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終章 余寒、運命の後期
二十五
しおりを挟む「アルシャさんとリュエルって、付き合ってるの?」
「……気分は複雑だけど、正直お似合いだと思う」
「二人でいるときの彼らって、どっちもイメージとちょっと違うな」
「そうそう。アルシャさんも同じ学生なんだって思うし、リュエルはかわいい」
「え、リュエルって、かっこよくない?」
一緒にいる二人の光景にすっかり生徒たちが慣れた頃、それはやってきた。運命の期末テストだ。
学び舎は一気にピリピリとした雰囲気に包まれ、息苦しいほどである。おれも例外ではなかったが、レルヒのドンピシャに助けられ、恙なくテストを終わらせることができた。
特に自信があるのは実技だ。
まず、観客席の生徒たちがカムナギのアルシャのウタを聞くときのように好意的で、紡ぎやすかった。その上、審判の時を経て、半ばカムナギになったかのような心境になっていたおれは、当然のことのようにウタを紡げた。光しかない世界で覚えた、世界とウタと自分が一つになったような感覚。それを再び感じることができたと思う。
そうして発表されたテストの総合順位は一位。
発表された順位を見て、生徒たちはどよめいた。おれが一位だったからというのもあるが、それだけではない。なんと、総合一位の生徒がもう一人いたのだ。
「ふんっ。一位が二人もいるなんて、前代未聞だ」
腕を組んで言ったのはブリランテ。もう一人の一位である。誰もが聞きたくて聞けなかったことを聞いたのはメルだった。
「この場合、どうなるの?」
「言いたくないが、リュエルで決まりだろう。ウタの実技で一位を取ったのは彼だからな」
その瞬間、廊下は歓声に包まれた。
自分を囲んでやいやい言うクラスメイトたちを、おれは不思議な気持ちで眺める。ライバルのはずなのに、誰もがその目に純粋な喜びを宿して祝福してくれるのだ。それはそう、ブリランテさえ。片眉を下げてはいたが、口角を上げ、讃えるように拍手してくれた。
「やったね、リュエル! スゴいや!!」
メルに抱き着かれ、じわじわと実感が湧いたおれである。
――あれよと言う間にリュエルがカムナギ試験を受けることが知れ渡り、学び舎は奇妙な興奮に包まれた。
ポッと出の一般人。元二大名家で聖界を追い出されたフラム家の末裔。敵意を抱いていた人もいっぱいいた。そんな始まりが嘘のように、いつの間にか誰もがリュエルを応援してくれた。誰もが、リュエルがカムナギ試験を受けることになるだろうと確信しているようだった。そうしてついに、それが現実となったのだ。
教室におれを迎えに来た侍人候補のレルヒとラルジュは、当然のような顔をしていた。
「おめでとうございます、リュエル」
「おめでとう」
「まだ早いだろ」
肩をすくめてしまう。
「そんなことはありません。君はカムナギになりますよ」
「さて。俺も約束を果たそう」
自然に紡がれた言葉を、おれは一瞬理解できなかった。
約束。そうだ、ラルジュは言ったのだ。おれがカムナギ試験の権利を得たら、フラムの聖典を奪ってくると。
「決行は今夜だ」
事もなげに言うラルジュの雰囲気は、どこか研ぎ澄まされていた。
落ち着かない夜を過ごした翌日。その日は休日のはずだが、おれはパッポウ人間ラルジュの声で目が覚めた。
静かな朝。眼前にある紫色の瞳は穏やかだ。
「……おはよう」
「おはよう、リュエル。君にプレゼントを持ってきた」
すっと布団の中に差し入れられた何かが指に当たる。おれは起き上がってそれを手に取り、布団の下から取り出した。
瑠璃色の、分厚い本。
それを目にした瞬間、感激に身体が震えた。知らないのに知っている。求めていたものだと感じる、不思議な感覚。
「これが…」
分厚い本はまったく古さを感じさせない。おれは表紙の神聖文字にそっと触れてみる。――『聖なる紋様』。震える手でゆっくりと表紙を捲った。
――親愛なるフラム、我が友へ。
美しき音靈が、永久に世界を満たさんことを――
最初のページの真ん中に書かれていた言葉に審判の時を思う。
細く息を吐いてページを捲ると、次のページから、一ページに一つずつ聖紋が描かれていた。どれもが初めて目にする聖紋だ。大人しく見守っていたレルヒが、乗り出すようにページを見てきた。
おれは聖紋を心の中で読んでみる。
(あのウタはこんな聖紋だったんだ)
それを見ることができるのが嬉しくて、楽しくて、夢中になってページを捲った。知らないウタもあったが、聖紋を読めばどのようなウタか自然に浮かぶ。初めて触れたフラムのウタを口ずさむ至福。ラルジュとレルヒが傍にいるのも忘れてウタに熱中した。
そうして最後のページに辿り着き、ピタリと止まる。これは審判の時にしか紡いではいけないウタ。
短く息を吐いて聖典を閉じる。
顔を上げ、ようやく二人の存在を思い出した。
「ラルジュ、ありがとう」
「礼を言うのは俺のほうだ。ここまで来てくれて、ありがとう」
温かな紫色の瞳を見たら、自然と口許が綻んだ。
おれはフラム家の聖典を大切に胸に抱いて、ふと目を瞬く。
「大丈夫だったのか?」
見た感じ、怪我などをしているようには見えないが――。確認するようにジロジロと見ていると、ラルジュはふっと笑った。
「なんてことはない。シュネー先生が聖典の場所と借り方を教えてくださったおかげで、簡単に持ってこられたよ」
ラルジュは借りるのではなく奪ったわけだが、難なく聖典に辿り着き、持ってくることができたという。あまり使われていない書庫の奥の奥にあったため、奪われたことをすぐに気づかれることもないとのこと。
「これでカムナギの試験を受ける準備が整った」
「今日から、君の一番好きなウタの聖紋を練習しましょう」
「おう」
カムナギの試験は数日後に迫っていた。
そうしてついに、試験当日。
聖堂に集まった全校生徒を前に、カムナギの試験を受ける生徒が呼ばれ、祭壇前に出る。おれはそれほど緊張していない自分を感じていた。
「三年聖音科、アンドレ・フェルーゼ」
湧き上がる拍手。
おれも拍手しながら前に出てきた生徒を見やった。強い光を宿した蜜柑色の瞳。凛々しい顔立ちは聖武科と言われた方がしっくりくる。若苗色の髪を後ろに流ているのも、彼のクールさを引き立てていた。どうやら、カムナギ志望にも様々なタイプがいるらしい。
「二年聖音科、ユーリー・ヴィンツ」
同じように拍手が湧き上がる。
拍手しながら見たところ、今度は柔らかな印象の生徒だった。なんというか、存在感が薄い。けれども優しく細められた翡翠色の瞳に、確固たる輝きを見た。
ユーリーは肩までの白茶色の髪をさらりと揺らしてお辞儀した。
「一年聖音科、リュエル・フラム」
名前が呼ばれた瞬間、聖堂内が一際大きな拍手で包まれた。それをこそばゆく感じつつ、おれは祭壇前に行く。先に呼ばれたユーリーの隣に並び、小さくお辞儀した。
「カムナギを志す彼らに祝福を!」
わぁっと湧いた歓声を受け、案内に従って試験へ向かう。
「リュエル、がんばれよ!」
「ぜったいなれるよ!!」
「いってらっしゃい」
たくさんの声援にも埋もれず耳に届いた声。ハッとしてそちらへ目をやる。三年生の聖音科の列にいたアルシャの美しい群青色の瞳と目が合った。
おれは微笑を浮かべて、こくりと頷く。
途端に大きくなった歓声に驚きつつ、前を行く先輩たちの後を追った。そうして祭壇脇の扉から出ると、控えの間に移動の陣が展開されていた。
「陣に乗れば試験会場です」
アンドレが頷いて陣に乗る。ユーリーが続き、おれも陣に乗った。案内の生徒のお辞儀に見送られ、緑色の光に包まれる。次に現れた景色は、大きな建物のエントランスだった。ドーム型の天井の美しい絵画。ステンドグラスから降り注ぐ色鮮やかな光――。
「行こう」
アンドレの力強い声にハッとして前を向く。三人で受付らしき場所へ向かうと、「こちらへどうぞ」と、試験会場へ案内された。
広い室内だ。長机がたくさん置かれており、受験する人たちが両端に座っていた。当然ながら、みんな年上である。自分の世界に入っている人もいるが、多くがおれの銀髪に気づいてじっと見てきた。
「俺たちは、やれることをやるだけだ」
アンドレにポンと背中を押され、席へ向かう。不躾な視線には学び舎で慣れたため、そんなに気にならなかった。それよりも、おれの頭を占めていたのは、これまでの日々のこと。今日のために、たくさん勉強した。応援してくれた人がいる。信じて待っている人たちがいる。
少しして紙の束を抱えた人たちが入室し、一人一人に小冊子のような試験用紙が配られた。
「これより、カムナギ試験を始めます。……開始!」
前の机に置かれた大きな砂時計がひっくり返される。あの砂が落ち切るまでに、やりとげなくてはならない。
バッと表紙を捲る音。見たことのある問いだ。おれは無心で羽ペンを動かした。
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