15 / 39
翼が生えた王子、辺境伯領へ
15.幸せな晩餐
しおりを挟む
「……っ」
すすり泣くような声が聞こえた。前を向くと、うつむいて肩を震わせる辺境伯の顔を夫人が懸命に舐めている。
「え?」
「……すみません。父は少々涙もろい所がありまして」
(泣いてる? 勇猛果敢と謳われる辺境伯が?)
ぼそぼそと呟くエドマンドと泣き続ける辺境伯を交互に見ていたら、銀色の毛がぶんっと揺れた。綺麗な白銀の尾が辺境伯の顔をぱしっと叩き、はっとしたように辺境伯が目をこする。
「え?」
「……母は少々気が短いところがありまして」
眉を下げた辺境伯が「すまない、リリー」と謝っている。わかった、と言うように夫人が頷き、辺境伯の頬をもう一度舐めた。
「ふ……ふふっ」
「ミシュー?」
僕はおかしくて、笑いをこらえることができなかった。辺境伯夫妻は人と狼の姿なのに、ちゃんと夫婦に見えるのだ。わずかな間でも二人の仲の良さがわかる。ここに来るまでの僕の不安が、何だかとても小さくて馬鹿馬鹿しいことのような気がした。
「ねえ、エドマンド。ご両親はとても……素敵だ」
エドマンドは困ったように眉を寄せながら、ありがとうございますと呟いた。
辺境伯一家との晩餐はとても楽しかった。夫人を膝に乗せたまま、辺境伯はたくさんの話をしてくれた。その中でも興味深かったのは白銀の狼の話だ。
幼い頃から騎士たちと共に森や山に入ることが多かった辺境伯は、不思議な狼の話をよく聞いた。広大な森の中には迷った者を他の獣から守り、人里へと導く狼がいる。白銀の体に澄んだ青い瞳は暗い森の中でもよく目立ち、助けられた者は一人や二人ではない。
辺境伯は、いつか会いたいと思っていたその姿を、初めて会った婚約者に重ねた。
「母の白銀の髪と青い瞳が、伝説通りだったからだそうです」
「そうなんだ……」
こそっと囁くエドマンドに頷きながら、夫人が狼に変わった理由にため息が出た。少年の憧れが、愛する人の姿を変える。魔女の呪いがどう作用するかは誰にもわからない。
辺境伯の膝の上の夫人は、夫が切り分けた肉をフォークで食べさせてもらっている。二人の幸せそうな姿に心が和んだ。
「ミシュー、母を受け入れてくださってとても嬉しいです」
「……僕こそ、受け入れてもらえて安心した。エドマンドの言葉を信じてなかったわけじゃないんだ。でも、どうしても不安が消えなくて」
いざとなったら馬車を奪って逃げ出そうと思っていたと言えば、エドマンドは大きく目を見開いた。
「そんなことになったら……私も一緒に行きます」
「待って。エドマンドは跡継ぎなのに?」
「ロフォール伯爵家の男は一途なんです! 唯一人と決めた相手に逃げられるぐらいなら、爵位も領地もいりません」
(……これは、ものすごい告白をされているんじゃないだろうか)
何と答えたらいいのかと迷っているうちに、隣に座ったエドマンドが、ぐいっと顔を近づけてきた。
「誰よりも大切に想う方を不安に陥らせたとは、私の不徳の至りです。これからは、ミシューが何の憂いも無く過ごせるよう努力致します」
その気迫に押されて頷くと、わあっと嬉しそうな声が上がる。エドマンドの弟たちが給仕にどんどん酒を運ぶよう言いつけていた。
「兄の想いがどんな呪いになるのかと案じておりましたが」
「このように美しいお姿を拝見できるとは、真に僥倖です」
笑顔の弟たちに鋭い目を向けて、エドマンドは言った。
「殿下のお美しさは生来のものだ。私の気持ちごときで左右されるものではない!」
「兄上! よくぞ仰いました!!」
顔から火が出るとはこのことだろう。自分を褒め称えられて居たたまれない思いをするとはどういうことなんだ。
今宵のために用意された葡萄酒が心地良く喉を通り過ぎる。嬉しそうに酒をあおる辺境伯と、前脚で夫の頬を叩く夫人の姿が目に入る。あれは飲み過ぎだと窘めているのだろうか。
(僕はきっと……ここでの暮らしが好きになる)
「何か仰いましたか? ミシュー」
じっと僕を見るエドマンドに、酒の勢いを借りて。
大好きだよと囁いた。
すすり泣くような声が聞こえた。前を向くと、うつむいて肩を震わせる辺境伯の顔を夫人が懸命に舐めている。
「え?」
「……すみません。父は少々涙もろい所がありまして」
(泣いてる? 勇猛果敢と謳われる辺境伯が?)
ぼそぼそと呟くエドマンドと泣き続ける辺境伯を交互に見ていたら、銀色の毛がぶんっと揺れた。綺麗な白銀の尾が辺境伯の顔をぱしっと叩き、はっとしたように辺境伯が目をこする。
「え?」
「……母は少々気が短いところがありまして」
眉を下げた辺境伯が「すまない、リリー」と謝っている。わかった、と言うように夫人が頷き、辺境伯の頬をもう一度舐めた。
「ふ……ふふっ」
「ミシュー?」
僕はおかしくて、笑いをこらえることができなかった。辺境伯夫妻は人と狼の姿なのに、ちゃんと夫婦に見えるのだ。わずかな間でも二人の仲の良さがわかる。ここに来るまでの僕の不安が、何だかとても小さくて馬鹿馬鹿しいことのような気がした。
「ねえ、エドマンド。ご両親はとても……素敵だ」
エドマンドは困ったように眉を寄せながら、ありがとうございますと呟いた。
辺境伯一家との晩餐はとても楽しかった。夫人を膝に乗せたまま、辺境伯はたくさんの話をしてくれた。その中でも興味深かったのは白銀の狼の話だ。
幼い頃から騎士たちと共に森や山に入ることが多かった辺境伯は、不思議な狼の話をよく聞いた。広大な森の中には迷った者を他の獣から守り、人里へと導く狼がいる。白銀の体に澄んだ青い瞳は暗い森の中でもよく目立ち、助けられた者は一人や二人ではない。
辺境伯は、いつか会いたいと思っていたその姿を、初めて会った婚約者に重ねた。
「母の白銀の髪と青い瞳が、伝説通りだったからだそうです」
「そうなんだ……」
こそっと囁くエドマンドに頷きながら、夫人が狼に変わった理由にため息が出た。少年の憧れが、愛する人の姿を変える。魔女の呪いがどう作用するかは誰にもわからない。
辺境伯の膝の上の夫人は、夫が切り分けた肉をフォークで食べさせてもらっている。二人の幸せそうな姿に心が和んだ。
「ミシュー、母を受け入れてくださってとても嬉しいです」
「……僕こそ、受け入れてもらえて安心した。エドマンドの言葉を信じてなかったわけじゃないんだ。でも、どうしても不安が消えなくて」
いざとなったら馬車を奪って逃げ出そうと思っていたと言えば、エドマンドは大きく目を見開いた。
「そんなことになったら……私も一緒に行きます」
「待って。エドマンドは跡継ぎなのに?」
「ロフォール伯爵家の男は一途なんです! 唯一人と決めた相手に逃げられるぐらいなら、爵位も領地もいりません」
(……これは、ものすごい告白をされているんじゃないだろうか)
何と答えたらいいのかと迷っているうちに、隣に座ったエドマンドが、ぐいっと顔を近づけてきた。
「誰よりも大切に想う方を不安に陥らせたとは、私の不徳の至りです。これからは、ミシューが何の憂いも無く過ごせるよう努力致します」
その気迫に押されて頷くと、わあっと嬉しそうな声が上がる。エドマンドの弟たちが給仕にどんどん酒を運ぶよう言いつけていた。
「兄の想いがどんな呪いになるのかと案じておりましたが」
「このように美しいお姿を拝見できるとは、真に僥倖です」
笑顔の弟たちに鋭い目を向けて、エドマンドは言った。
「殿下のお美しさは生来のものだ。私の気持ちごときで左右されるものではない!」
「兄上! よくぞ仰いました!!」
顔から火が出るとはこのことだろう。自分を褒め称えられて居たたまれない思いをするとはどういうことなんだ。
今宵のために用意された葡萄酒が心地良く喉を通り過ぎる。嬉しそうに酒をあおる辺境伯と、前脚で夫の頬を叩く夫人の姿が目に入る。あれは飲み過ぎだと窘めているのだろうか。
(僕はきっと……ここでの暮らしが好きになる)
「何か仰いましたか? ミシュー」
じっと僕を見るエドマンドに、酒の勢いを借りて。
大好きだよと囁いた。
97
あなたにおすすめの小説
宰相閣下の執愛は、平民の俺だけに向いている
飛鷹
BL
旧題:平民のはずの俺が、規格外の獣人に絡め取られて番になるまでの話
アホな貴族の両親から生まれた『俺』。色々あって、俺の身分は平民だけど、まぁそんな人生も悪くない。
無事に成長して、仕事に就くこともできたのに。
ここ最近、夢に魘されている。もう一ヶ月もの間、毎晩毎晩………。
朝起きたときには忘れてしまっている夢に疲弊している平民『レイ』と、彼を手に入れたくてウズウズしている獣人のお話。
連載の形にしていますが、攻め視点もUPするためなので、多分全2〜3話で完結予定です。
※6/20追記。
少しレイの過去と気持ちを追加したくて、『連載中』に戻しました。
今迄のお話で完結はしています。なので以降はレイの心情深堀の形となりますので、章を分けて表示します。
1話目はちょっと暗めですが………。
宜しかったらお付き合い下さいませ。
多分、10話前後で終わる予定。軽く読めるように、私としては1話ずつを短めにしております。
ストックが切れるまで、毎日更新予定です。
悪役神官の俺が騎士団長に囚われるまで
二三@冷酷公爵発売中
BL
国教会の主教であるイヴォンは、ここが前世のBLゲームの世界だと気づいた。ゲームの内容は、浄化の力を持つ主人公が騎士団と共に国を旅し、魔物討伐をしながら攻略対象者と愛を深めていくというもの。自分は悪役神官であり、主人公が誰とも結ばれないノーマルルートを辿る場合に限り、破滅の道を逃れられる。そのためイヴォンは旅に同行し、主人公の恋路の邪魔を画策をする。以前からイヴォンを嫌っている団長も攻略対象者であり、気が進まないものの団長とも関わっていくうちに…。
ギルド職員は高ランク冒険者の執愛に気づかない
Ayari(橋本彩里)
BL
王都東支部の冒険者ギルド職員として働いているノアは、本部ギルドの嫌がらせに腹を立て飲みすぎ、酔った勢いで見知らぬ男性と夜をともにしてしまう。
かなり戸惑ったが、一夜限りだし相手もそう望んでいるだろうと挨拶もせずその場を後にした。
後日、一夜の相手が有名な高ランク冒険者パーティの一人、美貌の魔剣士ブラムウェルだと知る。
群れることを嫌い他者を寄せ付けないと噂されるブラムウェルだがノアには態度が違って……
冷淡冒険者(ノア限定で世話焼き甘えた)とマイペースギルド職員、周囲の思惑や過去が交差する。
表紙は友人絵師kouma.作です♪
売れ残りオメガの従僕なる日々
灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才)
※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!
ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。
無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。
【完結】義妹(いもうと)を応援してたら、俺が騎士に溺愛されました
未希かずは(Miki)
BL
第13回BL大賞 奨励賞 受賞しました。
皆さまありがとうございます。
「ねえ、私だけを見て」
これは受けを愛しすぎて様子のおかしい攻めのフィンと、攻めが気になる受けエリゼオの恋のお話です。
エリゼオは母の再婚により、義妹(いもうと)ができた。彼には前世の記憶があり、その前世の後悔から、エリゼオは今度こそ義妹を守ると誓う。そこに現れた一人の騎士、フィン。彼は何と、義妹と両想いらしい。まだ付き合えていない義妹とフィンの恋を応援しようとするエリゼオ。けれどフィンの優しさに触れ、気付けば自分がフィンを好きになってしまった。
「この恋、早く諦めなくちゃ……」
本人の思いとはうらはらに、フィンはエリゼオを放っておかない。
この恋、どうなる!? じれキュン転生ファンタジー。ハピエンです。
現在番外編を連載中。
リナルド×ガルディア。王族と近衞騎士の恋。
――忠誠を誓った相手を、愛してはいけないと思っていた。切ない身分差、年の差の恋。恋の自覚は、相手が成人してからになります。
愛していた王に捨てられて愛人になった少年は騎士に娶られる
彩月野生
BL
湖に落ちた十六歳の少年文斗は異世界にやって来てしまった。
国王と愛し合うようになった筈なのに、王は突然妃を迎え、文斗は愛人として扱われるようになり、さらには騎士と結婚して子供を産めと強要されてしまう。
王を愛する気持ちを捨てられないまま、文斗は騎士との結婚生活を送るのだが、騎士への感情の変化に戸惑うようになる。
(誤字脱字報告は不要)
巣ごもりオメガは後宮にひそむ【続編完結】
晦リリ@9/10『死に戻りの神子~』発売
BL
後宮で幼馴染でもあるラナ姫の護衛をしているミシュアルは、つがいがいないのに、すでに契約がすんでいる体であるという判定を受けたオメガ。
発情期はあるものの、つがいが誰なのか、いつつがいの契約がなされたのかは本人もわからない。
そんななか、気になる匂いの落とし物を後宮で拾うようになる。
第9回BL小説大賞にて奨励賞受賞→書籍化しました。ありがとうございます。
【完結】冷酷騎士団長を助けたら口移しでしか薬を飲まなくなりました
ざっしゅ
BL
異世界に転移してから一年、透(トオル)は、ゲームの知識を活かし、薬師としてのんびり暮らしていた。ある日、突然現れた洞窟を覗いてみると、そこにいたのは冷酷と噂される騎士団長・グレイド。毒に侵された彼を透は助けたが、その毒は、キスをしたり体を重ねないと完全に解毒できないらしい。
タイトルに※印がついている話はR描写が含まれています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる