幼馴染が「お願い」って言うから

尾高志咲/しさ

文字の大きさ
15 / 48
降って湧いた夏合宿

15.妙な夢

しおりを挟む
 ――慣れない場所で眠ったせいだろうか。その晩、俺は妙な夢を見た。

 誰かが俺を抱きしめている。夏掛けにくるりとくるまれて、その上から抱きしめられているのだ。眠くて目が開けられないけど、この腕の中は気持ちがいい。かすかにミントの香りがしてすごく安心する。そう思っていたら、ごそごそと動いて相手が離れる気配がした。
 離れたら、嫌だな。
 思わず「やだ」と口にした途端、ぴたりと相手の動きが止まった。よかった、ここにいる。俺は嬉しくなって相手の胸にぐいと顔を擦りつけた。トクトクと伝わってくる鼓動が早い。でも、その音を感じるのも心地良くて、いつのまにかまたとろとろと眠ってしまった。


 陽の光が明るくて目が覚めた。鳥の声も聞こえたが、いつも聞こえる鳴き声じゃない。あれ……と思ったところで、自分がどこにいるのかに気が付いた。

(そうだ、着ぐるみ同好会の合宿!)

 キャビンに一つだけある窓からは、もう燦燦さんさんと陽が差し込んでいた。むくりと起き上がって、ちゃんとベッドの上で寝ていることに安心する。どうやら転がり落ちはしなかったらしい。
 俺はベッドから下りてキャビンの中を見た。加瀬とりんりんは布団にくるまったまま、ぐっすり寝ている。清良は、と見たら上段は空っぽだった。
 時計を見れば6時。
 散歩にでも行ったのかと、さっと着替えて外に出た。山の上の空気はひんやりと涼しくて、散歩している人があちこちにいる。きょろきょろと辺りを見回すと、キャビンに向かってジョギングしてくる姿が見えた。

「きよらー!」
「あ、おはよ」

 手の甲で汗を拭う姿に、思わず目を細めた。
 染み一つない白い肌が上気して汗の玉が転がる。明るい栗色の瞳もふわりと揺れる髪も、同じ生き物とは思えない。

『上橋くんってさ、何か……イケメンって言うよりって感じだよね』

 同級生の女子たちが前に言っていた言葉を思い出す。普通、男にそんな言葉は使わないけど、こいつの場合はそれがぴったりだと思う。

(ここに来る前に、緋鶴が言ってたな……)

『おにい、きよくんたちと出かけるなんて絶対漏らしたらダメだよ。ストーカーが出るよ』 
『お前、いちいち恐ろしいこと言ってくるな』
『だって、きよくんの人気すごいんだよ。おにいだって知ってるでしょ』
『そりゃあ知ってるけど、今は下火になってるだろ』
『油断禁物!』

 緋鶴が入学した時に、清良が校内でたまたま声をかけたことがある。清良にすれば、単に幼馴染を見かけたから話しかけたぐらいのものだが、その後が大変だった。
 緋鶴には同級生だけでなく先輩からも呼び出しがかかり、さんざん付き合っているのかと聞かれた。家が隣で幼馴染なんだと言ったら、今度は手紙やプレゼントを渡してくれと頼まれる。断れば、本当は彼女なんじゃないかと疑われるのだ。仕方なく清良と相談して、校内では互いに目も合わせないようにしている。
 ちなみに俺にも手紙やプレゼントを頼んでくる奴はいた。だが、本人に自分で渡せと断った。それでもねじ込んできたものは、全て上橋家のポスト行き。清良の母が困惑し、清良がキレ、俺に伝達役を頼む者はいなくなった。

「美形も大変だよな」
「なに、突然」
「いや、ちょっとな。それよりお前、いつ起きたの?」
「5時」
「えっ! それから走ってんの?」

 えらすぎ、と言おうとした時だ。清良がふぅっとため息をつく。

「トイレに起きてさ、もう一度寝ようとしたんだよ。梯子はしご登ろうと思ったら、寝返りを打って転がり落ちようとしてた人がいて」
「……」
咄嗟とっさに手を出して支えたから落ちなかったんだけど、すっごく驚いたからもう眠れなくて」
「そ、そいつは全然起きなかった……と?」
「うん。そのまま壁に向かってぐいぐい押し込んだら寝てた」

 それが誰なのかなんて、言われなくてもわかる。

「――……っとに、申し訳ありませんでしたッ!!!」

 俺は両手を合わせて深々と頭を下げた。

「全然気づかなかったの?」
「え? うん、全然」
「何も覚えてない?」
「? ごめん」
「……あおちゃんって」
「へ?」

 戻ろ、と言われて清良と一緒に歩き出す。
 清良がむっとしていたが、驚かせたのは俺だ。早朝から悪いことをしてしまったと心から反省した。ごめん、と何度も謝ったら、とうとう「うるさい!」と怒られた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 まったり書いていきます。 2024.05.14 閲覧ありがとうございます。 午後4時に更新します。 よろしくお願いします。 栞、お気に入り嬉しいです。 いつもありがとうございます。 2024.05.29 閲覧ありがとうございます。 m(_ _)m 明日のおまけで完結します。 反応ありがとうございます。 とても嬉しいです。 明後日より新作が始まります。 良かったら覗いてみてください。 (^O^)

【完結】毎日きみに恋してる

藤吉めぐみ
BL
青春BLカップ1次選考通過しておりました! 応援ありがとうございました! ******************* その日、澤下壱月は王子様に恋をした―― 高校の頃、王子と異名をとっていた楽(がく)に恋した壱月(いづき)。 見ているだけでいいと思っていたのに、ちょっとしたきっかけから友人になり、大学進学と同時にルームメイトになる。 けれど、恋愛模様が派手な楽の傍で暮らすのは、あまりにも辛い。 けれど離れられない。傍にいたい。特別でありたい。たくさんの行きずりの一人にはなりたくない。けれど―― このまま親友でいるか、勇気を持つかで揺れる壱月の切ない同居ライフ。

完結|好きから一番遠いはずだった

七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。 しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。 なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。 …はずだった。

好きな人がカッコ良すぎて俺はそろそろ天に召されるかもしれない

豆ちよこ
BL
男子校に通う棚橋学斗にはとってもとっても気になる人がいた。同じクラスの葛西宏樹。 とにかく目を惹く葛西は超絶カッコいいんだ! 神様のご褒美か、はたまた気紛れかは知らないけど、隣同士の席になっちゃったからもう大変。ついつい気になってチラチラと見てしまう。 そんな学斗に、葛西もどうやら気付いているようで……。 □チャラ王子攻め □天然おとぼけ受け □ほのぼのスクールBL タイトル前に◆◇のマークが付いてるものは、飛ばし読みしても問題ありません。 ◆…葛西視点 ◇…てっちゃん視点 pixivで連載中の私のお気に入りCPを、アルファさんのフォントで読みたくてお引越しさせました。 所々修正と大幅な加筆を加えながら、少しづつ公開していこうと思います。転載…、というより筋書きが同じの、新しいお話になってしまったかも。支部はプロット、こちらが本編と捉えて頂けたら良いかと思います。

陰キャな俺、人気者の幼馴染に溺愛されてます。

陽七 葵
BL
 主人公である佐倉 晴翔(さくら はると)は、顔がコンプレックスで、何をやらせてもダメダメな高校二年生。前髪で顔を隠し、目立たず平穏な高校ライフを望んでいる。  しかし、そんな晴翔の平穏な生活を脅かすのはこの男。幼馴染の葉山 蓮(はやま れん)。  蓮は、イケメンな上に人当たりも良く、勉強、スポーツ何でも出来る学校一の人気者。蓮と一緒にいれば、自ずと目立つ。  だから、晴翔は学校では極力蓮に近付きたくないのだが、避けているはずの蓮が晴翔にベッタリ構ってくる。  そして、ひょんなことから『恋人のフリ』を始める二人。  そこから物語は始まるのだが——。  実はこの二人、最初から両想いだったのにそれを拗らせまくり。蓮に新たな恋敵も現れ、蓮の執着心は過剰なモノへと変わっていく。  素直になれない主人公と人気者な幼馴染の恋の物語。どうぞお楽しみ下さい♪

殿堂入りした愛なのに

たっぷりチョコ
BL
全寮の中高一貫校に通う、鈴村駆(すずむらかける) 今日からはれて高等部に進学する。 入学式最中、眠い目をこすりながら壇上に上がる特待生を見るなり衝撃が走る。 一生想い続ける。自分に誓った小学校の頃の初恋が今、目の前にーーー。 両片思いの一途すぎる話。BLです。

ある日、友達とキスをした

Kokonuca.
BL
ゲームで親友とキスをした…のはいいけれど、次の日から親友からの連絡は途切れ、会えた時にはいつも僕がいた場所には違う子がいた

ジャスミン茶は、君のかおり

霧瀬 渓
BL
アルファとオメガにランクのあるオメガバース世界。 大学2年の高位アルファ高遠裕二は、新入生の三ツ橋鷹也を助けた。 裕二の部活後輩となった鷹也は、新歓の数日後、放火でアパートを焼け出されてしまう。 困った鷹也に、裕二が条件付きで同居を申し出てくれた。 その条件は、恋人のフリをして虫除けになることだった。

処理中です...