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第Ⅳ章 天国へ至る迷宮

リリィ

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買い付け隊の馬車は全部で10台あった。

どうやら街中にある無事な馬車をかき集めたものらしい。商会の紋章が入った荷馬車から乗合馬車までいろいろある。貴族が乗るような豪勢なものから、くたびれた外観のものまであって統一感がない。

俺も荷台に空箱を積んだりするのを手伝った。
出発の準備が整うと、イーサーが呼びに来た。

「先輩。こっちだ」
「ああ」

俺は、冒険者の誰かに呼びに来てもらえるという喜びを感じながら頷いた。

案内された先には、乗合馬車があった。
たぶん宗教都市ロウとどこかの都市の間を走っていたものだろう。なかなか頑丈そうな4人乗りだ。
乗合馬車のランクなんて知らないが、そこそこ上の方なのかもしれない。

御者は俺の知らない冒険者だが、乗り込む際に挨拶されたので、こちらも返す。何気ないやり取りだが嬉しかった。

(まるで本物の冒険者みたいだ! ――って俺、冒険者じゃん……)

「乗合馬車は始めてですか?」

先に乗っていたラスクが、書類に目を通すのをやめて、顔を上げた。

「実はそうなんだ」

アレクサンダーやフェルノ、エリーゼは、全員が高貴な生まれだ。
大衆が使う乗合馬車など利用しない。
彼らが最もよく利用したのは〈教会〉の豪勢な馬車で、俺は、荷馬車が随行していればその荷台に、そういうのがなければ1人馬に乗っていた。

なんでもない世間話をしていると、隊商が動き出した。
10台ある馬車が走り出したので、なかなか盛大な音がした。

しばらくすると、イーサーが俺に質問してきた。

「あの……先輩がいきなりS級に抜擢された、って本当ですか?」

D級の彼から見ると、気になるポイントらしかった。

S級は冒険者の最高位。とはいえ、瞬く間に階級を上がる新人もいる。例えば、熟練の冒険者たちを護衛代わりに引き連れ、金に物を言わせて良質な装備を整えた権力者の子供などだ。

だが、それでもいきなりS級は異常だった。

「それにはいろいろ事情があったんだ、フウマさんにも、組合長ギルドマスターにも……おそらく」

ラスクは珍しく苦い顔をして、イーサーを見た。

「フウマさんも、それで散々苦労されたんだ。ただでさえ誤解を生みやすい髪と瞳の色なのに、大抜擢されたことで妬んだりする奴が大勢出てな」

……そうだったのか。
俺が冒険者組合で挨拶しても、冒険者たちに無視されていたことに、そんな裏の事情があったとは……。

俺は故郷を出てすぐに組合長と2人きりで話し合い、すぐに勇者パーティーに入ることになったので、その辺の事情には疎い。

というか、それどころではなかったのだ。
初めて見る外の世界。見るもの聞くもの新鮮なものだらけで、そのうえ初めての友人と思える者たち3人に出会ったのだ。

俺はうろ覚えの記憶を辿る。

「……たしか、アレクサンダーが口利きしてくれたみたいですよ」

「アレクサンダー殿が、ですか……」

「組合長は、俺を最初はC級から始めさせる予定でした。これまでの慣例や周囲の冒険者とのバランスを考えて。……けど、アレクサンダーは、すぐにでも最難関ダンジョン攻略に行きたがった」

「なるほど。冒険者組合からの指示とはいえ、フウマさんのランクが上がるのを待てなかったんですね」

「同じように時間をかけるのを面倒に思った王家辺りが口出しして、結局俺はすぐS級になったらしいです」

最難関ダンジョン攻略は、A級以上が推奨されている。無視することもできなくはないが、C級冒険者などを引き連れて潜ると印象が悪くなるとエリーゼ辺りが助言したのかもしれない。

「組合長の隠し子で、だからS級にしたって話もあったそうですぜ」

D級に抜擢されたのが自慢らしいイーサーは、ちょっと不貞腐れた様子を見せていた。

イーサーの言葉に、俺は苦笑する。

馬車がいきなり止まった。
この馬車だけではなく、隊商全体が停止したようだ。

数台先の先頭の馬車の話し声を、俺はスキルで強化した耳で拾う。

「大丈夫……どうやら行き倒れみたいだ」

おそらくイーサーやラスクには聞こえていないだろうから説明した。

俺の台詞を聞いた後輩は、ゴロツキっぽい顔つきで剣を抜いた。

「いや。行き倒れの振り、ってのもありますぜ」
「イーサーの言う通りです。……この隊商を足止めするために、行き倒れの振りをした者を囮にして、本隊はどこかに潜んでいるって可能性もあります」

その可能性は低い、と言おうとして迷った。
俺のスキルで知覚できる範囲は、通常ではあり得ないほど広い。

相手は1人だけだ。

2人には聞こえていないようだが、話し声によれば女、それも若い女だという。

無言で頷いた俺は、馬車を真っ先に降りる。
続いてラスクとイーサーが降りた。

早足で、止まった馬車の横を歩いていく。
馬車から降りる男、大金を守るため剣を固く握りしめる大男、初めての経験なのか顔を強張らせている少年……。

通り過ぎていく間に、冒険者たちの顔が見えたが、皆一様に緊張していた。

彼らが大暴動でどれだけ心に傷を負い、またこの買い付けという仕事を重視しているかを感じさせた。

(……成功させてやりたいな……)

もちろん、俺の目的は『天涯』の攻略と偽勇者パーティーだ。
「天国」とやらの真偽を確かめるために旅立ったのだ。
だが、できる限り力になってやりたかった。

馬車の先頭には、10人ほどの人だかりができていた。
先頭の馬車に積み荷はなく、武装に特化した特別仕様のものだ。その馬車の屋根にある見張り台から弓を構えた男が2人見えた。

男たちの視線の先には、目の覚めるような金髪をポニーテールにした、丈の短い白いスカートを履いた少女が立っていた。

若い女だという話だったが、おそらく俺と同じくらいだろう。
16、7くらいに見えた。

腰にあるのは短杖ワンドと短剣。それにピンクの上衣という変わった格好だ。
短杖ワンドなどの杖系統は、魔道士にしか使用できない。
にもかかわらず魔道士のローブを着用していなかった。
フェルノのように布地を減らすような者もいるが、それでも基本的なデザインはそう変わらない。

あれは、各魔道士組合の制服のようなものなのだ。カラーによって自らの所属を示している。
ピンク色の系統の魔法などないはずだから、おそらく私服かなにかだろう。

10人くらいいる屈強な男たちも、剣をとりあえず向けたものの、困惑した様子だった。

よく見れば、女のロングブーツはかなり汚れている。草むらをかき分けて移動したことが想像できた。
顔には殴られたような跡さえかすかに見えた。もう治りかけているが。

隊商のリーダーであるラスクが質問した。

「あんた、何者だ?」

ラスクが手振りで武器を下ろす様に仲間たちに命じると、女は緊張が解けたかのようにしゃがみ込み、小さい肩を震わせた。

「わ……わたし…………」

嗚咽を漏らしながら事情を語り出す。
野盗団に襲われたという話に、冒険者たちは同情の色を見せた。
なぜなら、宗教都市ロウの壊滅的な打撃で職にあぶれた者の中には、まっとうに冒険者などの職に就いた者もいれば、野盗に身をやつした者もいる。
もしかしたら自分たちの仲間の内にも、そうなった者がいるかもしれないと想像したのだろう。

「それも野盗団の残党だったらしく、凶暴で……」

女によると、野盗団のアジトを強襲した女3人組がいたそうだ。口々にその女たちを罵る野盗の言葉で知ったらしい。

運悪くその残党たちと遭遇したこの女は、なんとか逃げ切ったらしい。

「女3人で野盗団のアジトを……?」

ラスクは信じられない様子だった。

「ほんとです! その様子を見かけた者もきっといるはずです。火の手が上がってましたから!」

俺は女の言動に違和感を覚えた。

(エリーゼが人を騙す時の雰囲気に似てるな……)

ただの直感なので口を挟まず黙っておく。

「そうか。……それで、野盗団の残党が現れ、高価な短杖ワンドまで使用して、なんとか逃れたというわけか」

「はい」

金髪のポニーテールの女は、腰の短杖ワンドを撫でた。
2本の短杖ワンドは、それぞれ茶色と緑色の宝石が嵌っているが、輝きはない。
効力が切れるまで、土系統の魔法と風系統の魔法を使用したのだろう。

希少価値の高いマジックアイテムを使用した女に、叩き上げのベテランのB級冒険者は同情したらしい。

「あんたさえよかったら、どうだい? 俺らの馬車に乗らないか? 大きな街まで送っていくよ」

リリィと名乗った女は、俺とラスク、イーサーの乗る馬車に相乗りすることになった。
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