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12.市場と混乱
しおりを挟む「安いよ、安いよ!」
「入ったばかりの上物だよ! さあ、味見してって!」
威勢のいい掛け声と共に、露店や屋台がどこまでも続いている。威勢のよさに圧倒されてきょろきょろしてしまう。
「ユウ様、お気をつけて。迷子になりますよー!」
いけない、いけない。今日は果物や蜜を手に入れたくて来たのだ。
公爵家の料理人たちは、高価なものじゃなくても旬のものは栄養があって美味しいと言った。俺たちの世界とそこは変わらない。教えてもらった果物の名前を一つずつ確かめながら、少しずつ購入した。レトやエリクも、自分たちの好きなものを勧めてくれる。
エリクは、少し話しただけで誠実な人柄だとわかった。俺が自分の希望を上手く話せなくても、急かすことなく、じっくり耳を傾けてくれる。
強引な客引きを見れば、さりげなくすっと前に出る。相手は顔色を変えて逃げて行った。
「エリクって、すごいんだな」
「人々がすごいと思っているのは、この飾りの方ですよ」
にこ、と笑って、自分の胸に光る二つのバッジを示す。それが部隊章と階級章だとはわかっても、どのくらいすごいのかはよくわからなかった。
市場の片隅に置かれたベンチに座って、俺たちは休憩した。少し回っただけで、両手が食材でいっぱいになっている。
「もう少し見て回りますか?」
「これ以上は、買いすぎになっちゃうかなあ……」
「ふふ。それでしたら、また次にしましょうか? いつでもお供しますから」
エリクの笑った顔を見ると、俺は眩しいものを見るような、切ない気持ちになる。
「……エリクはさ、俺の好きだった人にちょっと似てるんだ。もうとっくに振られたんだけど」
「ユウ様……」
「すごく優しくて、綺麗な絵を描く人なんだ。少しでも自分の方を見てほしかったけど、無理だったなあ」
「ユウ様を振るなんて……! 先方にはお相手がいらしたのですか?」
なぜかレトが、エリクの隣で憤慨している。
「うん。神が相手だったからさ。俺じゃあ、全然太刀打ちできなかった」
「何と! 神が……!」
「俺の世界には、神様がたくさんいるんだよ」
レトもエリクも目を潤ませている。どうやらいたく同情されているようだ。そう、俺の好きだった先輩には、両思いの相手がいた。無口でイケメンで、神と言われるほど指先の器用な男が。
ため息をついて屋台に目を向けた時、大柄な騎士の背中が目に入った。それは、いつも見慣れた背中だった。隣には、ちょうど俺と同じ位の背の女性が立っている。
「おや、あれはジード様では?」
「うん、ジードだと思う。隣は……」
「ソノワ伯爵令嬢ではないでしょうか、許嫁の」
──ドクン、と胸が大きく鳴った。
「許嫁?」
俺の言葉に、エリクが屋台に視線を向けたまま頷く。
「はい。二人の実家のソノワ家とセンブルク家は昔から懇意の間柄です。婚約を結んだのもずいぶん幼い頃だったと聞いています。第三騎士団が辺境に行く前に、共に過ごす時間を取ったのでしょう」
俺はジードと令嬢を見た。連れ立って歩く二人はとても仲がよさそうだった。令嬢は波打つ銀の髪を耳の上で編みこんで、後ろで一つに結び、花の飾りで留めている。こちらの世界の女性としてはかなり細身だ。
露店の一角には装飾品を並べている店々がある。二人は台の上を覗き込み、顔を寄せあった。令嬢が指さしたものを見てジードが頷く。屋台の主人は小さな包みをジードに渡し、包みはすぐに令嬢の手に渡った。二人は見つめ合って微笑んでいる。
エリクがへえ、と感心したように言う。
「魔獣ばかり相手にしていると評判のセンブルクも、許嫁にはやはり贈り物をするんですね」
「……そう、だな」
俺は何と答えていいかわからなかった。ジードと令嬢から目を離しても、二人が微笑んで見つめ合う姿が目の奥に焼きついていた。
「レト、結構買い物をしたから、もう帰ろうか。色々まとめたいこともあるし」
そう言いながら、ふらりと立ちあがった時だった。
屋台の方から悲鳴が上がった。
「泥棒ッ」
「返して!」
数人の男たちがこちらに向かって走ってくる。
屋台の方を見れば、ジードは令嬢を胸に抱くようにして道端に立っていた。
──いつもなら、ジードは真っ先に賊を取り押さえるはずなのに。
大きな体は、令嬢だけを守っている。
「ユウ様、こちらに!」
はっとした時には、レトが俺の体を引いて、自分の背に隠した。
エリクがすぐさま前に出る。
一人の腹に拳を叩きこみ、一人には足払いをくらわせて倒れたところに背を踏みつけた。殴りかかってきた男の腕を取って逆に投げ飛ばす。あっという間に三人の男たちが地面に伸びて、ばたばたと大勢の人が走ってくる。
物を取られた店主や買い物客と共に、第一部隊の騎士たちが駆けつけた。エリクが事情を説明している間、レトは俺の肩をしっかりと支えてくれた。俺たちの周りを取り囲むようにして、いつのまにか人だかりが出来ている。
「──ユウ?」
名を呼ばれた気がして視線を向ければ、碧の瞳が、大きく見開かれていた。
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