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【幕間の物語・①】

伝書鳥②(ヤタ・談)

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 今回の契約者から、何処かの言葉で『影』の意味を持つ“スキア”という名前を貰ったオレの御主人の命で、御主人の義弟となった少年が日々通う保育所まで久々に伝書を運んで来た。昔と違って今は手紙ではなく、足首に着けている、魔法石を加工した装飾品に声を封じ込めて運ぶ。だけど昔からの名残で、オレ達の呼び方は『伝書鳥』であり、魔法石で運ぶ音声も『伝書』と表現するままだそうだ。
 伝書鳥としてきちんとした仕事は久しくやっていなかったが、地図は頭の中にばっちり入っているし、そもそも難しい仕事ではないので難なく無事に終える事が出来た。後はもう、御主人の元に帰還するだけだ。

 同種族よりも大きな翼を広げて空を飛び、御主人の憑依先となった者の住む賃貸住宅群の一室に戻ろうとした。その後はいつも通り御主人の領域である影の中に潜り込み、次の呼び出しを待って眠る事となる。どうせ起きていても別にやりたいこともなし、いつも通り御主人の一番近くで過ごすだけ——と思っていたのだが、ふと目的の部屋のすぐ側の木に目が止まった。周囲に植えられている他の木からは少し離れていて、御主人が居座っている部屋から随分近い。室内への日差しを遮らず、でも近くの道路を通る人々からの視線を避けられる絶妙な距離だ。
 そんな位置に植えられている木の枝から、ズモモモモッと不穏な音でもしそうな空気が漂っている。生き物の気配は一匹しかないからきっと、御主人の名義上の嫁となり、オレの名付け親にもなった“ルス”っていう奴の伝書鳥である“ユキ”がそこにまだ居るのだろう。

(…… 良い事を思い付いたぞ)

 気が変わり、少しだけ目的地を変えてみることにした。意気揚々とユキの側まで近づいて視界に入った枝に留まってみる。するとユキは早々にオレの存在に気が付いて呪いでも掛けてきそうな視線をこちらに向けてきた。

「…… よくまぁ堂々と、アタチの前に顔を出せたものでちね。この泥棒鳥めっ!」

 ずんぐりとした、白い面積の多い小さなボディが真っ黒な空気を纏っている。どう見たって何故かすごく怒っているんだが、理由がさっぱりわからない。『オレが何かしたか?』と思い、オレは首を横に傾げた。

「ちらばっくれる気でちか⁉︎とんでもない鳥でちね!体だけじゃなくって、心まで真っ黒でちな!」

 小さな嘴でギャーギャー喚き、ずんぐりとした体をボワッと膨らませて威嚇してくる。だけど舌足らずな話し方と幼い声質なせいで全然怖くない。むしろ痛々しくって可愛いとさえ思える騒ぎっぷりだ。

「あの伝書は、あの伝書は、アタチが届けるはずだったのに…… 酷いでちぃぃぃ!」

 ピギャー!と情けない声をあげながら文句を言いまくっている。「ちね!」「アホ烏めっ」「溶けてちえろっ!」などと口悪く荒れていたのだが、しばらくすると、今度は小さな黒い瞳からボロボロと大粒の涙を零し始めた。
「初ちごとだと思ったのに…… やっと御主人ちゃまのお役に立てると思ったのに…… 酷いでち、爆発ちろ、このバカ烏め」
 多分『初仕事』と言っているのだろうが、流石に一瞬わからなかった。

「お前、オレの御主人の嫁になったルスの伝書鳥・“ユキ”で合ってるよな?」
「フンッ。泥棒烏でも口がきけるんでちね。さっきからずっと無言だったから、色気まみれの男に舌でも切られているのかと思ったでちよ」

(『色気まみれの男』?あぁ、オレの御主人の事か)

 鼻息荒く息を吐き出し、ジト目をこちらに向ける。まだご立腹なのかユキの愛らしいボディは怒りを滲ませたままだ。
「話す隙をくれなかったのはそっちだろ?」
 確かに、と素直に思ったのか、『うっ』とユキが喉を詰まらせた。正論に対してまで文句を言う程の度胸は無いみたいだ。
「それにオレに仕事を任せると最終的に決めたのはお前の御主人であるルスな訳だし、文句は自分の主人に言うべきじゃないか?」
「うっ…… うぅぅっ」
 また涙を零してユキが体を震わせる。
「それが出来たら、お前に文句なんか言ってないでちっ…… 」
 悔しそうな声が哀れで可愛くって、オレは留まっていた枝を変えてユキの隣にそっと寄り添った。

「アタチは役立たずだから放置されているんでち…… 。家からも追い出され、一羽のまま誰からも愛されずに此処で朽ち果てて逝く運命なんでち」

 人間だったらぐずぐずと鼻水でもすすっていそうな雰囲気を漂わせてユキが項垂れる。懐かないからと追い出され、放置されていると嘆いているが、ユキの留まっているこの木の様子を見る限りでは、少なくとも愛されていないとは思えない。温度や湿度を常時一定に保つ魔法陣がこの木の周囲にはかけられているし、枝と枝をつなぐみたいに張られたロープはアスレチックジムみたいになっていて遊ぶのには最適だ。捕食者などの様な敵意を持つ者の侵入のみを阻むシールドはきっと、他に仲の良い存在を作っても問題無いようにとの配慮だろう。餌箱も水入れも綺麗に管理され、葉野菜や果物なども別途用意されている。

(ルスやリアンよりも良い物食ってたんじゃないのか?コレって)

 だがユキはこの環境に慣れ過ぎているのかなんなのか、恵まれている事に全く気が付かぬままブツクサと嘆き続けている。
「さっきも室内の様子は此処からも見えていたでち。幸せそうに、あんな胡散臭い色気男に擦り寄って、アタチに見ちつけるとか…… 地獄に堕ちろでち!」
 御主人の悪口を言っているつもりなのだろうが、褒めている様にも聞こえる。少なくとも見た目を悪くは思っていないのだろう。
「オレも呼び出されたのは数十年ぶりだったんだよ。嬉しくって少しくらい甘えても仕方ないだろう?」
「…… 。も、もちかちて…… アンタも、放置されていたんでちか?」
 ユキが仲間でも見付けたみたいな瞳をこちらに向ける。放置とも違い、ただ仕事が無かったから呼ばれなかっただけなのだが、ここは嘘でもいいから同調しておいた方が良さそうだ。
「あぁ、そうだ」
 肩をすくめるみたいにしながらそう言うと、ちょっと嬉しそうにユキが瞳を細めてふっと笑った。怒ってさえいなければ『可愛い』以外の何者でもない程に愛くるしい姿をしているからか、胸の奥がぎゅっと苦しくなる。

「名前は…… なんていうんでちか?」
「オレか?“ヤタ”だ。何処かの世界の神話に登場する、“八咫烏”という烏にそっくりらしくってね」
 ユキの御主人であるルスが名付け親である事は敢えて伏せておく。自分だって彼女から名前を貰っているはずなのに、それでもきっとまた嫉妬で怒り狂うだろうからな。
「ふぅーん。ヤタ、でちか。覚えやすくて良い名前でちね。でもまぁ、アタチの名前よりは劣るでちけどな!」
 マウントを取ろうする発言をしながら踏ん反り返っている姿すら可愛いとか、“シマエナガ”って品種はヤバイな。

「——と…… 」
 少しの間の後、ユキが何やら小さな声で呟いた。だが小さ過ぎて声が聞き取れない。
「ん?」
 首を傾げ、聞こえなかった旨を仕草で伝える。するとユキはまた小さな声で、「友達に、なってあげても…… いいでちよ?その、暇で、さみちいなら」と呟いた。
 のっけから悪態をついて怒りをぶつけまくった相手によくまぁそんな事が言えたもんだ。だが“伝書鳥仲間”である事や、なかなか仕事を頼まれない点などの共通する部分をオレに見出し、親近感を抱いたのだろう。

 黙ったまま返事をしないでいたせいか、ユキがみるみる間に萎れていく。勇気を振り絞って、でも上から目線を捨てきれないままながらも『友達になって欲しい』と告げたのに、無反応しか返ってこなかったから落ち込んでいるのだろう。

(あぁーめっちゃ可愛いなぁ。自己評価が低くって、寂しがりやなのに一人ぼっちで、愛されているのにその愛情に気が付きもしないユキを、めちゃくちゃに甘やかしで一羽じゃ何も出来ないくらいにしてやりたいっ)

 この子をオレだけのモノにしたらどんなに楽しいんだろう。そう考えた次の瞬間にはもう、オレは無自覚なまま、御主人から譲り受けた自分だけの影の世界へ、雪の妖精のように真っ白なユキを引き摺り込んだのだった。
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