インバーション・カース 〜異世界へ飛ばされた僕が獣人彼氏に堕ちるまでの話〜

月咲やまな

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第ニ章

【第三話】言葉の針

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 鳥の囀りで目が覚めるってちょっといいな……。柊也は眠りから抜け出た瞬間、そんな事を思った。
 小屋の窓から柊也の眠る室内に朝陽が差し込み、小鳥っぽい可愛らしい鳴き声が複数聞こえる。遠くでは村で飼われている鶏の甲高い叫び声もして、急かされる様な気持ちで柊也はベットから体を起こした。自分のベットと比べるとかなり寝心地は悪かったが、床で寝た二人の事を思うと文句は言えない。
「おはようございまーす」
 居間に行き、柊也がトラビスに声をかける。彼は簡易的で最低限のサイズしかない調理スペースに立っていて、ゆらゆらと細い尻尾を揺らしながら朝ご飯の用意をしてくれているみたいだった。
「おはようございます、トウヤ様。昨夜は眠れましたか?」
「はい。ベットを占領させてもらっちゃってすみません……」
 空腹が過ぎて、なかなか寝付けなかった事は内緒だ。
「ははは、いいんですよ。床で寝るとかは仕事柄慣れてますし、純なる子を床で寝かせたら、俺が村の奴らに殺されちゃいますからねー」
 鉄製のフライパンで薄切りにした肉を焼き、トラビスが笑いながら言ったが、冗談では無かった。
「何を作っているんですか?」
 ひょいっとフライパンを覗き込み、何か他に手伝える事はないかな?と台所の周辺を柊也が見渡す。
「鹿肉をハーブと一緒に焼いてみているところですよ。ルナール様が朝から沢山獣を仕留めてきてくれたんで、トウヤ様にご馳走を出せそうです」
「……鹿ですか。あれって食べられるんですね」
 スーパーで売っているような肉しか食べた経験が無いので、鹿肉と言われても柊也はピンとこない。公園でフリーダムにくつろぐアイツらにせんべいをぶん取られたくらいでしか関わった事が無いので、味なんか想像も出来なかった。
「『トウヤ様の食べられるものが何かわからないから』って言って、兎やら猪やら……熊も狩って来てくれましたよ。三人じゃ到底食べ切れないんで、後で村に案内するついでに祝いの席へ差し入れようかと思うんですが、構いませんか?」
「く、熊⁈アレって一人で倒せるの?——あ、すみません、えっと全然問題無いです。流石に、そんな沢山食べられないんで」
 欲を言えば鶏肉か豚肉とかが食べたいです。熊とか猪とか、肉のチョイスがワイルド過ぎてド庶民の僕では無理っす!と、柊也が軽く頭を抱えた。
「只今戻りました」
 小屋の扉が開き、ルナールが帰って来た。頰には血がべっとりとついており、何かをしてきたのは確かなのだが、柊也は訊くのが怖い。
「トウヤ様!おはようございます」
 無表情だったルナールの顔がパッと明るくなり、物騒さが増した。血のついた顔で笑うのは、もうやめて欲しい。
「お、おはようルナール。えっと、まずは顔洗ってきたら?汚れてるから」
「裏に井戸があるので、是非使って下さい」
 出来た料理をお皿に並べ、トラビスがルナールに話しかけた。
「トラビス、これも朝食と一緒に並べておいてもらえますか?」
「お?甘い香りですね、何だろう?」
 ルナールの差し出す紙袋を受け取り、トラビスが中を覗く。
「クッキー?どうしたんですか?コレ」
 紙袋を渡し、外にさっさと出ようとしていたルナールの足が、ぴたっと止まった。入手方法を何と説明するか考えていないまま渡した為、間が空いてしまう。
「……拾いました」
「拾った物は食べちゃいけません!」
 ルナールの一言に、柊也が間髪いれず否定した。
「冗談です、通りがかりの商人と物々交換で手に入れました」
「……冗談?」
 きょとんとした顔を一瞬し、その後柊也が口元を震わせ始めた。
「ルナールも、冗談とか言うんだね」
「いえ、言いませんね。今まで言う様な環境にいなかったので……今のが初めてです」
 穏やかな笑みを浮かべ、ルナールが柊也の顔を見た。冗談を言うつもりで発した言葉では無く、事実を隠蔽する為に嘘に嘘を重ねただけの発言だったのだが、楽しそうに信じてくれる柊也に対し、ルナールは嬉しさを感じた。自分の言葉で他者の感情が動く……その事に、ルナールの心がキュッと締め付けられた。
「血のついた顔で微笑むと、猟奇犯みたいだね」
「このままではトウヤ様を怖がらせてしまいますね。顔を洗ってきますので、先にご飯を食べていて下さい」
 そう言ったルナールが、柊也の耳元に顔を寄せ、「お腹、かなり減っているでしょう?」とトラビスに聞こえぬ様囁いた。
「あ、……うん。ごめん、気遣いありがと」
 頰を染め、柊也が頷く。ルナールの端正な顔が側に近づくだけで、柊也の体がぴくりと震える。素知らぬ顔を通していたが、明らかに昨日のスライム事件のせいだ。
「では」
 ルナールはそう言うと、開けたままになっていた扉から外へ出て裏手の井戸を目指す。柊也はご馳走の並ぶテーブルの前に座り、手を合わせてやっと訪れた食事の時間をたっぷりといち早く堪能したのだった。


「ご馳走さまでしたぁぁ!」
 朝から肉肉肉っ!食べた経験の無い肉尽くしのメニューだったが、どれもこれも何とか食べる事が出来て、柊也はほっと息をついた。鹿肉はちょっと歯ごたえが強かったし、熊肉は臭みが気になったりもしたが、トラビスのおこなった下ごしらえのおかげか『食べるの無理っす!』と拒否する程では無かった。あとは野菜さえあったらなぁ……と少し思ってしまったが、異世界で自分の世界並みの要求は出来ないよねと、考えをぐっと飲み込んだ。
「お口に合ったみたいで安心しました」
 食器を片付けながら、トラビスがほっとした顔をしている。下げるのを手伝うという柊也の提案は『純なる子にそんな事はさせられない!』との一言で却下され、ちょっと申し訳ない気持ちになってしまう。手伝いをする事を徹底的に躾けられてきたので、どうも椅子に座ってじっとしてられない。そわそわとする柊也にルナールが気が付き、そっと彼がクッキーを勧めてきた。
「ありがと、ルナール」
「お口にあうといいんですが」
 クリーム色をした丸いクッキーを柊也がパクパクと食べていく。でもルナールはその様子を微笑みながら見ているだけで、手を付ける気配は無かった。
「手作り感があって美味しいね。でも、ルナールは食べないの?」
「えぇ、狩りの途中で色々摘みましたから、お腹がいっぱいで」
「狩りの……色々?」
 まさか、獣を生のまま?いやいや!獣人だっていってもそりゃ無いだろーと、柊也が百面相みたいにコロコロと表情が変わる。それを隣で見ていたルナールが、そっと柊也の頭をいい子いい子と撫で始める。ルナールの尻尾がゆらゆらと揺れ、とっても幸せそうな雰囲気だ。
 そんな二人の姿を、食器類を片付けながら少し離れた場所でこっそりトラビスが見ている。
(仲良しさんだなぁ……)
 幸せの御裾分けをしてもらい、彼は朝から温かい気持ちになった。

「そういえば、もう体調は平気なの?」
 クッキーを美味しそうに食べ続けながら、柊也がルナールに問いかける。
「体調、ですか?」
「昨日急に倒れたから心配してたんだけど……あれってガチで寝ていただけなの?」
「ガチ?……あぁ、えぇ。本当にただ寝ていただけですよ。たまにある事なんで、心配いりません」
「え、マジか。……ちなみに、どのくらいの頻度なの?」
「頻度ですか。そうですねぇ……『私室で気まずい事をしている時に、親が突然入ってくる』くらいの回数ですね」
「えらく具体的なのに、何でかさっぱり伝わってこない言い回しだな……」
 柊也がルナールの方を向き、困った顔になった。何をしても無反応で、あんな状態のルナールをまた運ぶ事があるのかと思うとちょっと心配になってくる。他に人がいる時であれば助けてもらえるかもしれないが、二人きりの時だったら難儀しそうだ。
「こちらは片付けが終わったのでいつでもレーヌ村まで案内出来ますが、どうします?」
 野犬から助け、『お礼がしたい、時間も遅いからまずは僕等の狩猟小屋で夜を明かしませんか?』と言ったトラビスの案内でこの小屋へと移動して来る時、柊也は彼にレーヌ村に向かう所だった事を話していた。この世界へは来たばかりである事、手始めにレーヌ村から呪いの対処をしようとしている所である事などを話すと、トラビスは村への案内を買って出てくれた。だが、村までの道はキレイに整備されていて一本道だ。この小屋からのスタートになろうが案内など無くても問題は無いのだが、お礼がしたい一心で申し出た事だった。
「僕は出られます。ルナールは?」
 もう倒れたりはあんまり無いといいけど、と考えていた頭を切り替え、柊也はルナールの方を見た。
「特に用意も無いですし、いつでも行けますよ」
「よし、んじゃさっさと出発しますか」
 座る椅子から柊也が立ち上がり、荷物の側に置いてあった長剣と短剣を腰に差す。予備にともらったローブを羽織り、小さめの荷物を持とうと手を伸ばす。が、いつのまにか背後に立っていたルナールに横から掻っ攫われてしまった。
「ダメですよ?柊也様は身軽でいてください」
「んでも、あんな寝方しちゃくらいに疲れてたんでしょ?僕だって少しくらい手伝いたいよ」
「あれは別に疲れていたからでは……」
(困ったな……不用意な発言はしたくない。それにしても、朝からトウヤ様は可愛いな!)
 心配そうに顔を見上げられ、ルナールが破顔しそうになるのをグッと堪える。朝から柊也が可愛くってちょっと辛い。
「では、レーヌ村に着いたらトウヤ様の膝を枕に休憩させて下さい」
 ニコッと微笑み、柊也が「えっ」と頰を染めて固まっているその隙に、ルナールは大きな鞄を一つ背負った。
「ははは、いいですねぇ膝枕。俺もお二人みたいに早く恋仲になれる相手が欲しいですよ」
「こ、こ、恋仲ぁ⁈」
 トラビスの言葉を聞き、柊也が驚きに声をあげる。ルナールの事はイケメンですね!とは思っているが、恋仲では決して無い。自分達は男同士だというのに、何をどうしてそう思われたのか柊也にはわからなかった。
「いやいやいや!俺達男同士ですよ?んなわけないじゃ無いですか!」
 茹で蛸みたいに顔を真っ赤に染め、手と顔をブンブンと横に振って否定する。同性愛者を否定する気は無いが、異世界で自分がそうだと勘違いはされたくは無かった。
「え、そりゃ見ればトウヤ様が男だってわかりますよ。んでも、恋人同士じゃ無いってのは……ちょっと意外です。とっても仲が良いので、俺てっきり……」
「いや、だから男同士でそれは無いですって!」
 ウネグを除き、知人が他にいないからってちょっと甘え過ぎただろうか?と慌てる柊也を、『何か問題が?』と不思議そうな顔でルナールとトラビスが見ている。
「……あれ、もしかして同性婚って、この世界では普通だったりします?」
「そりゃ、まぁ」と答えるトラビスの返答に、柊也が目を見開いた。
 文化の差を知り、柊也が少し困惑する。
 柊也とトラビスの会話を黙って聞きながら出発の準備をしていたルナールは、心の奥にチクリと針が刺さった様な気持ちでいたのだった。
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