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番外編 二人のバレンタイン
5.🍫🍫🍫🍫🍫
しおりを挟むふっと目を開けた時には、ベッドに一人で寝ていた。体はいつのまにか柔らかい生地のパジャマを着て、肌はさらりと綺麗になっている。いつの間にか眠っていたらしい。
「一星……?」
ぽつりと呟くとドアが開いた。部屋着を着た一星が入って来る。
「千晴、起きた?」
「……ん」
「千晴の家には連絡しておいたから、今日は泊まっていって」
ベッドの隣に来た一星にぼくは手を伸ばす。一星は笑いながら屈みこんで、顔を近づけた。
「甘えてる千晴も可愛いけど、お腹すいてない? ご飯食べる?」
ご飯と言われた途端に、ぐうっとお腹が鳴った。時計を見ると、まだ日付が変わるには一時間ある。
こくんと頷くと、一星はぼくを抱きあげた。体が怠くて重いから、一星の腕の中がいい。リビングのソファーにそっと下ろされると、ローテーブルにはもう、二人分のお皿やカトラリーが並んでいた。
いつものダイニングじゃなくて、ソファーでご飯だ。何だかわくわくする。声がかすれているぼくに、一星は申し訳なさそうに目を向けた。
「スパークリングの葡萄ジュースも用意したけど、喉にしみるかな。お茶にしようか」
「すこし……ほし……」
一星が頷いて、ぼくの額にキスをした。まるでワインのような瓶が運ばれてきて、目の前に二つのグラスが置かれた。金色の泡がとくとくと静かにグラスに注がれる。一星の長い指が瓶を軽々と持つ仕草が綺麗で、好きだなあと思う。
二人で乾杯すると、やっぱり喉に炭酸がしみた。一星がすぐに麦茶を持ってきてくれる。優しいなあと嬉しくなって、お茶を少しずつ飲んだ。目の前にはビーフシチューに軽く焼かれたバゲット、サラダやキッシュが並ぶ。たちまち、ぐうぐうとお腹が鳴った。
「はい、千晴」
小さく切ったキッシュを差し出されて、思わずぱくんと食べた。
「おいしい!」
外側のパイがサクサクしてバターの風味が口いっぱいに広がる。ぼくが口を開けると、一星がひょいひょいと口に入れてくれる。これじゃあまるで、鳥の餌付けだ。
「ふふ、食べさせるのもいいな」
「ひや! ふしゅーは、ぶぶんで!」
「そう……。残念だなあ」
まるでリスみたいにもぐもぐ食べながら答えると、一星は名残惜しそうな顔をした。さすがに病人や赤ん坊じゃないからシチューは自分で食べる。艶やかに煮込まれたシチューは、口にした瞬間に肉がほろりと崩れた。あまりのおいしさに夢中になって口に運ぶと、たちまち深皿が空になる。
顔を上げると、一星はスプーンを置いたまま、ぼくをじっと見ていた。
「一星も、たべよ?」
「千晴が食べるのを見るのが好きなんだ」
幸せそうな一星の顔に何だか照れてしまって、ぼくはシチューのお代わりが欲しいと頼んだ。一星は、すぐに持ってきてくれた。今度は一星も一緒に食べ始めると、さらに美味しく感じる。
満腹になってほっと息をついた時、リビングにあった時計が目に入った。時刻はもうすぐ十二時になろうとしている。
(……? 何か……忘れてるような)
その時、ソファーの端に置きっぱなしになっていたスマホの着信音が鳴った。急いで取れば、画面には友永の名が光っている。
『千晴様、ご首尾は?』
(――そうだ!!!)
頭からざぶんと冷水がかかった気がした。
ぱっと立ち上がって、ソファーの脇に置いた鞄の前にしゃがみこむ。中にチョコがあるのを確かめて、箱をしっかり掴んで振り返った。一星がびっくりして、こちらを見ている。
「い、いっせい。あの!」
「ん?」
「初めてなんだ!」
「はじめて?」
「そう! これ!」
ぼくは一星に、チョコの入った箱を差し出した。
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