いつか殺し合う君と紡ぐ恋物語

月咲やまな

文字の大きさ
82 / 93
【イベントストーリー】

バレンタインデー

しおりを挟む
 ——これは、焔がオウガノミコトの手によって異世界へ放り出された日から、数ヶ月程先のちょっと特別な日のお話。


       ◇


「リアン。確かお前も、異世界転移者だと言っていたよな。なら知っているか?」

 拠点の作業スペースの前でしゃがんでいたリアンに対し、不意に焔が声を掛けた。彼のすぐ隣には五朗も居るのだが、そちらの存在の方はどうでもいいっぽい。
 リアンもリアンで、『焔はアオリ視点から観ても可愛いな』などと、かなりくだらない事を考えつつ、「何をですか?」と訊きながら首を傾げた。

「“せんとばてれんたいんでぃ”とかいう、イベントの事だ」

「あぁ、『リア充死ね!』なイベントの事っすよね。リアンさんだったらかなりモテただろうから、さぞかし楽しい日ばかりだったんでしょうねぇ」
 卑屈になりながら、五朗の方が先に返事をした。
 するとリアンは笑顔ではありつつも、『お前が先に返事をするな』と言いたげな顔で「主人は私に話しかけたのですよ?」と言いながら、五朗の肩をポンッと叩く。その力加減は相当軽くだったずなのに、負の感情が加算されたせいか、彼の肩には手の形でくっきりと赤い跡がついてしまった。

「邪魔をしないでもらおうか。俺はリアンに話し掛けたんだ」

 そう言う焔も少し不機嫌な声色だ。
 五朗の言う通り、元の世界でのリアンは相当モテたのだろうなと思うと正直ムカつく。素直にそうと言えばリアンも喜ぶだろうに、焔には伝える気が無かった。
「ず、ずびばせん…… (すみません)」
 ヒッと喉の奥を鳴らしながら、五朗が二人に謝った。
 出過ぎた真似をしたか、とも言えない程度の発言とタイミングだったので納得はしていないのだが、謝る以外の選択肢を選べない。まるで、“謝りますか?”もしくは“土下座しますか?”の二択しか選べない選択肢が、目の前の画面に表示されているような気分だった。

「聖バレンタインデー、もしくはセイントバレンタインデーの事ですね。えぇ、もちろん知っていますよ」

 作業中だった手を止めて、スクッとその場で立ち上がり、胸に手を当てる。そしてちょっとだけ頬を染めて、リアンは「まるで私達の為にあるようなイベントですよね」と言い切った。

「せいばれんたいんでぃ、か。微妙に覚え間違えていたんだな、すまん」
 やたらと強調した“だけ”の部分も、『私達の為』発言もサラッと流し、焔がそうだったかと頷く。だがリアンは少しも悲しくは無い。カタカナを上手く言えておらず、ちょっと舌足らずな感じの焔が可愛くって——以下略。

「愛し合う二人が愛を深め合う日です。…… そう言えば、今日でしたね」
「あぁ、今日だ。だからか宅配ボックスにチョコレートが入っていたんだが、コレはやっぱり——アレか?」

「リア充死ね!って叫びながら、イケメンに投げつける物っすよ!」

 会話へ割って入った五朗に向かい、間髪入れずに「まずはお前が死ね」と焔が淡々とした口調のまま吐き捨てる。鬼の容姿をした焔に『死ね』と言われるのはいつまで経っても慣れず、今度は、謝罪の言葉すら五朗は口に出来なかった。

「巨大な魔物が現れて、チョコを寄越せと暴れ回るとか。んでもって、ソイツを倒すとかじゃないのか?ないのか?」

 ちょっとソワソワした雰囲気を醸し出しながら、焔訊く。
 どうやらクリスマスイベント時の巨大戦闘戦が思いの外楽しかった様で、久しぶりにまたやりたいみたいだ。

(鬼のくせに、っんとに可愛いなコイツは!)

 今にも血が出そうな鼻を片手で押さえつつ、「すみません。愛を深め合う日なので、戦闘は流石に無いです」とリアンが答えた。
「じゃあ、今日はコレを食って終わりか。つまらん日だな」
「結構美味しいので、毎年人気なのですけどねぇ」
「正月といい、平穏なイベントが続くんだな」
 残念そうにしている焔に対し、申し訳ない気持ちになってくる。『正直どうでもいい』『告白へのお断りが面倒臭い日』としかバレンタインデーに対し思っておらず、真面目にイベント企画を考えておかなかった過去の自分を殴りたくなった。

「じゃ、じゃあ自分、ソフィアさんと一緒にお茶でも用意して来るっす!」

 この場に居ては、また余計な口を挟んで二人の邪魔をしてしまいそうだ。そう思った五朗はスチャッと手を挙げ、そそくさと作業スペースから逃げ去って行った。

「おや、クラフトの作業中だったのに」
 作業の続きはどうするのだろうか?と思いつつも、リアンは引き止めない。
 むしろ焔と久しぶりに二人きりになれた現状に対し心の中で感謝を捧げる。一緒に眠っているおかげで朝まで二人きりだったので、起きてからのたった数時間程度しか邪魔はされていないのだが、それでも。
「何を作っていたんだ?」
「使い方を教えていただけなので、余っている素材で作成出来る物を色々と、練習として回復薬を数点ほど」
「そうか」

 会話が途切れ、少しの間が空く。

「…… 焔様は——」
「ん?」
「バレンタインの思い出とかは、ありますか?」
「あるわけがないだろう?バテレンのイベントだぞ?チョコレートを知ったのだって最近の話だ。洋菓子でまともに認知していたのは、カステラくらいだしな」
「そうなんですね」と答えるリアンの顔がパァと明るくなる。自分以外の存在との思い出が無い事がすごく嬉しい。
「じゃあじゃあ、私からもチョコレートを贈らせて下さい」
「いいのか?俺は特に何も用意していないんだが…… 」
「問題ありませんよ、大丈夫です!」
「そうか、悪いな。お前にばかり負担をかけて」

「そんな事はありませんよ。ちゃんと私も美味しく頂きますから」

「…… そうか?ならいいんだが」
 焔はリアンの言葉を『二人で一緒に食べようか』と言う意味なのだと捉えた。

「私からは、夜にお渡ししますね!」

「…… 夜に?」
 何故じゃ?と思いながらも、焔は「わかった、夜だな」と素直に頷く。

(液体状のままのチョコを贈ろうか。いや…… 体温で溶けやすいチョコにするのも捨てがたいな。体の表面をチョコレートでなぞって、ぴんっと尖って愛らしく震える乳首を俺の手でコーティングしていき、それを丹念に舐め取るとか最高じゃないか?凛々しく勃起したアレに精液みたいに垂らして口に含むとか…… うわ、想像するだけで勃ちそうだぞ)

 真っ当な反応をする焔をニコニコ顔で見詰めながらリアンは、そんな事ばかりを考えている。
 翌日の朝、『お前とはもう二度とばれんたいんでぃなんか、一緒に過ごさないからな』と言われる事になるのは、火を見るよりも明らかだった。


【終わり】
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

【bl】砕かれた誇り

perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。 「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」 「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」 「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」 彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。 「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」 「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」 --- いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。 私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、 一部に翻訳ソフトを使用しています。 もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、 本当にありがたく思います。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

呪いの姫は祝いの王子に愛される

七賀ごふん
BL
【俺は彼に愛される為に生まれてきたのかもしれない】 呪術師の家系で育った青年、ユノは身内が攫ってきたリザベルと出会う。昏睡の呪いをかけられたリザベルを憐れに思い、隠れて彼を献身的に世話していたが…。 ─────────── 愛重めの祝術師✕訳あり呪術師。 同性婚│異世界ファンタジー。 表紙:七賀ごふん

処理中です...