【完結済作品の短編集】

月咲やまな

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【それでも俺は貴女が好き】

夢見(鈴音・談)

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 去って行く人の後ろ姿を、今までアタシは何度見送っただろうか。
 昔関わった人達の事を思い出すと、それらは決まってそんな姿ばかりだ。流石に全員と付き合っていた訳じゃない。交際にまで発展した相手なんてのはほんの数人だ。あの手痛い失恋の後は、要に会うまで一人もいなかった。
『アイツなんかの事は俺が忘れさせてやる』と言って近づき、結局は頑ななままのアタシから、『君は強い人だから、一人でも生きていけるな』と言って消えて行くんだから、男は何とも勝手な生き物なのだろうかと随分思ったものだ。
 自分の態度にだって非があった事は認めるが、それでも『もしかしたら、彼からば——』と、思える隙すら持つ前に諦めていくのはどうかと思う。でもまぁ『テメェは“過去の失恋に苦しむ女性を癒した自分”に酔いたかっただけじゃねぇか』としか考えられず、心が傷付きもしなかった事を思えば、ある意味それで良かったのかもしれない。

 待たされた事で負った傷は、待たせる側になる事で癒せる訳では無いが、せめて『この人となら永い刻を共に過ごしていけるだろうか』と、考える時間が欲しかっただけなのに…… 。


「——さ、ん。す…… ねさん?鈴音さん、大丈夫?悪い夢でも見てる?」
 肩を何度も揺すられ、アタシはゆっくり瞼を開けた。半裸姿の要が視界を支配し、その事に驚いてアタシは「うわぁ!」と色気の無い声をあげて布団の中で距離を取った。

 初めて要との同衾を経験してから、もう数ヶ月も経ったというのに、未だに他人の居る布団には慣れない。あまりに一人で居る期間が長過ぎた弊害だろうか。眠れないという程ではないのだが、どうにも目覚めた時に落ち着かない。
 瞼を開けて、目の前に端正な顔の寝顔を見た時なんかは、電気ショックを受けた時みたいに肩が跳ね上がってしまう。しかもコイツは、いつもいっつも半裸で寝るし!格闘技をしているだけあって、整った顔から伸びる首は筋肉質なのに太過ぎず、胸筋は綺麗に膨らみ、そこから続く腹筋もまた——って!そんな事はどうでもいい、どうでもいいんだ。早く慣れないと、何度も何度もこう驚いていては、年上として情けないだろ。

「…… す、すまん。叫ぶつもりは無かったんだが」
「別にいいんだよ。俺的には嬉しいし。だってさ、それって、全然こうやって誰かと一緒に寝慣れていないって証拠でしょ?そんな女性の横に、今は自分が居るんだって思うと、独占欲が満たされるんだよねー」
 そう言って、要が私の眉間を指先で撫でてくる。どうやら夢見のせいで、アタシの顔はしかめっ面になっていたみたいだ。
「でも、ごめんね?気持ち的にはこのまま寝かせてあげたかったけど、退出時間も迫ってきてるし、何か夢見も悪そうだから起こしちゃった」
「あ、いや。起こしてくれて良かったよ。出る前に少しシャワーも浴びたかったし」
 体を起こし、要に背を向け、足を床に下ろす。自分も今回は服も着ずに寝てしまったみたいで恥ずかしい。早く何か体を隠せる物は手近に無いかと見回したが、生憎その類の物は全く無かった。
「一緒に浴びる?」
 指先で背骨のラインをなぞりながら訊かれ、体がぞくっと震えてしまう。この程度触れられただけでも、ほんの数十分前の行為を思い出してしまう自分が嫌だ。
「…… 断る。また今日も、ギリギリになって時間延長を頼む事になるじゃ無いか」
「やっぱ毎度じゃ警戒されるかー、残念!鈴音さんと、もっとしたかったんだけどなぁ。お次はまた来月とかもなっちゃうしさ」
「それは、悪いと思ってる」
 背に聞こえる声が本当に残念そうで、申し訳ない気持ちになる。
「あ、いや。鈴音さんのせいだけじゃ無いっしょ。俺だって道場で練習練習ばっかだし、そろそろ書かないとヤバイレポートもあるし、四年でキッチリ卒業出来るように授業にも真面目に出ないといけないんだしさ。むしろ、最近はあまりバイトにも出られないから、こっちが鈴音さんに迷惑かけちゃってるなーって思ってんのに」
 後ろからアタシの腰に逞しい腕を回し、ギュッと抱きしめてくる。
「だから気にしないで。んで、シャワーは一緒に浴びよう!」
「いやいやいや!そういう流れでは無かった!」
「そこは気付いちゃダメだよ」
 
 こんなバカなやり取りをしているだけで、少しずつ同じ刻を重ねていく事で、頑なな心が風に吹かれた砂の城のように徐々に崩れ落ちていくのを感じる。残念ながらまだ完全には、お互いの年の差や過去の恋愛での経験を割り切れた訳では無いけれど、数年前よりは随分とマシになっている気がする。
 待って、待たされての時間が惜しいと思う事はもう無い。むしろそれが苦じゃ無いと感じられる貴重な存在を、アタシはこのまま大事にしていきたい。

 あぁ願わくば、彼と過ごす時間が一秒でも永く続きますように——

 柄にもなくそんな事を願ってしまう。
 アタシを求めてくる熱量がずっと変わらない要の隣に居続けられるように、若い彼氏に釣り合う様にお洒落しようかと考えるよりも先に、まずは筋トレとランニングを続けて体力を維持しなければと思う辺り、すっかりアタシも脳筋になりつつあるようだ。


【終わり】
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