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3.明暗

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 朝食の席は、これ以上はないと思うほど険悪だった。

「宮中伯2名が、北の最果ての凍宮を同時に訪れる。思いもつかないことだな、ヴァンテル」

 憎々し気な態度を隠そうともせずにライエンが言う。

「其方こそ、隣国から帰国したばかりで休養が必要だ。しばらく宮中には参内出来ぬと言って来たはずだが。休養とは、ずいぶんと遠出を指すことだな」

 表情を変えることなく、ヴァンテルが答えた。瞳だけは相手を射殺すほどの力が籠もっている。

「宮中での会議に、もはや俺とトベルク様は必要あるまい。其方たちだけでこの国は何とでもなると思っているのだろう」

 ヴァンテルは何も答えない。静かにライエンを睨みつけると、これ以上話すことはないと目で制した。だが、そんな事で、怒りに燃えるライエンの気持ちが収まりはしなかった。

「何でも思い通りとは結構なことだ。ノーエ侯爵令嬢との婚約も相成って、全てお前の思う儘と言うわけだな」

 ヴァンテルの顔色が変わったのと、私の手にした銀器が床に落ちたのは同時だった。ライエンがしまったと言うように、口元を覆う。

「今、何と言った?」
「……殿下」

 ライエンが顔を歪め、下を向く。

「……シャルロッテが? ヴァンテルと?」

 青く美しい瞳は何の感情も映さず、ヴァンテルは一言も発さなかった。

 瞼の奥で金色の髪が揺れる。春の都で、幸せそうに笑う少女。なぜ、偽証に走ったのだろうと思っていた。何が嫌われる原因だったのだろうかと。
 無理やり担ぎ上げられた代替品の王太子と実力も財力も何もかもを手にした公爵と。どちらの手を取るべきか、誰もがこの一年、天秤にかけ続けたのだろう。

 よろけながら立ち上がり、表情を失くした二人に背を向けた。椅子から立ち上がる気配に、来るな、と一言だけ命じた。

 自室に戻って侍従にも命じた。決して誰も取り次ぐなと。

 小卓に飾られた冬薔薇は、まだ美しく咲いていた。薔薇を手に、扉を開けて露台に出た。
 息を大きく吸えば、肺の奥まで凍るような冷気が入り込む。

 雲は厚く、どこまでも広がって天を覆う。羽毛のような雪が、髪にも肌にも降りかかり、あっという間に雪塗れになった。

 手にした白薔薇の花びらを、一枚ずつ剥いでいく。
 風が吹くたびに雪の中に花びらが舞って消えた。手の中に残ったのは、ただ一本の緑の茎だけだった。

 生はわずかに感じられるのに、何も身につけてはいない。まるで自分のようだ。

 抜け殻の様に無残な姿を露台から投げ捨てた。跡形もなく雪の中に埋もれていく姿を眺めていたら、侍従に無理やり部屋の中に引き入れられた。

「殿下……」

 侍従が痛みを堪えるように私を見る。

 頬に触れ、雪で濡れていると思ったのは自分の涙だったと知った。
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