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「この顔は……イリウス王子?」
「……そうですけど、なに鏡見て言ってるんですか? 熱で脳の細胞が壊れたんですか?」
高熱で寝込んでいた俺は、目が覚めると前世の日本人として生きていた記憶を思い出していた。そして、自分の姿を見たときに、ものすごく見たことのある姿をしていたので、思わず呟いていた。ちなみに俺の呟きに対し、丁寧語なのに辛辣な反応をしたのは、専属騎士で幼馴染みのディールだ。脳細胞は壊れてない、むしろ前世の記憶を思い出して活性化してる。たぶん。
どうやら俺は乙女ゲームの登場人物に転生したみたいだ。
「ディール、俺は前世の記憶を思い出したんだ。このままだと、婚約者__ユリアを裏切った上に婚約破棄をしてしまうかもしれない」
「やっぱり、頭がおかしくなりましたか……」
ディールが扉に向かって歩いていく。「医者を呼んできます」だと? ちょっとまて、頭は正常だ。しかし、突然こんなことを言っては、確かに頭がおかしくなったと思われても仕方がないな。乙女ゲームの登場人物に転生したと分かって、少しテンションが上がってしまったみたいだ。落ち着こう。
イリウス王子は、前世で妹がハマっていた乙女ゲームに登場する攻略対象者だ。妹はイリウス推しだった。いかにも王子さまって感じで、正義感が強く優しいキャラ。そして背後にキラキラとしたエフェクトが見えそうな感じのイケメンだ。
なんで男の俺が乙女ゲームのキャラなのに詳しいか? それは入院していることが多かった妹のために、グッズをアニメショップや通販で買っては、せっせと妹へお見舞いに持っていってあげていたからだ。話相手が居なくて退屈気味の妹は、俺相手にゲームの進捗だったり、好きなシーンだったりを話してくれていたから、自然と詳しくなってしまったってわけさ。
とまあ、前世の俺のことはいい。前世のことだしな。それよりも、問題は今のことだ。
俺には婚約者がいる。
それがユリア。
乙女ゲームの記憶によると、これから数年のちに平民の少女が聖女として神殿に迎えられる……これが物語のヒロインなんだけど、イリウスは天真爛漫なヒロインに恋をしてしまうんだ。それに嫉妬したユリアがヒロインを虐め、最終的にイリウスはユリアとの婚約を破棄してヒロインと結ばれることになる。
「いやいや、いくら恋したからって、政略的な婚約を勝手に破棄しちゃいかんだろ。それに、婚約者がいるのに、他の女の子と親密になるのはどうかと思うぞイリウス」
「……大丈夫ですか?」
ディールの表情が、呆れを通り越して心配気になっている。ちょっと深呼吸しよう。
「大丈夫だ。ちょっと色々と思い出したことがあってな……実は」
俺はディールに前世の記憶について説明することにした。頭がおかしいと思われて__すでに思われているが、きちんと話せば分かってくれるはずだ。幼馴染みだし。
「……」
「……」
説明し終わると、ディールは目頭に手を当て、考え込んでしまった。やはり頭がおかしくなったと思われたか? まあ、いきなり前世の記憶だの、乙女ゲームの世界だの言われたら、こちらの頭がおかしくなったと思われても仕方がないか。逆の立場だったら、頭がおかしくなったと思うな。
「……分かりました。イリウスの言葉が嘘じゃないのは、表情を見ればわかります」
「え、本当に?」
「なんですか、その反応。嘘だと思った方が良いんですか? それとも、頭がおかしくなったと思った方が?」
「いやいや。信じてくれるなら、その方が嬉しいに決まってる」
ひとまず、ディールは俺の話を信じてくれることにしたらしい。良かった。
「それで、イリウスはそのゲームの通りになりたくないって話で良いんですか?」
「ああ、政略的な婚約とはいえユリアを裏切るような行動はしたくない」
「そうですか……で、どうすれば良いと?」
ディールの質問に、俺は「うーんっ」と唸る。まだ、前世を思い出したばっかりで、どうすれば良いかまでは考えられてないんだよな。
「そもそも、イリウスはユリア嬢との婚約というか、ユリア嬢のことをどう思っているんですか?」
「え、ユリアのこと? そうだなぁ、婚約者といううより……妹、みたいな気持ちかなぁ?」
俺はユリアの姿を思い浮かべてみる。二歳年下の公爵令嬢で、王妃__つまり俺の母親とユリアの母親が仲が良かったため、小さな頃からよく王城を訪れていた。そのため、一緒に過ごすことも多かった。高位貴族で歳の近い令嬢が少なかったから、一番仲の良かったユリアが婚約者となったけど、感情としては妹のような気持ちが大きい。年下だし、少し我が儘だけど、甘えん坊なユリアのことは庇護対象だと思っている。
「親愛の情はあるけど、恋愛感情ではないということですね」
「まあ、そうだな。でも、政略的な婚約だし、恋愛感情はあまり必要じゃないだろ? そりゃ、仲が良いに越したことはないけど」
王子として生まれた以上、自由に恋愛することは難しいと思っているし、恋愛感情はないにしても、ユリアのことは妹みたいに可愛がっていたから、婚約者としては恵まれていると思っている。
「ふむ……」
ディールが何やら考え込んでしまった。
「どうしたんだ?」
「いえ、イリウスはユリア嬢との婚約は政略的なものって言ってるますが……」
「うん。そうだろう?」
「確かに王さまは『ユリア嬢の身分的にも丁度良かったし、二人は仲が良かったから婚約した』と言っていました」
「そうだろう」
「でも『まあ、イリウスは第五王子だし、政略結婚する必要はないんだけどな』ともおっしゃってました」
「は?」
寝耳に水なんだけど。父上、俺にはそんなこと全く言ってなかったんだけど。
「あと『ユリア嬢の事が好きか尋ねたら、好きだと言っていたし、ユリア嬢もイリウスのことは嫌いではないと言っていたから、婚約者にした』とおっしゃっていましたよ」
え、何それ聞かれた覚えないんだけど?
「……あ、」
いや、待て。もしかして、何かの話のついでに聞かれたことがあった気がする。たしかに「好き」だと答えがと思うが、それは妹のような存在としてという意味だったんだけどな。
「因みに、ユリア嬢はイリウス様のことは『ちょっと抜けているところが可愛い、兄のような存在』だと言っていました。良かったですね。お互いを兄妹のように思っているなんて、気が合いますね」
「いやいや、ちょっと待て」
ユリア……俺のことちょっと抜けてるって思ってたのか。哀しいぞ。色々とツッコミたいところはあるが、何でディールはそんなことを把握しているんだ。
「何で、父上やユリアとディールがそんなこと話してるんだ?」
思いっきり私的な内容じゃないか。
ユリアはディールとも幼馴染みだから、そういう話をしていても、まあ不思議じゃないけど、父上とはどういう経緯でそんな会話になったのか気になるところだ。
「え、聞きたいですか?」
そう聞いてきたディールは、蠱惑的な微笑みを浮かべてきた。
スッとディールが俺に近づく。え? 近付く必要あるの? 内緒話? でも、ディールに前世の話をする前に人払いしてるから誰も居ないし、来ないけど?
いつもと違う様子のディールに、思わず一歩下がれば、ディールも一歩前に出てくる。数回それを繰り返していたが、俺の背中に壁が当たった。行き止まりだ。何か壁ドンされている。
「ディール? こんなに近付く必要、ある?」
逃げ場を失った俺は、オロオロとした気持ちでディールに問いかけた。
「まあ、必要といえば、必要ですかね?」
どっちだ。
「ところで、イリウスはこの国では同姓婚が認められていることは覚えていますよね。前世の記憶を思い出したからといって、記憶が混乱したりしていませんよね? 前世のイリウスが生きていた場所がどうだったかは知らないですけど」
質問の意図は分からないが、謎の迫力を醸し出すディールにコクコクと頷き返す。
「覚えてる、覚えてる」
確かに前世の日本では同姓婚は認められていなかったけど、この国というか、こ世界では同姓婚に寛容だ。といっても、王族は子孫を残す必要があるから正妻は異性の場合が多い。だから、イリウスの婚約者も女性で歳の近く、仲が良いユリアに決まったのだ。
「実は、王さまとは時々晩酌を一緒にさせていただいているのですが」
「は? 晩酌?」
同姓婚から、突然の晩酌の話。全く話が見えない。見えないけど、何? 父上とディールは一緒に晩酌するくらい親しいの? 俺は下戸だから父上と晩酌なんてしたことがないぞ。羨ましい。
「そこで、まあ、ユリア嬢との婚約の経緯を聞いたわけですが、」
「ですが?」
そこで話を切ったディールを不思議に思い見上げると、思いの他近くに整った顔があった。黒曜石のように研ぎ澄まされた瞳と目が合い、俺の心臓がドクンッと脈打った。
「ディール、ちょっと、離れ……ッ」
かぁっと顔に熱が集中するのを隠すように横を向こうとしたが、その前にディールが俺の顎を掴み動きを遮られる。そして、唇にすこしカサついた、でも柔らかいものを押し当てられた。それがディールの唇だと気がついたのは、すこし開いていた唇の間から舌を入れられた時だった。
「んんっ……ちょっ……んぅっ」
ビックリして押し退けようとしたけど、騎士であるディールに腕力で敵うはずもなく、壁に押し付けられるように、口付けを深くされただけだった。
「……は、ぁっ」
長い口付けから解放された時には、立っているのがやっと。だけど、俺はディールをキッと睨み付ける。
「どういうつもりだ、ディール」
「ははっ。どういうつもりかって、そりゃイリウスを俺のものにしたいって意思表示だよ」
悪びれもせず、ディールは俺を壁に押し付けたまま優越の表情だ。最近は丁寧語だったのに、以前のディールの口調に戻っている。それに、また不覚にもドキッとした。
「王さまに聞いたんだ。イリウスは政略結婚する必要がないなら、同姓婚でも良いのか。ユリア嬢との間の感情が男女の感情でなけでは婚約は無効に出来るのか」
俺は黙ってディールの話を聞く。
だって、どう反応すれば良いのか分からない。
「そしたら、どちらも大丈夫だって言われた。ついでに『その質問をしてくると言うことは、君はイリウスに特別な感情を抱いていると思っていいのかね?』と王さまに聞かれたから、俺がいかにイリウスを愛しているか語ったよ。最後には『もう、分かったから、好きにしなさい。あ、でもユリア嬢にはきちんと確認するんだよ』って。ユリア嬢にはイリウスの婚約者に決まった時に、恋愛感情はないことを聞いていたけど、王さまに確認するように言われたし、もう一度確認しておいたんだ。そしたら、『イリウス様はとっても鈍いし抜けているから、押し倒す勢いで迫った方がうまくいきますわよ』って助言された」
なにその助言。また抜けてるって言われたし。
それで、その助言で今の行動?
いや、それよりも大事なことがあるじゃないか?
「俺の意思は?」
「イリウスの意思?」
「確かにユリアのことは妹みたいと思ってる。だけど、ディールに対しては? 俺がディールに恋愛感情を持っているって分からないだろ? 兄弟みたいな感情だとは思わないのか?」
ディールも、ユリア同様に小さなころから一緒に過ごすことが多かった。気心の知れた友人だ。友人だった。
「イリウスは、本当に鈍感だよね」
「どういう意味だよ。んっ」
突然にディスりに、ムッとして睨んだら、またキスされた。
「俺が鍛練してるときとか、すっごい熱の籠った視線を送ってきてたし、舞踏会でも綺麗な令嬢には目もくれずに、ユリア嬢と一曲踊ったあとは、ずっと俺と一緒にいる。休日は必ず俺の部屋を訪ねて来る……どう考えても、俺に気があるようにしか見えないんですけど?」
言われて、体温が急上昇するのが分かった。
ディールの言うことには身に覚えがある。
え? ということは、俺はディールが好きってことなのか? 恋愛感情的な意味で?
「う、うそだろ? 俺って、ディールのことをそう言う目で見てたのか?」
ディールの均整のとれた体を見るのが好きで鍛練する姿をよく覗きに行ってた。
舞踏会で一曲目は婚約者と踊る決まりだからユリアと踊るけど、その後は誰とも踊る気にはなれなくて、いつもディールと一緒に話をして時間を潰していた。だいたい舞踏会の時は専属騎士の正装をしているから、いつにも増してディールは格好良く見えて側を離れ難かったのもある。
そして、休日は何かに用事をつけてはディールの部屋を訪ねて、一緒に食事をしたり、ゲームをして過ごしていた。そういえば、ユリアとのお茶会でも、ディールと話をしていることの方が多かった気もする。
確かに、端からみたらディールに気があるとしか思えない行動だ。ユリアの助言を聞くに、イリウスのディールへの気持ちはユリアにも把握されている。恥ずかしい。
「お互い、相思相愛って分かったことだし、もう一回キスしていい?」
まだ混乱しているのに、ディールがグッと身を寄せ耳元で囁く。近い、近い!!
「ひぇっ、ちょ、ちょっと、まっ」
「待てない」
「ん~~~っ」
制止する言葉ごと塞がれた三回目のキスは、一番長くて、甘かった。
「……そうですけど、なに鏡見て言ってるんですか? 熱で脳の細胞が壊れたんですか?」
高熱で寝込んでいた俺は、目が覚めると前世の日本人として生きていた記憶を思い出していた。そして、自分の姿を見たときに、ものすごく見たことのある姿をしていたので、思わず呟いていた。ちなみに俺の呟きに対し、丁寧語なのに辛辣な反応をしたのは、専属騎士で幼馴染みのディールだ。脳細胞は壊れてない、むしろ前世の記憶を思い出して活性化してる。たぶん。
どうやら俺は乙女ゲームの登場人物に転生したみたいだ。
「ディール、俺は前世の記憶を思い出したんだ。このままだと、婚約者__ユリアを裏切った上に婚約破棄をしてしまうかもしれない」
「やっぱり、頭がおかしくなりましたか……」
ディールが扉に向かって歩いていく。「医者を呼んできます」だと? ちょっとまて、頭は正常だ。しかし、突然こんなことを言っては、確かに頭がおかしくなったと思われても仕方がないな。乙女ゲームの登場人物に転生したと分かって、少しテンションが上がってしまったみたいだ。落ち着こう。
イリウス王子は、前世で妹がハマっていた乙女ゲームに登場する攻略対象者だ。妹はイリウス推しだった。いかにも王子さまって感じで、正義感が強く優しいキャラ。そして背後にキラキラとしたエフェクトが見えそうな感じのイケメンだ。
なんで男の俺が乙女ゲームのキャラなのに詳しいか? それは入院していることが多かった妹のために、グッズをアニメショップや通販で買っては、せっせと妹へお見舞いに持っていってあげていたからだ。話相手が居なくて退屈気味の妹は、俺相手にゲームの進捗だったり、好きなシーンだったりを話してくれていたから、自然と詳しくなってしまったってわけさ。
とまあ、前世の俺のことはいい。前世のことだしな。それよりも、問題は今のことだ。
俺には婚約者がいる。
それがユリア。
乙女ゲームの記憶によると、これから数年のちに平民の少女が聖女として神殿に迎えられる……これが物語のヒロインなんだけど、イリウスは天真爛漫なヒロインに恋をしてしまうんだ。それに嫉妬したユリアがヒロインを虐め、最終的にイリウスはユリアとの婚約を破棄してヒロインと結ばれることになる。
「いやいや、いくら恋したからって、政略的な婚約を勝手に破棄しちゃいかんだろ。それに、婚約者がいるのに、他の女の子と親密になるのはどうかと思うぞイリウス」
「……大丈夫ですか?」
ディールの表情が、呆れを通り越して心配気になっている。ちょっと深呼吸しよう。
「大丈夫だ。ちょっと色々と思い出したことがあってな……実は」
俺はディールに前世の記憶について説明することにした。頭がおかしいと思われて__すでに思われているが、きちんと話せば分かってくれるはずだ。幼馴染みだし。
「……」
「……」
説明し終わると、ディールは目頭に手を当て、考え込んでしまった。やはり頭がおかしくなったと思われたか? まあ、いきなり前世の記憶だの、乙女ゲームの世界だの言われたら、こちらの頭がおかしくなったと思われても仕方がないか。逆の立場だったら、頭がおかしくなったと思うな。
「……分かりました。イリウスの言葉が嘘じゃないのは、表情を見ればわかります」
「え、本当に?」
「なんですか、その反応。嘘だと思った方が良いんですか? それとも、頭がおかしくなったと思った方が?」
「いやいや。信じてくれるなら、その方が嬉しいに決まってる」
ひとまず、ディールは俺の話を信じてくれることにしたらしい。良かった。
「それで、イリウスはそのゲームの通りになりたくないって話で良いんですか?」
「ああ、政略的な婚約とはいえユリアを裏切るような行動はしたくない」
「そうですか……で、どうすれば良いと?」
ディールの質問に、俺は「うーんっ」と唸る。まだ、前世を思い出したばっかりで、どうすれば良いかまでは考えられてないんだよな。
「そもそも、イリウスはユリア嬢との婚約というか、ユリア嬢のことをどう思っているんですか?」
「え、ユリアのこと? そうだなぁ、婚約者といううより……妹、みたいな気持ちかなぁ?」
俺はユリアの姿を思い浮かべてみる。二歳年下の公爵令嬢で、王妃__つまり俺の母親とユリアの母親が仲が良かったため、小さな頃からよく王城を訪れていた。そのため、一緒に過ごすことも多かった。高位貴族で歳の近い令嬢が少なかったから、一番仲の良かったユリアが婚約者となったけど、感情としては妹のような気持ちが大きい。年下だし、少し我が儘だけど、甘えん坊なユリアのことは庇護対象だと思っている。
「親愛の情はあるけど、恋愛感情ではないということですね」
「まあ、そうだな。でも、政略的な婚約だし、恋愛感情はあまり必要じゃないだろ? そりゃ、仲が良いに越したことはないけど」
王子として生まれた以上、自由に恋愛することは難しいと思っているし、恋愛感情はないにしても、ユリアのことは妹みたいに可愛がっていたから、婚約者としては恵まれていると思っている。
「ふむ……」
ディールが何やら考え込んでしまった。
「どうしたんだ?」
「いえ、イリウスはユリア嬢との婚約は政略的なものって言ってるますが……」
「うん。そうだろう?」
「確かに王さまは『ユリア嬢の身分的にも丁度良かったし、二人は仲が良かったから婚約した』と言っていました」
「そうだろう」
「でも『まあ、イリウスは第五王子だし、政略結婚する必要はないんだけどな』ともおっしゃってました」
「は?」
寝耳に水なんだけど。父上、俺にはそんなこと全く言ってなかったんだけど。
「あと『ユリア嬢の事が好きか尋ねたら、好きだと言っていたし、ユリア嬢もイリウスのことは嫌いではないと言っていたから、婚約者にした』とおっしゃっていましたよ」
え、何それ聞かれた覚えないんだけど?
「……あ、」
いや、待て。もしかして、何かの話のついでに聞かれたことがあった気がする。たしかに「好き」だと答えがと思うが、それは妹のような存在としてという意味だったんだけどな。
「因みに、ユリア嬢はイリウス様のことは『ちょっと抜けているところが可愛い、兄のような存在』だと言っていました。良かったですね。お互いを兄妹のように思っているなんて、気が合いますね」
「いやいや、ちょっと待て」
ユリア……俺のことちょっと抜けてるって思ってたのか。哀しいぞ。色々とツッコミたいところはあるが、何でディールはそんなことを把握しているんだ。
「何で、父上やユリアとディールがそんなこと話してるんだ?」
思いっきり私的な内容じゃないか。
ユリアはディールとも幼馴染みだから、そういう話をしていても、まあ不思議じゃないけど、父上とはどういう経緯でそんな会話になったのか気になるところだ。
「え、聞きたいですか?」
そう聞いてきたディールは、蠱惑的な微笑みを浮かべてきた。
スッとディールが俺に近づく。え? 近付く必要あるの? 内緒話? でも、ディールに前世の話をする前に人払いしてるから誰も居ないし、来ないけど?
いつもと違う様子のディールに、思わず一歩下がれば、ディールも一歩前に出てくる。数回それを繰り返していたが、俺の背中に壁が当たった。行き止まりだ。何か壁ドンされている。
「ディール? こんなに近付く必要、ある?」
逃げ場を失った俺は、オロオロとした気持ちでディールに問いかけた。
「まあ、必要といえば、必要ですかね?」
どっちだ。
「ところで、イリウスはこの国では同姓婚が認められていることは覚えていますよね。前世の記憶を思い出したからといって、記憶が混乱したりしていませんよね? 前世のイリウスが生きていた場所がどうだったかは知らないですけど」
質問の意図は分からないが、謎の迫力を醸し出すディールにコクコクと頷き返す。
「覚えてる、覚えてる」
確かに前世の日本では同姓婚は認められていなかったけど、この国というか、こ世界では同姓婚に寛容だ。といっても、王族は子孫を残す必要があるから正妻は異性の場合が多い。だから、イリウスの婚約者も女性で歳の近く、仲が良いユリアに決まったのだ。
「実は、王さまとは時々晩酌を一緒にさせていただいているのですが」
「は? 晩酌?」
同姓婚から、突然の晩酌の話。全く話が見えない。見えないけど、何? 父上とディールは一緒に晩酌するくらい親しいの? 俺は下戸だから父上と晩酌なんてしたことがないぞ。羨ましい。
「そこで、まあ、ユリア嬢との婚約の経緯を聞いたわけですが、」
「ですが?」
そこで話を切ったディールを不思議に思い見上げると、思いの他近くに整った顔があった。黒曜石のように研ぎ澄まされた瞳と目が合い、俺の心臓がドクンッと脈打った。
「ディール、ちょっと、離れ……ッ」
かぁっと顔に熱が集中するのを隠すように横を向こうとしたが、その前にディールが俺の顎を掴み動きを遮られる。そして、唇にすこしカサついた、でも柔らかいものを押し当てられた。それがディールの唇だと気がついたのは、すこし開いていた唇の間から舌を入れられた時だった。
「んんっ……ちょっ……んぅっ」
ビックリして押し退けようとしたけど、騎士であるディールに腕力で敵うはずもなく、壁に押し付けられるように、口付けを深くされただけだった。
「……は、ぁっ」
長い口付けから解放された時には、立っているのがやっと。だけど、俺はディールをキッと睨み付ける。
「どういうつもりだ、ディール」
「ははっ。どういうつもりかって、そりゃイリウスを俺のものにしたいって意思表示だよ」
悪びれもせず、ディールは俺を壁に押し付けたまま優越の表情だ。最近は丁寧語だったのに、以前のディールの口調に戻っている。それに、また不覚にもドキッとした。
「王さまに聞いたんだ。イリウスは政略結婚する必要がないなら、同姓婚でも良いのか。ユリア嬢との間の感情が男女の感情でなけでは婚約は無効に出来るのか」
俺は黙ってディールの話を聞く。
だって、どう反応すれば良いのか分からない。
「そしたら、どちらも大丈夫だって言われた。ついでに『その質問をしてくると言うことは、君はイリウスに特別な感情を抱いていると思っていいのかね?』と王さまに聞かれたから、俺がいかにイリウスを愛しているか語ったよ。最後には『もう、分かったから、好きにしなさい。あ、でもユリア嬢にはきちんと確認するんだよ』って。ユリア嬢にはイリウスの婚約者に決まった時に、恋愛感情はないことを聞いていたけど、王さまに確認するように言われたし、もう一度確認しておいたんだ。そしたら、『イリウス様はとっても鈍いし抜けているから、押し倒す勢いで迫った方がうまくいきますわよ』って助言された」
なにその助言。また抜けてるって言われたし。
それで、その助言で今の行動?
いや、それよりも大事なことがあるじゃないか?
「俺の意思は?」
「イリウスの意思?」
「確かにユリアのことは妹みたいと思ってる。だけど、ディールに対しては? 俺がディールに恋愛感情を持っているって分からないだろ? 兄弟みたいな感情だとは思わないのか?」
ディールも、ユリア同様に小さなころから一緒に過ごすことが多かった。気心の知れた友人だ。友人だった。
「イリウスは、本当に鈍感だよね」
「どういう意味だよ。んっ」
突然にディスりに、ムッとして睨んだら、またキスされた。
「俺が鍛練してるときとか、すっごい熱の籠った視線を送ってきてたし、舞踏会でも綺麗な令嬢には目もくれずに、ユリア嬢と一曲踊ったあとは、ずっと俺と一緒にいる。休日は必ず俺の部屋を訪ねて来る……どう考えても、俺に気があるようにしか見えないんですけど?」
言われて、体温が急上昇するのが分かった。
ディールの言うことには身に覚えがある。
え? ということは、俺はディールが好きってことなのか? 恋愛感情的な意味で?
「う、うそだろ? 俺って、ディールのことをそう言う目で見てたのか?」
ディールの均整のとれた体を見るのが好きで鍛練する姿をよく覗きに行ってた。
舞踏会で一曲目は婚約者と踊る決まりだからユリアと踊るけど、その後は誰とも踊る気にはなれなくて、いつもディールと一緒に話をして時間を潰していた。だいたい舞踏会の時は専属騎士の正装をしているから、いつにも増してディールは格好良く見えて側を離れ難かったのもある。
そして、休日は何かに用事をつけてはディールの部屋を訪ねて、一緒に食事をしたり、ゲームをして過ごしていた。そういえば、ユリアとのお茶会でも、ディールと話をしていることの方が多かった気もする。
確かに、端からみたらディールに気があるとしか思えない行動だ。ユリアの助言を聞くに、イリウスのディールへの気持ちはユリアにも把握されている。恥ずかしい。
「お互い、相思相愛って分かったことだし、もう一回キスしていい?」
まだ混乱しているのに、ディールがグッと身を寄せ耳元で囁く。近い、近い!!
「ひぇっ、ちょ、ちょっと、まっ」
「待てない」
「ん~~~っ」
制止する言葉ごと塞がれた三回目のキスは、一番長くて、甘かった。
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