古書店の精霊

月咲やまな

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番外編

「古書店の本で遊んではいけません」

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「柊華さん、柊華さん」
「どうしましたか?セフィルさん」

 ——とある祝日。
 古書店の二階で朝食を食べていると、セフィルが笑顔で柊華の名を呼んだ。
 テーブルに頬杖をつき、ちょっと嬉しそうに笑っている。彼は食事はしておらず、紅茶だけが側に置かれている。食事を必要としないが、気分だけでも付き合おうとしての行為だ。

「今日はお店を休みにして、一緒に出かけしませんか?」

 珍しい提案に柊華は食べかけていたベーコンをポロッと皿の上に落としてしまった。
 柊華をあまり外で出したがらない彼に、いったいどういった心境の変化があったのだろうか。まさか熱でも?いや、精霊は風邪をひかないだろう。じゃあ何故⁈——と、柊華がグダグダ考えていると、そんな心の動きを表情だけで読み取ったセフィルが、くすっと笑った。
「あぁ、出かけると言っても外にではありませんよ。外は日光もありますし、正直得意では無いので」
「え?じゃあどこに…… 」
 行き先が思い浮かばず柊華が困っていると、セフィルが嬉しそうに微笑んだ。
「もちろん、『本の世界』へです。私にしか案内出来ない、これ以上ない刺激的な場所でしょう?」
「…… お雪さんの世界は嫌です」
 本の世界と言われて真っ先に思い出した場所がそこで、柊華は首を横に振った。
「あ、いや…… 『記憶の本』は、後々色々と問題を巻き起こすと思うので流石に私も。それでは無く、有名作品の世界へ案内して差し上げますよ」
「それなら、面白そうですね」
「でしょう?柊華さんならそう言って下さると思っていました」
 ぱっと顔色の良くなった柊華を見て、セフィルが微笑む。期待通りの反応を貰え、彼もとても嬉しそうだ。
「では、食事が済みましたら一階へ本を選びに行きましょうか。そこに興味ある物が無いようでしたら、取り寄せも出来るのでリクエストして下さいね」
「はい!」

       ◇

 食事や片付けを済ませ。二人が螺旋階段を降りて古書店スペースへとやって来た。
 ここ数ヶ月はきちんと営業しており、久々のお休みだ。元々不定休という名の元に、万年閉店しているようなお店だったのが、真面目に仕事をしてみると、マニアックなお客が多数来るようになった為、ショーケースに並ぶ品々も本棚の中身も随分ラインナップが一新された。
 どれも決して安い品では無いのに、誰かのツボを突く物ばかりの様で、皆さん喜んで大枚を置いていってくれる。そのおかげで売り上げはほくほく状態なのだが使う機会が無いという、なんとも経済の循環には優しく無い店となっている点が残念だ。

「さぁ、どれにしますか?」
 店内に並ぶ本棚の前に立ち、二人はタイトルに目を走らせた。
「そうですねぇ…… あまり難しい内容や、怖いモノはちょっと」
「じゃあ、純文学やサスペンス、推理モノなどはダメですね」
「無難に童話で…… そうだなぁ、あ!『人魚姫』とかどうですか?海が見られるし、海外のお城とか綺麗ですよね」
「『人魚姫』ですか、いいですね。王宮内で、言葉の話せなくなった柊華さんを閉じ込めて、押し倒す訳ですね。助けも呼べず、家臣が通るかもしれない廊下で——」
「それはダメですね!…… えっと、『赤ずきん』とかはいかがですか?」
 セフィルの言葉を遮り、柊華が別の本に手を伸ばした。
「おぉ、『赤ずきん』ですか。満開の花畑で柊華さんを押し倒し、お婆さんのフリもしてベットでも美味しく食べちゃうなんて、素敵なお話ですね」
 …… なんか違う。柊華はそう思いつつも、次の本を手に取る。
「『不思議の国のアリス』はどうですか?現実ではあり得ないシーンが多くて楽しそうですよ」
「深い森で意地悪な猫のフリをしては柊華さんを襲い、狂った帽子屋の格好をしては茶会の席で椅子に柊華さんを縛り付け、行為に浸る…… うん確かに捨てがたいシュチュエーションです」
「 ………… 」
 どれを選ぼうがそうなるのですね、と柊華が遠い目をした。
 そうなるだろうなという思いから恋愛モノは避けて童話に走ったというのに、セフィルのこじつけにはもう、ここまでくると感心してしまうレベルだ。

「『眠りの森の美女』!」
「あぁ、意識の無い貴女を城に閉じ込めて、百年間も思いのままにできますね」

「『シンデレラ』は」
「夜会になど行かせず、カボチャの馬車の中でしっぽりと…… 」
「セフィルさんが魔女ですか⁈あ、や…… 合ってますけど、合ってますけども!」

「『ヘンゼルとグレーテル』ならば!」
「当然、魔女を早々に亡き者として、お菓子の家で延々と兄妹そろって——」
「き、近親相姦はダメですよ⁈」


       ◇

 柊華が店内に置かれたソファーの上でぐったりとしている。
 結局『この本の世界へ遊びに行こう』という一冊が決まらぬまま、あれから二時間が経過してしまった。どの本をチョイスしても全てが全て『そのシュチュエーションをフル活用して夜伽に勤しみましょう』になってしまう為、柊華の望む趣旨からはどうしても逸れてしまうのだ。

(どうしよう…… せっかく面白そうな提案をしてくれているのに、これでは選べない!)

 どう考えてもセフィルが全面的に悪いのだが、柊華は選べないまま二時間も無駄にしてしまった事に対し、申し訳無い気持ちになってきている。
「お茶でも淹れましょうか?」
 セフィルに気遣われ、「あ、いえ。大丈夫です」と柊華は断った。
「そう焦らずとも、ゆっくり選んでいいんですからね?」
「…… セフィルさんは何か、この本はっていう一冊は無いんですか?」
「私ですか?」
 訊かれるとは思っていなかったのか、セフィルが少し驚いた顔をした。
「はい。だって、私が選ぶ本はどれも、セフィルさんの気持ちを違う方へ刺激するものばかりなんですもん」
「まぁ確かに」
 本心八割、三割は慌てる柊華が可愛くてつい卑猥な方向へ話をずらしていった自覚があったので、セフィルが素直に頷いた。
「そうですねぇ…… では、こちらなんかどうですか?」
 そう言って、セフィルが差し出したのは一冊のパンフレットだった。
「…… 遊園地の写真集ですか?」
 国内最大のテーマパークの写真集を渡されて、柊華はきょとんとした顔になった。
「何も物語に拘らずとも、本であれば私はその世界へ貴女をお連れする事が出来ますよ。しかもその本、施設だけを撮影していて客が一人も居ないんです。つまり、全施設が貸切で、待ち時間無く遊べます」
 それはそれで少し寂しい気もするが、セフィルと二人で遊園地という提案はとても魅力的な響きだった。
「じゃあ…… その本にしましょう!」
「いいんですか?他にも、色々ありますけど」
 そう言って、差し出してきたのはどれも観光施設を撮影したものだった。古書店の隅で、誰の手にも取ってもらえぬまま、放置されていた物だ。
「この本がいいです。だって、セフィルさんからデートっぽいデートに誘ってくれたんですもん」
 発行年月日が最近のものではないその本では最新のアトラクションは無さそうだったが、それでも柊華は嬉しかった。ちゃんとデートっぽいお出かけなど、人生で初めてだったから当然だ。

 ギュッと胸に本を抱きしめて柊華がセフィルに笑いかける。
「楽しみですね」
「…… えぇ、とっても」
 素敵な祝日のスタートは、もう目の前だ。


【終わり】
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