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6.寂寥

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「騎士団が訪れた日。私は山向こうの村におりました。嫁いだ姉の出産祝いに、長から分けてもらった蜜を届けに行ったのです。戻った時には、既に村の宝は奪いつくされた後だった」

 侍従の瞳が遠くの峰を見た。山は美しく、空は澄み渡っていた。

「子どもを盾に取られて、人々は泣く泣く蜂たちを追い払いました。騎士たちは、人の命を奪わず、対価を置いていった。でも、それが何だというのです」

 王都では金がものを言う。だが、彼等の世界に、どれ程役に立つだろう。

「蜂を失った村は、恵みを失くしました。蜂たちは、作物を受粉させる大事な役目も担っていた。突然追い払われた為に作物はとれず、次々に人は飢え、病にかかっても癒す宝はない。長は、わずかな若者たちを集めて言いました。お前たちはこの金を持って、村を出ろと」

 侍従は、うっすらと微笑みを浮かべた。

「蜜の代価の金など、見たくもなかった。でも、人が減れば食べ物を分け合わずに済む。私たちは、泣きながら村を出ました。いつか必ず帰るからと言い残して」


 死に絶えるかと思われた村を、苛烈な太陽はさらに焼き尽くす。
 最愛の弟王子の目覚ましい回復を目にした王太子は告げた。


 ──もっと、蜜を。


 王室付きの近衛団長が、恐る恐る告げる。村にあった蜜は全て持ち去った。あれは希少な蜂が時間をかけて作るものだ、と。

 容易には手に入らないことがわかると、王太子は、さらに続けた。
 足りなければ、生き残った者に案内させろ。彼らにはわかるはずだ、近くにいる蜂たちの居所が。

 小さな村の民は、長い時間をかけて蜂を育てる方法を学んだ。自然界の中で生きる蜂を見つけて捕えるのは、大変な困難だ。そして、彼らは知っていた、自分たちと同じように蜂たちを慈しみ、共に生きている民が他にもいることを。

 王太子や騎士たちの耳に入れば、彼らは自分たちと同じ道を辿る。そんな目に遭わせることは出来ないと思った。

  長は、最後まで口をつぐんで、命を断った。


「貴方は何もご存知なかった。それを責めるのは酷なことかもしれません。それでも……」 

 いつも、物静かに側にいてくれた侍従が、こんなに話すのを初めて聞いた。
 彼の瞳からは、涙が幾つも転がり落ちていく。


「貴方がいらっしゃらなければ、私の村は滅びなかった」


 血を吐くような言葉が、胸を切り裂いていく。
 この真っ白な雪の下には、彼が愛した人々と大地が眠っている。



 兄は優しかった。
 熱が出たと聞けば、すぐに駆けつけてくれた。必ず、甘い蜜を手にしながら。
 それがどこから来たものなのか、考えたこともなかった。

 側仕えの一人が言った言葉が脳裏に浮かぶ。

『王太子様はいつもお持ちになるけれど、あの一瓶でどれほどの……』

 あの日、兄は何と言った?
 そうだ、お前が気にすることはないと笑った……。
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