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22.月夜

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 部屋に戻った私は、卓の上にあった鉢植えの花を取った。

「……頼みがある。これを、下働きの子どもに返してきてほしいんだ」
「殿下……」
「残念だが、旅を続けながら花の世話をすることは難しい。そして、あの子に伝えてほしいことがある。頼めるか?」

 小姓は真剣な顔で頷き、すぐに鉢を手に部屋を出て行った。

 窓からは、中庭に向かって小姓が走っていくのが見えた。反対側では騎士たちが積み荷を確認している。王都までは、馬を飛ばせば馬車よりもずっと早く着くことが出来るのだ。一刻も早く戻るのが最上なことだとわかっているのに、トベルクは私を連れて行くと言う。正気の沙汰とは思えなかった。



 身支度を整え、仕方なくもう一度トベルクの部屋に戻って待つ。
 騎士たちに指示を出し終えたらしい宮中伯は、私を見て優しく微笑んだ。

「旅の無事を祈って、と宿屋の主人が酒を持ってきました。殿下も召し上がりますか?」

 美しい色の葡萄酒が卓の上にあった。とても、そんな気分にはなれなかった。

「……布で覆ってしまってはが見えませんね。残念なことだ」

 私の目の前に立ち、トベルクは人差し指で布の上をなぞる。私はさっと身を引いて、碧の瞳を睨みつけた。宮中伯は、くすくすと笑うだけで何も気にしているようには見えない。

「今度、同じ真似をしたら許さない」
「……この白い肌には、幾つも痕をつけるよりも、一つだけの方がいいかもしれませんね。消えたなら、またお付けしましょう。何度でも」

 時折、この男は狂気じみたことを言う。トベルクの碧の瞳と目が合うと、わずかに体が震えた。

「殿下、今夜は早くお休みください。明日の朝一番に出発します」
「……考え直す気はないのか、トベルク。馬車で私を連れて行けば時間がかかる。其方は宮中伯だ。一刻も早く都に着いた方がいい」
「……先日の火事騒ぎで私は王都から離れて領地を視察中となっております。家臣の一人が代理で参内しておりますし、陛下の本葬には未だ時間がある」

 流石は宮中伯だった。国王の葬儀には様々な儀礼が付いて回る。全てを終えるには3カ月はかかるだろう。その間は国中が喪に服すのだ。

「それでも、早い到着が望まれているだろう。其方や騎士が馬で駆ければ」
「……それで?」

 トベルクは、冷ややかな口調で私の言葉を遮った。

「──それで、貴方は騎士たちの隙を見て、また逃げ出すおつもりですか?」

 私は思わず黙り込み、その姿をトベルクは肯定と捉えたようだった。

「……逃がす気はありませんよ、殿下」

 トベルクの指が私の長く伸びた髪を一筋すくい上げ、そっと口づける。仄暗い影を宿す微笑みに、思わず唇を噛み締めた。
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