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優しい国編

09 解放

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しくしくと目の前で泣く貴婦人にもう泣かないで下さいと抱き締める。

「どうしてあなたがこんな目に?」

潤んだ瞳からハラハラと涙が溢れ落ちていく様はとても美しくてずっと見ていたいがそうもいかない。夫を早くに亡くし、先王の実妹という高い身分を持って俺を守り、深い愛情で育ててくれた母上。

「母上様、私は大丈夫です。」

むしろこの国はこれからどんな目に合うか分からないので母上にはついてきて欲しいくらいだ。優しく臆病な彼女は来ることはないだろうが。

「わたくしの育て方が悪かったのです。貴方は小さい頃から悪い事ばかりしてわたくしはどうする事も出来ませんでした。」

両手で顔を覆いさめざめと泣きじゃくる。

「今までの罪を償う為にも私が行くのです。母上様はご心配なさらずに、何卒御身ご自愛下さい。」

俺は微笑むと生母に別れを告げ帝国へ旅立った。


「――ニャーン。」

ニャン?見たことのない美しい金色の猫が足元へ絡んできた。

元来俺は畜生は大嫌いである。

「シッ!シッ!」

その途端に猫が人の形に変化していき世にも美しいディランになった。

「え、気持ち悪い。」

すかさず頭にチョップされる。

「痛い……何だお別れに来てくれたのか?」

「誰がだ?俺も行く。」

ディランは心外そうに俺を見た。

「私はもうこの国の人間ではなくなるのだ。ディラン殿が守る義務はない。」

流石にディランまで居なくなってはこの国は大変な事になってしまう。

「この国は神が見棄てた。俺はお前の側に居る。」

俺は信じられない物を見る目でディランを見た。

「神が……俺のせいか?」

「ああ、お前によって汚された人々を神は愛さなくなった。」

「なんという事だ……俺は死んでも許されないじゃないか!!」

ずっと愛されてきた優しき人々の国が俺のせいで滅びるなんて!

取り乱し喚く俺を冷静に見つめながらディランは笑った。

「あの人々もやっと人形から人間らしくなる……俺も……達もやっと……解放される。」

何百年も優しき人々を守ってきたその役目からやっと。人間兵器と呼ばれた先人達の記憶を引継ぎ死ぬまで開放される事はないと思っていた。

「貴方のお陰だ。ありがとう。」

ディランの儚くも美しい笑顔に見蕩れ、その重みを感じた。

「こちらこそ今までありがとう。」

そう言って、俺は泣くのを我慢して微笑み返す事しか出来なかった。
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