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終章 余寒、運命の後期
二十三
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このままこうして、ずっとここにいることもできるような気がする。それも良いと思うくらい、素晴らしいものしかここにはない。
(アルシャもいるし)
一年半くらい前の自分だったなら、その選択をしたかもしれない。けれど今、自分を待っている人たちの顔がたくさん頭に浮かぶのだ。
「精靈たちは、まだアルシャのウタを聞いていたかったんじゃないか?」
「さっきの話の続きかい?」
「おれが精靈なら、そう思うかもって」
アルシャはふっと笑う。
「精靈の君を想像したら、とても可愛かった」
「っ言いたいのはそこじゃねえ」
「僕が精靈だったら、うんと輝いて君の気を引くよ。人間より僕のことを想っていて、ってね」
おれは思わずアルシャの方を向いた。精靈たちのことを身近に感じて親しみを覚えたのは、まさしく意思を持って主張してくる光が見えるからなのだ。
「精靈たちが、君の魅力に気づかないはずがない」
アルシャもゆるりとこちらへ顔を向けた。
「精靈は本当に純粋で綺麗だ。それに比べて人間は…、なんて、思ったりした?」
「……した」
「今はどう?」
「今は……人間にも色々いるから、一括りにはできない。人間も精靈も、幸せを感じていられる世界がいいと思ってる」
「うん。僕もそう思う」
アルシャは正面に顔を戻して大きく息を吐き、そっと口を開く。
「戻ろうか」
おれはじっとアルシャを見詰めた。凪いだ横顔からは、本心を知り得ない。
「本当に戻りたいって、思ってるか」
「……大丈夫。思ってるよ」
投げ出されたままの手を握る。緩く握り返され、目を閉じた。戻った世界でも、今感じているのと同じように、幸せに満ちた心地好さでずっといられることを、願いながら――。
目蓋を上げる。
目の前にアルシャの顔があった。
先ほどまでと同じ体勢。けれどもここは、聖堂だ。紋章の上で、二人で横になっている。アルシャも目蓋を上げたのを見て、上体を起こした。
「戻ってきたね」
起き上がったアルシャは、どこかぼぅっとしている。
「アルシャ?」
「……僕は、これで命が終わると思っていたから」
おれはその身体を抱きしめた。
「まるで生き返った気分だよ」
柔らかな声には、喜びも悲しみも感じられない。抱きしめる腕を強めると、アルシャは小さく笑った。
「なんだか、拍子抜けしてしまったんだ」
そうして、抱きしめ返してくれる。
その腕にじわじわと力が籠り、もう離さないとでもいうようにぎゅっと抱き寄せ、頭の後ろに手が添えられた。髪にアルシャの頬が触れている。
「まだ、君といられる」
感極まったような声だった。
「まだまだ、ずっとだ」
言いながら、おれにも実感が湧き上がる。
これから先も、アルシャはずっと、ここにいられる。一緒に生きることができる。――この世界で。
「……リュエル、もう何度目かわからないけれど、来てくれてありがとう」
「おれは確信があって行ったから、大したことじゃないけどな」
「そう思ってるのは君だけさ。あの扉を開けてラルジュを見てごらん。きっと情けない顔が見れるよ」
アルシャは光の世界で話していたことを根に持っているのかもしれない。なんだかおかしくて、吹きだすように笑ってしまった。
抱擁を解いたアルシャに、じっと顔を見られる。小首を傾げると、チュッとキスされた。
「ここは冷える。もっと暖かい所へ移動しよう」
冷たい唇を感じた直後だったので、おれは無言で頷いた。
寒さのせいもあり、自然と距離が近づく。おれとアルシャは静かな聖堂内をくっついて歩いていた。扉を開けて出てみると、皆一様に驚愕の表情をしている。
チラリとラルジュに目をやれば、見たこともないような表情になる。アルシャの言った通りだが、ラルジュがどれほどの思いで侍衛候補をやっているのか知っている身としては、少々罪悪感が湧いた。提案しておきながら不安だったらしいネージュは、ほぅっと息を吐いていた。
「アルシャ…!」
オルキデがアルシャを抱きしめる。感慨に浸る間もなく、おれもラルジュとレルヒから抱きしめられた。
「っ君は、思い切りが良すぎます!!」
「君を待つ間、何度切腹を考えたか知れない」
「いや、時間なかったし。ちゃんと戻るって言っただろ」
「審判者が戻ってきた話など、聞いたことがなかったのですっ。アルシャさんだけでも辛いのに、君まで喪ったかと…ッ」
「わるかったって」
おれは二人の背中をぽふぽふする。それでも離れてくれず、レルヒなどは抱き着いてくる腕の力が増した。
「もう少し遅かったら、ここに死体が二つ転がったかもしれません」
「、は?」
「ラルジュは本気でしたよ。ネージュさんに殺気を飛ばしてました」
「そうだったかい?」
ネージュの方を向くと、肩をすくめる。
「生きた心地がしなかったよ。色んな意味でね。本当に、よく戻ってきてくれた」
そうに違いないと思ったからこそ、ここへ来て語ったネージュだったが、おれが迷いもなく行ってしまったのでにわかに不安になっていたという。
「リュエル、感謝する。おまえ、ホントにスゴいな」
「リュエル、私からも。感謝申し上げます」
泣き笑いのオルキデと、カクッと腰を折ったカイト。おれはあわあわと口を開く。
「アルシャにも言ったけど、確信があったからやっただけで…。アルシャみたいに命懸けだったわけじゃないから」
――リュエルは確信があったと言うが、なんの確証もなかった。審判者に選ばれた者は存続を選べば命はない。それだけが伝えられる事実だったのだ。
「君は大物ですね」
姿勢を正したカイトは肩の力を抜き、呆れたように笑った。
その日の夜、おれはアルシャの寮部屋に泊まった。同じベッドで眠るのも慣れたもの。アルシャの匂いや体温を感じることができる喜びに胸がジンとする。
「明日は久しぶりに学生ができる」
今日で終わりだったはずのアルシャの予定は、明日も明後日もない。ここにいるアルシャがカムナギではなく学生だと思うと、不思議な気分になった。
「どうかした?」
「アルシャのこと、学生の先輩って思ったこと、なかったかも」
「僕をカムナギとしてしか見てなかったってこと?」
「ごく個人としてのアルシャ以外は」
するとアルシャは、好奇心に目を輝かせる。
「もし、僕がただの学生の先輩だったら?」
「……もっと、近い感じがする」
アルシャを自分と同じ学生だと思うと、ちょっと年上のお兄さんという感じで、ぐっと親近感が増す。それに何故だかドキドキした。
おれのトキメキを感じ取ったらしいアルシャが悪戯に微笑む。
「ただの先輩後輩として、君と学生生活を楽しみたいな」
「でも、みんなの前ではカムナギのアルシャだろ」
「こうして奇跡的に戻って来られたことだし。ちょっとの間くらい、カムナギを休んでもいいと思わない?」
最後までカムナギとしての活動を詰め込んで、命懸けて役目を果たそうとしたアルシャに、休むなと言える者がいるだろうか。おれは眉尻を下げてしまう。
「みんな、驚くかもな」
「君はその要因の一つになるんだよ」
サラリと言われた言葉に息を呑む。
「っおれたちのこと、バラすつもりか!?」
「僕としては、このタイミングで知られるのが一番だと思うけど」
それはアルシャが心置きなく普通の学生体験をしたいからだろう。
「……平気なのかよ。カムナギって、色々制約があるんじゃ…」
「いつかも話した通り、これまではね。僕には自由恋愛が許されている」
「それは、相手は女に違いないって思われてるからだろ」
「例え僕が女性と結婚しなくても、ルーマの血筋は終わらない。フラムもそうだろ?」
確かに、そうだが。
「それよりリュエル、君は僕とのお付き合いをそこまで真剣に捉えているんだね。嬉しいよ」
にっこり笑顔で言われた言葉に、顔が熱くなった。
「っあんたが、聖堂で結婚とか言うからッ」
「考えてくれたんだ」
「そんなの、まだおれにわかるわけねえだろ。寝るッ」
背中を向けたおれに、アルシャがくつくつ笑う。
「僕もたぶん、まだまだ生きられるし。急ぐことはないね」
数秒後、おれはアルシャに向き直ってキスをした。
「おやすみ」
「……おやすみ」
キョトンとしたアルシャからしっかりと返事を聞いて、今度こそ背中を向けて眠りに就いたのだった。
(アルシャもいるし)
一年半くらい前の自分だったなら、その選択をしたかもしれない。けれど今、自分を待っている人たちの顔がたくさん頭に浮かぶのだ。
「精靈たちは、まだアルシャのウタを聞いていたかったんじゃないか?」
「さっきの話の続きかい?」
「おれが精靈なら、そう思うかもって」
アルシャはふっと笑う。
「精靈の君を想像したら、とても可愛かった」
「っ言いたいのはそこじゃねえ」
「僕が精靈だったら、うんと輝いて君の気を引くよ。人間より僕のことを想っていて、ってね」
おれは思わずアルシャの方を向いた。精靈たちのことを身近に感じて親しみを覚えたのは、まさしく意思を持って主張してくる光が見えるからなのだ。
「精靈たちが、君の魅力に気づかないはずがない」
アルシャもゆるりとこちらへ顔を向けた。
「精靈は本当に純粋で綺麗だ。それに比べて人間は…、なんて、思ったりした?」
「……した」
「今はどう?」
「今は……人間にも色々いるから、一括りにはできない。人間も精靈も、幸せを感じていられる世界がいいと思ってる」
「うん。僕もそう思う」
アルシャは正面に顔を戻して大きく息を吐き、そっと口を開く。
「戻ろうか」
おれはじっとアルシャを見詰めた。凪いだ横顔からは、本心を知り得ない。
「本当に戻りたいって、思ってるか」
「……大丈夫。思ってるよ」
投げ出されたままの手を握る。緩く握り返され、目を閉じた。戻った世界でも、今感じているのと同じように、幸せに満ちた心地好さでずっといられることを、願いながら――。
目蓋を上げる。
目の前にアルシャの顔があった。
先ほどまでと同じ体勢。けれどもここは、聖堂だ。紋章の上で、二人で横になっている。アルシャも目蓋を上げたのを見て、上体を起こした。
「戻ってきたね」
起き上がったアルシャは、どこかぼぅっとしている。
「アルシャ?」
「……僕は、これで命が終わると思っていたから」
おれはその身体を抱きしめた。
「まるで生き返った気分だよ」
柔らかな声には、喜びも悲しみも感じられない。抱きしめる腕を強めると、アルシャは小さく笑った。
「なんだか、拍子抜けしてしまったんだ」
そうして、抱きしめ返してくれる。
その腕にじわじわと力が籠り、もう離さないとでもいうようにぎゅっと抱き寄せ、頭の後ろに手が添えられた。髪にアルシャの頬が触れている。
「まだ、君といられる」
感極まったような声だった。
「まだまだ、ずっとだ」
言いながら、おれにも実感が湧き上がる。
これから先も、アルシャはずっと、ここにいられる。一緒に生きることができる。――この世界で。
「……リュエル、もう何度目かわからないけれど、来てくれてありがとう」
「おれは確信があって行ったから、大したことじゃないけどな」
「そう思ってるのは君だけさ。あの扉を開けてラルジュを見てごらん。きっと情けない顔が見れるよ」
アルシャは光の世界で話していたことを根に持っているのかもしれない。なんだかおかしくて、吹きだすように笑ってしまった。
抱擁を解いたアルシャに、じっと顔を見られる。小首を傾げると、チュッとキスされた。
「ここは冷える。もっと暖かい所へ移動しよう」
冷たい唇を感じた直後だったので、おれは無言で頷いた。
寒さのせいもあり、自然と距離が近づく。おれとアルシャは静かな聖堂内をくっついて歩いていた。扉を開けて出てみると、皆一様に驚愕の表情をしている。
チラリとラルジュに目をやれば、見たこともないような表情になる。アルシャの言った通りだが、ラルジュがどれほどの思いで侍衛候補をやっているのか知っている身としては、少々罪悪感が湧いた。提案しておきながら不安だったらしいネージュは、ほぅっと息を吐いていた。
「アルシャ…!」
オルキデがアルシャを抱きしめる。感慨に浸る間もなく、おれもラルジュとレルヒから抱きしめられた。
「っ君は、思い切りが良すぎます!!」
「君を待つ間、何度切腹を考えたか知れない」
「いや、時間なかったし。ちゃんと戻るって言っただろ」
「審判者が戻ってきた話など、聞いたことがなかったのですっ。アルシャさんだけでも辛いのに、君まで喪ったかと…ッ」
「わるかったって」
おれは二人の背中をぽふぽふする。それでも離れてくれず、レルヒなどは抱き着いてくる腕の力が増した。
「もう少し遅かったら、ここに死体が二つ転がったかもしれません」
「、は?」
「ラルジュは本気でしたよ。ネージュさんに殺気を飛ばしてました」
「そうだったかい?」
ネージュの方を向くと、肩をすくめる。
「生きた心地がしなかったよ。色んな意味でね。本当に、よく戻ってきてくれた」
そうに違いないと思ったからこそ、ここへ来て語ったネージュだったが、おれが迷いもなく行ってしまったのでにわかに不安になっていたという。
「リュエル、感謝する。おまえ、ホントにスゴいな」
「リュエル、私からも。感謝申し上げます」
泣き笑いのオルキデと、カクッと腰を折ったカイト。おれはあわあわと口を開く。
「アルシャにも言ったけど、確信があったからやっただけで…。アルシャみたいに命懸けだったわけじゃないから」
――リュエルは確信があったと言うが、なんの確証もなかった。審判者に選ばれた者は存続を選べば命はない。それだけが伝えられる事実だったのだ。
「君は大物ですね」
姿勢を正したカイトは肩の力を抜き、呆れたように笑った。
その日の夜、おれはアルシャの寮部屋に泊まった。同じベッドで眠るのも慣れたもの。アルシャの匂いや体温を感じることができる喜びに胸がジンとする。
「明日は久しぶりに学生ができる」
今日で終わりだったはずのアルシャの予定は、明日も明後日もない。ここにいるアルシャがカムナギではなく学生だと思うと、不思議な気分になった。
「どうかした?」
「アルシャのこと、学生の先輩って思ったこと、なかったかも」
「僕をカムナギとしてしか見てなかったってこと?」
「ごく個人としてのアルシャ以外は」
するとアルシャは、好奇心に目を輝かせる。
「もし、僕がただの学生の先輩だったら?」
「……もっと、近い感じがする」
アルシャを自分と同じ学生だと思うと、ちょっと年上のお兄さんという感じで、ぐっと親近感が増す。それに何故だかドキドキした。
おれのトキメキを感じ取ったらしいアルシャが悪戯に微笑む。
「ただの先輩後輩として、君と学生生活を楽しみたいな」
「でも、みんなの前ではカムナギのアルシャだろ」
「こうして奇跡的に戻って来られたことだし。ちょっとの間くらい、カムナギを休んでもいいと思わない?」
最後までカムナギとしての活動を詰め込んで、命懸けて役目を果たそうとしたアルシャに、休むなと言える者がいるだろうか。おれは眉尻を下げてしまう。
「みんな、驚くかもな」
「君はその要因の一つになるんだよ」
サラリと言われた言葉に息を呑む。
「っおれたちのこと、バラすつもりか!?」
「僕としては、このタイミングで知られるのが一番だと思うけど」
それはアルシャが心置きなく普通の学生体験をしたいからだろう。
「……平気なのかよ。カムナギって、色々制約があるんじゃ…」
「いつかも話した通り、これまではね。僕には自由恋愛が許されている」
「それは、相手は女に違いないって思われてるからだろ」
「例え僕が女性と結婚しなくても、ルーマの血筋は終わらない。フラムもそうだろ?」
確かに、そうだが。
「それよりリュエル、君は僕とのお付き合いをそこまで真剣に捉えているんだね。嬉しいよ」
にっこり笑顔で言われた言葉に、顔が熱くなった。
「っあんたが、聖堂で結婚とか言うからッ」
「考えてくれたんだ」
「そんなの、まだおれにわかるわけねえだろ。寝るッ」
背中を向けたおれに、アルシャがくつくつ笑う。
「僕もたぶん、まだまだ生きられるし。急ぐことはないね」
数秒後、おれはアルシャに向き直ってキスをした。
「おやすみ」
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