古書店の精霊

月咲やまな

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第三章

【第五話】把握出来ない状況⑤

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 庭先で突然暗闇にその身を引き込まれ、口元は手で塞がれて声が出ない。驚きと恐怖が体の奥から激しく吹き上がり、柊華がそれでもなお助けを呼ぶ為に叫ぼうとする。
 だが「俺だ、お雪!静かにしてくれ!」と小声で言われ、柊華は聞き覚えのある声が耳に届いたことで、叫ぼうとするのをやめた。
(さ、三郎…… さん?)
 視線だけを後ろへとやり、三郎の顔を確認して、柊華がほっとした顔をする。その表情に安堵し、三郎が口元から手を離すと、柊華の体を勢いよく回転させて向かい合わせになった。
「こっちだ、来てくれ。ここはまずいから」
 柊華の返事を待たぬまま三郎が彼女の手を取って、庭から離れて行く。真っ暗な道を早足で進み、月明かりだけを頼りにして三郎は林の隅に柊華を連れて行った。

       ◇

「ここなら多分すぐには見付からないだろ」
 背中に背負っていた荷物を足元へと置き、三郎が周囲の様子を確認する。
 人の気配は全く無く、月明かりでしか手元が見えず、夜の冷たい空気のせいで少し怖さがある。柊華は軽く身震いをしながら、『まさか、この奥にお化けとかいないよね?』と闇夜に目を凝らした。

「さっきはさ、お前…… 村から逃げようとしてたんだろ?」
「…… へ?あ、えっと——」
 訊かれても自分はお雪では無いのでわかるわけがない。空気を読んでの最適解も見えない為、柊華は言うべき言葉に詰まった。
「それなのに…… 家まで連れ戻しちまって悪かったな。すまん!」
 頭を深々と下げて、三郎が柊華に謝る。
「いえ!何もそこまでしないで下さい。全然状況が把握も出来ていないんで、そんなふうに謝られても…… 」
 肩にそっと手を置いて、頭をあげるよう促し、柊華が三郎へと微笑んで見せた。
 安堵した顔をする三郎が顔を上げてほっと息を吐く。彼はお雪に許してもらえたと感じており、ちょっと嬉しそうだ。
「俺なんか…… お前と違って全然決断出来なくって、散々迷ってたのに…… お前のさっきの姿を見て、俺も決めたよ!」
 白熱した声をあげる三郎が、柊華の手を取ってギュッと強く握る。決意に満ちた瞳が月明かりに照らされ、力強く輝いた。

「一緒に逃げよう!お雪。どこか遠くに行って、夫婦めおとになるんだ!」

「………………はい?」
 把握出来ない事柄が更に一つ追加され、柊華の思考が一瞬停止した。だが、危機感からすぐさま再稼働した頭が、状況をまとめようと必死に出来事を振り返る。

(ここは農村で白鷺村というらしい。時代背景は不明だが、服や家の感じから言って多分江戸時代かそれよりも昔。どうやら私は『お雪さん』として天神様への生贄になる身の様だ。んで今度は、さっきの私は村から逃げようとしていたのだと思い込んでいる幼馴染の三郎からプロポーズをされるとか…… 待って、この短時間に色々展開を詰め込み過ぎでしょ!)

 叫びたい気持ちを必死に堪え、柊華は心中だけで文句を言った。
「天神様から逃げたらどうなるか正直想像も出来ねぇけど…… 、俺はお雪さえ居てくれれば何もいらねぇ!」
 感極まり、三郎が柊華の体を真正面から強く抱き締める。
「待って下さい!私には夫(仮)がぁ!」
 セフィルの冷ややかな視線を一瞬感じた気がして、柊華が素になって叫んでしまった。
『状況に合わせた行動を心がける』はどこへ消えた?と言われそうな行動だが、セフィルの嫉妬深さを知っている身としては反射的にそう言ってしまっても仕方がない事だろう。この状態をセフィルが見ていたのならば『調教完了ですね』と喜んでいたに違いない。
「…… 何言ってんだ?お雪。俺達はまだ祝言も挙げてねぇぞ?」
 キョトン顔で言われ、柊華が焦る。
(マズイ、ホントこの人言葉が通じない!もしかして“お雪”さんって人は三郎さんと婚約でもしてたの?もしくは恋仲だっのだろうか)

 このまま逃げる道を選べば三郎と結婚する事になるだろう。だがこれを断って家に戻ったとしても、天神様への生贄だ。
 まさに八方塞がりと言える状況を前に、柊華が必死に考える。
(彼とお雪さんとやらがどういった関係だったとしても、私にとってはほとんど知らない人。そんな相手の嫁になどなれる訳がないわ。じゃあ戻って生贄になる?——待てよ?生贄……生贄。 それって、程の良い口減らしなんじゃないかしら?姥捨山的なものなのでは?土着信仰の天神様だったなら、もし、もし本当に居たとしても姿を表す訳が無いんだし。ならば私が選ぶべきなのは、セフィルさんが見付けてくれるまでの時間稼ぎ!)

「…… ごめんなさい!三郎さん。私家に戻るわ。おばさ…… お母さんも心配するし。村の人達を裏切れないもの」

 強い決意を秘めた眼差しで、柊華が告げた。
「お、お雪…… ?お前、本気なのか?」
「早く戻らないと、三郎さんが皆から酷い目に合うわ。村八分になんかされたら大変だもの!ほら!」
 強めの口調で言い、柊華が三郎の手を引いて村へと戻る。三郎は酷く動揺し、悲しげに瞳を潤ませたが、柊華は気が付かなかったフリをしたのだった。
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