翼が生えた王子は辺境伯令息に執心される

尾高志咲/しさ

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翼が生えた王子、辺境伯領へ

15.幸せな晩餐

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「……っ」

 すすり泣くような声が聞こえた。前を向くと、うつむいて肩を震わせる辺境伯の顔を夫人が懸命に舐めている。

「え?」
「……すみません。父は少々涙もろい所がありまして」

(泣いてる? 勇猛果敢と謳われる辺境伯が?)

 ぼそぼそと呟くエドマンドと泣き続ける辺境伯を交互に見ていたら、銀色の毛がぶんっと揺れた。綺麗な白銀の尾が辺境伯の顔をぱしっと叩き、はっとしたように辺境伯が目をこする。

「え?」
「……母は少々気が短いところがありまして」

 眉を下げた辺境伯が「すまない、リリー」と謝っている。わかった、と言うように夫人が頷き、辺境伯の頬をもう一度舐めた。

「ふ……ふふっ」
「ミシュー?」

 僕はおかしくて、笑いをこらえることができなかった。辺境伯夫妻は人と狼の姿なのに、ちゃんと夫婦に見えるのだ。わずかな間でも二人の仲の良さがわかる。ここに来るまでの僕の不安が、何だかとても小さくて馬鹿馬鹿しいことのような気がした。

「ねえ、エドマンド。ご両親はとても……素敵だ」

 エドマンドは困ったように眉を寄せながら、ありがとうございますと呟いた。

 辺境伯一家との晩餐はとても楽しかった。夫人を膝に乗せたまま、辺境伯はたくさんの話をしてくれた。その中でも興味深かったのは白銀の狼の話だ。
 幼い頃から騎士たちと共に森や山に入ることが多かった辺境伯は、不思議な狼の話をよく聞いた。広大な森の中には迷った者を他の獣から守り、人里へと導く狼がいる。白銀の体に澄んだ青い瞳は暗い森の中でもよく目立ち、助けられた者は一人や二人ではない。
 辺境伯は、いつか会いたいと思っていたその姿を、初めて会った婚約者リリアナに重ねた。

「母の白銀の髪と青い瞳が、伝説通りだったからだそうです」
「そうなんだ……」

 こそっと囁くエドマンドに頷きながら、夫人が狼に変わった理由にため息が出た。少年の憧れが、愛する人の姿を変える。魔女の呪いがどう作用するかは誰にもわからない。
 辺境伯の膝の上の夫人は、夫が切り分けた肉をフォークで食べさせてもらっている。二人の幸せそうな姿に心が和んだ。

「ミシュー、母を受け入れてくださってとても嬉しいです」
「……僕こそ、受け入れてもらえて安心した。エドマンドの言葉を信じてなかったわけじゃないんだ。でも、どうしても不安が消えなくて」

 いざとなったら馬車を奪って逃げ出そうと思っていたと言えば、エドマンドは大きく目を見開いた。

「そんなことになったら……私も一緒に行きます」
「待って。エドマンドは跡継ぎなのに?」
「ロフォール伯爵家の男は一途なんです! 唯一人と決めた相手に逃げられるぐらいなら、爵位も領地もいりません」

(……これは、ものすごい告白をされているんじゃないだろうか)

 何と答えたらいいのかと迷っているうちに、隣に座ったエドマンドが、ぐいっと顔を近づけてきた。

「誰よりも大切に想う方を不安に陥らせたとは、私の不徳の至りです。これからは、ミシューが何の憂いも無く過ごせるよう努力致します」

 その気迫に押されて頷くと、わあっと嬉しそうな声が上がる。エドマンドの弟たちが給仕にどんどん酒を運ぶよう言いつけていた。

「兄の想いがどんな呪いになるのかと案じておりましたが」
「このように美しいお姿を拝見できるとは、真に僥倖です」

 笑顔の弟たちに鋭い目を向けて、エドマンドは言った。

「殿下のお美しさは生来のものだ。私の気持ちごときで左右されるものではない!」
「兄上! よくぞ仰いました!!」

 顔から火が出るとはこのことだろう。自分を褒め称えられて居たたまれない思いをするとはどういうことなんだ。
 今宵のために用意された葡萄酒が心地良く喉を通り過ぎる。嬉しそうに酒をあおる辺境伯と、前脚で夫の頬を叩く夫人の姿が目に入る。あれは飲み過ぎだとたしなめているのだろうか。

(僕はきっと……ここでの暮らしが好きになる)

「何か仰いましたか? ミシュー」

 じっと僕を見るエドマンドに、酒の勢いを借りて。
 大好きだよと囁いた。
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