吸血鬼のいる街

北岡元

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楽園

銀の弾丸とシルバー・ラーク(中編)

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 誰よりも先に目的地に到着していた龍一と武情は、ウェストの能力者の青年から取り上げた3枚のプリントを見ようとしたバッグを開けた時、携帯の着信に初めて気がついた。
「彼方から電話か……」
 龍一は携帯を取り出して、電話に出た。
「もしもし」
「龍一、武情は! 武情はいるか!?」
  龍一は武情の方を見る。武情は自分の携帯を見て、自分に彼方からの不在着信が来ていることに気づいた。
「俺に用らしい」
「ああ……、彼方、武情に変わるぞ」
 龍一は武情に携帯を投げ渡した。
「もしもし……」
「武情、俺たちの所まで来てくれ、早く!」
 武情は、彼方がひどく疲弊していることに気がついた。息が切れているし、かなり焦っている。
「どこにいる?」
「西側の岩場を抜けたとこにある山だ! 目的地からはすぐのところだ!」
 武情は理解した。敵に遭遇したのだ。
「分かった……とりあえず龍一を向かわせる」
「待て、武情! お前が来い!」
「……?」
 武情は龍一の方を見つめる。龍一は、なんて言ってんだ? と聞いてきた。
「俺に応援して欲しいらしい」
 そう答えると、龍一はあらかた理解したようで、
「分かった、言ってきてくれ。俺はその間にこのプリントを解読するよ」
 と言った。武情はそう聞くと、
「分かった。俺が向かう。10分ほど持ちこたえてくれ」
と返す。すると、
「分かった。もう切るぜ、武情!」
と言って通話は途絶えた。すぐに武情はタクシーを止め、現場に向かう準備を整える。
「じゃあな、龍一」
「ああ。死ぬなよ、武情」
 そう交して、武情はタクシーに乗り込んだ。
 所変わって、星子と彼方。彼らは吸血鬼の冷凍攻撃をかわしながら、南に下っていく形で逃げていた。
「どうする、彼方!? このまま逃げてても仕方ないわ!」
 必死に木々や雑草をかき分けて、星子は彼方に言った。
「ああ、どうする……これからどうする……」
 自然豊かなエリアに誘えたのはいい。さらに、味方勢力は最強の戦闘能力を持った星子である。しかし、敵は。全てのものを氷結させながら追ってくるのだ。そこまで考えた彼方は星子を脇に抱えて、樹木目掛けて大きく跳躍する。吸血鬼は目で追っていたが、無駄な抵抗の範疇と見なしアクションを取ることは無かった。
 吸血鬼は、彼方たちのいる樹木の前で足を止める。初めての拮抗。星子はスターを構える。
「よくやったわ、彼方……。これで攻撃を仕掛けられる」
「ああ……、お前は上から、俺は生命をたどってアイツの懐へ潜り込む」
 そう言って彼方は、自身の腕からさらに、もう1本の腕を出現させる。透けて見えるエメラルド・グリーンの腕。この腕で掴んだ生命の中に入り込むことが出来る。準備が整った彼方を見た星子は、樹木を強く蹴り飛ばして吸血鬼目掛けて突撃する!
「ぶっ倒す! スター・ストーム!」
 右腕に構えた全長1.5メートルの大きな槍は、猛烈なスピードで撃ち出さる。そして、
「うっ…………」
 星子はあっという間に腕を凍らされ、そのまま凍りついた地面へと激突した。
「な、何故……」
 星子は地面から吸血鬼を見つめた。青く光る冷徹な瞳が見下ろしている。信じられない。星子はそうとしか考えられなかった。
 スターの一撃目を見切ってかわした吸血鬼は、そのまま2撃目をぶち込む瞬間に槍へ触り、一瞬で星子の右腕を凍りつかせてしまった。
 見つめ合う2人。あまりにも隙が無かった。星子は、腕の痛みがなくなっていくのを感じた。そのまま遠のいていく意識に任せるしか無かった。
 吸血鬼は足元の雑草に手をやる。指先からの冷気で一瞬でのうちに凍結させ、そのままバリッ、とむしり取った。
「ぐおおおっ……!」
 すると、彼方が生命を失くした草から飛び出した。なぜ分かったのかは、すぐに理解出来た。吸血鬼には、スピリットの腕が足元の雑草へと伸びた一瞬が見えていたので、身を隠した雑草以外を凍らせたのだった。
 しかし、驚愕している暇などない。星子が倒れた今、自分がやるしかない。彼方は羽虫へと手を伸ばす。もっとも、無意味な行為ではあるのだが。
 吸血鬼はすぐに右脚を掴み、凍結させ砕き割った。彼方は深すぎる絶望を実感した。恐ろしく強力な吸血鬼。まざまざと見せつけられる戦闘経験と直感の差。勝てる気がしなかった。彼方はそれだけを理解した。
 吸血鬼は彼方が地面に転がるのを見届けた後、ついに口を開く。
「私はテラス……。能力はアーク・ロイヤル、氷を司る力……」
 テラス。そう名乗った吸血鬼は、踵を返し、2人に背を向けて歩き始めた。
「私の目的は斑木コペルの捕縛……、そしてマクスウェルの望みを叶えること。しばらくそこで寝ていなさい……」
星子はもちろん、辛うじて意識がある彼方にももう反撃の気力が失せていた。直に武情が来る。だから逃げているに過ぎないのだ。我々は命が助かっただけ幸運なのだ。
 細い呼吸音。木々のざわめきや溶けていく雑草たち。消えていく意識の中、彼方は絶望すらもまどろみに溶かされ、2人は敗北していったのだった。

 一方、斑木コペルはこの世界のマックスを追いかけて、街のはずれの小屋まで来ていた。ここは1800年代のイギリス。吸血鬼、ゼッターの頼み事で、楽園を止める術を探しに精神をここまで飛ばされて来たのだが、やはりすぐ見つかるようなものでは無い。今は、とにかくマックスの動向を追うことしかできない。
 マックスはというと、今日はカルマと2人でいた。昨晩カルマが狩ってきた野生動物がかなり余っているので今日狩ってきた分は日が暮れてから知り合いの同胞に差し入れに行こう、ということでここまで来ていたのだった。そして今、小屋にたどり着いたところである。
「元気にしてるかな、クリスタのお母さん」
 カルマは呟いた。マックスは、ああ、と相づちをうってから、担いでいた野生動物の死骸をくるんだ布をどさりと地面に落として、扉をゴンゴンとノックする。しかし、返答が無い。
「おかしいな……まだ起きてないのか?」
 カルマとマックスは顔を見合わせる。カルマは首をかしげて扉を引いてみる。すると、
「あ、開いてるぞ……」
 マックスは勝手に扉を開けてしまったカルマを注意しようと思ったが、不意に小屋の中が見えてしまった。その光景にマックスは絶句した。
 そこには灰が積もっていた。何の変哲もない小屋。争った形跡は無い。陽を通す窓は全て家具に隠されている。読みかけの本。灰を被った椅子。この閉ざされた部屋で、ただ灰だけが積もっていた。
「ば、馬鹿な……! そんな馬鹿な!」
 2人は目の前の出来事を理解するよりも先に灰のもとに駆け寄った。
「こ……、こんなことが……」
 マックスは灰の前に崩れ落ちた。カルマは呆然と立ち尽くした。何も言葉が出ない。
 しかしその時間も束の間、2人はすぐに我に返る。扉をノックする音が小屋に響いたので、2人はそれを聞いて我に返ったのだった。
「どうする、マックス……」
「カルマ……構えるんだ」
 マックスは怒りに支配されていた。扉の先にいる人物が犯人ならば、ここで同じ目にあわせてやると決意した。
 扉が少しずつ解放されていく。それと同時に、マックスとカルマの怒りは臨界点をむかえていた。そして、扉の先に人影が見えた!
「……私です。カルマ、マクスウェル……」
「お、お前は……」
「テラスじゃないか……」
 現れたのは女の吸血鬼、テラスであった。彼女は人類と徹底抗戦を宣言した吸血鬼であり、今も吸血鬼の居場所を求めて戦っている。
 テラスは小屋の中に侵入するとすぐに灰の山を見つけ、歩み寄る。
「ここで同胞が襲撃されたと聞き、やってきた……。その灰がそうね……」
 マックスは涙が込み上げてきて、椅子に寄りかかった。もう何度、死に直面してきただろう。怒り疲れた。そう思った。
 テラスは少し考えて、
「あなたたちの家は大丈夫なの……?」
 そう言った。マックスとカルマは、一瞬言葉を飲み込むのに時間を要した後、大きく動揺する。
「そうだ……、家には今、マリアと子供たちしかいないぞ、マックス!」
 マックスはよろめきながら立ち上がった。頭が回らない。それでも、マリアたちを守らなければならないという強い意志の元、ゆっくりと歩き始めた。カルマはマックスの意志を心に受けて、マックスの後に続いた。
「待って……」
 歩き始めた2人をテラスが止める。そして、2人に血液が入った瓶を渡した。
「本当に守りたいのなら、持って行って……」
 テラスはそう言い残して、小屋を後にした。続いて、マックスとカルマは小屋を飛び出した。
 一部始終を見届けたコペルも、後を追おうとしたが、その前に気になることがあった。灰の中に、キラキラと光るものがある。コペルは2人の動向を追う前に、それを調べることにした。
「これは……弾丸?」
 コペルが見た限りではそう見えた。それも、銀の弾丸。見ただけでは、それが何を意味するのかが分からなかった。振り向くと、小屋から離れていく2人の背中。今、コペルは何も触ったり、動かしたりすることが出来ない。とりあえずの疑問は解明出来ないまま、2人の後を追跡し始めたのだった。

 全力で小屋へ走っていく2人。しかし、あるものを目撃したマックスは足を止めた。公園。そのベンチにはウィリアムが座っている。
「カルマ……先に行っていてくれ」
「分かった」
 走り去るカルマを視界の端に、マックスはウィリアムの元へと歩み寄る。
「ウィリアム……」
「マックス……」
 ウィリアムの顔は青ざめていた。マックスを見て震えているように見えた。
「どうかしたのか、ウィリアム」
 マックスは一緒に小屋に向かうように頼もうとしたのだが、ウィリアムのことが気になった。明らかにいつものウィリアムではない。
「マックス、ぼくは……」
 ウィリアムはマックスを見つめる。青い瞳がゆらゆらと揺れている。
「ぼくは、君を信じたい……」
 予期せぬ言葉にマックスは思考が追いつかなかった。何のことを言われているのか、さっぱり分からなかった。
 ウィリアムは悲しんでいた。それはついさっきのことだった。ウィリアムが小屋の襲撃を拒否しようとした時だった。フロートと共にテラスが現れて、こう言った。
「マックスは……、人間を殺りくすることが目的……、楽園を作り出して……」
 その鍵となるもの。それは人間の血液であることを、ウィリアムは知らされる。不完全な吸血鬼のDNAに、人間のDNAが加わることで強力な生物へと昇華することをウィリアムは教わった。そのために、ウィリアムに近づいているのだと。そのために、マリアを嫁がせたのだと。
 ウィリアムは1人の人間の遺体の元へ案内された。そこに横たわっているのは、マリアの交際相手の男だった。ウィリアムは涙を流した。これをマックスがやったのだと理解したからだ。
「君は吸血鬼について何も知らない……。テラスはじきにこのフロートが処刑する。お前は小屋の住人だ」
 そこからの記憶は曖昧だった。覚えているのは、銀の弾丸が吸血鬼に対抗できる手段だと理解したことだけだった。
 目の前のマックスを見つめると、何が正しいのか分からなくなった。ウィリアムはやっとのことで声を発した。
「今は1人にしてくれ、マックス……」
 マックスはそう言われると、頼み事をすることが出来なかった。何も言わずにただ、その場を立ち去った。これが、ウィリアムとマックスの、最後の会話となるのだが、そのことはコペルも、2人もまだ知らない事実である。

「アリスさん、吸血鬼に両親を殺されたんですよね」
「はい、あなたと同じ、です」
 雪山のふもとの小屋。ロイとアリスの2人は、この小屋の吸血鬼たちをせん滅するように命令され、ここに来た。
「絶対に許せない。その思いだけでここにいます」
 小屋の扉の前で立ち尽くす2人。この扉の先にいる者たちを銀の弾丸で撃ち抜き、去る。それだけの話である。そこには、吸血鬼に家族を殺された人類の怒りの全てが詰まっていた。
「ウィリアムさんは、上手くいったんでしょうか」
「ロイ、目の前のことに集中するべきです。彼は大丈夫でしょう、もう幾度となく吸血鬼を倒してきた猛者です」
 ロイはうん、と頷く。この小屋には何人の吸血鬼がいるのか、この襲撃で何が変わるのか分からない。それでも、自分たちのできることをするだけなのだ。2人は大きく深呼吸をして、目の前の扉に指を置いた。顔を見合わせる。この使命感、この殺気。準備は整った、そう2人は確信する。
「行きますよ!」
 扉が鈍い音を立てて開いた。マリアとクリスタだけがそのことに気づいた。弾丸は一直線にアルトを撃ち抜いた。リズは壁を蹴破って外へと逃げる。ロイはそれを見逃さなかった。
 咄嗟にマヤが庇う。弾丸が身体を貫いて、マヤは灰になった。マリアはクリスタを窓から外に逃がした。轟く発砲音。振り返るとルーはもう灰になっていた。アリスは窓の外に目をやる。遠い場所に、十字架の形をした処刑台が見えた。それを目撃してから、アリスはロイと協力してマリアを拘束する。マリアは抵抗しなかった。ただ、涙が止まらなかった。

 夜の色。カルマとマックスは闇に飲まれるように、立ち尽くす。生き残ったリズの泣き声も、涙の雫の温度も感じることが出来ない。処刑台を見つめる。真っ白なドレスが風に吹かれる。風になびいた布から、灰がふらふらと飛ばされていく。
 カルマは崩れ落ちて、叫び声を上げるのみだった。それ以外に出来ることなど無かった。リズを抱いて2人で泣くことしか出来なかった。
 マックスは歩き始める。公園へと、足を踏み出す。瓶の蓋を開けて、飲み干す。分かっていた。人間の血だ。投げ捨てた瓶が雪に刺さる。ウィリアムをこの手で。それが叶うのならそれでいい。
「マリア……私は楽園を作るぞ……」
 降り積もった雪は溶けていくことはなく、この地にただ積もりゆくばかりだった。
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