古書店の精霊

月咲やまな

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第二章

【第二話】始まりの書①

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 “自分には意識がある”と認識出来た瞬間、自分は自分という存在を感じた。今までの事は全く思い出せず、もしかしたら今この瞬間自分は此処に生まれ出たのかもしれない。
 それなのに、自分の中には言葉が溢れ、知識が滝のように降り注いでくるのを感じる。でもその中に僕が知りたい事は一つとして存在せず、今役に立ちそうなものは残念ながら存在していない。

 自分は何だろうか。ココは何処だろう?

 知りたいのはこんな単純な事なのに、答えが得られない。
 何処にある?答えは何処に。自分の中に注がれ続ける知識の海の中を探して随分と経つ気がするのに、一向にそれが見付からない。
 イライラする。…… あぁ、これが苛立ちってやつか。ちょっと我に返り、感情というものが自分にもあることを実感した。

       ◇

 単純な答えが得られるまま、更にまた時間が流れていった。
 五月蝿いと思う程だった知識の渦は落ち着いてしまい、今は少しづつしか自分の中に入ってこなくなった。
 つまらない。ああーつまらない!もっと知りたいもっと欲しい。何故入ってこなくなった?
 退屈だ、ココは暗くて退屈だ。
 退屈で退屈で…… 寂しい——

「——…… やっと…… つ…… たわ………… 」

 暗闇の奥から、何かが聞こえた気がした。
 音なんか初めて聴いた。
 あぁ、コレが音か。些細な事でさえ、何かを得られたというだけで、胸の奥が妙に騒つく。

「——せまぃ…… くら………… 何年放置されていたのかしら。最近は様子を見に来ていなかったなんて、信じられないわ!先代は何を考えていたのかしら…… 」

 “言葉”だ…… 言葉だ!確証は無いが、確信出来る。何かが、此処に来たんだ!
 初めて聞く声に興奮し、自分は音のする方へ意識を向けた。

 ガ…… ガッ……

 大きな異音が聞こえ、周囲の様子が自分でも見える様になってきた。漆黒の闇に綺麗な光が差込み、やっと自分が何処に居るのかが少しわかった。
 すごい…… コレが光か…… 。光が入るだけで認識出来る情報が増え、退屈な気持ちが薄れていく。
「…… す、す、凄いわ!こんな量の古書を、初代はよく揃えたわね!」
 興奮した大声が、部屋中に響く。

 そうか…… 自分は図書庫としょぐらに居たのか。

 無数の本、パピルスや羊皮紙で作られた巻子本かんすぼんまでもが、ビッシリと棚に収められている。残念ながらそれらの管理はずさんで、埃や砂が積もっており、廃棄せねばならぬ状態にまで痛んでいる物に気が付いて、少し気分が悪くなった。
 カツンッカツンッと音を鳴らしながら、声がドンドン自分の方へと近づいて来る。何だろうか?アレは。
 不思議に思いながらソレを見ていると、視線が合った瞬間、ソレはひどく驚いた雰囲気になり、持っていた大量の荷物と杖を放り投げて、こちらに向かい、一目散に走り出した。
「嘘!嘘!嘘よ!まさか!信じられないわ!あぁぁぁぁ、どうしよう?」
 声に興奮を感じ取り、自分は動けなくなった。
 目の前まで迫ってきたソレは、自分の前まで来るとピタリと止まり、その場にしゃがみ込んだ。
「成功…… したのね。あぁぁぁ」
 ソレは腕をゆっくりと上げて、自分の方へその手を伸ばしてきた。触れるか触れないかの位置を、輪郭をなぞる様に動かしていく。
「…… 失礼致しました」
 手を引き、声を発する者が姿勢を整えて、こちらへ向かい頭を下げてきた。
「私はこの図書庫の護人もりびとにこの度就任致しました、テウトと申します」
 テウトと名乗った存在は、どうやら人みたいだ。

 コレが人か。

 自分の中に知識として存在する人の絵とは違う形状に違和感を感じたが、この場所の護人に関しての知識があったおかげで、かろうじてコレが人であると認識出来た。
 ジッと他の言葉を待っていると、テウトが顔を上げてこちらを見詰めてきた。
 浅黒い肌に、透き通るようなグレーの瞳がキラキラと輝きを放っている。顔立ちは幼く、護人になるには若過ぎるのではと感じた。クリーム色をした質素な服に身を包み、頭にはヒジャブに似た布が巻かれていて髪が全く見えない。長旅をしてきたのか服のあちこちが汚れていて、顔には疲れが見て取れた。
「…… アナタ様の名前は?何とお呼びしたらいいでしょう?」

 名前?名前…… あぁ、そんなモノ一人きりのココでは必要も無かったから持っていない。

 黙っている気は無いのだが、自分にはテウトに伝える術が無かった。どうして自分はこの者のように声が無いのだろうか。人はどうやって声を出す?不思議に思いながらジッとテウトを見ていると、テウトが困った顔になった。
「そうか、光の塊では言葉を話せないのね。じゃあ…… 私を真似てみてはどうでしょう?そっくりの姿になれば、この、口という部分を動かして、声を出せますよ」
 口元を指差し、テウトが言った。
 言葉に従い自分の姿を見てみると、確かに自分はテウトと違って明確な形が無く、薄っすらと光る塊でしかなかった。この場所に光が差し込む前までは光ってなどいなかったはずなのに、何故だろうか。室内へ差し込んできた光を綺麗だと思ったから、無意識に真似たのだろうか。
 よし。じゃあ、意識してテウトを真似てみたらどこまで出来るだろう。初めての試みに、ちょっとワクワクしてきた。
「…… わぁ」
 テウトの驚く顔を見て、自分の姿が形を持った事を実感する。
 手を見て、その手で頰に触れ、コレが自分か…… と感嘆の息を吐き出した。

「——テウト」

 初めて発した言葉は、テウトの名前だった。
 いい響きだ。そう思うだけで、口元が緩むのを感じた。
「わ、笑った…… 笑ったわ!すごい!感情があるのね、素晴らしいわ!」
「あっ」と言いながらテウトが慌てて口元を塞ぐ。
「すみません…… 私ったら失礼を」
 あくまで自分に傅く気なのか、畏まった顔になった。
「自分には名前がない。テウト、アナタがつけてくれないか?」
「わ、わた、私がですか⁈無理です!恐れ多い!」
 もげそうな程横に首を振られたが、彼女の両頬を手を包み、それを阻んだ。
「つけて。不便だ」
「…… は、はい。少々お待ちを」
 ひどく困った顔をされたが、自分は満足気に頷いた。


 暫く黙ったまま悩み、首を傾げたり、天井を見たりとテウトがせわしない。
 いつ決まるのだろうと思うが、急かしてどうこうなるものでもない気がして、自分はただ立ったまま様子を伺っていた。
「…… セフィル。セフィルは、いかがでしょうか」
 散々時間を費やした割には自信が無いのか、こちらの様子を不安げに見詰めてくる。
「いいね」
 あっさり承諾したせいか、テウトが『本当に⁈』と叫びたそうに目を見開いた。君がつけたのに何故だろうと思ったが、可愛い表情だなという感情に疑問は掻き消されてしまった。
「…… ねぇ、セフィルは何なの?」
 可笑しな訊き方になってしまったが、テウトは顔色一つ変えずにただ微笑んで頷いた。
「そうですね。お気持ちお察し致します。二百代目の護人として、この私が責任を持ってお答えしましょう」


 ——遥か昔の事。
 神々がこの世界に関与し、今よりももっと魔術研究が盛んだった頃、一つの実験が行われた。
 『物に魂は宿るのか』
 好奇心に駆られた初代の護人は砂漠の奥深くに広い図書庫を創り、覚醒の可能性のある古い魔道書類を中心に、様々な本と巻子本を集め此処へと仕舞い込んだ。
 いつか何かが目覚めないかと、歴代の護人達はここにある書簡を読み解いて勉強しつつそれらを観察もし、見守ってきた。街から遠いこの場所に年に何度も足を運び、確認し、かれこれテウトの代で二百代目に達したという。
 成り手の少ない仕事な為、管理が行き届かずこのように荒れ果ててしまい申し訳ないとテウトが脱線して謝罪するのを、セフィルが咎め、軌道修正させた。

「つまり…… “セフィル”は、“本”なのか?」

 胸に手を当てて、テウトに問う。
「はい。そうです。ここのあるどの本がセフィル様の本体なのかはまだわかりませんが、セフィル様が古書に宿った魂…… 精霊である事は間違いありません。まさか…… 私の代でお逢い出来るとは正直全く考えてもいなかったので、感無量で御座います」
 キラキラとした瞳を向けられ、胸の奥が締め付けられるのを感じる。

 何だろうか、この感情は。

「セフィル様が本の精霊である事は間違いありませんが、私共も正直それがどういった存在であるのかはわかっておりません。セフィル様の本体探しから始め、どういった事が可能で不可能か、私に一つづ教えては頂けませんか?」
 懇願されて困った。自分でも知らぬ事を訊かれても、答えようがない。
「…… わからない。目覚めてすぐは、沢山の知識が流れ込んできていたのに、最近じゃ入って来なくて退屈だった。此処にはセフィルしか居ないし…… つまらない」
 そっと俯くと、テウトがギュッと自分を抱きしめてくれた。顔に何やら柔らかいモノが当たり、これが枕ってやつだろうかと思った。
「…… セフィル様」
 抱き締めてくれる腕に、力が入る。
「一緒に、何が出来るのか探してゆきましょう!セフィル様」
「一緒に?」
「えぇ、そうです」
「…… ずっと側に居てくれると言うのか?」
「期間は決まっていますが、時間の許す限り共に」
 言葉の意味が実感出来ず、それでもいいと頷いて返す。すると、テウトが自分の頭に頰を擦り寄せてきた。

「永遠にお仕え致します、セフィル様」

 テウトの言葉が、体の奥へと染み込んでいくのを感じる。

 『永遠に』
 …… なんて素晴らしい響きなんだろうか。
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