翼が生えた王子は辺境伯令息に執心される

尾高志咲/しさ

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翼が生えた王子、辺境伯領へ

22.エドマンドの願い

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「やれやれ、仕方がないな」

 エドマンドにしがみついたまま顔を上げると、アヴィが右手を上げて親指と人差し指を擦った。ぱちんと音がした途端、椅子がもう一つ現れた。目をぱちくりさせていると、エドマンドに向かってどうぞと声が掛かる。

「そこの君は呼ばれてもいないのに飛び込んできた無礼者だけど、許してあげるよ。魔女は寛大なんだ」

 からかうようなアヴィの言葉に、エドマンドが眉を吊り上げた。僕を腕に抱いたまま立ち上がると、もう一度指が鳴る音がした。今度はお茶が三つ、机の上に現れた。湯気が漂いほんのりと甘い香りがする。

「まずはお茶でもいかが?」

 僕とエドマンドは、二人並んで椅子に座った。向かい合わせの席にはアヴィが座り、優雅な手つきでカップを持ち上げる。

「魔女、と言ったな。貴方は男性だとお見受けするが、この森に住まう一族の一人か?」
「そうだよ、君のことはよく知ってる。もちろん君の父上や母上のこともね」
「では、もしかして貴方が」
「うん。以前、君の母上の姿を人に戻す魔法をかけたのは俺だよ」

 エドマンドの瞳がアヴィを強く睨んでも、アヴィが気にする様子はない。美しい魔女はいったい幾つなんだろう。エドマンドと大差なさそうに見えるけど、リリアナ様に魔法をかけたなら、昔からここに住んでいたはずだ。もしかして魔女って不老不死なんだろうか。じっと見つめている僕に気づいて、アヴィが笑った。

「神様じゃないんだから、俺たちもちゃんと年を取るよ。魔女は人に比べて長生きで、ゆっくり年をとるだけ。ほら、王子。飲まないと折角のお茶が冷める」

 すぐに心を読まれてしまうのは彼が魔女だからか、それとも僕が単純だからなのか。恐る恐る一口飲んだお茶は甘かった。

「美味しい」
「それはよかった」

 温かいお茶は元気をくれる。ふうふうと冷まして口に入れると、すっと体に染みていく。

「魔女殿、頼みがある」

 エドマンドは、背筋を伸ばしてはっきりと言った。

「殿下のお姿を元に戻してくれ。私の命を貴方が欲しいだけ渡す」

 がちゃん、と僕の手からカップが落ちて机の上に転がった。机の上に茶色の染みが広がるけれど、エドマンドの横顔から目を離すことができない。

「な、何言ってるの、エドマンド。そんなの、だめだよ!」

 いつもなら、すぐに優しい微笑みを向けてくれるエドマンドが、アヴィしか見ていなかった。

「エドマンド!」

 僕の声は誰にも届かない。アヴィもエドマンドも互いしか見ていない。アヴィの金色の瞳が燃えるように輝いた。

「君、自分の命の長さも知らないくせに、命の欠片を渡すなんて簡単に言っていいの?」
「殿下の翼は私のせいだ。私が望んでしまったから辛い思いをさせている」
「君のせいと言うよりは、君の祖先のせいだけどねえ」
「私は殿下をこれ以上悲しませたくない」
「……だそうだよ、王子」

 アヴィが僕に目を向けると、机の上にこぼれた紅茶が綺麗に消えた。でも、覆水は盆に返らない。僕の中に広がった想いも、もう心一つに留めてはおけない。

「僕は、エドマンドの命が短くなるなんて嫌だ」

 エドマンドは僕を見ようとしない。それでも、僕はエドマンドに向けた目を逸らさなかった。

「ねえ、エドマンド。元の姿に戻りたいと思ったのは、この翼が嫌だったからじゃないよ」

 エドマンドの体が、びくんと震えた。

「僕は……この翼を見て謝らないでほしかった。エドマンドが僕を見て辛そうな顔をするのが悲しかった。だから、リリアナ様のように、少しでも元の姿に戻れる日があったらと思ったんだ。そうしたら、エドマンドは」

 声が掠れないようにとお腹に力を込める。大事なことは、ちゃんと口に出さないといけない。思っているだけじゃ伝わらないから。

「……今よりも、もっと笑ってくれるよね」

 エドマンドが僕を見た。呆然として、どうしていいかわからないという顔だった。
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