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ばったりスパイシー

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 昼休憩になり、ジョーニォと廊下を歩いていたケイトは、シードルと出会でくわした。

「おや、君たち。これから昼食か?」
「シードル先輩、こんにちは」
「こんちわーっス。先輩は彼女とお昼っスか」
「いや、彼女は用事があってな」

 そうして、昼食に誘われた。どうやら、一人で食べるところだったらしい。
 食後は街に行く用があると聞き、ケイトは閃く。

「ジョーニォも街に行くんです。俺は鉱石クラブに行く予定だし、この際二人で街で食べたら?」
「俺はいいけど……」

 後半、ジョーニォに向けて言うと、どこか心配そうな顔をする。そんな彼にケイトは最近、クリスロードから何か言われているのではないかと思うのだ。

「俺は大丈夫だって。それじゃ」

 ケイトは引き留められる前にさっと身を翻した。

「ケイト、すまないな」
「いいえー」

 ここは気分を変えて、近くのパン屋へ向かうことにしよう。
 
 煙突付きのレンガ造りの建物に、猫足の木製ベンチ。ちょっとした花壇や素朴なお庭。パン屋の辺りは、学生たちでいつも賑わっている。この光景を見ると、近くに共学の学問所があるようだ。

「ルームメイトがね、ロビンソンさんに告白したらオーケイもらえたって!」
「ふぅん。でもあの人、なんか軽そうじゃない?」
「……あんたはアヲイ家の彼がいいんでしょ」

 聞こえてきた女子のおしゃべりを右から左に流し、パン屋のドアをガチャリと開いた。
 トレイとトングスを手に、さっさとパンを選び取る。
 ジョーニォに誘われて何度か来たことがあるため、どんな種類があるかは知っていた。どのパンも美味しいが、いかんせん混むので、利用したい気分にはあまりならない。

「あっ」

 最後の一つに選んだパンを取ろうとしたら、横から伸びてきたトングスと鉢合わせ。

「どうぞ」
「えっ、いえ、どうぞっ」
「あら? ケイト」

 トングスを持った女学生の後ろからひょいと顔を覗かせたのは、ケイトの姉のセイアだった。

「ゲ」
「何よその態度。失礼ね」

 セイアは半目で眉を上げると、ケイトが女学生に譲って譲られ返したパンを取り、女学生のトレイに乗せた。

「えっ、わたし……」

 女学生の視線は姉弟の顔を行ったり来たり。
 
「いいのよ。ケイト、あんたはそっちの辛いのでも食べなさい」
「ヤだね。俺が辛いの苦手なの知ってんだろが」
「はあ? お姉さまに向かってその口調は何?」
「ちょまっ、おい、」

 流れるように辛いパンをトレイに乗せられ、ケイトは立ち尽くす。

「ちゃんと食べなさいね~」
「だからムリってッ」
「あのっ、これ」
「ああ……、こちらと迷っていたので、俺はこれにします。姉がすみません」

 ケイトが苦笑すると、女学生は微かに笑った。ケイトはさっさと店を出て行った姉をこっそり睨む。そうして、小さく息を吐き出した。
 
 学問所の敷地に戻り、芝生で思い思いに昼休憩を過ごす学生たちを尻目に袋の中からパンを出す。

「ケイト、一人か?」

 芝生にいた同級生から声を掛けられ、足を止めた。

「おう。これからクラブ」
「こっちで食ってけよ」

 断る理由もないので、同級生らの輪に加わることにする。彼らの多くは新興貴族。以前からの知り合いも多い。

「クリスロードはどうせメイリーちゃんだろ。かわいくて優しい、いい子だよなぁ」
「おまえ、前から好きだったよな。けっこう本気で」
「おま、言うなよハァ⁉」
「へぇ……」

 彼も恋をするのかと、ケイトは感嘆した。

「っケイト、あいつに言うなよ!」

 必死な形相で迫られ、驚く。

「っつか、あいついないと安心して喋れるな。あ、わりぃ」

 ケイトは軽く肩をすくめて、聞かなかったことにした。
 クリスロードがいると、彼らはあまり話しかけてこない。その理由は、この間クリスロードが話していた通りなのだろう。
 通り抜けた風は爽やかな緑の香りを纏っている。
 そこへ香ばしい匂いがふわりと重なった。辛いパンはとりあえず、袋の底に仕舞っておくことにした。
 
 鉱石クラブの部室は旧棟の一角だ。旧棟は人通りが少なく、昼間でも薄暗い。どことなくミステリアスな雰囲気が、鉱石クラブに合っていた。
 建物に入ると、別世界に来たような心地で、ケイトは部室を目指した。

「ケイト」

 階段を上ってさらに人気ひとけのない廊下を歩いていたときである。聞き慣れた声に呼び止められ、足を止めてそちらを向いた。そこにいたのはジュリオンで、本を片手に佇んでいた。

「散歩か?」

 眉を上げて悪戯に言えば、薄い唇が弧を描く。

「君は鉱石クラブ?」
「……否定しろよ。おまえも何かのクラブ?」

 周りに人がいない事を確認し、ジュリオンがやって来る。
 こうして間近で向き合うと、身長差を実感するものだ。ジュリオンは細身なため、より高く感じるのかもしれない。
 ウグイス色の髪が揺れ、ケイトを映す瞳がサファイアのように煌めいた。

「まぁね。俺も鉱石クラブに行ってみようかな」
「石に興味あるんだ」
「ああ。君は琥珀のようだと、たまに思う」

 ケイトは目を瞬いて、苦笑し、髪に手をやる。

「この色?」
「それに、青い火花を飛ばすところとか」
「な、そんなにすぐにキレたり、しない……」

 いつかロビンソンに火花を飛ばしてしまった事を思い出し、ケイトはむくれて口を閉じた。
 怒りを感じると火花が出やすいのは事実で、当たった人はピリリとした痛みを感じるらしい。

「そうだな。君は優しい」

 柔らかな眼差しがこそばゆく、ケイトは視線を逸らす。

「そういうこと、サラリと言うなよ」
「どうして? 思ったことを言ってるだけだ」

 ナンパ男の友だちだからか、まるで同類――。

「ロビンと一緒にしないでくれ」
「っ何も言ってないだろ!」
「顔に書いてある」

 ぬっと近づいた端正な顔に、背筋を反って後ずさり。
 ケイトは熱い耳を隠すように横髪を指で梳き、持っている袋の底に仕舞われた存在を思い出した。

「おまえ、辛いの平気か?」
「……とびきり辛くないのなら」

 ジュリオンは突然の問いに目を瞬く。
 ケイトは一つ頷いて、持っていた袋を開いて見せた。

「これ、やるよ」
「食べないのか?」
「俺はもう食った」

 ん、と袋を突き出してジュリオンに持たせると、じっと顔を見てくる。

「変なもの入ってないぞ」
「そうじゃない。辛いのが苦手なんだ?」
「……まぁな。姉に押し付けられてさ」
「仲が良いんだな」
「はあ? なんでそうなる……」

 向こうから学生が来たため、二人はすれ違ったていで歩きだす。

「ありがとう」

 ジュリオンが小さく落として去ってゆく。

「どういたしまして」

 ケイトはふっと笑みをこぼし、部室へ向かった。
 人前で会話をしないこと。
 それはジュリオンとの間で、暗黙の了解になっている。

 ――あいつはそういうの、どうでもいいのかも。

 ジュリオンはケイトの思いを察して、合わせてくれているだけかもしれない。もしそうだったらちょっと悪い気がするけれど、密やかな交流は、けっこう楽しいものだった。
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