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楽園
銀の弾丸とシルバー・ラーク(前編)
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コペルがついて行った先にあったのは、山のふもとにある古びた半壊の小屋だった。黒いマントを翻して扉の前の雪をかき分ける男……、それは間違いなくカルマであった。
「ただいま」
カルマは小屋の中の仲間に目をやる。同じ黒いマントを羽織った5人の男女。コペルもカルマに続いて小屋の中へと入った。
コペルは自分の置かれている状況と実証から、1つの推測を立てていた。今から20分前、1人の吸血鬼、ゼッターによってタイムスリップし、この1800年代のイギリスへと降り立ったコペル。カルマの後をついて行く間に気づいたことがあった。雪に足跡がつかない。振り返ったカルマにも、認識されていない。コペルはこの歴史に介入出来ない。誰にも見えない。どこにも存在を証明出来ない。それが自分に置かれた状況と理解したコペルは、堂々と小屋の中へと足を踏み入れた。
「おかえり、カルマ」
最初に声をかけたのは、雪のような白髪の青年だった。その声に続くように、他の5人も顔を上げた。
「今日はどうだった、マックス?」
マックス、そう呼ばれた白髪の青年は、柔らかい笑みを含んで答えた。
「今日は大きな事件もなかった。ウィリアムのおかげでね」
カルマはそうか、と言って笑っていた。そして、小さな小屋の中を一瞥した。
「リズ、クラリス、アルト、マヤ、それから……、」
知らない顔がいる。マックスはその少年の手を取り、
「ルーだ。マリアが連れてきた」
と説明した。
「そうか……、よろしく。俺はカルマ。マリアの親友だ」
ルーは特に何も発言せず、うん、と頷いた。
「マリアは……、マリアはどこにいる?」
「マリアは恋人の元へ行っている……。ついて行こうと思ったんだが、今日は頑なに断られてしまった」
マックスは腰掛けていた椅子から立ち上がった。読みかけの本に栞を挟んで閉じて、ポケットにしまった。
「お前はどこへ行くんだ?」
「ウィリアムの元へ。彼に感謝を送らなければ。ディナーは皆と済ましておいてくれ。私はその辺のウサギでも捕まえておく」
そう言ってマックスは小屋を出た。カルマは見送ったあと、残った連中に告げた。
「さて、皆で協力して夕食を小屋の中に入れよう。」
ルー以外の4人ははーい、と楽しそうに言って、カルマと小屋の外へ出ていった。
「あれが……、マクスウェル……」
コペルは小さくなっていくマックスの背中を見つめていた。この小屋に留まるよりは、彼の跡を追った方が良さそうだ。そう考えて、コペルは小屋を出ることに決めた。
近年、大きな発展を遂げようとしているこのイギリス。圧倒的な列強諸国と世界に豊かな暮らしの発展。世界的にも大きな分岐点を迎えようとしていたが、マックスの住み着いている地区は、19世紀が過ぎてもしばらくは大きくメスが入ることはなく、見渡すことが出来るのは山と川という、スロースタイルな生活を皆送っていた。マックスがやってきたのは小さな公園に1つだけのベンチだった。何故なら、ここにいつもウィリアムが来るからだ。
「おお、ウィリアム……!」
マックスが公園に到着してから少しして、同じくこの公園を目的地にやってきた者がいた。赤みがかった短く黒い髪と、青く輝く瞳。スレンダーながらも力ある強かな体つき。それは間違いなく、ウィリアムであった。
「やあ、マックス。やはりここに来たのか」
ウィリアムは嬉しそうにそう言うと、マックスの肩を取り、ひしと抱き合った。
「もちろんさ。今は仕事帰りか?」
「ああ。今日も強盗犯と殴り合ったよ」
ウィリアムはあはは、と笑って見せた。それからしばらくは、ウィリアムの仕事の、警察官の話をしていた。
「それで、今日は君に感謝しなければならない」
マックスはウィリアムを見つめた。
「また君に助けられた。ルー……、あの少年のことだ」
「ルー……、マリアといた子だな」
このイギリスには今、数にして40の吸血鬼が、ひっそりと暮らしている。決して多くを望まず、ひっそりと人間のフリをして暮らしていた。しかし、このイギリスの地に、はるばるエジプトからやってきた吸血鬼がいた。その名をアリオスという。彼は未知なる異国に降り立つと仲間も家族も持たず、このイギリスの人間たちを吸血し続けた。エジプトでは人間を吸血するのは当たり前のことであり、これに怒った現地人により吸血鬼たちは皆捕らえられ、海に沈められ灰になった。彼は奇跡的に生き残り、この国まで泳いで渡ってきた。後に彼はまたしても捕らえられ、その命を奪われることとなる。
以降、このイギリスでは、平和的な種であるイギリスの吸血鬼まで敵対視し、処刑するようになった。吸血鬼たちは悩んだ末に、20年の歳月をかけて全世界から生き残った者を探し出し、種の繁殖と徹底抗戦の姿勢を示すこととした。しかし平和的な吸血鬼たちには大した戦力はなく、個体数は減少し続けていた。
「彼は両親を失った……、途方に暮れているだけだった。マリアにもまだ懐いていない。君が雪山の麓までお供してくれなかったら、どうなっていたことか……」
「止めてくれ、マックス。ぼくはただついて行っただけだ。何も起こっていないし、何も感謝されることなんかじゃない」
ウィリアム・プラチナ。彼は幼い頃から警察官に憧れを持ち、この故郷イギリスの警察の一員となった。自分がこの地区へ配属されてから間もなく両親を亡くし、恋人と2人でで暮らしている。
吸血鬼、マクスウェルとの出会いは唐突なことであった。何故か自分が吸血鬼対策本部なるものに配属された時彼は、以前から犯人にドッグファイトを仕掛けて、力づくで現行犯逮捕し続けた無茶がたたり、戦力外通知を受けたのではないか、と不安に思っていた。そんなウィリアムが初めて知り合った吸血鬼がマクスウェルだった。マクスウェルは人間との争いを余儀なくする現状と吸血鬼たちを悲しみ、人間にも吸血鬼にもはみ出し者として嫌われる吸血鬼たちと共に暮らして、友好的な関係を示すように同胞に訴えていた。ウィリアムは悩んだ末、彼を見逃すこととした。それからというもの、ウィリアムはマクスウェルとこうして、人類と吸血鬼を繋ぐ架け橋を探していた。
「もしも、吸血鬼がまた、平和な暮らしを取り戻したら……。君の仲間にも私の住む小屋を紹介するよ。皆で飲もう」
「飲むって、動物の血液をかい?」
2人はおかしくて吹き出した。楽しかった。日中の疲れが吹っ飛ぶようだった。
もう夜も遅いということで、マックスはマリアを迎えに行くことにした。
「また今度、ここで会おう。ウィリアム」
「待っているよ。マックス、神の御加護を」
マックスは本当に楽しかった。突如として突きつけられた自分たちの隠されたる本性。そんなものがあっても、人間とはこうして仲良くやって行ける。この戦いは、じきに終わるだろう。そう感じた。
マックスが次にやってきたのは、街中にある1軒の家であった。ポケットから小説を取り出すと、外壁に背中を預けて読み始めた。しばらくそうやって待っていると、やがて入口の扉が開き、1人の女性が出てきた。
「愛してるわ。またね、リチャード」
女性はそう告げて扉を閉めた。そして、すぐ横のマックスの存在に気づいた。
「迎えに来てくれたの?」
「うん。一緒に帰ろう、マリア」
女神のように柔和な目付き。ふわりとした頬に透き通った肌。細く、流れるような綺麗な金髪。可憐な少女、マリアは吸血鬼である。しかし、リチャードは恋人でありながら、人間だ。
「ルーは、どうだった……?」
「今はまだ元気がないみたいだ。もうじき陽が昇るし、明日から彼にももっといろいろコミユニケーションを取ろうと思う」
マックスは、カルマからもらったタバコに火をつけた。
「私とリチャードみたいに、マックスとウィリアムさんみたいに、私たちと人間は分かり合えるはずなのに……、悲しいね……」
マリアは昼のことを思い出していた。船の上でルーの両親は捕縛され、身ぐるみを剥がされて灰になった。マリアの腕は、届かなかった。両親を迎えに来たルーを連れて、必死にその場を離れた。
「ウィリアムさんが匿ってくれなかったら、今頃、私も、ルーも、お腹の子も……」
マリアは大事に自分のお腹を撫でた。大きく膨らんだお腹を。
「お腹の子は、どれくらいだっけ?」
「もう、9ヶ月になるわ。もうすぐね……」
マリアの中には新たな生命が宿っていた。マックスは、そのことが嬉しくて仕方なかった。マリアとリチャードが育んだ生命こそまさに、我々と人類を結ぶ可能性そのものだった。マックスたちの希望だった。
「私……、この子を産んだら、あの小屋を離れようと思うの」
マリアはそう告げた。マックスはうん、と頷いた。
「リチャードと、この子と。3人で暮らすわ……」
「うん。きっと喜ぶよ。カルマも、リズも、皆」
濃い藍色の夜空は徐々に紫色に染まって行って、幾千の星々が少しずつ輝きを失おうとしていた。いずれ、山間から太陽が昇り、この世界を美しく育む。夜は明け、朝がやってくる。小屋に着いて大きなあくびをした2人は、たちまち眠りにつくのだった。
一方、ウィリアムは窓から漏れる優しい朝日に、目を覚ました。今日は、朝から吸血鬼対策本部から集合するように告げられていた。適当に支度を済ませて、ウィリアムは家を出た。
「これを、君たちに」
フロート警部は、部隊の者たち3人にそれぞれ拳銃を1丁、それと銀色の弾丸を12発渡した。ウィリアムは何の意図があるのかを、図りかねて、首をかしげる。
「これは……」
ウィリアムは弾丸を指で掴んだ。素材は銀だった。
フロート警部は自分の方を注目するように呼びかけた。
「これは、銀で出来た特性の弾丸と、その弾丸を撃ち出すことの出来る特性の拳銃だ」
疑問を切り出したのは、ロイだった。
「これらを、何に使うのですか」
「疑問に対して単刀直入にアンサーすると、これらは吸血鬼に撃ち込むのに使うんだ」
ウィリアムはガチガチと拳銃をいじっていた。情けなかった。こんなものを持つので、彼ら(吸血鬼)とは友好的な関係を築くことが出来ないのだ。
虫の居所を悪くするウィリアムをよそに、アリスは更なる疑問をフロートに言及した。
「何故、銀の銃を?」
「吸血鬼の弱点は、太陽光だけでは無かったのだ」
その一言に、皆の空気が一気に変わった。フロートは続けた。
「彼らのもう1つの弱点。それは銀だ。銀を受けたり、銀製のものを触れさせると、彼らはたちまち灰になる」
ウィリアムは驚愕した。まさかここまで、彼らの研究が進んでいたとは。どうやって調べたのだ。まさか、非人道的なことを……。
「それと、午後に、新たに見つけた吸血鬼の住処へと突撃する、その事についてはまた改めて知らせる、以上だ」
昨日、マックスといた公園のベンチ。今そこにいたのはロイ、アリス、そしてウィリアムの3人だった。
「どうやって分かったのですかね。銀が弱点だって」
アリスはロイに尋ねた。ロイはうーん、と少し考え込んだが、
「分からないですね。どうしてだろう……」
と、結局分からないままだった。
ロイもアリスも、両親を異国の吸血鬼、アリオスに殺害されていた。ウィリアムは、それを知っている。だからこそ、彼らにはマックスのことを打ち明けられずにいた。マックスが危険に晒されるかも知れないからである。今のところは、ひっそりと暮らし続けているのが良いだろうと考えた。
「でも、これが本当なら心強いですね。今までで何人の人間が殺されてきたことか……」
ウィリアムは違う、と思った。アリオスが処されて以降、犠牲者はぐっと減った。彼ら吸血鬼にとっては抵抗の末の殺害であって、犠牲者とはとても言えなかった。
「もうすぐ集合時間ですから、皆戻りましょう」
ロイは立ち上がった。アリスはロイに続いた。ウィリアムは1人、頭を抱えていた。もし本当にこの弾丸が吸血鬼を殺すものなら、突撃などとても自分には出来ない。どうすれば……。
ウィリアムは再三、この吸血鬼対策本部を抜けたいとフロートに告げていた。しかし、彼はお前が不祥事ばかり起こすので、ここに連れてきたのだという。お前を連れてきたのは、クビ寸前のお前を繋ぎ止めるためだと。ウィリアムは今も悩んでいた。夢か、友か。人類か、吸血鬼か。恋人か、マックスか。どうしてだろう。どうして、皆は吸血鬼がこんなにも怖いのだろう。どうして、フロートの言うことを皆正義と思うのだろう。この先のウィリアムの戦いはあとどれ程続くのだろう。とても長い道のりのように彼は感じた。そして、重い重い足をようやく1歩、踏み出したのだった。
「ただいま」
カルマは小屋の中の仲間に目をやる。同じ黒いマントを羽織った5人の男女。コペルもカルマに続いて小屋の中へと入った。
コペルは自分の置かれている状況と実証から、1つの推測を立てていた。今から20分前、1人の吸血鬼、ゼッターによってタイムスリップし、この1800年代のイギリスへと降り立ったコペル。カルマの後をついて行く間に気づいたことがあった。雪に足跡がつかない。振り返ったカルマにも、認識されていない。コペルはこの歴史に介入出来ない。誰にも見えない。どこにも存在を証明出来ない。それが自分に置かれた状況と理解したコペルは、堂々と小屋の中へと足を踏み入れた。
「おかえり、カルマ」
最初に声をかけたのは、雪のような白髪の青年だった。その声に続くように、他の5人も顔を上げた。
「今日はどうだった、マックス?」
マックス、そう呼ばれた白髪の青年は、柔らかい笑みを含んで答えた。
「今日は大きな事件もなかった。ウィリアムのおかげでね」
カルマはそうか、と言って笑っていた。そして、小さな小屋の中を一瞥した。
「リズ、クラリス、アルト、マヤ、それから……、」
知らない顔がいる。マックスはその少年の手を取り、
「ルーだ。マリアが連れてきた」
と説明した。
「そうか……、よろしく。俺はカルマ。マリアの親友だ」
ルーは特に何も発言せず、うん、と頷いた。
「マリアは……、マリアはどこにいる?」
「マリアは恋人の元へ行っている……。ついて行こうと思ったんだが、今日は頑なに断られてしまった」
マックスは腰掛けていた椅子から立ち上がった。読みかけの本に栞を挟んで閉じて、ポケットにしまった。
「お前はどこへ行くんだ?」
「ウィリアムの元へ。彼に感謝を送らなければ。ディナーは皆と済ましておいてくれ。私はその辺のウサギでも捕まえておく」
そう言ってマックスは小屋を出た。カルマは見送ったあと、残った連中に告げた。
「さて、皆で協力して夕食を小屋の中に入れよう。」
ルー以外の4人ははーい、と楽しそうに言って、カルマと小屋の外へ出ていった。
「あれが……、マクスウェル……」
コペルは小さくなっていくマックスの背中を見つめていた。この小屋に留まるよりは、彼の跡を追った方が良さそうだ。そう考えて、コペルは小屋を出ることに決めた。
近年、大きな発展を遂げようとしているこのイギリス。圧倒的な列強諸国と世界に豊かな暮らしの発展。世界的にも大きな分岐点を迎えようとしていたが、マックスの住み着いている地区は、19世紀が過ぎてもしばらくは大きくメスが入ることはなく、見渡すことが出来るのは山と川という、スロースタイルな生活を皆送っていた。マックスがやってきたのは小さな公園に1つだけのベンチだった。何故なら、ここにいつもウィリアムが来るからだ。
「おお、ウィリアム……!」
マックスが公園に到着してから少しして、同じくこの公園を目的地にやってきた者がいた。赤みがかった短く黒い髪と、青く輝く瞳。スレンダーながらも力ある強かな体つき。それは間違いなく、ウィリアムであった。
「やあ、マックス。やはりここに来たのか」
ウィリアムは嬉しそうにそう言うと、マックスの肩を取り、ひしと抱き合った。
「もちろんさ。今は仕事帰りか?」
「ああ。今日も強盗犯と殴り合ったよ」
ウィリアムはあはは、と笑って見せた。それからしばらくは、ウィリアムの仕事の、警察官の話をしていた。
「それで、今日は君に感謝しなければならない」
マックスはウィリアムを見つめた。
「また君に助けられた。ルー……、あの少年のことだ」
「ルー……、マリアといた子だな」
このイギリスには今、数にして40の吸血鬼が、ひっそりと暮らしている。決して多くを望まず、ひっそりと人間のフリをして暮らしていた。しかし、このイギリスの地に、はるばるエジプトからやってきた吸血鬼がいた。その名をアリオスという。彼は未知なる異国に降り立つと仲間も家族も持たず、このイギリスの人間たちを吸血し続けた。エジプトでは人間を吸血するのは当たり前のことであり、これに怒った現地人により吸血鬼たちは皆捕らえられ、海に沈められ灰になった。彼は奇跡的に生き残り、この国まで泳いで渡ってきた。後に彼はまたしても捕らえられ、その命を奪われることとなる。
以降、このイギリスでは、平和的な種であるイギリスの吸血鬼まで敵対視し、処刑するようになった。吸血鬼たちは悩んだ末に、20年の歳月をかけて全世界から生き残った者を探し出し、種の繁殖と徹底抗戦の姿勢を示すこととした。しかし平和的な吸血鬼たちには大した戦力はなく、個体数は減少し続けていた。
「彼は両親を失った……、途方に暮れているだけだった。マリアにもまだ懐いていない。君が雪山の麓までお供してくれなかったら、どうなっていたことか……」
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吸血鬼、マクスウェルとの出会いは唐突なことであった。何故か自分が吸血鬼対策本部なるものに配属された時彼は、以前から犯人にドッグファイトを仕掛けて、力づくで現行犯逮捕し続けた無茶がたたり、戦力外通知を受けたのではないか、と不安に思っていた。そんなウィリアムが初めて知り合った吸血鬼がマクスウェルだった。マクスウェルは人間との争いを余儀なくする現状と吸血鬼たちを悲しみ、人間にも吸血鬼にもはみ出し者として嫌われる吸血鬼たちと共に暮らして、友好的な関係を示すように同胞に訴えていた。ウィリアムは悩んだ末、彼を見逃すこととした。それからというもの、ウィリアムはマクスウェルとこうして、人類と吸血鬼を繋ぐ架け橋を探していた。
「もしも、吸血鬼がまた、平和な暮らしを取り戻したら……。君の仲間にも私の住む小屋を紹介するよ。皆で飲もう」
「飲むって、動物の血液をかい?」
2人はおかしくて吹き出した。楽しかった。日中の疲れが吹っ飛ぶようだった。
もう夜も遅いということで、マックスはマリアを迎えに行くことにした。
「また今度、ここで会おう。ウィリアム」
「待っているよ。マックス、神の御加護を」
マックスは本当に楽しかった。突如として突きつけられた自分たちの隠されたる本性。そんなものがあっても、人間とはこうして仲良くやって行ける。この戦いは、じきに終わるだろう。そう感じた。
マックスが次にやってきたのは、街中にある1軒の家であった。ポケットから小説を取り出すと、外壁に背中を預けて読み始めた。しばらくそうやって待っていると、やがて入口の扉が開き、1人の女性が出てきた。
「愛してるわ。またね、リチャード」
女性はそう告げて扉を閉めた。そして、すぐ横のマックスの存在に気づいた。
「迎えに来てくれたの?」
「うん。一緒に帰ろう、マリア」
女神のように柔和な目付き。ふわりとした頬に透き通った肌。細く、流れるような綺麗な金髪。可憐な少女、マリアは吸血鬼である。しかし、リチャードは恋人でありながら、人間だ。
「ルーは、どうだった……?」
「今はまだ元気がないみたいだ。もうじき陽が昇るし、明日から彼にももっといろいろコミユニケーションを取ろうと思う」
マックスは、カルマからもらったタバコに火をつけた。
「私とリチャードみたいに、マックスとウィリアムさんみたいに、私たちと人間は分かり合えるはずなのに……、悲しいね……」
マリアは昼のことを思い出していた。船の上でルーの両親は捕縛され、身ぐるみを剥がされて灰になった。マリアの腕は、届かなかった。両親を迎えに来たルーを連れて、必死にその場を離れた。
「ウィリアムさんが匿ってくれなかったら、今頃、私も、ルーも、お腹の子も……」
マリアは大事に自分のお腹を撫でた。大きく膨らんだお腹を。
「お腹の子は、どれくらいだっけ?」
「もう、9ヶ月になるわ。もうすぐね……」
マリアの中には新たな生命が宿っていた。マックスは、そのことが嬉しくて仕方なかった。マリアとリチャードが育んだ生命こそまさに、我々と人類を結ぶ可能性そのものだった。マックスたちの希望だった。
「私……、この子を産んだら、あの小屋を離れようと思うの」
マリアはそう告げた。マックスはうん、と頷いた。
「リチャードと、この子と。3人で暮らすわ……」
「うん。きっと喜ぶよ。カルマも、リズも、皆」
濃い藍色の夜空は徐々に紫色に染まって行って、幾千の星々が少しずつ輝きを失おうとしていた。いずれ、山間から太陽が昇り、この世界を美しく育む。夜は明け、朝がやってくる。小屋に着いて大きなあくびをした2人は、たちまち眠りにつくのだった。
一方、ウィリアムは窓から漏れる優しい朝日に、目を覚ました。今日は、朝から吸血鬼対策本部から集合するように告げられていた。適当に支度を済ませて、ウィリアムは家を出た。
「これを、君たちに」
フロート警部は、部隊の者たち3人にそれぞれ拳銃を1丁、それと銀色の弾丸を12発渡した。ウィリアムは何の意図があるのかを、図りかねて、首をかしげる。
「これは……」
ウィリアムは弾丸を指で掴んだ。素材は銀だった。
フロート警部は自分の方を注目するように呼びかけた。
「これは、銀で出来た特性の弾丸と、その弾丸を撃ち出すことの出来る特性の拳銃だ」
疑問を切り出したのは、ロイだった。
「これらを、何に使うのですか」
「疑問に対して単刀直入にアンサーすると、これらは吸血鬼に撃ち込むのに使うんだ」
ウィリアムはガチガチと拳銃をいじっていた。情けなかった。こんなものを持つので、彼ら(吸血鬼)とは友好的な関係を築くことが出来ないのだ。
虫の居所を悪くするウィリアムをよそに、アリスは更なる疑問をフロートに言及した。
「何故、銀の銃を?」
「吸血鬼の弱点は、太陽光だけでは無かったのだ」
その一言に、皆の空気が一気に変わった。フロートは続けた。
「彼らのもう1つの弱点。それは銀だ。銀を受けたり、銀製のものを触れさせると、彼らはたちまち灰になる」
ウィリアムは驚愕した。まさかここまで、彼らの研究が進んでいたとは。どうやって調べたのだ。まさか、非人道的なことを……。
「それと、午後に、新たに見つけた吸血鬼の住処へと突撃する、その事についてはまた改めて知らせる、以上だ」
昨日、マックスといた公園のベンチ。今そこにいたのはロイ、アリス、そしてウィリアムの3人だった。
「どうやって分かったのですかね。銀が弱点だって」
アリスはロイに尋ねた。ロイはうーん、と少し考え込んだが、
「分からないですね。どうしてだろう……」
と、結局分からないままだった。
ロイもアリスも、両親を異国の吸血鬼、アリオスに殺害されていた。ウィリアムは、それを知っている。だからこそ、彼らにはマックスのことを打ち明けられずにいた。マックスが危険に晒されるかも知れないからである。今のところは、ひっそりと暮らし続けているのが良いだろうと考えた。
「でも、これが本当なら心強いですね。今までで何人の人間が殺されてきたことか……」
ウィリアムは違う、と思った。アリオスが処されて以降、犠牲者はぐっと減った。彼ら吸血鬼にとっては抵抗の末の殺害であって、犠牲者とはとても言えなかった。
「もうすぐ集合時間ですから、皆戻りましょう」
ロイは立ち上がった。アリスはロイに続いた。ウィリアムは1人、頭を抱えていた。もし本当にこの弾丸が吸血鬼を殺すものなら、突撃などとても自分には出来ない。どうすれば……。
ウィリアムは再三、この吸血鬼対策本部を抜けたいとフロートに告げていた。しかし、彼はお前が不祥事ばかり起こすので、ここに連れてきたのだという。お前を連れてきたのは、クビ寸前のお前を繋ぎ止めるためだと。ウィリアムは今も悩んでいた。夢か、友か。人類か、吸血鬼か。恋人か、マックスか。どうしてだろう。どうして、皆は吸血鬼がこんなにも怖いのだろう。どうして、フロートの言うことを皆正義と思うのだろう。この先のウィリアムの戦いはあとどれ程続くのだろう。とても長い道のりのように彼は感じた。そして、重い重い足をようやく1歩、踏み出したのだった。
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