古書店の精霊

月咲やまな

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第四章

【第四話】匠の進路②

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 私立清明学園高等部。
 校舎の二階中央部に位置する理事長室の前に、瀬田が匠と立っている。匠は二の腕をガッシリと掴まれたままで、苦虫を噛み潰した顔をしていた。
 今日は部活も無いし、可愛い幼馴染の柊華と一緒に帰れるまたと無いチャンスだ!と朝からソワソワしていたというのに、いざ蓋を開けてみれば担任の先生と共に理事長室まで来る事になるなど夢にも思わなかったのだから、表情も悪くなるというものだ。

「理事長、加賀地匠をお連れしました」

 扉をノックし、中からの返事を待つ事なく瀬田が中へと入る。
「やあ!来てくれたんだね、わざわざありがとう」
 人懐っこい笑顔を撒き散らしながら、清明学園の理事長であるロイ・カミーリャが返事をした。
 理事長室は他の室内よりも少し——いや、かなり豪華で、貴族の私室を思い起こさせるレベルの高いインテリアが並んでいる。大きな執務用の机が窓際に置かれ、室内の中央部には応接用のソファーセットとテーブルが置かれている。理事長室からも直接行ける給湯室が隣には完備されていて、そこからは紅茶の良い香りが漂っていた。
 全てが全て高校の一角に置くには不釣り合いな高級品ばかりで、初めてこの部屋に入った匠の頭の中は圧巻の二文字に支配されている。

「さあそこへ座ってもらえるかい?飲み物は今、紅茶を持って来るところだったんだが、加賀地君は紅茶は好きかな?」
 金髪に碧眼をした眼鏡男子(自称)であるカミーリャに微笑まれ、匠が慌てて「あ、はい」と背筋を正して答えた。
 理事長など、出しゃばって参加してくる全校朝会や学校行事の挨拶の時くらいしか見る機会が無い為か、目の前にすると妙に緊張してしまう。相手の見た目のせいで、余計にだ。
 担任の瀬田といい理事長のカミーリャといい、眼鏡イケメン率の高い室内で、平均よりはややカッコイイはずの匠が肩身の狭い思いになった。息苦しい気持ちにさえなる。
 早く帰りたい…… そう思う気持ちが、環境のせいで加速する一方だ。

「早速本題に入ろうか、加賀地君」
 長い脚を組み、紅茶の入るカップを手に持ちながら、カミーリャが微笑みを浮かべる。仕事柄的にも理事長はそれなりの年齢になっているはずなのだが、それを感じさせない風貌を持っている。そんな年齢不詳な笑みを前にして、匠が再び座りながらも背筋を伸ばした。
「は、はい!」
 緊張している事がありありとわかる声で、匠が返事をした。
 大事な試合前並みに心臓が五月蝿い。手は汗で気持ちが悪いし、『何をコイツは言い出すのか』といった類の警戒心で頭がいっぱいだった。

 この理事長は、学校行事の度に突飛で不必要な要素をブッ込んでくる事で悪名高いお方だ。お祭り好きな理事長が考える事など、想像する事すら恐ろしい。
 先月は校庭に移動動物園を呼んで写生会をさせられ、その前にはバレンタインイベントだなんだと言って調理可能な状態にした体育館で料理教室を開催され、チョコ作りに悪戦苦闘させられた生徒が多数続出したりもした。そんな相手を前にして、警戒するなと言う方が無理だ。
「悪い話じゃ無いから、んなに焦るなって」
 そう言って、瀬田が匠の背中を軽く叩く。そのおかげで、少しだけ匠が気を取直した。
 生徒と担任の些細なやり取りを前にして、カミーリャがにっこりと微笑み、うんうんと軽く頷く。満足そうな顔で紅茶を一口飲むと、カミーリャが少し勿体ぶった間を開けながら、ゆっくり本題へと入っていった。

「——進路相談の紙を読ませてもらったよ。君は、随分と面白い子だね」

「…… 進路を変える気は無いですよ?俺、ここに入ったのだって、家が近かったってのもまぁあるけど、ほぼ柊華の側に居てやりたかっただけだし」
「ん?じゃあバスケットは好きじゃないのかい?」
 何故その二択がここでくる?と、匠がキョトンとした顔になった。
「いや、ちゃんと好きですよ。じゃないと何年も続けませんもん」
「だよね、うんうん。それは何よりだ。よーし、なら君はアメリカに行こうか!」

「 ………… はい?」

 理事長室が、一瞬しんと静まり返った。
 匠の頭の中は真っ白で、思考回路が完全に停止している。
 電源の落ちたロボットみたいに匠が固まっていると、カミーリャが再び「アメリカだよ、アメリカ。バスケットの本場だ」と、駄目押ししてきた。
「バスケットボールを本気で続けたいなら、皆が行きたがる国だろう?向こうの大学でね、君を見初めた監督さんがいるらしくって、是非ウチへ来ないかって話が来ているんだよ」
「…… い、いやいやいや!無いって!」
(エイプリルフールはとっくに終わったぞ!それともドッキリか?テレビの撮影とか、ネットへ動画をあげる為に録画中なんだろう?どうせまたロクでも無い事に手ぇ出したのか、この理事長!)
 そう思いながら、匠が全力で否定した。

 この学校はカミーリャが理事になる前までは学力のみを重視する校風だった為、運動部はまだまだ知名度が低い。才能のある人材を集め、これから発展させていこうとしている最中にあるので、全国大会へ参加する事が出来ても、まだまだ準々決勝止まりだ。それは匠の所属するバスケットボール部も例外では無い。なので、こんな理由でのアメリカ留学の話をされても、信じられるはずが無かった。
「なくは無いよ。実際こうして話がきているんだしね。君はスポーツ特待枠でウチに入ったじゃないか。実力はあるんだ、あとはもう『どこかで誰かが見てさえいれば』見初められる可能性だってあるよね?そして実際あった訳だ。おめでとう、進路が決まったね」
「…… でも」
 真顔で言われ、匠が言葉に困る。どうやら理事長は、冗談で言っている訳では無いみたいだ。
「でも、お金とかめちゃくちゃかかりますよね?留学って。ウチの家、んなに金無いですよ?それに、柊華だって行けるんですか?」
「あぁ、お金の心配は無いよ。全面的に支援してくれる人もセットで見つかっているからね。んでもね、九十九さんは関係ないんじゃないかな?」
「んな上手い話しある訳ないじゃないっすか!それに柊華置いてなんて、俺行きませんよ?」
 紅茶の入るカップをテーブルに戻し、カミーリャがふうと息を吐き出した。
「加賀地君は現実的なのかそうじゃないのか、よくわからんね!」
「同意です、理事長」
 はっはっは!と笑うカミーリャに対して、瀬田が頷きながら同意した。

「まぁこれに詳しく書かれているから、一度目を通してみてくれるかい?『加賀地でもわかるように書いた』とスポンサーが仰ってたからきっと読めるよ、よかったね!」
「なんか、微妙にムカつくスポンサーですね…… 」
「返答は早めにね。相手の学校との話し合いも進めていかないといけないから。ちなみに行くのは君一人だから、九十九さんを説得とかするんじゃないよ?」
 手に資料を持ち、「早めに返答…… 。アメリカ留学…… 」と匠がボソボソと呟いている。
 だが、彼は後半部分を見事に聞き逃していたのだった。

       ◇

 理事長であるカミーリャが部屋で一人、ポットに残っていた紅茶の最期の一杯分ををカップへ注ぐ。そして先ほどの匠とのやり取りを思い出し、くすっと笑った。

『気持ち悪いですね、貴方がそうやって笑うと寒気がします』

「また勝手に聞いていたのかい?盗聴癖は、治した方がいいよ」
 はっはっはと笑いながら、カミーリャがにっこりと笑う。
 部屋には相変わらず一人きりで、声だけがどこからとこなく聞こえ続けた。
『彼の留学の件は、上手くいきそうですか?』
「さあね。条件は相当悪くないから、普通の神経をしていれば即答レベルだったんだけどなぁ」
 住む場所も、金銭的問題も、手続きに関してだって必要な全てを丸投げしても問題なく留学出来るだけの下準備をしてある。匠がしなければいけない事など、パスポートの用意だけでいいという異例の高待遇だ。
 最後の一押しが足りないのは明らかだが、そこはもうロイでは立場的に手出し出来ない領域なので、後はもう待つことしか出来ない。

「しかし…… 本当に君は性格が悪いね。邪魔な者を地球の反対側にまで飛ばそうだなんてさ。書類や引受先まで全て探して用意して…… 全面的な金銭的支援までするとか、どれだけ邪魔なんだって感じだよ」

 口元を押さえて、カミーリャが笑った。
『貴方だって、邪魔な者が居ればそのくらいはやるでしょう?こっそり内緒で加賀地を殺さないでいるだけ、褒めて欲しいくらいです』
 ふん!と鼻息荒く、声だけの者が少し語気を強めて言った。
「あぁ、僕もやるね。妹を苦しめる奴なら、いつだって社会的に殺してあげよう。完璧にこなす自信だってあるさ。もしそうなったら…… 手伝ってくれるだろう?
 ソファーに背中を預け、脚を組んで、膝の上にロイが手を置いた。笑みは暗く、教育者の仮面は完全に剥がれ落ちている。
『…… 実妹さんもお可哀想だ』
「僕からしたら、九十九さんの方が可哀想だけどな。生まれる前からストーカーされる事が決まった人生って、どんなものなんだか」
『…… その辺の認識について、お互いにまた話し合いの余地がありますね。今度またワインでも飲みながら、捉え方の間違いを叩き込んであげましょう』
「あぁ、いいな。とても楽しそうだけど…… お手柔らかにね」

 こうして、匠の進路の下地が勝手に作りあげられていく。
 資金と権力を持つ者。
 人ならざる者——そんな二人が絡んでしまった以上、もう匠がセフィルの手によってアメリカに追い払…… 、留学するのは決定事項となるだろう。
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