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楽園
銀の弾丸とシルバー・ラーク(後編)
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公園でうなだれていたウィリアムは、足音に気がついて目を開けた。3人の人影。ロイとアリス、そしてフロートだった。
ロイとアリスは、ウィリアムの顔色を覗くなり、心配そうに駆け寄ってきた。フロートはタバコに火をつけて、煙をくゆらせる。
「ウィリアムさん……大丈夫ですか?」
大丈夫? そんなわけがない。ウィリアムは立ち上がり、フロートの目の前に立ちはだかる。
「マックスは……、敵ではありません……」
ギリギリと握りしめる拳から湯気が立ちのぼるのを、ウィリアムは感じた。フロートは何も答えなかった。
「あなたは……、マックスが生きることが悪だと言うのですか……?」
こみ上げてくる怒りに、ウィリアムは拳をさらに一層強く握りしめた。フロートは、今にも殺しにかかりそうなウィリアムの瞳を見つめ、口を開いた。
「ひと月ほど前……。私のもとに1人の吸血鬼が来た。私は約束をしたんだ。楽園を見つけ出す代わりに、この時代を見逃してもらうと」
「何を言っている……」
「吸血鬼は人間の血を吸うと生物の限界を超えた能力が手に入る。お前と仲の良いマクスウェル以外はな」
「知っていたのか……、マックスのことを……」
「だがマクスウェルは違った……。彼は楽園を生み出すことが出来る。この世界を吸血鬼の世界に変えることが出来る。そのためには上質な血液を与え続ける必要があった」
フロートは淡々と話を続ける。ウィリアムは頭で必死に食らいついた。
「このまま行けば、マクスウェルが楽園を解放する前に吸血鬼は全滅する。だから約束をしたのだ。そうだな、テラス」
フロートが名を呼ぶと、公園の木から黒いマントに身を包んだ女性が降り立った。ウィリアムは、以前にフロートと共にいた吸血鬼のことを思い出した。あの女で間違いない。
テラスはうんと頷く。別に信じてもいない。マックスが楽園の鍵を掴むことが出来ればそれでいい、どうせ人間の血を頂いた我々は不老不死の存在へと成っているのだから、と考えていた。
その時だった。フロートは銀の弾丸が装填された銃を、テラスへと向けた。
「お前のおかげでもう大した吸血鬼もいなくなった……。個体数も30を切った。これで全てを終わらせる」
ウィリアムは驚いて、フロートへと叫ぶ。
「な、何をしてるんだ! 彼女と約束をしたのではなかったのか!?」
「ああ、したよ。それを破るだけだ。動くな、テラス。動けば発砲する」
「善良な吸血鬼もいた……。彼らを敵に回したのは我々だ!」
「楽園が開かれれば人類は終わる……。これは抵抗だ。この悪魔どもに抵抗をするのだ」
瞬間、ウィリアムの怒りは臨界点を迎えた! ホルスターに閉まっていた拳銃のグリップを握りしめる感触だけを認識しながら、迸る殺意と共に拳銃を引き抜いた。
「悪魔は……、お前だ……! 何も知らないお前だ!!」
意識よりも先に己の腕がが動いていた。ウィリアムは拳銃を抜いて、フロートの心臓に照準を合わせた。
マックスとの日々を思い出していた。いつも夢見がちな青年。真っ白な髪を撫でながら本を読んでいた。そして教えてくれた。この世には楽園があるのだ、と。
フロートは平然と指で合図を送ると、ロイとアリスは拳銃をウィリアムへと向けた。怒り、憎しみ。渦巻いた景色の中心に向けられた殺意が、途端にウィリアムを支配していく。
「ウィリアムさん……。僕はあなたを信じていましたよ……」
「本当に吸血鬼の仲間だったなんて……。吸血鬼の肩を持つなんて!」
ロイとアリスは吸血鬼に家族を殺された。特殊な力を秘めた吸血鬼たちに、吸血鬼対策本部の仲間も散々殺された。分かっている。分かっているよ。
「僕は悪でいい……。悪が! お前を! 地獄へ落とすぞフロート!!」
その時、凄まじい殺意がウィリアムの背後を襲った。極限状態の第六感、ウィリアムの腕は確実に殺意へと向けられ、銀の弾丸を1発ぶち込んだ!
「マリア……」
暗すぎる雪道を歩くマックスを後ろで見ていて、コペルは何かがおかしいと思った。今までのことは理解しているつもりだ。彼ら吸血鬼は人間から滅ぼされた。その過程をラッキー・ストライクが見せているのだ。
これから滅び行くのかとコペルは何となく気づいていた。人間との共存の象徴たるマリアが殺された。それが吸血鬼たちに火をつけ、逆襲のため一斉に立ち向かうのでは無かったのか。
そのはずなのだ。そうでなければ辻褄が合わない。
だというのに。この男は。マックスの答えは。
「もう一度……、ウィリアムと話し合おう……。これ以上犠牲が出てはならない……」
コペルは驚愕していた。仲間と希望を失った。なのにマックスはもう一度やり直せると思っている。妄言なのか。叶わぬ理想と知っているのだろうか。コペルにはどうしてもそうとは思えなかった。
マックスの瞳が物語っている。この瞳に楽園の真実が詰まっている。
吸血鬼も。人間も。同じ「人」なのだから。
仲良く暮らせるのだ。
何不自由なく、互いを尊重して生きていけるのだ。
それが理想だ。それが希望だ。楽園には血など、本当の意味で流れないのだから。
マリアの言葉を思い出す。誰よりも「人」を想っていた彼女が、行方を失って枯れていた頃のマックスへと放った言葉を。
「楽園って、知ってる? 高いところにあって、見渡す限りの絶景が広がってて、その中で一生不自由なく暮らせる場所があるんだよ。敵も味方もいない。「人」のための安らかな場所……」
それがマックスの答えだ。夢だ。そうだ、夢なのだ。この哀れな吸血鬼が見た、叶えられなくてはならない夢なのだ。
初めて知る、マックスの本性。コペルは分かっていた。夢に出てきた映像。それはリズという吸血鬼が脳へと直接送っていたものだった。見渡す限りの花畑。優しい太陽の光が金色に照らす鮮やかな世界。そこに佇む金髪の女性。彼女を牙にかける白髪の男。
白髪の男が吸血すれば夢から目覚める。あの夢はきっと、俺が見た夢じゃない。あの景色は、あの世界は、夢見たものを目覚めさせるのは……。
マックスは公園へと到着しようとしていた。そして目撃する。仲間から銃口を突きつけられるウィリアムと、敵に襲われているテラスの姿を。迷いはなかった。悔いもなかった。
全ては楽園のために……
マックスは駆け出した。テラスへと銃を向ける男目掛けて駆けていく。始めるんだ。マリアの夢を。マリアの希望を。もう一度、ここから。
コペルは、駆け出したマックスが何かを落としたことに気づいた。それは、マリアが大事にしていたネックレスだった。小さなダイヤモンドがキラリと輝いている。
どうしてだろうか。コペルは手に取ろうとして、腕を伸ばす。そして、掴むことが出来た。小さなダイヤモンド。輝くプリズムの虹色が、瞳へと色鮮やかに焼けつけられる。
一筋の涙がこぼれる。あまりにも、暖かい色だったから。
1発の銃声が響く。コペルは反射的に銃声の方向へと視線を向ける。
ウィリアムから放たれた銀の弾丸は、極限状態の中、超精密にターゲットの心臓を貫き、被弾したターゲットはその場に倒れ伏した。
それは弱さだった。怒り、憎しみ、それでもウィリアムは弱さを捨てられなかった。自分の命だけのために撃ち出された1発の弾丸。ウィリアムの弱さは撃ち抜いた。撃ち抜いてしまった。
テラスを助けようとして駆け寄ってきた、真の友人、マックスを。
ウィリアムはすぐに銃を捨て、マックスを抱き上げ膝に寄せる。
「マックス……、何故君が、ここに……」
「ウィ、リアム……痛いよ…………」
その場の全員が固まったまま、動けなかった。ウィリアムの涙を優しく受け止めるマックス。
「マックス……、僕は弱かった……。君のことを打ち明けることが出来ないでいた……。吸血鬼を敵とする人間の正義に、最後まで歯向かうことは出来なかった……!!」
マックスは目を閉じる。そこには見えるものがある。父さんと母さんが優しく見つめている。自分の子どもたちが、蝶々を追いかけて無邪気に戯れている。
もう何も、要らない。現実も、夢も、要らない。ここにあるのだから。
マリア……。楽園とは、ここか……。
そのはずだったのに。マックスはここで終わったはずだったのに。
フロートは一瞬、思考を停止させてウィリアムを見つめていた。そのことをテラスは悟った。
瞬撃の衝撃。フロートは氷漬けにされていた。即死だった。ロイとアリスは我に返ってフロートの先へと銃口を動かす。そこにはもうテラスの姿は無かった。
テラスは物言わぬ冷徹な瞳だけを据えた無表情で、ウィリアムからマックスを取り上げる。ウィリアムにはもう、抵抗するほどの力も残っていなかった。
コペルはただ呆然とその瞬間までを目に焼き付けている。これが終わり。テラスは生き残った小屋の吸血鬼たちと僅かな仲間を連れて、目を覚ましたマックスと日本へと渡る。この土地にはもう人間の血を吸った能力者は消え失せ、この地に残された吸血鬼たちは駆逐されていく。それだけの話だった。
視界が崩れていく。景色がドットのようにバラバラに壊れていく。コペルはこの時代の「終わり」を悟った。
目を瞑る。耳を塞ぐ。息を止める。
流れていく景色の雑音は消え失せて。
涙だけを実感する。
眩い光を超えて、瞼の裏は一気にブラックアウトしていく。
脳裏に焼き付くフラッシュバック。走馬灯のような映像が、斑木コペルを淘汰するようにただ流れて止まらない。
マックスはマクスウェルになるだろう。
だが、答えは見つかった。
ほんのちっぽけなダイヤモンド。
こんな輝きが涙を流させるように。
ちっぽけでも美しい勇気の心。
このネックレスを掴めたように。
踏み出すことに意味があって。
それが夢に繋がる答えだった。
マックスが感じていた景色と少しだけ違う景色が、コペルのまぶたの裏に展開される。いつかの夢の景色に、コペルはいつの間にか立っていた。ちっぽけなダイヤモンドを握りしめて。コペルは彼女の元へと一歩、また一歩、足を踏み出していく。ただ花を踏まないようにすればいい。それだけで、いい。
コペルは呼んだ。彼女の名を。ずっと知りたかった、この夢の意味。それが分かる気がしたから。
だから、呼んだ。
「マリア……」
コペルが目を開けると、そこは排水溝だった。
寝そべっているようだ。コペルは腰を上げて、いつの間にか脱げて転がっている帽子を被った。
あたりを見渡す。そこには、変わり果てたゼッターの姿があった。
「……ゼッター!」
慌てて抱えあげようとしたが、脚に触れるとボロボロに脚が崩れ去っていった。全身がひび割れていた。サラサラと、灰が落ちていく音が命の砂時計のように、鼓膜に囁いた。
「どうして……、こんな姿に……」
くしゃくしゃな顔で今にも泣きそうなコペルの顔を見上げて、ゼッターはにこりと笑ってみせた。
「いいんだ……。僕のラッキー・ストライクは……。強大なエネルギーと引替えに、どんな幸運も叶えてみせる能力……。僕の役目はここまでだ……」
燃えるようにたぎる想いが、コペルの内側から混み上がって来るようだった。
「コペル……。マックスを……、止めて欲しいんだ。それがお父さんと、お母さんの……、カルマとリズの望みなんだ……。ラッキー・ストライクには、出来なかったことだ……」
コペルはうんと頷いた。涙のつぶがこぼれて、雫になってゼッターの頬に流れる。惹かれるように、ゼッターの瞳から、涙が溢れ出した。
「ありがとう、コペル……。カルマも、リズも、喜ぶ……よ…………」
ゼッターの灰の最後の1粒が崩れていくまで、コペルはずっと見届けていた。込み上げてくるものが落ち着くまで、ゼッターの生命を眺め続けていた。
何よりもちっぽけな、そして何よりも偉大な勇気の輝きを、コペルは今、受け継いだ。
立ち上がり、歩き出す。ずっと握りしめていたネックレスを首に巻く。指でなぞっていく。自分の想いを指先に乗せて。
これが始まりなら。
これで終わらす。
ここが夢の中なら。
俺が目覚めさせてやる。
前を向く。人影が1つ。そこには黒いマントに身を包んだ男が1人。
男は深く被ったフードを脱ぐ。露わになる純白の髪の毛。虚ろにコペルを射抜く瞳。
コペルは歩みを止めない。それが勇気なら、それこそが答えなのだから。
楽園。今ここに、この物語を綴ろう。
ロイとアリスは、ウィリアムの顔色を覗くなり、心配そうに駆け寄ってきた。フロートはタバコに火をつけて、煙をくゆらせる。
「ウィリアムさん……大丈夫ですか?」
大丈夫? そんなわけがない。ウィリアムは立ち上がり、フロートの目の前に立ちはだかる。
「マックスは……、敵ではありません……」
ギリギリと握りしめる拳から湯気が立ちのぼるのを、ウィリアムは感じた。フロートは何も答えなかった。
「あなたは……、マックスが生きることが悪だと言うのですか……?」
こみ上げてくる怒りに、ウィリアムは拳をさらに一層強く握りしめた。フロートは、今にも殺しにかかりそうなウィリアムの瞳を見つめ、口を開いた。
「ひと月ほど前……。私のもとに1人の吸血鬼が来た。私は約束をしたんだ。楽園を見つけ出す代わりに、この時代を見逃してもらうと」
「何を言っている……」
「吸血鬼は人間の血を吸うと生物の限界を超えた能力が手に入る。お前と仲の良いマクスウェル以外はな」
「知っていたのか……、マックスのことを……」
「だがマクスウェルは違った……。彼は楽園を生み出すことが出来る。この世界を吸血鬼の世界に変えることが出来る。そのためには上質な血液を与え続ける必要があった」
フロートは淡々と話を続ける。ウィリアムは頭で必死に食らいついた。
「このまま行けば、マクスウェルが楽園を解放する前に吸血鬼は全滅する。だから約束をしたのだ。そうだな、テラス」
フロートが名を呼ぶと、公園の木から黒いマントに身を包んだ女性が降り立った。ウィリアムは、以前にフロートと共にいた吸血鬼のことを思い出した。あの女で間違いない。
テラスはうんと頷く。別に信じてもいない。マックスが楽園の鍵を掴むことが出来ればそれでいい、どうせ人間の血を頂いた我々は不老不死の存在へと成っているのだから、と考えていた。
その時だった。フロートは銀の弾丸が装填された銃を、テラスへと向けた。
「お前のおかげでもう大した吸血鬼もいなくなった……。個体数も30を切った。これで全てを終わらせる」
ウィリアムは驚いて、フロートへと叫ぶ。
「な、何をしてるんだ! 彼女と約束をしたのではなかったのか!?」
「ああ、したよ。それを破るだけだ。動くな、テラス。動けば発砲する」
「善良な吸血鬼もいた……。彼らを敵に回したのは我々だ!」
「楽園が開かれれば人類は終わる……。これは抵抗だ。この悪魔どもに抵抗をするのだ」
瞬間、ウィリアムの怒りは臨界点を迎えた! ホルスターに閉まっていた拳銃のグリップを握りしめる感触だけを認識しながら、迸る殺意と共に拳銃を引き抜いた。
「悪魔は……、お前だ……! 何も知らないお前だ!!」
意識よりも先に己の腕がが動いていた。ウィリアムは拳銃を抜いて、フロートの心臓に照準を合わせた。
マックスとの日々を思い出していた。いつも夢見がちな青年。真っ白な髪を撫でながら本を読んでいた。そして教えてくれた。この世には楽園があるのだ、と。
フロートは平然と指で合図を送ると、ロイとアリスは拳銃をウィリアムへと向けた。怒り、憎しみ。渦巻いた景色の中心に向けられた殺意が、途端にウィリアムを支配していく。
「ウィリアムさん……。僕はあなたを信じていましたよ……」
「本当に吸血鬼の仲間だったなんて……。吸血鬼の肩を持つなんて!」
ロイとアリスは吸血鬼に家族を殺された。特殊な力を秘めた吸血鬼たちに、吸血鬼対策本部の仲間も散々殺された。分かっている。分かっているよ。
「僕は悪でいい……。悪が! お前を! 地獄へ落とすぞフロート!!」
その時、凄まじい殺意がウィリアムの背後を襲った。極限状態の第六感、ウィリアムの腕は確実に殺意へと向けられ、銀の弾丸を1発ぶち込んだ!
「マリア……」
暗すぎる雪道を歩くマックスを後ろで見ていて、コペルは何かがおかしいと思った。今までのことは理解しているつもりだ。彼ら吸血鬼は人間から滅ぼされた。その過程をラッキー・ストライクが見せているのだ。
これから滅び行くのかとコペルは何となく気づいていた。人間との共存の象徴たるマリアが殺された。それが吸血鬼たちに火をつけ、逆襲のため一斉に立ち向かうのでは無かったのか。
そのはずなのだ。そうでなければ辻褄が合わない。
だというのに。この男は。マックスの答えは。
「もう一度……、ウィリアムと話し合おう……。これ以上犠牲が出てはならない……」
コペルは驚愕していた。仲間と希望を失った。なのにマックスはもう一度やり直せると思っている。妄言なのか。叶わぬ理想と知っているのだろうか。コペルにはどうしてもそうとは思えなかった。
マックスの瞳が物語っている。この瞳に楽園の真実が詰まっている。
吸血鬼も。人間も。同じ「人」なのだから。
仲良く暮らせるのだ。
何不自由なく、互いを尊重して生きていけるのだ。
それが理想だ。それが希望だ。楽園には血など、本当の意味で流れないのだから。
マリアの言葉を思い出す。誰よりも「人」を想っていた彼女が、行方を失って枯れていた頃のマックスへと放った言葉を。
「楽園って、知ってる? 高いところにあって、見渡す限りの絶景が広がってて、その中で一生不自由なく暮らせる場所があるんだよ。敵も味方もいない。「人」のための安らかな場所……」
それがマックスの答えだ。夢だ。そうだ、夢なのだ。この哀れな吸血鬼が見た、叶えられなくてはならない夢なのだ。
初めて知る、マックスの本性。コペルは分かっていた。夢に出てきた映像。それはリズという吸血鬼が脳へと直接送っていたものだった。見渡す限りの花畑。優しい太陽の光が金色に照らす鮮やかな世界。そこに佇む金髪の女性。彼女を牙にかける白髪の男。
白髪の男が吸血すれば夢から目覚める。あの夢はきっと、俺が見た夢じゃない。あの景色は、あの世界は、夢見たものを目覚めさせるのは……。
マックスは公園へと到着しようとしていた。そして目撃する。仲間から銃口を突きつけられるウィリアムと、敵に襲われているテラスの姿を。迷いはなかった。悔いもなかった。
全ては楽園のために……
マックスは駆け出した。テラスへと銃を向ける男目掛けて駆けていく。始めるんだ。マリアの夢を。マリアの希望を。もう一度、ここから。
コペルは、駆け出したマックスが何かを落としたことに気づいた。それは、マリアが大事にしていたネックレスだった。小さなダイヤモンドがキラリと輝いている。
どうしてだろうか。コペルは手に取ろうとして、腕を伸ばす。そして、掴むことが出来た。小さなダイヤモンド。輝くプリズムの虹色が、瞳へと色鮮やかに焼けつけられる。
一筋の涙がこぼれる。あまりにも、暖かい色だったから。
1発の銃声が響く。コペルは反射的に銃声の方向へと視線を向ける。
ウィリアムから放たれた銀の弾丸は、極限状態の中、超精密にターゲットの心臓を貫き、被弾したターゲットはその場に倒れ伏した。
それは弱さだった。怒り、憎しみ、それでもウィリアムは弱さを捨てられなかった。自分の命だけのために撃ち出された1発の弾丸。ウィリアムの弱さは撃ち抜いた。撃ち抜いてしまった。
テラスを助けようとして駆け寄ってきた、真の友人、マックスを。
ウィリアムはすぐに銃を捨て、マックスを抱き上げ膝に寄せる。
「マックス……、何故君が、ここに……」
「ウィ、リアム……痛いよ…………」
その場の全員が固まったまま、動けなかった。ウィリアムの涙を優しく受け止めるマックス。
「マックス……、僕は弱かった……。君のことを打ち明けることが出来ないでいた……。吸血鬼を敵とする人間の正義に、最後まで歯向かうことは出来なかった……!!」
マックスは目を閉じる。そこには見えるものがある。父さんと母さんが優しく見つめている。自分の子どもたちが、蝶々を追いかけて無邪気に戯れている。
もう何も、要らない。現実も、夢も、要らない。ここにあるのだから。
マリア……。楽園とは、ここか……。
そのはずだったのに。マックスはここで終わったはずだったのに。
フロートは一瞬、思考を停止させてウィリアムを見つめていた。そのことをテラスは悟った。
瞬撃の衝撃。フロートは氷漬けにされていた。即死だった。ロイとアリスは我に返ってフロートの先へと銃口を動かす。そこにはもうテラスの姿は無かった。
テラスは物言わぬ冷徹な瞳だけを据えた無表情で、ウィリアムからマックスを取り上げる。ウィリアムにはもう、抵抗するほどの力も残っていなかった。
コペルはただ呆然とその瞬間までを目に焼き付けている。これが終わり。テラスは生き残った小屋の吸血鬼たちと僅かな仲間を連れて、目を覚ましたマックスと日本へと渡る。この土地にはもう人間の血を吸った能力者は消え失せ、この地に残された吸血鬼たちは駆逐されていく。それだけの話だった。
視界が崩れていく。景色がドットのようにバラバラに壊れていく。コペルはこの時代の「終わり」を悟った。
目を瞑る。耳を塞ぐ。息を止める。
流れていく景色の雑音は消え失せて。
涙だけを実感する。
眩い光を超えて、瞼の裏は一気にブラックアウトしていく。
脳裏に焼き付くフラッシュバック。走馬灯のような映像が、斑木コペルを淘汰するようにただ流れて止まらない。
マックスはマクスウェルになるだろう。
だが、答えは見つかった。
ほんのちっぽけなダイヤモンド。
こんな輝きが涙を流させるように。
ちっぽけでも美しい勇気の心。
このネックレスを掴めたように。
踏み出すことに意味があって。
それが夢に繋がる答えだった。
マックスが感じていた景色と少しだけ違う景色が、コペルのまぶたの裏に展開される。いつかの夢の景色に、コペルはいつの間にか立っていた。ちっぽけなダイヤモンドを握りしめて。コペルは彼女の元へと一歩、また一歩、足を踏み出していく。ただ花を踏まないようにすればいい。それだけで、いい。
コペルは呼んだ。彼女の名を。ずっと知りたかった、この夢の意味。それが分かる気がしたから。
だから、呼んだ。
「マリア……」
コペルが目を開けると、そこは排水溝だった。
寝そべっているようだ。コペルは腰を上げて、いつの間にか脱げて転がっている帽子を被った。
あたりを見渡す。そこには、変わり果てたゼッターの姿があった。
「……ゼッター!」
慌てて抱えあげようとしたが、脚に触れるとボロボロに脚が崩れ去っていった。全身がひび割れていた。サラサラと、灰が落ちていく音が命の砂時計のように、鼓膜に囁いた。
「どうして……、こんな姿に……」
くしゃくしゃな顔で今にも泣きそうなコペルの顔を見上げて、ゼッターはにこりと笑ってみせた。
「いいんだ……。僕のラッキー・ストライクは……。強大なエネルギーと引替えに、どんな幸運も叶えてみせる能力……。僕の役目はここまでだ……」
燃えるようにたぎる想いが、コペルの内側から混み上がって来るようだった。
「コペル……。マックスを……、止めて欲しいんだ。それがお父さんと、お母さんの……、カルマとリズの望みなんだ……。ラッキー・ストライクには、出来なかったことだ……」
コペルはうんと頷いた。涙のつぶがこぼれて、雫になってゼッターの頬に流れる。惹かれるように、ゼッターの瞳から、涙が溢れ出した。
「ありがとう、コペル……。カルマも、リズも、喜ぶ……よ…………」
ゼッターの灰の最後の1粒が崩れていくまで、コペルはずっと見届けていた。込み上げてくるものが落ち着くまで、ゼッターの生命を眺め続けていた。
何よりもちっぽけな、そして何よりも偉大な勇気の輝きを、コペルは今、受け継いだ。
立ち上がり、歩き出す。ずっと握りしめていたネックレスを首に巻く。指でなぞっていく。自分の想いを指先に乗せて。
これが始まりなら。
これで終わらす。
ここが夢の中なら。
俺が目覚めさせてやる。
前を向く。人影が1つ。そこには黒いマントに身を包んだ男が1人。
男は深く被ったフードを脱ぐ。露わになる純白の髪の毛。虚ろにコペルを射抜く瞳。
コペルは歩みを止めない。それが勇気なら、それこそが答えなのだから。
楽園。今ここに、この物語を綴ろう。
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