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第二章
【第八話】始まりの書⑦
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あれから二日後。
眠っていたテウトがやっと意識を取り戻し、その間ずっと隣で寄り添っていた僕は彼女の手をギュッと握った。
「おはよう、テウト」
「…… ずっと、そこに居てくれたのですか?」
「もちろん。僕が君から離れる訳がないだろう?」
テウトは僕の言葉を聞き、控えめな笑顔を向けてくれた。
「セフィル様、お話があります」
「何だい?」
「…… 告げずにおこうと、思っていた事なのですが…… 」
「言わないとダメだよ。命令だ」
「ははは…… やっと私に命令らしい、命令を……して下さいましたね」
力無く笑うテウトは、とても嬉しそうだ。ずっと今までかしずきたそうにしていたのに、テウトとは夫婦でありたい僕があまりにテウトを頼らないでいた事を、もしかしたら彼女はずっと気にしていたのかもしれない。
「お慕いして、おります…… セフィル様。貴方は…… 初めて私に優しくして、くださった方です。いつだって隣に寄り添って頂けて…… とても感謝しています」
「当然だよ、テウトは僕の…… 妻なんだしね。夫婦ってそういうもんじゃないの?」
セフィルの問いに、テウトの瞳が揺れた。そうであって欲しいとは思うが、皆が皆そうであるとは言い切れない事を、彼女は知っているからだ。僕に対し、テウトは嘘は言えない。そう約束している。その為か、テウトは微笑むだけに留めた。
そんなテウトの手を持ち上げ、手の甲に気持ちを込めた口付けを施す。珍しく気持ちを察する事ができ、僕は何も言えなかった。
一呼吸おき、僕は別の疑問を口にする。
「僕にその事を言うつもりがなかったなんて、どうして?僕が一番聞きたい言葉なのに」
「足枷になりたくないんです。私は…… もう、あまり側には…… いられませんからね」
「テウトの感情が足枷になんかなるわけがないよ。むしろ、一生僕を君に縛り付けて欲しいくらいなのに」
「ダメですよ、セフィル様。私は…… もう…… もう…… 」
「いいや、テウト。僕らは夫婦だ。この先何が起きようと、僕はずっと側にいるよ。…… ずっと、ずーっと…… ね」
口元に弧を描き、僕が暗い笑みを浮かべてしまったからか、テウトの瞳が少しだけ大きく開いた。
「——止めても…… 無駄みたいですね」
瞼を閉じ、テウトがふぅと息を吐き出す。
「あぁ、無駄だね。君から離れる気なんか無いよ」
無意識に、テウトの手を握る力が強くなる。シワの多い手が痛々しい。でも、これが僕の側に居る為にテウトが支払った代償なのだと思うと、愛しくてたまらなかった。
「愛しているよ、テウト」
「…… 私も、で——」
言葉が途中で消えて、テウトの意識がまた途切れた事がわかった。ずっと聞きたいと思っていた言葉を貰えて、僕はとても満足した気持ちで彼女の手をゆっくりベットへと戻した。
——このやり取りが、テウトと交わした最後のやり取りとなってしまった。
半日後彼女の呼吸が完全に止まり、僕は砂漠の地下で再び一人きりになったのだ。
「テウト、テウト…… 」
頰を撫で、呼吸がまた戻らないかと様子を伺っていたが、無駄だった。
「あぁ…… 終わったんだね、君の…… 人生が」
テウトの体をギュッと抱き締め続け、徐々に消えていく体温を噛みしめる。
もう会話が出来ない、口付けを仕返してもらえない、抱き合ったりも、笑いあったりも出来ないのかと思うと…… 辛くてしょうがない。
「君の言う通りにするよ、テウト」
体をベットの上に横たえさせ、身だしなみを整える。
銀色の髪を優しく撫で、僕はテウトの右の瞼を手で広げて開かせた。指をその中に押し込み、光を宿さなくなったテウトの眼球を無理矢理引っ張り、体から取り出す。
「テウト、これで僕等は一生一つになれるね」
テウトの体と繋がる視神経部分を、一時的に鋭く伸ばした爪で切り取り、球体になった眼球にそっと口ずけをする。そしてその目を僕は、自身の右目の中へと押し込み、彼女の写し身にも似たこの体と一体化させた。異物を体に馴染ませる為眼球に魔力を注ぐと、角膜部分に複雑な柄をした丸い魔法陣が現れる。人とは違う瞳を隠す為にモノクルを創り出し、僕はそれを装着した。
「さて…… 次の君を探さないと」
空洞となったテウトの右目の瞼を閉じて、彼女の体に腐敗を防ぐ為時間を止める魔法をかける。革製の本を手の中に出現させ、僕はその中にテウトと経験した全ての事柄を一瞬で書き残した。
テウトとの『記憶の本』と僕の本体となる本を手に持つと、この地下にある図書庫の出口を目指す。
階段を前にし、感慨深い気持ちを胸に抱きながら、ゆっくりと後ろを振り返る。
テウトの眠る寝室はここからでは見えないが、僕は一言呟いた。
「愛しているよ、“テウト”。また逢おうね、本の中で…… 」
前を向き、一段、二段と階段を上がっていく。
前は結界に阻まれたはずの場所も難なくすり抜けると、僕は生まれて初めて図書庫の外に出た。
「…… 君の言葉は間違っていなかったよ、テウト。出られた…… やっと此処から出られたんだ。ありがとう、テウト」
初めて見る真昼の砂漠を前にし、僕は返事の返せぬ妻にお礼を言った。
眠っていたテウトがやっと意識を取り戻し、その間ずっと隣で寄り添っていた僕は彼女の手をギュッと握った。
「おはよう、テウト」
「…… ずっと、そこに居てくれたのですか?」
「もちろん。僕が君から離れる訳がないだろう?」
テウトは僕の言葉を聞き、控えめな笑顔を向けてくれた。
「セフィル様、お話があります」
「何だい?」
「…… 告げずにおこうと、思っていた事なのですが…… 」
「言わないとダメだよ。命令だ」
「ははは…… やっと私に命令らしい、命令を……して下さいましたね」
力無く笑うテウトは、とても嬉しそうだ。ずっと今までかしずきたそうにしていたのに、テウトとは夫婦でありたい僕があまりにテウトを頼らないでいた事を、もしかしたら彼女はずっと気にしていたのかもしれない。
「お慕いして、おります…… セフィル様。貴方は…… 初めて私に優しくして、くださった方です。いつだって隣に寄り添って頂けて…… とても感謝しています」
「当然だよ、テウトは僕の…… 妻なんだしね。夫婦ってそういうもんじゃないの?」
セフィルの問いに、テウトの瞳が揺れた。そうであって欲しいとは思うが、皆が皆そうであるとは言い切れない事を、彼女は知っているからだ。僕に対し、テウトは嘘は言えない。そう約束している。その為か、テウトは微笑むだけに留めた。
そんなテウトの手を持ち上げ、手の甲に気持ちを込めた口付けを施す。珍しく気持ちを察する事ができ、僕は何も言えなかった。
一呼吸おき、僕は別の疑問を口にする。
「僕にその事を言うつもりがなかったなんて、どうして?僕が一番聞きたい言葉なのに」
「足枷になりたくないんです。私は…… もう、あまり側には…… いられませんからね」
「テウトの感情が足枷になんかなるわけがないよ。むしろ、一生僕を君に縛り付けて欲しいくらいなのに」
「ダメですよ、セフィル様。私は…… もう…… もう…… 」
「いいや、テウト。僕らは夫婦だ。この先何が起きようと、僕はずっと側にいるよ。…… ずっと、ずーっと…… ね」
口元に弧を描き、僕が暗い笑みを浮かべてしまったからか、テウトの瞳が少しだけ大きく開いた。
「——止めても…… 無駄みたいですね」
瞼を閉じ、テウトがふぅと息を吐き出す。
「あぁ、無駄だね。君から離れる気なんか無いよ」
無意識に、テウトの手を握る力が強くなる。シワの多い手が痛々しい。でも、これが僕の側に居る為にテウトが支払った代償なのだと思うと、愛しくてたまらなかった。
「愛しているよ、テウト」
「…… 私も、で——」
言葉が途中で消えて、テウトの意識がまた途切れた事がわかった。ずっと聞きたいと思っていた言葉を貰えて、僕はとても満足した気持ちで彼女の手をゆっくりベットへと戻した。
——このやり取りが、テウトと交わした最後のやり取りとなってしまった。
半日後彼女の呼吸が完全に止まり、僕は砂漠の地下で再び一人きりになったのだ。
「テウト、テウト…… 」
頰を撫で、呼吸がまた戻らないかと様子を伺っていたが、無駄だった。
「あぁ…… 終わったんだね、君の…… 人生が」
テウトの体をギュッと抱き締め続け、徐々に消えていく体温を噛みしめる。
もう会話が出来ない、口付けを仕返してもらえない、抱き合ったりも、笑いあったりも出来ないのかと思うと…… 辛くてしょうがない。
「君の言う通りにするよ、テウト」
体をベットの上に横たえさせ、身だしなみを整える。
銀色の髪を優しく撫で、僕はテウトの右の瞼を手で広げて開かせた。指をその中に押し込み、光を宿さなくなったテウトの眼球を無理矢理引っ張り、体から取り出す。
「テウト、これで僕等は一生一つになれるね」
テウトの体と繋がる視神経部分を、一時的に鋭く伸ばした爪で切り取り、球体になった眼球にそっと口ずけをする。そしてその目を僕は、自身の右目の中へと押し込み、彼女の写し身にも似たこの体と一体化させた。異物を体に馴染ませる為眼球に魔力を注ぐと、角膜部分に複雑な柄をした丸い魔法陣が現れる。人とは違う瞳を隠す為にモノクルを創り出し、僕はそれを装着した。
「さて…… 次の君を探さないと」
空洞となったテウトの右目の瞼を閉じて、彼女の体に腐敗を防ぐ為時間を止める魔法をかける。革製の本を手の中に出現させ、僕はその中にテウトと経験した全ての事柄を一瞬で書き残した。
テウトとの『記憶の本』と僕の本体となる本を手に持つと、この地下にある図書庫の出口を目指す。
階段を前にし、感慨深い気持ちを胸に抱きながら、ゆっくりと後ろを振り返る。
テウトの眠る寝室はここからでは見えないが、僕は一言呟いた。
「愛しているよ、“テウト”。また逢おうね、本の中で…… 」
前を向き、一段、二段と階段を上がっていく。
前は結界に阻まれたはずの場所も難なくすり抜けると、僕は生まれて初めて図書庫の外に出た。
「…… 君の言葉は間違っていなかったよ、テウト。出られた…… やっと此処から出られたんだ。ありがとう、テウト」
初めて見る真昼の砂漠を前にし、僕は返事の返せぬ妻にお礼を言った。
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