事を選んだ。屋敷に引き篭もり、本を読み、映画を楽しみ、今までは使えなかったインターネットなんかにもちょっと手を出してみたり。
たまに父に頼まれ、彼の代理人として人に会わねばならない事もあったが、数週間に一度の事なので、慣れてきた今ではもう苦では無い。人の前では善人の仮面を被り、優しい風貌の青年を演じる事など造作も無い事だと思った時やっと、父に『私達は似ている』と言われた意味がわかった気がした。
◇
最初の数年は謳歌していた一人の生活も、慣れてくると寂しさを感じるようになってきた。義母に『可愛い、可愛い』と毎日頭を撫でられ、愛されてきたからか、たまに人の気配が恋しくなってくる。だが、スタートが父のせいで最悪だったので、今更友人や義母の代わりが欲しいとは思えない。だけど人恋しい気持ちは消化される事なく、粉雪のように少しづつ自分の中に降り積もっていった。
そう思っているのがあの人にはバレているのか、最近ではやたらとこの家に父が遊びに来る事が多くなった。義母の遺体とよろしくやっていればいいのに実に迷惑な話だ。なのに追い返す気にもなれない辺り、こんな人が相手だろうが話し相手が居るという事に多少は安堵してしまっているのかもしれない。
「今日はね、ちょっと頼みがあった来たんですよ」
「…… またですか?電話かメールででも言えばいい話じゃないですか、わざわざこんな僻地まで来なくてもいいのに」
「まあまあ、私にだって息抜きは必要なのですよ。息子に会うと言えば、サボっていようが文句も少ないですからね」
「ダシに使うとか、ホント最低ですね」
「まぁまぁ。少しくらい、いいじゃないですか。それに、ちゃんと用件があっての来訪なのですからね。まぁ…… メールで充分な内容ですけど」
「…… で?今度は何の代理ですか?」
そう問いかけ、父が連れて来たメイドの淹れたお茶を頂く。
今この屋敷には通いのメイドしかおらず、その人達も仕事が終わればさっさと午前中で帰ってしまうので、今の様な夕方時ではお茶の一つすら出てこないと彼は知っているから、こうやってわざわざ一人連れて来るのだ。
「急で大変申し訳ないのですが、明日にでもちょっと行ってもらいたいお宅があるのですよ」
「いつも通り、急ですね」
「でも、君には用事など無いでしょう?」
その通り過ぎて、何も言えない。掃除洗濯などの一切はメイドの方がやってくれているし、仕事はせずとも父が面倒をみてくれている。僕の生活は完全に、穀潰しのニート生活ってやつなのだと最近ネットで知った。頼まれれば父の代理として挨拶回りくらいは引き受けている分、まだ多少はマシなのかもしれないが、僕は違うと断言して出来る程のものでは、残念ながら無いな。
「ちょっと厄介な依頼を懇願されましてね。色々資料は貰ったものの、内側の人間関係まではわからないので、第三者の視点から意見が欲しいのです。その点君はとってもとっても冷めているから、観察者としては適任なのですよ」
お味言葉を二度言われた。
そんなに冷たいか?貴方相手だからなだけだと思うのだが。
「これが上手くいけば、また奴隷が…… おっと、失言ですね。私の支援者が、増える事になるので、手を抜きたくはなくってね」
ニコリと笑うが、本心がダダ漏れな発言をした後では全くの無意味だ。一体何を頼まれたのか知りたいとも思わないが、合法的なモノでは無いのだろうなと、僕は察した。
「華道で有名なお宅なのですが、そこの長男と家人達の関係性を探って来て下さい。今まで頼んだお仕事とは毛色がかなり違いますが、先程も言った通り、ただ観察してくれるだけで充分ですから、君にも出来ますよね?」
「そのくらいなら、まぁ」
「よかった、ありがとうございます。こちらが屋敷内の間取りや住人達の人数。家政婦の情報などが書かれたレポートです。参考程度に目を通しておいて下さいね。現地までは車で送迎させますから、いつも通りスーツでも着て待機していてくれれば大丈夫です」
「わかりました、読んでおきます」
「私の息子は、物分かりのいい子で本当に嬉しいですよ。このお宅の父親は、息子相手に相当手を焼いている様ですからね」
物分かりがいい、ね。
生殺与奪を握られていると分かっている相手に逆らう気が無いだけなのだが、わざわざ言う事でも無いか。
【続く】
遺体はあのまま僕の父だと言い切る男に引き渡したので、義母は今でも戸籍上では生きている事になっている。体が今どうなっているのか僕では知る由もないが、あんな姿になろうが今でも尚愛しているらしいので、酷い目にあってはいないだろう。
僕はといえば、今でも山奥の大きな洋館に住んでいる。突然自由の身になり、物は試しだと父の紹介で外に出てはみたが——
義母がどれだけ僕を愛してくれていたのかを、知っただけだった。
父の紹介だと知るや否や、僕を知りもしない強欲な者達が群がってきた。
義母の子だと聞いた途端、親戚だと言い張る者が支援を求めてきた。
僕の容姿が美しいと喜び、着飾った香水臭い女性達がしなだれかかり、人の居ない場所へ連れて行こうともされた。
気持ち悪い、醜い、なんて世の中は腐っているんだ。母が何から僕を守りたかったのか、守ってくれていたのか、まさかこうも早々に知る事になるとは思ってもいなかった。
『ね?世間と言うモノはとっても怖い場所でしょう?…… もっと、もーっと私を頼ってくれていいんですよ?私は、君のお父さんなのだから、ね』
あぁ、コイツのせいか。
なんて歪んだ愛情だ。僕に頼られたいが為に、真っ先に嫌がらせを嬉々としてするとか。義母がアンタを愛さないワケだ。
——そうは思ったが、不自由な生活に対してこれといって不満が無かったので、僕は元の生活に戻る事を選んだ。屋敷に引き篭もり、本を読み、映画を楽しみ、今までは使えなかったインターネットなんかにもちょっと手を出してみたり。
たまに父に頼まれ、彼の代理人として人に会わねばならない事もあったが、数週間に一度の事なので、慣れてきた今ではもう苦では無い。人の前では善人の仮面を被り、優しい風貌の青年を演じる事など造作も無い事だと思った時やっと、父に『私達は似ている』と言われた意味がわかった気がした。
◇
最初の数年は謳歌していた一人の生活も、慣れてくると寂しさを感じるようになってきた。義母に『可愛い、可愛い』と毎日頭を撫でられ、愛されてきたからか、たまに人の気配が恋しくなってくる。だが、スタートが父のせいで最悪だったので、今更友人や義母の代わりが欲しいとは思えない。だけど人恋しい気持ちは消化される事なく、粉雪のように少しづつ自分の中に降り積もっていった。
そう思っているのがあの人にはバレているのか、最近ではやたらとこの家に父が遊びに来る事が多くなった。義母の遺体とよろしくやっていればいいのに実に迷惑な話だ。なのに追い返す気にもなれない辺り、こんな人が相手だろうが話し相手が居るという事に多少は安堵してしまっているのかもしれない。
「今日はね、ちょっと頼みがあった来たんですよ」
「…… またですか?電話かメールででも言えばいい話じゃないですか、わざわざこんな僻地まで来なくてもいいのに」
「まあまあ、私にだって息抜きは必要なのですよ。息子に会うと言えば、サボっていようが文句も少ないですからね」
「ダシに使うとか、ホント最低ですね」
「まぁまぁ。少しくらい、いいじゃないですか。それに、ちゃんと用件があっての来訪なのですからね。まぁ…… メールで充分な内容ですけど」
「…… で?今度は何の代理ですか?」
そう問いかけ、父が連れて来たメイドの淹れたお茶を頂く。
今この屋敷には通いのメイドしかおらず、その人達も仕事が終わればさっさと午前中で帰ってしまうので、今の様な夕方時ではお茶の一つすら出てこないと彼は知っているから、こうやってわざわざ一人連れて来るのだ。
「急で大変申し訳ないのですが、明日にでもちょっと行ってもらいたいお宅があるのですよ」
「いつも通り、急ですね」
「でも、君には用事など無いでしょう?」
その通り過ぎて、何も言えない。掃除洗濯などの一切はメイドの方がやってくれているし、仕事はせずとも父が面倒をみてくれている。僕の生活は完全に、穀潰しのニート生活ってやつなのだと最近ネットで知った。頼まれれば父の代理として挨拶回りくらいは引き受けている分、まだ多少はマシなのかもしれないが、僕は違うと断言して出来る程のものでは、残念ながら無いな。
「ちょっと厄介な依頼を懇願されましてね。色々資料は貰ったものの、内側の人間関係まではわからないので、第三者の視点から意見が欲しいのです。その点君はとってもとっても冷めているから、観察者としては適任なのですよ」
お味言葉を二度言われた。
そんなに冷たいか?貴方相手だからなだけだと思うのだが。
「これが上手くいけば、また奴隷が…… おっと、失言ですね。私の支援者が、増える事になるので、手を抜きたくはなくってね」
ニコリと笑うが、本心がダダ漏れな発言をした後では全くの無意味だ。一体何を頼まれたのか知りたいとも思わないが、合法的なモノでは無いのだろうなと、僕は察した。
「華道で有名なお宅なのですが、そこの長男と家人達の関係性を探って来て下さい。今まで頼んだお仕事とは毛色がかなり違いますが、先程も言った通り、ただ観察してくれるだけで充分ですから、君にも出来ますよね?」
「そのくらいなら、まぁ」
「よかった、ありがとうございます。こちらが屋敷内の間取りや住人達の人数。家政婦の情報などが書かれたレポートです。参考程度に目を通しておいて下さいね。現地までは車で送迎させますから、いつも通りスーツでも着て待機していてくれれば大丈夫です」
「わかりました、読んでおきます」
「私の息子は、物分かりのいい子で本当に嬉しいですよ。このお宅の父親は、息子相手に相当手を焼いている様ですからね」
物分かりがいい、ね。
生殺与奪を握られていると分かっている相手に逆らう気が無いだけなのだが、わざわざ言う事でも無いか。
【続く】
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