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28.凍宮

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 久しぶりに露台に出てみれば、外の景色は移り変わっていた。
 一面、雪と氷に囲まれた白い世界だったのに、木々に雪は積もっていない。大地を覆う雪も、あと一月もすれば姿を消すだろう。

「殿下」

 部屋の中から声がする。

「クリス」
「何度お声がけしても返事がないので勝手に入りました」

 そう言いながら手を後ろで組み、何か言いたげな顔をする。

「……どうした?」
「目をつぶって、両手を前に出してください」
「両手?」

 言われた通りに目を瞑り、手のひらを上にして両手を前に出す。
 ふわりと甘い香りがして、手の上に軽いものが渡される。

「もう、目を開けてもいいですよ」

 淡い白の薔薇が可憐に手の中で咲いている。

「ばら?  前にもくれたことがあった」
「あれとは種類が違います。この薔薇は、雪が溶けはじめる頃に咲くのです」

 冬の只中に咲く薔薇は、同じ白でも氷と雪の色を映していた。まるで白銀の雪が形をとったように。
 手にした薔薇は青々とした葉と茎を持っている。白い花弁は青空に湧きたつ雲のような清々しさだ。

「……美しいな」

 生気に溢れた花は、まるで北の大地の春そのものだ。長い冬を乗り越えた喜びをうたっている。

「凍てついた雪が溶け、春と共に咲く花です。たおやかに見えるのに根雪にも負けない強さを持っている。まるで、貴方のように」
「クリス……」

「良い知らせがあります。もうすぐレビンが戻ってきます」
「レビンが?」
「はい。ようやく体調が落ち着いたので、フロイデンを出ると連絡が来ました。ちょうど大地に本格的な春が訪れる頃に戻ってくるでしょう」

 トベルクの策略に倒れた侍従は、再び故郷の地を踏めるのだ。心に熱いものが湧く。

「……よかった。本当に」
「ようやく、レーフェルトに春がやってきます」

 眩しそうに私を見つめて笑うヴァンテルに、そっと体を寄せて口づける。
 薔薇をありがとうと囁くと、わずかに頬を染めた。

「あまり可愛いことをされると困ります」
「私は困らない」

 美しい恋人が、すぐに口づけを返してくる。薔薇が折れないように気をつけながら、彼を抱きしめた。
 白薔薇の香りが辺りに甘く満ちていった。





 ◇◇◇◇◇



「父さん! 凍宮の王子様のところにお届けに行くんだよね?」
「お前はこの間行ったばかりだろう? 次は俺!」
「兄ちゃん、前からたくさん行ってるのにー!」

 北の大地にある湖近くの村に、子どもたちの声が響く。

 逞しい体つきの男が、黄金色に輝く液体が入った瓶を一つ一つ確かめている。
 父親の荷作りの様子を眺めながら、輝く目をして子どもが叫ぶ。

「父さん! 今日は誰と行く?」

 茶色の瞳がやんちゃ盛りの二人の兄弟を優しく見つめた。

「仲良くできるなら、今日は二人とも付いてきてもいい。喧嘩しないならな」
「やったー!」
「はーい!!」

 二人の子どもは、出かける前に陽だまりで寝転ぶ犬たちに声を掛けた。

「行ってくるね! ガイロ!!」
「ちゃんと王子様にお前たちのこと伝えてくるよ、ミーナ!」

 年老いた犬たちの頭を撫でて、子どもたちは出かけていく。穏やかな瞳で、二匹の犬たちは彼らを見送った。
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