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第三章 冬の休暇、別荘合宿
二
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そうしてついに、前期最後の日がやって来る。
「では、成績表を渡します」
呼ばれた生徒たちは神妙な顔つきで受け取っている。おれの番になると、ダリヌはあからさまに嫌そうな顔をした。おれも顔をしかめて受け取る。
前半は生活態度からして良くなかったが、後半は試験も含め、それなりに真面目に取り組んだ。結果、総合評価は四位だった。
「最後の試験の結果が大きく影響するんだって。リュエルは三位?」
「いや、四位だ」
「そうなんだ」
メルは意外そうな顔をする。それに肩をすくめた。
「ちゃんとやろうって思ったの、最近だしな。こんなもんじゃねえの?」
「うん…」
メルはなんだか不服そうだ。
「ま、重要なのは後期の成績だし。これから追い上げるさ」
ふっと笑むと、メルもようやく笑顔を見せた。
式典では、まるで前期をがんばったご褒美のようにカムナギのアルシャが登場した。けれどもおれは、もう以前のように無心で釘付けになってはいないことに気づく。
(アルシャが紡ぐのは、ルーマのウタ)
リズムが違うから、自分のウタとアルシャのウタはこんなに違うのか。いや、それだけではない。やはり、紡ぐ者の性質や声色が影響するところは大きいはずだ。
同じリズムだからといって、同じウタにはならない。なれない。アルシャが紡ぐのはルーマのウタだが、アルシャだけが紡げるアルシャのウタだ。
(おれも)
おれが紡ぐのはおれのウタだ。それは自分だけが紡げる、自分にしか紡げないウタ。思わずぐっと手を握りしめていた。
祭壇で柔らかな微笑を浮かべるアルシャは、自分のウタに誇りがあるのだろう。自信があるのだ。自分に。だからあんなに余裕を持って、堂々としていられる。
(この間の実技は、自分でもよくできたと思う)
あの時はまるで自動操縦のように身体が勝手にやってくれた。ずっと試験の日を思って練習していたから、イメージトレーニングの賜物かもしれない。
(アルシャにはほど遠いな)
もっと自信を持たなくては。それで初めて、あんなふうに胸の内から湧きでるようなウタが紡げるのだろう。
これまで漠然としていた理想が、ようやくはっきり見えた気がした。誰のためでもない。自分のために、ウタのために、もっと自分を受け入れる。そして、自信をつけるのだ。
(もっとアルシャに近づきたい。早く。でないとどこかへ行ってしまう気がして…)
「またね」 と言ってくれなかったアルシャ。アルシャが言わないなら自分が言えばいい。差し伸べられなくても、その手を掴んでやる。最初にお構い無しで来たのはあっちだ。ずんずん踏み込んで――。もう、憧れているだけではいられなくなってしまった。
(アルシャ)
あの鮮やかな群青色を、もっと見ていたいから――。
さて、式典が終われば前期終了だ。ほとんどの生徒が帰省する。おれも荷物をまとめるため、一旦、寮へ戻ることにした。
「移動の陣に集合ということで」
寮部屋に入ると、すでにグランが準備満タンで待っていた。椅子に座って長い足を組んでいる。
「俺はいつでも行けるぞ」
初めて会った日を思い出した。あの時は、態度のデカい嫌な貴族と同室になってしまったと思ったのだ。
「おまえはどこの出なんだ?」
「東」
「ああ、そんな感じだな。俺は南だ」
「へえ」
この時期、帰省する生徒たちのために特別に展開された移動の陣は四つあり、それぞれの方角にある一番大きな都市へ繋がっている。移動の陣は座標を書き換えればどこへでも行けるが、学び舎でそれをやると混雑するからだろう。最寄りの都市を経由するのが通例である。
支度ができると、グランと共にメルのいる部屋へ行き、三人で集合場所へ向かった。
「皆さん、揃いましたね。それでは出発しましょう」
レルヒは引率の先生よろしく頭数を数え、にこりと微笑む。二人が気づけば七人だ。おれは遠い目をしてしまう。
「僕たちまで行かせてもらって、わるかったかな」
「、べつに」
いつの間にか隣にいたアルシャにこっそり問われ、条件反射のように返していた。なんというか、心臓に悪い。
大きめの陣は、八人を一気に目的地へ飛ばしてくれる。
緑の光に包まれた一瞬後、東の都市の一角にある広い公園にいた。道端には雪が積もっているが、今日は快晴である。ここは学び舎フィーデルより温暖な気候だ。
「ぼく、東は初めて」
メルが目を輝かせる。
「昼食はどうする?」
首を傾げたのはオルキデだ。
「着くの午後って言ってあるから…」
「こちらで済ませてしまいましょう」
カイトの言葉に、みんなで頷いた。
「オススメの店はあるかい?」
ラルジュに問われ、視線を外す。
「……知らねえ」
大抵『なんでも屋』にいたし、食事はそこらの出店で適当に済ませていた。テオと店に入ることもあったが、このキラキラしい人たちに案内できるような場所ではないように感じる。
「いい店があるよ」
そんなおれに代わって口を開いたのはアルシャだった。
「ここにも、何度か立ち寄ったことがあるんだ」
「カムナギのお仕事ですか?」
「うん。行こう」
メルに微笑んで歩き出したアルシャは、人通りの少ない道を選んで進んだ。それでも、周りの視線はなくならない。
(これだけキラキラなのが集まれば、目立つのは仕方がないか)
――小さく息を吐き出したリュエルも充分その要因に含まれていることを、本人は知らない。
「色んな所に行かれてるんですね」
グランがアルシャと話している図は新鮮だ。
「それがカムナギの楽しいところだよ」
「あ、それじゃあ、リュエルの故郷に行かれたこともあるんですか?」
「まぁね」
それで最初から仲良かったんだぁと、メルは得心して頷いた。
「学び舎に来る前から、お知り合いだったんですね」
「実はそうなんだ。周りには、内緒だよ」
「はーい」
アルシャが口許で人差し指を立てると、メルは良い子の返事をしていた。
「では、成績表を渡します」
呼ばれた生徒たちは神妙な顔つきで受け取っている。おれの番になると、ダリヌはあからさまに嫌そうな顔をした。おれも顔をしかめて受け取る。
前半は生活態度からして良くなかったが、後半は試験も含め、それなりに真面目に取り組んだ。結果、総合評価は四位だった。
「最後の試験の結果が大きく影響するんだって。リュエルは三位?」
「いや、四位だ」
「そうなんだ」
メルは意外そうな顔をする。それに肩をすくめた。
「ちゃんとやろうって思ったの、最近だしな。こんなもんじゃねえの?」
「うん…」
メルはなんだか不服そうだ。
「ま、重要なのは後期の成績だし。これから追い上げるさ」
ふっと笑むと、メルもようやく笑顔を見せた。
式典では、まるで前期をがんばったご褒美のようにカムナギのアルシャが登場した。けれどもおれは、もう以前のように無心で釘付けになってはいないことに気づく。
(アルシャが紡ぐのは、ルーマのウタ)
リズムが違うから、自分のウタとアルシャのウタはこんなに違うのか。いや、それだけではない。やはり、紡ぐ者の性質や声色が影響するところは大きいはずだ。
同じリズムだからといって、同じウタにはならない。なれない。アルシャが紡ぐのはルーマのウタだが、アルシャだけが紡げるアルシャのウタだ。
(おれも)
おれが紡ぐのはおれのウタだ。それは自分だけが紡げる、自分にしか紡げないウタ。思わずぐっと手を握りしめていた。
祭壇で柔らかな微笑を浮かべるアルシャは、自分のウタに誇りがあるのだろう。自信があるのだ。自分に。だからあんなに余裕を持って、堂々としていられる。
(この間の実技は、自分でもよくできたと思う)
あの時はまるで自動操縦のように身体が勝手にやってくれた。ずっと試験の日を思って練習していたから、イメージトレーニングの賜物かもしれない。
(アルシャにはほど遠いな)
もっと自信を持たなくては。それで初めて、あんなふうに胸の内から湧きでるようなウタが紡げるのだろう。
これまで漠然としていた理想が、ようやくはっきり見えた気がした。誰のためでもない。自分のために、ウタのために、もっと自分を受け入れる。そして、自信をつけるのだ。
(もっとアルシャに近づきたい。早く。でないとどこかへ行ってしまう気がして…)
「またね」 と言ってくれなかったアルシャ。アルシャが言わないなら自分が言えばいい。差し伸べられなくても、その手を掴んでやる。最初にお構い無しで来たのはあっちだ。ずんずん踏み込んで――。もう、憧れているだけではいられなくなってしまった。
(アルシャ)
あの鮮やかな群青色を、もっと見ていたいから――。
さて、式典が終われば前期終了だ。ほとんどの生徒が帰省する。おれも荷物をまとめるため、一旦、寮へ戻ることにした。
「移動の陣に集合ということで」
寮部屋に入ると、すでにグランが準備満タンで待っていた。椅子に座って長い足を組んでいる。
「俺はいつでも行けるぞ」
初めて会った日を思い出した。あの時は、態度のデカい嫌な貴族と同室になってしまったと思ったのだ。
「おまえはどこの出なんだ?」
「東」
「ああ、そんな感じだな。俺は南だ」
「へえ」
この時期、帰省する生徒たちのために特別に展開された移動の陣は四つあり、それぞれの方角にある一番大きな都市へ繋がっている。移動の陣は座標を書き換えればどこへでも行けるが、学び舎でそれをやると混雑するからだろう。最寄りの都市を経由するのが通例である。
支度ができると、グランと共にメルのいる部屋へ行き、三人で集合場所へ向かった。
「皆さん、揃いましたね。それでは出発しましょう」
レルヒは引率の先生よろしく頭数を数え、にこりと微笑む。二人が気づけば七人だ。おれは遠い目をしてしまう。
「僕たちまで行かせてもらって、わるかったかな」
「、べつに」
いつの間にか隣にいたアルシャにこっそり問われ、条件反射のように返していた。なんというか、心臓に悪い。
大きめの陣は、八人を一気に目的地へ飛ばしてくれる。
緑の光に包まれた一瞬後、東の都市の一角にある広い公園にいた。道端には雪が積もっているが、今日は快晴である。ここは学び舎フィーデルより温暖な気候だ。
「ぼく、東は初めて」
メルが目を輝かせる。
「昼食はどうする?」
首を傾げたのはオルキデだ。
「着くの午後って言ってあるから…」
「こちらで済ませてしまいましょう」
カイトの言葉に、みんなで頷いた。
「オススメの店はあるかい?」
ラルジュに問われ、視線を外す。
「……知らねえ」
大抵『なんでも屋』にいたし、食事はそこらの出店で適当に済ませていた。テオと店に入ることもあったが、このキラキラしい人たちに案内できるような場所ではないように感じる。
「いい店があるよ」
そんなおれに代わって口を開いたのはアルシャだった。
「ここにも、何度か立ち寄ったことがあるんだ」
「カムナギのお仕事ですか?」
「うん。行こう」
メルに微笑んで歩き出したアルシャは、人通りの少ない道を選んで進んだ。それでも、周りの視線はなくならない。
(これだけキラキラなのが集まれば、目立つのは仕方がないか)
――小さく息を吐き出したリュエルも充分その要因に含まれていることを、本人は知らない。
「色んな所に行かれてるんですね」
グランがアルシャと話している図は新鮮だ。
「それがカムナギの楽しいところだよ」
「あ、それじゃあ、リュエルの故郷に行かれたこともあるんですか?」
「まぁね」
それで最初から仲良かったんだぁと、メルは得心して頷いた。
「学び舎に来る前から、お知り合いだったんですね」
「実はそうなんだ。周りには、内緒だよ」
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