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46.王太子と毒見
しおりを挟むホーレンエフ城は直轄地にある王家の城だ。現在、城に住んでいる王族はいない。しかし、いつ立ち寄ってもいいように、専属の使用人たちによって常に整えられているという。
今回は王太子と騎士たちが立ち寄るとの通達を受けて、何日も前から部屋や料理の準備がされていた。
この世界に来てから、王宮でしか生活したことがない俺は、おとぎ話に出てくるような城に興味津々だった。夕暮れに到着したため、すぐに夜がやって来る。城のあちこちには魔石による明かりが灯されて、思ったよりもずっと明るかった。
夕食は、俺とテオだけが広い部屋に案内されて、給仕が付いた。レトや騎士たちは別の部屋で食事をする。身分制度がはっきりしている世界だから仕方ないとは思うけれど、何だか寂しい。折角、皆で食べられると思ったのにな。
食事は、穀物の煮込まれたスープに炙った肉。チーズに茹でた野菜や果実が出された。王都でよく見るものが多くてほっとする。
「旅で温かいものが食べられるのって嬉しい。じゃあ、早速……」
いただきます! と言おうとした時だった。
「待て、ユウ。まだ食べてはだめだ」
「……なんで?」
「ここには、毒見がいない」
――どくみ?
言葉と料理が結びつかずに目を瞬くと、テオが食卓の皿の上に手をかざす。手の平から見る間に光が広がった。俺はテオから目が離せなかった。
夜になる前の空のような藍色の瞳が、一瞬、髪と同じ銀色の光を帯びる。さあっと手の中の光が消えるのと同時に、テオの瞳の色も元に戻った。
「い、今の……」
「食事の中に危険なものが入っていないかを調べた。特に問題はない」
テオは当たり前のように言って、飲み物のグラスに口を付けた。
「毎回、こんなことするの?」
「いや、王宮では私が行う必要はない。食事は専門の者たちが作り、毒見役もいるからな。ただ、王宮を離れたならば、話は別だ」
それは、テオが王太子だからなんだろうか。黙り込む俺にテオは不思議そうな顔をする。
「……テオは、温かいものは食べられるの?」
「え?」
「いや、俺の国の昔話にあるんだ。今、それを思い出した」
俺はテオにじいちゃんから聞いた昔話を語った。
昔話の殿様は、いつも毒見ばかりで冷めたものしか食べたことがない。こっそり町に行き、初めて食べた温かい料理のおいしさに感動する。城に戻ってからもう一度その料理を食べたいと作らせるんだけど、殿様の元に届くまでには、毒見をするからやっぱり冷めてしまう。殿様は町で食べた味が忘れられなくて、あの土地のものが一番だって言うんだ。
本当は笑い話なんだけど、その昔話を聞いた時に、俺は悲しくて仕方がなかった。
「温かいものは温かいうちに食べるのが美味しいのに、殿様は知らなかった。確かに命は大事だけど、何だか可哀想だと思ったんだ」
「そんなことは、考えたこともなかった。王族なら当たり前だと思っていた」
「……テオも色々、大変なんだな」
テオが俺を見て、ふっと笑った。
「私に向かって、大変だろうと気遣う者もいない。ユウは全く、面白いな」
俺は妙な気持ちになった。
王太子って、もっと色々大事にされたり、心配されたりするものじゃないんだろうか? テオはもう大人だからそんなことはないんだろうか。
この世界の常識ってのが、俺にはどうもよくわからない。
「この先は、王家の直轄地を通るとは限らないから、ゆっくり食事をとったり眠ったり出来ないかもしれない。今夜は早く休んだ方がいいだろう」
テオの言葉に、俺はとりあえずスープを口にした。ほんのりと温かくて、優しい味がする。テオが自分と同じものを食べるのを見た途端、俄然食欲が湧いてきた。
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