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第三章 冬の休暇、別荘合宿
四
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「こんにちは」
ラルジュだ。振り仰げば、いつもの糸目で微笑を浮かべている。
「こんにちは。先輩さんかしら…?」
おれに抱き着いたまま小首を傾げる母リリン。
「はい。ラルジュ・フリューゲルと申します。本日はお忙しいところ、お時間をいただきありがとうございます」
おかしい。糸目がとんでもなく紳士に見える。おれは唖然とした。
――一方、母リリン。ようやく、“抱き着いている息子ごと受け止める糸目紳士” というおかしな図に気づき、ハッと佇まいを正す。そこで糸目の後ろに待機していたキラキラ集団を視界に捉え、目を見開いた。
「あー、……なんか、多くなった」
おれは後ろ頭を掻いてしまう。もとは三人の予定だったのだから驚いて当然だろう。レルヒとグランが会釈する。メルもペコリとお辞儀した。
「突然すみません。すぐに引き上げますので」
苦笑したアルシャに揺れるセレストの瞳。
「みんな、ちょっと寄るだけですぐ帰るって言うし、」
さすがに困らせてしまったかと、おれは慌てて紡ぐ。なおも続けようとした言葉は喉に詰まった。母は口許を両手で覆い、泣きそうな顔をしていた。
「リュエルの母です。来てくださってありがとう。歓迎するわ」
動けないおれに代わり、メルがテテッと母のもとへ行く。
「あの…」
「、ごめんなさい、あんまり嬉しくて」
母はほっそりとした指で目尻を拭って微笑んだ。
「さ、入って。お茶にしましょう」
豊かな黒髪をふわりとなびかせて。
「お邪魔しますっ」
「お邪魔します」
メルにグランが続く。その後をお茶会三人組が続いても、おれはまだぼんやりと佇んでいた。
「あんまり人を家に呼ばないのかい?」
「……これが初めてだ」
「なるほど。それは、さぞや驚いたろうね」
ラルジュに促すように背中に手を当てられ、歩みだす。
「まず、君がフィーデルへ通うことへの不安があったでしょうからね。きっと安心されたことでしょう」
レルヒがうんうん頷き、隣に並んだ。
「お母上は美しい黒髪ですね」
「母方がフラムなんだ。……罰なんかじゃねえ」
「ええ。そう思いました」
レルヒはふっと笑み、「お邪魔します」と家に入ってゆく。
「コップにいい物を……あと四つね」
「なんだ、えらいたくさんで来たな。ちょっと待ってくれ、どれがいいかな…」
母に呼ばれたらしい父ゼフが、ちょうどエプロンをつけたまま台所から出てきた。上の書斎に飾ってあるお気に入りの作品を持ってくるつもりだろう。
「今日はお天気がいいから、中庭のテーブルも使いましょう」
「俺、持っていきます」
「まぁ、ありがとう」
グランがクッキーの乗った皿を中庭へ持ってゆく。お土産にみんなが持ってきた菓子折もあるため、テーブルの上は賑やかだ。
カイトとレルヒがテーブルや椅子のセッティングをしている。やたらと楽しそうだ。庭を見渡して目を輝かせるメル。アルシャと何やら話しながら海のような瞳を輝かせている。なんて眩しい。
「何か手伝うことありますか?」
ふらりとやって来たのはオルキデだ。母は頬に手を当てる。
「そうね…、あの小屋の裏手にも椅子が二脚あるんだけど…。リューくん、」
廊下でラルジュと佇んでいたら、くるっと目を向けられた。
「……あれまだ使えるのか?」
ラルジュたちの前であだ名のような名前で呼ばれた気恥ずかしさよ。かすかに眉根が寄ってしまう。
「ちょっとガタつくけど平気よ」
おれは肩をすくませ、オルキデと小屋の方へ向かった。
――珍しい取り合わせを目で追って、ラルジュはリュエル母のもとへ歩み寄る。
「すみません、大勢で押しかけて」
「いいのよ。にぎやかで楽しいわ」
リリンはくすくす笑った。
「貴族の方がまわりに多いからかしらね。あの子、なんだか大人びて、ビックリしちゃった」
落ち着いた雰囲気で、一時期荒んでいたのが嘘のよう。
「わが息子ながら惚れ惚れするわ」
すっと背筋を伸ばした佇まいは肩の力が抜けており、端麗な上、色気があった。
「彼は学び舎でも人気ですよ」
ラルジュの言葉に、リリンはかすかに瞳を揺らす。
「ちゃんと、受け入れられています」
穏やかな声に実感が湧き、肩の力が抜ける。リリンは細く息を吐き出し、気持ちを切り替えるように悪戯に言った。
「あら。もしかして、モテるのかしら」
「それはもう」
ラルジュがひょいと眉を上げると、リリンは目を瞬いて、やはり笑った。
「こっちでもね、小さいころはモテたのよ。まだ性別不詳のころね」
ヤンチャになる前のリュエルは男女問わずモテたものだ。いつからか、変わってしまったが。リュエルは周りの影響を受けやすい。感受性が高いのだろう。だから、フィーデルへ行ったらどうなるか、リリンは少しだけ心配だった。
「フラムだから…、歓迎されないんじゃないかって思っていたの。でも、いい人たちに出会えたようね」
物腰も柔らかになった。思えばリュエルはそういう子だったと、母リリンは懐かしい気持ちになる。
「今はカムナギになるため、がんばってますよ」
自然に放たれた言葉にハッとした。
カムナギ。それはリリンにとって、望んでも手に入らない宝物のようなものだった。
「あの子、本当に…」
「リュエルくんは、きっといいカムナギになります」
確信に満ちた声。彼はリュエルの手紙にあった、リュエルが世話になっている先輩だ。
「あなたは、」
どうしてそんなに親身になってくれるのだろう。まだ十代でリュエルとそう年齢も変わらないのに、ずいぶん頼もしく感じる。
「リュエルくんがカムナギになった暁には、私は侍衛を務める所存です。あそこのおかっぱ頭……レルヒとともに、彼に夢を見たのです」
ラルジュはリュエルの侍衛になりたいと思ったきっかけを語り、彼に協力するのは己の夢のためでもあるのだと伝えた。
「どうぞ、お見知りおきを」
いつの間にか来ていたレルヒと一緒にお辞儀する。聖界から離れて久しい自分たちより、ずっと彼らの方が頼りになるだろう。
「リュエルのこと、お願いします」
その思いをたしかに受け取り、リリンは頼もしい彼らに敬意を込めてお辞儀した。
ラルジュだ。振り仰げば、いつもの糸目で微笑を浮かべている。
「こんにちは。先輩さんかしら…?」
おれに抱き着いたまま小首を傾げる母リリン。
「はい。ラルジュ・フリューゲルと申します。本日はお忙しいところ、お時間をいただきありがとうございます」
おかしい。糸目がとんでもなく紳士に見える。おれは唖然とした。
――一方、母リリン。ようやく、“抱き着いている息子ごと受け止める糸目紳士” というおかしな図に気づき、ハッと佇まいを正す。そこで糸目の後ろに待機していたキラキラ集団を視界に捉え、目を見開いた。
「あー、……なんか、多くなった」
おれは後ろ頭を掻いてしまう。もとは三人の予定だったのだから驚いて当然だろう。レルヒとグランが会釈する。メルもペコリとお辞儀した。
「突然すみません。すぐに引き上げますので」
苦笑したアルシャに揺れるセレストの瞳。
「みんな、ちょっと寄るだけですぐ帰るって言うし、」
さすがに困らせてしまったかと、おれは慌てて紡ぐ。なおも続けようとした言葉は喉に詰まった。母は口許を両手で覆い、泣きそうな顔をしていた。
「リュエルの母です。来てくださってありがとう。歓迎するわ」
動けないおれに代わり、メルがテテッと母のもとへ行く。
「あの…」
「、ごめんなさい、あんまり嬉しくて」
母はほっそりとした指で目尻を拭って微笑んだ。
「さ、入って。お茶にしましょう」
豊かな黒髪をふわりとなびかせて。
「お邪魔しますっ」
「お邪魔します」
メルにグランが続く。その後をお茶会三人組が続いても、おれはまだぼんやりと佇んでいた。
「あんまり人を家に呼ばないのかい?」
「……これが初めてだ」
「なるほど。それは、さぞや驚いたろうね」
ラルジュに促すように背中に手を当てられ、歩みだす。
「まず、君がフィーデルへ通うことへの不安があったでしょうからね。きっと安心されたことでしょう」
レルヒがうんうん頷き、隣に並んだ。
「お母上は美しい黒髪ですね」
「母方がフラムなんだ。……罰なんかじゃねえ」
「ええ。そう思いました」
レルヒはふっと笑み、「お邪魔します」と家に入ってゆく。
「コップにいい物を……あと四つね」
「なんだ、えらいたくさんで来たな。ちょっと待ってくれ、どれがいいかな…」
母に呼ばれたらしい父ゼフが、ちょうどエプロンをつけたまま台所から出てきた。上の書斎に飾ってあるお気に入りの作品を持ってくるつもりだろう。
「今日はお天気がいいから、中庭のテーブルも使いましょう」
「俺、持っていきます」
「まぁ、ありがとう」
グランがクッキーの乗った皿を中庭へ持ってゆく。お土産にみんなが持ってきた菓子折もあるため、テーブルの上は賑やかだ。
カイトとレルヒがテーブルや椅子のセッティングをしている。やたらと楽しそうだ。庭を見渡して目を輝かせるメル。アルシャと何やら話しながら海のような瞳を輝かせている。なんて眩しい。
「何か手伝うことありますか?」
ふらりとやって来たのはオルキデだ。母は頬に手を当てる。
「そうね…、あの小屋の裏手にも椅子が二脚あるんだけど…。リューくん、」
廊下でラルジュと佇んでいたら、くるっと目を向けられた。
「……あれまだ使えるのか?」
ラルジュたちの前であだ名のような名前で呼ばれた気恥ずかしさよ。かすかに眉根が寄ってしまう。
「ちょっとガタつくけど平気よ」
おれは肩をすくませ、オルキデと小屋の方へ向かった。
――珍しい取り合わせを目で追って、ラルジュはリュエル母のもとへ歩み寄る。
「すみません、大勢で押しかけて」
「いいのよ。にぎやかで楽しいわ」
リリンはくすくす笑った。
「貴族の方がまわりに多いからかしらね。あの子、なんだか大人びて、ビックリしちゃった」
落ち着いた雰囲気で、一時期荒んでいたのが嘘のよう。
「わが息子ながら惚れ惚れするわ」
すっと背筋を伸ばした佇まいは肩の力が抜けており、端麗な上、色気があった。
「彼は学び舎でも人気ですよ」
ラルジュの言葉に、リリンはかすかに瞳を揺らす。
「ちゃんと、受け入れられています」
穏やかな声に実感が湧き、肩の力が抜ける。リリンは細く息を吐き出し、気持ちを切り替えるように悪戯に言った。
「あら。もしかして、モテるのかしら」
「それはもう」
ラルジュがひょいと眉を上げると、リリンは目を瞬いて、やはり笑った。
「こっちでもね、小さいころはモテたのよ。まだ性別不詳のころね」
ヤンチャになる前のリュエルは男女問わずモテたものだ。いつからか、変わってしまったが。リュエルは周りの影響を受けやすい。感受性が高いのだろう。だから、フィーデルへ行ったらどうなるか、リリンは少しだけ心配だった。
「フラムだから…、歓迎されないんじゃないかって思っていたの。でも、いい人たちに出会えたようね」
物腰も柔らかになった。思えばリュエルはそういう子だったと、母リリンは懐かしい気持ちになる。
「今はカムナギになるため、がんばってますよ」
自然に放たれた言葉にハッとした。
カムナギ。それはリリンにとって、望んでも手に入らない宝物のようなものだった。
「あの子、本当に…」
「リュエルくんは、きっといいカムナギになります」
確信に満ちた声。彼はリュエルの手紙にあった、リュエルが世話になっている先輩だ。
「あなたは、」
どうしてそんなに親身になってくれるのだろう。まだ十代でリュエルとそう年齢も変わらないのに、ずいぶん頼もしく感じる。
「リュエルくんがカムナギになった暁には、私は侍衛を務める所存です。あそこのおかっぱ頭……レルヒとともに、彼に夢を見たのです」
ラルジュはリュエルの侍衛になりたいと思ったきっかけを語り、彼に協力するのは己の夢のためでもあるのだと伝えた。
「どうぞ、お見知りおきを」
いつの間にか来ていたレルヒと一緒にお辞儀する。聖界から離れて久しい自分たちより、ずっと彼らの方が頼りになるだろう。
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