【騎士とスイーツ】異世界で菓子作りに励んだらイケメン騎士と仲良くなりました

尾高志咲/しさ

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70.騎士の心

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「昨日、魔林から氷竜に運んでもらったんだ」

 ……まさか。

 思わず目が丸くなった。何度も目を瞬いてしまう。雪の塊かと思ったけれど、違う。今まで見てきたものとは、色が違う。でも、形は同じだ。
 体が勝手にガタガタと震え出す。

「ななななんで、それ! どどどうして、ここに!」
「……大丈夫、もう核は壊してある。ユウに受け取ってほしいんだ」
「受け取るって? それを俺に? 何で……」

 ジードが見せたものは、散々見慣れたはずの、バズアの形をしている。でも、まるで死んだ珊瑚のように真っ白だ。その場に下ろすと、変わり果てたバズアの体が地に広がる。

 呆然と見つめていると、ジードが真剣な目をして言う。

「俺の祖父は、世界中を旅していた。自分の足であちこちを歩きながら、様々な世界を見たことをよく話してくれた。祖父がよく言っていたんだ。大事な相手にはちゃんと自分の心を見せろと」

 ああ、ジードは祖父に影響を受けて、第三騎士団を希望したのだと言っていた。

「ユウはいつも、俺に新しい世界を見せてくれる。俺はいつも一緒にいられるわけじゃないし、不安にさせることも多くて、すまないと思う……。でも」

 ジードはぐっと眉を寄せて、はっきりと言った。

「それでも俺はユウと一緒にいたい。ユウの役に立ちたい」

 ジードが、しゃがみこんでバズアの花の一部を持ちあげた。まるで植物だったとは思えないぐらい硬質化している。花びらの先端をジードが折り取ると、断面からさらさらと白い砂のようなものが落ちていく。

 ……何かに似てる。

「これは、俺が自分で仕留めて来た。ユウ、食べてみてくれ」
「た、食べる? バズアって、ひ、人が食べても平気なの?」

 ジードが頷く。ものすごく真剣な表情をしている。
 背中に冷や汗が流れた。

 ここで食べなかったら、きっとまずい。ジードが俺の為にってきてくれたんだから。
 食べられるって言うんだから、食べられるんだろう。じいちゃんが言ってた。同じ釜の飯を食ったら気心が知れる、って。
 ふっと上を見たら、二頭の竜がこっちをじっと見ていた。

 ……ああ、そうだよな。お前たちもこれ、好物なんだよな。
 
 これを食べなかったら、竜からも冷たい目で見られそうな気がする。
 頭の上には竜、目の前には真剣なジード。もはや後には引けそうにない。

 ええい!

 俺はジードからバズアを受け取って、思い切って口に入れた。



 ――……。

 舌の上に広がって。
 ……脳を突き抜けていく強烈な味覚。

 この世界に来てから、ずっと長いこと、口にしていなかった。


「……あまい」


 さらさらとこぼれていく、真っ白な姿。これは。

「――砂糖?」

 そうだ。砂糖にそっくりだ。

「ユウが前に言っていたものに近いか?」

 ジードが不安げな顔で覗き込んでくる。
 いつ、ジードにそんな話をしたのか、もう覚えていない。ジードは俺の言葉をずっと覚えていてくれたんだろうか。

「これがあったら、ユウは作りたいものが作れるんじゃないかと、ずっと思っていた。あんなに悲しそうに泣くことはないのかと」
「そ、それってもしかして……」

 この世界に来たばかりで、プリンを失敗した時のことだろうか。

「王都に戻る時には、何としても持ち帰りたかった。今までは戦うばかりで余裕がなかったが、氷竜たちのおかげで魔林も収拾がつくと思った」

 二頭の竜は互いに体を寄せ合いながら、こちらを見ていた。心なしか優しい目をしている気がする。

「……これは、俺の世界のものと……よく似てる。すごく、似てる」

 必死に声を絞り出すと、ジードが安心したように笑顔を見せる。初めて見た時からイケメンだけど、今日はいつもの何十倍もイケメンだ。

 ありがとうと言おうと思うのに、涙が勝手にこぼれた。ジードが顔を寄せてきて、そっとキスをする。

「すごく甘い」

 俺の唇をぺろりと舐めて、ジードはまるで子どもみたいに笑う。俺はただ頷くしかなかった。ジードが手を伸ばして抱きしめてくれる。俺も背中に手を回した。

 あんなに欲しかった砂糖。
 あんなに怖かったバズア。

 ジードが俺の為に獲ってきてくれた。

「こ、これ、王都に、持って……帰れる、かな」
「解体して持ち帰ろう。ユウが使ってくれたら嬉しい」
「うん。……作る。たくさん……作る」

 一番先に、ジードの為に作る。
 何度失敗しても、ジードがいてくれたら俺はもう一度頑張れる。

「よかった。受け取ってもらえなかったら、どうしようかと思った」
「バズア、だもんな」
「ああ。それに、ユウの言う『さとう』に近いのかもわからなかった」
「あり……がと。ジード」

 ソノワに、何でこの世界に来たと言われて、本当は悔しかった。
 俺が知りたい、そんなこと。
 勝手に巻き込まれて、来たかったわけでもないのに。

 でも。
 よかった。

 ……ここには、ジードがいる。
 真っ直ぐな心の騎士が、俺と一緒にいたいと言ってくれる。

 この世界に来て、よかった。

「ユウには、自分の力で獲ってきたものを渡したかった」
「……うん」

 口の中の甘さは、心が溶けあう甘さと混じり合う。ジードの優しさが体の奥まで沁み渡っていく。

 俺は、後から後からあふれる涙を止められなかった。
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