71 / 90
70.騎士の心
しおりを挟む「昨日、魔林から氷竜に運んでもらったんだ」
……まさか。
思わず目が丸くなった。何度も目を瞬いてしまう。雪の塊かと思ったけれど、違う。今まで見てきたものとは、色が違う。でも、形は同じだ。
体が勝手にガタガタと震え出す。
「ななななんで、それ! どどどうして、ここに!」
「……大丈夫、もう核は壊してある。ユウに受け取ってほしいんだ」
「受け取るって? それを俺に? 何で……」
ジードが見せたものは、散々見慣れたはずの、バズアの形をしている。でも、まるで死んだ珊瑚のように真っ白だ。その場に下ろすと、変わり果てたバズアの体が地に広がる。
呆然と見つめていると、ジードが真剣な目をして言う。
「俺の祖父は、世界中を旅していた。自分の足であちこちを歩きながら、様々な世界を見たことをよく話してくれた。祖父がよく言っていたんだ。大事な相手にはちゃんと自分の心を見せろと」
ああ、ジードは祖父に影響を受けて、第三騎士団を希望したのだと言っていた。
「ユウはいつも、俺に新しい世界を見せてくれる。俺はいつも一緒にいられるわけじゃないし、不安にさせることも多くて、すまないと思う……。でも」
ジードはぐっと眉を寄せて、はっきりと言った。
「それでも俺はユウと一緒にいたい。ユウの役に立ちたい」
ジードが、しゃがみこんでバズアの花の一部を持ちあげた。まるで植物だったとは思えないぐらい硬質化している。花びらの先端をジードが折り取ると、断面からさらさらと白い砂のようなものが落ちていく。
……何かに似てる。
「これは、俺が自分で仕留めて来た。ユウ、食べてみてくれ」
「た、食べる? バズアって、ひ、人が食べても平気なの?」
ジードが頷く。ものすごく真剣な表情をしている。
背中に冷や汗が流れた。
ここで食べなかったら、きっとまずい。ジードが俺の為に獲ってきてくれたんだから。
食べられるって言うんだから、食べられるんだろう。じいちゃんが言ってた。同じ釜の飯を食ったら気心が知れる、って。
ふっと上を見たら、二頭の竜がこっちをじっと見ていた。
……ああ、そうだよな。お前たちもこれ、好物なんだよな。
これを食べなかったら、竜からも冷たい目で見られそうな気がする。
頭の上には竜、目の前には真剣なジード。もはや後には引けそうにない。
ええい!
俺はジードからバズアを受け取って、思い切って口に入れた。
――……。
舌の上に広がって。
……脳を突き抜けていく強烈な味覚。
この世界に来てから、ずっと長いこと、口にしていなかった。
「……あまい」
さらさらとこぼれていく、真っ白な姿。これは。
「――砂糖?」
そうだ。砂糖にそっくりだ。
「ユウが前に言っていたものに近いか?」
ジードが不安げな顔で覗き込んでくる。
いつ、ジードにそんな話をしたのか、もう覚えていない。ジードは俺の言葉をずっと覚えていてくれたんだろうか。
「これがあったら、ユウは作りたいものが作れるんじゃないかと、ずっと思っていた。あんなに悲しそうに泣くことはないのかと」
「そ、それってもしかして……」
この世界に来たばかりで、プリンを失敗した時のことだろうか。
「王都に戻る時には、何としても持ち帰りたかった。今までは戦うばかりで余裕がなかったが、氷竜たちのおかげで魔林も収拾がつくと思った」
二頭の竜は互いに体を寄せ合いながら、こちらを見ていた。心なしか優しい目をしている気がする。
「……これは、俺の世界のものと……よく似てる。すごく、似てる」
必死に声を絞り出すと、ジードが安心したように笑顔を見せる。初めて見た時からイケメンだけど、今日はいつもの何十倍もイケメンだ。
ありがとうと言おうと思うのに、涙が勝手にこぼれた。ジードが顔を寄せてきて、そっとキスをする。
「すごく甘い」
俺の唇をぺろりと舐めて、ジードはまるで子どもみたいに笑う。俺はただ頷くしかなかった。ジードが手を伸ばして抱きしめてくれる。俺も背中に手を回した。
あんなに欲しかった砂糖。
あんなに怖かったバズア。
ジードが俺の為に獲ってきてくれた。
「こ、これ、王都に、持って……帰れる、かな」
「解体して持ち帰ろう。ユウが使ってくれたら嬉しい」
「うん。……作る。たくさん……作る」
一番先に、ジードの為に作る。
何度失敗しても、ジードがいてくれたら俺はもう一度頑張れる。
「よかった。受け取ってもらえなかったら、どうしようかと思った」
「バズア、だもんな」
「ああ。それに、ユウの言う『さとう』に近いのかもわからなかった」
「あり……がと。ジード」
ソノワに、何でこの世界に来たと言われて、本当は悔しかった。
俺が知りたい、そんなこと。
勝手に巻き込まれて、来たかったわけでもないのに。
でも。
よかった。
……ここには、ジードがいる。
真っ直ぐな心の騎士が、俺と一緒にいたいと言ってくれる。
この世界に来て、よかった。
「ユウには、自分の力で獲ってきたものを渡したかった」
「……うん」
口の中の甘さは、心が溶けあう甘さと混じり合う。ジードの優しさが体の奥まで沁み渡っていく。
俺は、後から後からあふれる涙を止められなかった。
55
あなたにおすすめの小説
【完】心配性は異世界で番認定された狼獣人に甘やかされる
おはぎ
BL
起きるとそこは見覚えのない場所。死んだ瞬間を思い出して呆然としている優人に、騎士らしき人たちが声を掛けてくる。何で頭に獣耳…?とポカンとしていると、その中の狼獣人のカイラが何故か優しくて、ぴったり身体をくっつけてくる。何でそんなに気遣ってくれるの?と分からない優人は大きな身体に怯えながら何とかこの別世界で生きていこうとする話。
知らない世界に来てあれこれ考えては心配してしまう優人と、優人が可愛くて仕方ないカイラが溺愛しながら支えて甘やかしていきます。
【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件
白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。
最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。
いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。
2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。
ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。
異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。
二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。
しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。
再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。
聖女召喚の巻き添えで喚ばれた「オマケ」の男子高校生ですが、魔王様の「抱き枕」として重宝されています
八百屋 成美
BL
聖女召喚に巻き込まれて異世界に来た主人公。聖女は優遇されるが、魔力のない主人公は城から追い出され、魔の森へ捨てられる。
そこで出会ったのは、強大な魔力ゆえに不眠症に悩む魔王。なぜか主人公の「匂い」や「体温」だけが魔王を安眠させることができると判明し、魔王城で「生きた抱き枕」として飼われることになる。
勇者になるのを断ったらなぜか敵国の騎士団長に溺愛されました
雪
BL
「勇者様!この国を勝利にお導きください!」
え?勇者って誰のこと?
突如勇者として召喚された俺。
いや、でも勇者ってチート能力持ってるやつのことでしょう?
俺、女神様からそんな能力もらってませんよ?人違いじゃないですか?
異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる
七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。
だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。
そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。
唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。
優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。
穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。
――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。
異世界転移して出会っためちゃくちゃ好きな男が全く手を出してこない
春野ひより
BL
前触れもなく異世界転移したトップアイドル、アオイ。
路頭に迷いかけたアオイを拾ったのは娼館のガメツイ女主人で、アオイは半ば強制的に男娼としてデビューすることに。しかし、絶対に抱かれたくないアオイは初めての客である美しい男に交渉する。
「――僕を見てほしいんです」
奇跡的に男に気に入られたアオイ。足繁く通う男。男はアオイに惜しみなく金を注ぎ、アオイは美しい男に恋をするが、男は「私は貴方のファンです」と言うばかりで頑としてアオイを抱かなくて――。
愛されるには理由が必要だと思っているし、理由が無くなれば捨てられて当然だと思っている受けが「それでも愛して欲しい」と手を伸ばせるようになるまでの話です。
金を使うことでしか愛を伝えられない不器用な人外×自分に付けられた値段でしか愛を実感できない不器用な青年
異世界で王子様な先輩に溺愛されちゃってます
野良猫のらん
BL
手違いで異世界に召喚されてしまったマコトは、元の世界に戻ることもできず異世界で就職した。
得た職は冒険者ギルドの職員だった。
金髪翠眼でチャラい先輩フェリックスに苦手意識を抱くが、元の世界でマコトを散々に扱ったブラック企業の上司とは違い、彼は優しく接してくれた。
マコトはフェリックスを先輩と呼び慕うようになり、お昼を食べるにも何をするにも一緒に行動するようになった。
夜はオススメの飲食店を紹介してもらって一緒に食べにいき、お祭りにも一緒にいき、秋になったらハイキングを……ってあれ、これデートじゃない!? しかもしかも先輩は、実は王子様で……。
以前投稿した『冒険者ギルドで働いてたら親切な先輩に恋しちゃいました』の長編バージョンです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる