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本編

【第四話】旅支度

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 お香騒動以降、一週間程度の日々が流れた。
 この世界にレイナードが異世界召喚をされてすぐに続いた些細な騒動は追加で起こることなく、鳴りを潜めている。
 ロシェルによる神殿内の案内、修道院や病院への慰問の付き添いなどくらいしかない、平穏な時間をレイナードはすごせていた。
 このまま帰還の日を迎えられるのでは?と彼が錯覚しそうになったある日、ずっと執務室や自室などに籠っていたカイルにレイナードは突然呼び出された。少し困った事態になったので、是非相談したいとの事だった。

 セナからその言伝を受けて、二人でカイルの待つ執務室へと向かう。
 カイルの執務室に入るなり、真正面に置かれた広い机の上に、山積みになっている本や書類の多さにレイナードは驚いた。見た事も無い用途不明な器具や素材も其処彼処に混じっていて、何が何だかわからない状態だ。初めてここに来た時とは違って乱雑になってしまった室内は、この一週間カイルが必死に古代魔法の為の用意をしていた事を察するには十分なものだった。
「あぁ、来てくれてありがとう」
 二人の入室に気が付き、作業中だったカイルは顔を上げて椅子の背もたれに体を預けた。
「何かあったのですか?」
「まぁ、まずはそこへ座ってよ」
 促され、レイナードは室内にあるソファーに座る。セナはカイルの側へと立ち、後ろに控えた。
 カイルは自分の席に座ったまま近くにあったメモに目をやり、溜息をこぼす。
「実は、送還魔法を使う為の素材で、手に入れられなくて困っている物があるんだ」
「不足品ですか」
「元々数が少ない素材でね。何でこんなもん指定するんだと叫んじゃったよ、本を見た時は」
 額を押さえ、カイルが頭を振る。その様子に、とても厄介な物なのだなとレイナードは推察した。
「一体何が足りないのですか?」
「……黒竜の鱗だ。元々竜の鱗自体ほとんど流通してないっていうのに、よりにもよって黒竜とか巫山戯るなって感じだよ」
「りゅ、竜もいるんですか!」
 レイナードは驚いて声をあげた。
 彼の世界では竜は神話や空想上の存在だったので、その様な生き物までここにはいると流石に考えてもいなかったのだ。
「うん、最果ての森にね。他にも何点か足りない物はあるけど、そっちは時間の問題なだけだから神官達だけでなんとかなるとは思う。けど、鱗はねぇ……」
 机に頬杖をつき、カイルが指でメモをトントンと叩く。
 その様子にレイナードは、確かに神官達では竜のような神にも匹敵しそうな存在を相手になど出来ないだろうと思い、ゴクッと唾を飲み込んだ。だからと言って、自分でもどうにか出来るとは正直思えない。俺ならばと自惚れるほど、彼は自分を過信してなかった。
(カイルはいったい何を自分に頼む気なのだろう?)
 レイナードは起こり得るだろう事を、頭の中で考えながら次の言葉を待った。
「僕が言うのもなんだけど、あの子引き篭もりだからさ、鱗を外で落とさないんだ」
「そんな理由ですか!」
 入手困難な理由が、予想よりも遥かにくだらないものだったので、レイナードは驚嘆を隠せなかった。討伐を頼まれるのではとすら考えていたのに、まさかの引き篭もり!
「住処も説明出来る程きちんとはわかっていないから、まずは森に行って黒竜を探すところから始めないと」
「それは時間がかかりそうですね」
 レイナードが少し遠い目になってしまう。緊張感が一気に抜けてしまったせいだろう。
「うん。それでね、申し訳ないとは思うんだけどレイナードに探しに行ってもらえないだろうか。君が探してくれている間に、鱗を使わない他の魔法具を作っておければ時間短縮になると考えているんだけど……どうだろう?」
「それが一番効率的だと判断んしたのですね?」
「そうだね。最も面倒な事を頼んで本当に申し訳ないけど、君は騎士団長だと話していたし、腕も立ちそうだ。武に長けていない神官達に頼むより確実だと思う。竜が住む森は、この世界でも危険だと言われる地域だから、あの子を探すだけでも危ないんだ」
 なるほど、とレイナードは納得した。
 引き篭もり竜の鱗探しだけならばまだしも、その地域が安全な場所では無いのなら、それが必要な自分自身が行くのが当然だろう。魔法は使えないまでも、剣技には自信があるレイナードは、この任務に適していると判断したカイルは間違っていないと思えた。
「わかりました、お任せ下さい」
「ありがとう!君ならそう言ってくれるだろうと思っていたよ」
 カイルは目の下に少しクマのできた顔で、パッと明るく笑った。
「実はね、了承してくれる事を前提に用意は既にこちらで始めておいたんだ。だから、レイナードさえ良ければいつでも出発できるよ」
 肩を竦め、カイルが苦笑する。でもレイナードは特にそれに対して気が早いなどと怒ることは無かった。最善を選ぶのは、上に立つ者ならば当然の判断だ。
「ははは、流石ですね」
「それしか思い付かなかったからね。自分で行くのが一番早いんだけど、古代魔法を使う為の魔法具を作れるのはここには僕しかいないから、次に確実な手を選択するのは当然だろう?他の神子にどちらかでも依頼しようとすると、みんな個性的過ぎて説得に時間がかかるからねぇ。素早く動いてくれそうな神子二人は今揃って妊娠期だから、頼みたくないし……」
「それは時間の無駄ですね。私が適任者だと言うのは納得です」
 頷くレイナードに、「だろう?」とカイルも続けた。
「装備や荷物一式を客室へ運ばせるから確認して欲しい。足りない物があったらイレイラへ頼んでもらえるかい?旅の件は妻に任せてあるから」
「わかりました。すぐに戻り、確認します」
「道案内役として一人だれか神官を同行させようと思っている。誰にするか決まったら、客室へ向かわせるよ」
「色々ありがとうございます」
 レイナードはそう言うと、座ったまま頭を深く下げた。それに対し、カイルが困った表情を浮かべる。
「僕のミスが原因だ。レイナードが礼を言うことじゃ無い」
「ですが——」とレイナードが言葉を発した時、水掛け論になりそうな流れに対しセナが口を開いた。
「レイナード様、ご確認の前にロシェル様へ顔をお出し頂けますか?何も告げずに出られては、心配なさりますので」
「あぁ、そうだね。僕からも頼むよ」
 うんうんと頷き、カイルも同意する。
 レイナードは二人に対し「了解です」と答えると、その足でロシェルの私室を目指すことにした。
 最果ての森という場所がどの様な場所なのか見当もつかないが、今出来る事をとにかくやらねばとレイナードは強く思った。

       ◇

 一人私室でくつろぎ、シュウと一緒に寄り添いながら刺繍を楽しんでいる。本当ならシドもいれた三人で一緒に何かをやりたかったのだが、彼の部屋へ行くと反応が無かったので、仕方なく今さっき戻ってきたところだった。
「何処へ言ったのかしらね?シドは」
 シュウヘ訊いたからといって答えは得られないのに、つい口に出してしまう。
 案の定シュウは首を傾げて短い鳴き声をあげるだけだったのだが、その仕草が可愛らしかったので、私は少し心が和んだ。
 指先を少し揺らしながらシュウヘと近づける。すると、子猫がじゃれつくみたいに遊び出し、刺繍どころではなくなってきた。
 尻尾を振り、小さな光を撒き散らしながら何度もジャンプして掴もうとするのを、指揮者の様な仕草で回避する。「ピャッ!」と声をあげながらシュウが悔しそうに指を追い、私は逃げる。その繰り返しをしていると、扉がノックされる音が聞こえた。
「誰かしら?どうぞ!」
 少し大きめの声で音へ向かい返事をすると、「失礼します」と言いながらシドが入ってきた。
「シド!戻ったのね、どこへ行っていたの?」
 彼の姿を見るなり私は、手に持っていただけになり全く進んでいなかった刺繍の枠をテーブルに放るように置いて、シドの元へと駆け寄り、彼の腰回りへと抱きついた。
「カイル様に呼び出されたから、彼の執務室へ行っていたんだ」
「あら、父さんが?最近忙しそうにしていたけど落ち着いたのかしら?」
「いや、相変わらずだったよ。疲労が溜まっているのか少しクマができていたな」
「回復魔法を使えばいいのに。それすらも億劫なのかしら」
 頰に手を当てて、んーと唸ってしまう。人の事は言えないが、父は何かに集中すると他が見えなくなるので少し心配だ。
「かもしれないな」
 効率的では無いなと思いながらも、その辺のことは母やセナが管理するだろうと、私は特に考えない事にした。自分が干渉せずとも二人はしっかりやってくれる。
「どうぞ座って、シド」
 逞しい腰から離れ、服の袖を引く。相変わらず白いシャツにトラウザーズというラフな格好だったが、こうも剛健な体つきだと、それでもお洒落に見えてしまう不思議さに私は少しずるいなぁと思ってしまった。
「いや、すまないロシェル。遊びに来たわけではないんだ」
 シドは申し訳なさそうにそう告げ、袖を引く私の手をそっと解く。そのままその手を掴み、包み込む様に手を更に重ねてきた。
「……どうしたの?シド」
 いつもと違う様子に少し不安になる。父と会って何かあったのだろうか?
「実は、しばらく神殿を離れねばならなくなったんだ」
 その一言に私は驚いた。シドが神殿を離れる事があるなど考えてもいなかった。
「何故?シドは私の使い魔でしょう?側に居てくれないと寂しいわ!」
 少し声を荒げてしまった私に、同意する様にシュウまで「ピュッ!」と声を上げて、テーブルの上で頭を縦に振っている。
「シュウ、お前まで文句を言うな。オレに任せろくらい思えないのか」
 レイナードは呆れた声を上げて、額を押さえた。
 そんな彼に向かい、横に首をブンブン振るシュウの姿に少し笑ってしまった。シドも楽しかったのか、眉間にシワを寄せながらも口元は微笑んでいる。
「いつまでかかるかわからないんだ。その間はシュウ、お前がロシェルを守ってくれ」
 不満げな声しかあげないシュウ。私もそれには激しく同意した。
「イヤですシド!私も一緒に行きます!」
 私の一言に「は⁈」「ピャッ⁈」と、二人が揃えて声をあげた。使い魔同士何か通じるものでもあるのだろうか?
「使い魔が出かけるのに、主人が同行しないなどおかしいわ!しかもシドは異世界から召喚されているのよ?この世界の事を全く知らないのに神殿を出るなど無茶です!」
 シドが握ってくれている片手に、自分も手を重ねて強く包む。この手を離したく無いという、思いを込めて。
「待ってくれロシェル。君はこの国を出た事があるのか?森の危険性は認識しているのか?」
 レイナードに指摘され、私は声を詰まらせた。どちらの経験も無いのに、同行させろとは確かに無茶だったかもと認めざるおえない。でも、シドを一人で行かせるなど絶対にイヤだ!
「私は魔法が使えます!地図も読めますし、基本的な旅の知識はちゃんとあるわ!」
 旅の経験が無い事は伏せた。だが、嘘はついていないわ!
「目的地は最果ての森の一つだと聞いている。かなり危険な場所なのだと。そんな場所にロシェルを連れてなど——」
 その言葉を聞き、私は最後までシドの言葉を聞かずに「尚の事一人でなど行かせられないわ!」と悲鳴に近い声で叫んだ。
「魔物が多く居るのよ?貴方だけでなど無理よ!」
「神官の一人が同行してくれるそうだから大丈夫だ、そんなに心配するな」
「神官は騎士では無いわ。魔法に関しては私の方が腕は上よ。私が行きます」
 真剣な顔で、キッとシドを睨みつける。神官達のことは信頼しているが、今回に関しては話が別だ。
「……ロシェル」
 我儘を言わないでくれとシドの顔に書いてある。でも、やっと得られた全ての感情を吐露出来る相手なのに、離れるなんて絶対に耐えられない。
「俺には判断出来ない。カイルに直接訊いてくれないか?だが、ロシェルの同行など俺は反対だ。その事は忘れないでくれ」
 強く、ハッキリとした拒絶に体が震え、どちらからとも無く手を離す。行く宛のなくなった私の手は、スカートをギュッと掴んだ。
「わかりました。今から父さんに訊いてきます」
 シドの顔を見られないまま頷き、肩へと飛び乗って来てくれたシュウと共に、私は私室を出て父の執務室へと向かった。


「父さん!」
 ノックもしないまま私は父・カイルの執務室の扉を両手でバンッと開き、大きな声で叫んだ。
「ロシェル?どうしたんだい?」
 乱雑になっている机の奥で、父が頭を上げ、私の来訪に驚いた顔をした。
 シドから聞いていた通り少し顔色が悪く疲労が滲み出ている。いつもならそんな父を気遣い、側に仕えている事が多いセナはそこに居なかったので、他に仕事があったのかもしれない。
「シドが最果ての森へ行くと聞いたけど何故なの?私も行くわ!」
 反対されようが絶対に説得してみせる決意を胸に父へと告げる。
 淑女としてあるまじき、仁王立ちの状態なうえに鼻息も荒げてしまっていたかもしれないが、気を使う余裕もない。
 さあこい!どんな事があろうと私は——!
「行くって……まぁ良いけど。足手纏いにはなっちゃダメだよ?」
「え!いいの⁈」
 父がアッサリ許可してくれた事に、私は逆に驚いた。反対される前提で来たのに何故⁈と思ってしまう。こんな簡単に認められていいものなの⁈拍子抜けもいい所だ。
「レイナードが一緒なら問題無いんじゃない?神官の誰かを同行させようと思っていたけど、ロシェルに任せようか。あ、でもそれだと道案内は別に必要だから……そうだな、サビィルは一緒に連れて行ってもらおうかな」
 そう言ったかと思うと、父は机で再び作業をし始めた。何かを作っているみたいだ。もしかして魔法具だろうか?
「……えぇ、父さん。ありがとう」
 拍子抜けしてしまい、声が小さくなった。私の昂ぶった気持ちは何処へぶつけたらいいのだ。
「じゃあ、後はイレイラに任せるね。もうレイナードの客室に戻っていると思うから行ってみて」
「あの……父さん?」
「ん?」
「ところで、何故シドは最果ての森なんかに行かないといけないの?」
「魔法具の材料を揃える為にだよ」
「魔法具?古代魔法をまたおこなう予定があるの?」
「……え?」
 父が突飛な声を出し、作業中だった手を止めてゆっくり顔をあげる。
 何か変な事を言っただろうか?と不思議に思いながら答えを待っていると、表現し難い困惑した顔の父と目が合った。
「あー……、聞いていなかった?うん、そういえばそうだよねー、そうだったよねー」
 棒読みでそう言う父。
「えっとね、これはレイナードの送還魔法の為だよ」
「……何故?シドは私の使い魔よ?どうして帰さないといけないの?」
「そこからか!」
 クシャッと髪をかきあげ、父がため息を吐いた。
「えっと……召喚対象だったのはシュウだったんだけどね、シュウが首に巻き付いていたせいでレイナードは古代魔法に巻き込まれてここへ来たんだけど、それも聞いてないの?」
 聞いていない。
 シドはそんな事私に教えてはくれなかったわ。私は……シドに信用されていないのだろうか?それとも私が『使い魔になってくれ』とお願いしたから?我儘を聞いてくれているだけなの?『お友達が欲しい』と本心をいきなりぶつけたから言い難くなったの?——そう思うと、ギュと胸が苦しくなった。
「巻き込まれただけだから、レイナードは早急に返してあげないと。彼は元の世界でしっかりとした立場のある人だからね」
「で、でも、シドは私のお願いを聞いてくれているわ。私の使い魔だって、私を主人だって言ってくれて……」
 何故彼はそんな事を?
 力無い声しか出ない。彼の本心を思うと、怖くて仕方がなかった。
「……そうだね。今はそうだと思うよ。でも、用意が整えばレイナードは異世界へ帰る」
 シドが帰る。
 居なくなる?……イヤだ。
 首を振って無言のまま、勝手に足が後ずさる。そんな私を見て、父はとても真剣な顔つきになった。
「ロシェル、お前は何故その事を嫌だと思うのか、よく考えた方がいいよ。そしてお互いによく話し合って。僕がどうこう干渉出来る事じゃない」
 もっともな父の言葉に、私は言葉を続けられなかった。
 頷き、無言のまま執務室を出る。でも父は私に向かい特に声はかけてこなかった。作業に集中したかったからとかでは無く、言わねばならぬ事はもう伝えたからという感じだった。

 シドの考えている事はわからないが、彼が側に居てくれている間だけでも……主人らしくいよう。お詫びになるとは思えないが、せめて望むままを叶えてあげなければと、強く思った。でなければ、私の我儘に巻き込んでしまった彼の側に、私が居る事など出来ないわ……。

       ◇

 レイナードの使っている客間で、イレイラが目を輝かせながら大はしゃぎしている。
「足りないものは無いかしら?」
 使用人に頼み、部屋の中に運び込んだ様々な品を見渡しながら、イレイラはレイナードへと尋ねた。
「えっと……そうですね、問題無いと思います」
 イレイラのテンションの高さに、レイナードは引き気味だ。
 だが、そんな事には全く気が付かないまま、マネキンに着せている鎧を前に立ちイレイラが説明を始めた。
「この鎧とっても素敵でしょう?王宮の騎士団から借りて来た物を、私が魔法で彩色して細工も入れたのよ。この銀色の竜をイメージしたライン部分は自慢の箇所よ。狼もここに入っているの。目立たないけど、だからこそ素敵だと思わない?」
 レイナードのサイズにしっかり合わせた鎧は濃紺一色に塗り上げてあり、部位ごとに竜や狼を混ぜた細いラインが周囲に銀色で走らせてある。背中には刺繍の入る白いマントまであり、実用性よりも式典で着るべきデザインだとレイナードは思った。
「軽量化もしてあるから、着ても動き易いはずよ。武器も用意したの!見ていただける?どれにしましょうか、大剣だけでなく双剣や片手剣と……他にもあるのよ。もちろん、盾だって大・中と揃えてあるわ。レイナード様の得意な武器を知らなかったから、思い付く限りの種類を用意させたわ。全て私がデザインし直したのよ」
 机に並べられた武器を前に、イレイラがクルッと回った。
 どれも確かに格好いいが……こちらも式典用だなとレイナードは遠い目をしながら思った。
「もう気分はゲームの武器屋や装備屋みたいな気分だったわ!これから冒険で出る勇者の初期装備を揃える人達ってこんな気分なのかしら?」
「そうかもしれませんね」
 レイナードはそう答えたが、イレイラの言っている言葉の意味など、微塵も理解出来ていない。だが説明を求めても、自分とも違う日本とかいう国のある異世界から来たらしい彼女の言葉では意味不明なままだろうなと思い、流す事にした。
「マントは戦闘が始まると消える仕様にしたわ。背後が見えにくいとか邪魔になっては困るでしょう?大剣は重量も必要だろうから、レイナードが望む重さになるよう調整するわ。弓もあるけど、どれが好き?」
「魔物を相手にするのに、イレイラ様が最適だと思う武器でお願いします」
 少し投げやりな気分でレイナードは答えた。
 魔物など見たことも無く、強さもわからない相手だ。知っている者に頼んだ方がいいだろうという思いもあるが、正直もうどれでも使えるから何でもいいやという気持ちの方が強かった。この無駄に高いテンションをぶつけられる時間が早く終わればそれでいい。
「なら大剣にしましょう!レイナード様のような屈強な騎士様には、一番合うと思うの」
「ではそれでお願いします」
「わかったわ、では重量の調整を後でするわね。あー私が魔法を使える様になった後で、本当に良かったわ!」
 異世界転生でここへ来ても、潜在能力は高いのにイレイラはなかなか魔法が使える様にならなかった。ロシェルが生まれたあたりから少しづつ使える様になり、今はだいたいの魔法を操れるまでに成長したが、主に趣味に特化した魔法が得意になってしまった。だがそれを活用する機会にあまり恵まれなかった為、レイナードの装備準備はもうて天職を得た様な気分だった。
「鞄の中身も見てもらえる?回復薬や野営用品も用意したわ。ちゃんと経験のある警備兵や騎士達に必要品は何か聞いてから用意したから、無駄な物は無いはずよ。でも、足りない物があれば用意するわね。あ、こちらも見てもらえる?」
(いつまで続くんだ?……有難いんだがこのペースは疲れるな)
 レイナードがそう考えていた時。コンコンと扉を叩く音が客室に響き、レイナードは天の助けか?と思った。
「どうぞ!」
 声をあげてレイナードが答える。すると、ドアを開けて入って来たのはロシェルだった。
「あら、ロシェルも来たのね」
 娘の来訪に気が付いたイレイラが、説明を中断して顔をあげた。
「……素敵な装備ね」
 マネキンの着る鎧を見て、ロシェルが感嘆の息をつきながら室内へと入ってきた。
「これを着て素材を取りに?」
 いつものロシェルらしくない元気のない表情で、彼女はレイナードを見上げた。
「……そうなるな」
 苦笑し首肯する彼に「絶対に似合うわ」と短く言う。
 この状況ならばイレイラと共に大はしゃぎしてもおなしくないのに、そうはならないロシェルの様子にレイナードが違和感を感じた。
「ロシェル?」
 名を呼び、彼がロシェルの肩に手を置いた。「何かしら、シド」と返事はしたが、心ここにあらずといった感じだ。
 これはきっとカイルにダメだと言われたのだろうとレイナードは考えたが、彼女がイレイラに言った言葉は全く逆の内容だった。
「母さん、私の装備も用意出来る?一緒に行く許可を貰えたの」
「まぁ貴女もなの?今日はいい日ね!」
「待って下さい!魔物が多くいる危険な場所だと聞いていますが、大事なお嬢さんを同行させても平気なのですか?」
「まぁ……心配じゃないかと言われれば確かに心配だけど、魔物は大量に集まりでもしない限りはロシェルの魔力なら余裕で倒せるわ。個々の力はたいしたことないもの。それに今回はレイナード様が一緒だし、娘が外を知るにはいい機会だわ。可愛い子には旅をさせろってね」
 ニコッと優しくイレイラに微笑まれ、これは断れないなとレイナードは思った。ふぅと息を吐き出し、頭の中身を入れ替える為に瞼を閉じる。
 カイルとイレイラが許可している事を自分が反対しても覆せないだろう。同行させる事の不安は拭えていないが、もうこれは自分が守るしか無い。ロシェルの使い魔として、責務を果たすしかない。切り替えの早さは自分の長所だ。不安は捨て、しっかり準備を済ませ万全の体制で主人を守ろう。大事な……女性を……。
「わかりました、お任せ下さい」
 決意を胸に頷くと、イレイラは満足げに頷き返した。
「では、ロシェルの用意を始めましょうか。魔法使いらしいローブを基調とした装備にしましょう。貴女は神子の娘なのだから白魔道士っぽく白にしましょうか。いらないけど、杖もあると雰囲気が盛り上がっていいわね!」
 顎に手を当てて、うんうんと頷きながら好き放題イレイラが話し出す。
 そんな様子を二人で見ていると、ロシェルの肩の上に置いたままになっていた俺の手に、彼女が自分の手を重ねてきた。
「……ねぇシド」
「なんだ?」
「足手まといにならないよう頑張るから、私を側に置いて欲しいの。……離れたく無い」
 小声で俯きながら言われてロシェルの顔は見えなかったが、声には切実さが滲み出ていた。
 『離れたく無い』の一言に、無駄に心臓が騒ぐ。主人としてだと頭ではわかっているのだが、別の意味まで孕んで聴こえるのは絶対に俺の願望だ。少なからず可愛らしいと思って見てしまう女性にそう言われて、欠片でも違う意味を見出してしまうのは仕方がないと思う。
「心配しなくていい、置いていくなどもう言わない」
 肩に置く手に少し力が入った。細い肩を折ってしまわない様気を付けねばと思っていると、ロシェルが振り返り、俺を見上げた。
「安心してシド。貴方の願いは……私が叶えるわ」
 願いとは何の事だ?嫁の事くらいしか思い付かなかったが、ここへきて誰にも話していないから違うだろう。まぁもし話していたら、ロシェルがそんな事を叶えるなど言うはずがないのだが。
 不思議には思ったが、訊けなかった。イレイラが「ベースになる衣装を用意して、それを元に改造しましょう。一旦ロシェルの部屋へ行くわよ。その間に足りない物が無いか見ておいてね」と言い彼女を連れて行ってしまったのだ。
「わかりました」
 そう答えたが、ロシェルの背を押してサッサと部屋を出て行ってしまった二人に聞こえていたかは疑問だった。

 客室に一人になった。
 嵐が去った後の様な、そんな静けさが部屋を満たす。
 マネキンの着ている鎧と、多くの武器。野営準備の為に揃えてくれた道具一式を再度確認する。経験者の意見を聞いてきたと言っていたイレイラの言葉通り、不備は無さそうだ。無駄にデザインへのこだわりがある事が気になったくらいで、最低限自分が欲しい物はある事に安堵する。後は現地で水の確保さえできれば、何とかなりそうだ。
 ロシェルに大荷物を持たせる訳にはいかないので、二人の荷物は軽い物と重い物とに分けるべきだろう。彼女用の鞄も用意してもらい、相談しながら後でやるか。
 荷造りさえ終われば、もう今日にだって出発出来るそうだ。だが、単身での旅ではないので、タイミングはロシェルに任せようと考えた。
 時間の流れの差がどのくらいあるのか不明な為急がねばならぬ旅……のはずなのだが、ここに来てからずっと自分が『急いで帰らねば』と焦っていない事に今更気が付いた。カイルは切羽詰まった感があり、少しでも早くと努力してくれているのにだ。
 何故だろう?と、腕を組み頭を傾げて考える。ここが思いのほか快適で、自分の容姿を意識しないですむからだろうか?
 ……そんなくだらない理由で?何か他の要因だろと思ったが、これかというものが浮かばない。戦争しかしてこなかった自分は、それ以外では残念ながらとんだポンコツだった。
「……『離れたく無い』、か」
 ロシェルが言っていた一言がやけに耳に残り、俺はそれこそが答えだと気が付かぬまま、客室で一人彼女達が戻るのをただ待っていた。
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