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3.明暗

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 ライエンの言葉が耳によみがえる。

「例え王都にお戻りになれなくても、我が領地に……」

 窓のすぐ傍に立って外を見た。絶え間なく降る雪は、全てを覆い尽くす。悲しさも悔しさも全て、雪のようにしんしんと積もっていく。

 ここから抜け出して……、南に?

 降り続く雪をいくら眺めても、答えは浮かばなかった。


 普段人のいない凍宮に、忍びでとはいえ、宮中伯が訪ねてきたのだ。静かな宮殿の中は、ひと時の賑わいを見せた。
 遠路はるばる訪ねてきたのだ、何か力のつくものをと侍従を通して伝えさせると、料理人は、ここぞとばかりに腕をふるった。

 晩餐の席でライエンは舌鼓を打ち、出された料理を褒め称えた。料理人を自ら呼び寄せて労をねぎらおうとしたが、料理人は、御前に出るような身分ではないと固辞する。

 折角だからと私も声を掛けると、おずおずと姿を現した。ライエンはようやく姿を見せた料理人を見て、眼をみはった。

「お前は……! マルク!!」

 料理人が深々と礼をした。
 不思議に思って尋ねると、ライエンは彼のことをよく知っていた。

「彼の料理を食べ続けて病が改善したと言う者が現れ、あちこちから引き合いがありましてね。私の祖母もその一人だったのです」

 マルクは薬師の家系に生まれ、食は薬に通じると研鑽を積んだ料理人だった。弟子入りした先で腕を認められて、厨房を任されるようになった。病がちだったライエンの祖母が彼の作る料理を大層気に入って、親類の貴族の元から引き抜いたのだという。

「祖母が亡くなった後、屋敷を去ったと聞いた。どこの貴族に召し抱えられたかと思っていたが、まさか凍宮にいたとは」

 料理人は何も語らず、頭を下げ続けた。

 食の細かった自分が、凍宮に来てからは食事をしっかりとるようになっていた。それも、体調に合わせて少しずつ食べやすい料理が出てきたからだ。少しも食べられないと思った時も、彼の出すスープだけは口を通った。

「ありがとう。其方のおかげで、少しずつ体が動かせるようになった。まさに食は薬だな」

 私の言葉に、料理人が顔を赤く染める。ライエンが後で褒美を取らせましょうと言って微笑んだ。
 晩餐の席は、常になく華やいだ楽しい時間となり、その夜はうまく眠れなかった。目を閉じても様々なことが浮かんでくる。一日の内で多くのことが起こりすぎた。

 久々に会えたライエン。料理人のマルク。

 寝返りを打つと、窓掛けの隙間から一筋の月の光が入ってくる。
 寝台の隣には小卓があり、白薔薇が一輪活けられていた。闇に包まれた部屋の中で、仄かに白い輪郭が形を結ぶ。
 フロイデンからの来客のせいだろうか。
 薔薇を見るうちに、ふわりと一人の男の後ろ姿が浮かぶ。答えのない相手に繰り返し、なぜと問いかける夢を見た。
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