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翼が生えた王子、辺境伯領へ
21.翼の怒り
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震えが収まらぬまま立ち上がり、アヴィの手に自分の手を重ねようとした瞬間、思いもかけぬことが起こった。
背中いっぱいに大きく広がった翼が、アヴィに向かって激しく叩きつけられたのだ。
「うわッ!」
「アヴィ!!」
咄嗟によけたアヴィに向かって翼がさらに打ちつけられる。まるで相手を攻撃するように動くのなんて初めてだ。僕が動転しているうちに、アヴィは翼をよけて部屋の隅まで後ずさった。
「アヴィ! 大丈夫!?」
叫ぶと同時に、僕の目の前は白い翼で覆われた。まるで後ろから抱きしめるように広がった翼が僕の体を包み込む。手で引っ張ってみても、翼は少しも動かない。僕はずるずると床に座り込んだ。
「……どうして」
『その翼は……私の心の現れです』
耳の奥に、エドマンドの優しい声がよみがえる。
(そうだ、この翼はエドマンドの心。その心を僕は失くそうとしたんだ。だから……怒ってる?)
エドマンドは何か感じ取ったのかもしれない。じわじわと悲しい気持ちが込み上げて、目の奥が熱くなる。翼にすっぽり包まれたまま動けずにいると、呆れたようなアヴィの声が聞こえた。
「王子、君の翼はずいぶん乱暴者だね。びっくりしたよ」
「ごめん。ちゃんと謝りたいけど、この翼は僕の自由にならないんだ」
「ああ、そうだろうね。こんなに激しい執心を向けられて、気の毒と言えばいいのか、いっそめでたいと言えばいいのか」
アヴィの言葉の意味がわからない。
「君が思っているよりもずっと、彼の想いは強いってことだよ! ……ほら」
アヴィがこちらに近づいた気配がすると同時に、僕を包んでいた翼がもう一度大きく広がった。
開けた視界の先にはアヴィがいた。背の翼が大きく震えるのを感じて、思わず叫んだ。
「だめ! もう傷つけちゃ、だめだ!!」
どんなに叫んでも、翼が自分の思い通りにならないことはわかっている。それでも叫ばずにはいられなかった。
「これ以上、アヴィに何もしないで!」
翼は広がったまま、動きを止めた。自分の言葉を聞いてくれたのだろうか。エドマンドの想いを宿す翼は、いつだって優しくて温かかった。誰かを攻撃するようなものじゃない。僕が元の姿になりたいなんて思ったから、おかしなことになったんだ。
胸が痛くて苦しかった。アヴィの姿がたちまちぼやけて、頬を伝う涙が幾つも膝に落ちていく。
「……君のそんな姿を見たら、すぐに飛び込んできそうだな」
アヴィは誰のことを言っているのだろう。顔を上げると、魔女はまっすぐに僕の後ろを見つめていた。突然、背後から幾つもの声が聞こえた。小さくなり大きくなって叫び合うその声は、よく知ったものだった。
「待ってください! 危ないんですよ、そこは!」
「泉の底に殿下がいらっしゃるなら私も行きます!」
「馬鹿を言うな! あっ! いけません、エドマンド様ッ! エドマンド様――っ!!」
(騎士の声……それに、ペテルとエドマンド?)
城にいるはずのエドマンドがどうしたのか。思わず振り向けば、壁にかかっていた水鏡が銀色に輝き、鏡面が波のように大きく揺れていた。目を凝らすと中に小さな影が見え、たちまち大きくなっていく。丸い鏡の縁がぐわんと大きく歪んで、銀色の水が飛び出してきた。
「!?」
「ミシュー!」
波が目の前ではじけて人の姿に変わる。宵闇色の瞳が僕を捉えたかと思うと、逞しい胸の中に抱きしめられた。
「な……んで? エドマンド……」
「貴方が泣いていらっしゃるのが見えました。ただなにもせずに待っているなんて、できるわけがない」
眉を寄せたエドマンドの指が、優しく僕の涙を拭ってくれる。いつのまにか広がっていた翼が畳まれていたことに気がついて、涙が更に溢れてしまった。僕はエドマンドの服を両手でぎゅっと握った。今すぐに謝りたかった。
「ご……めん。エドマンド、ごめん」
「どうして謝るのです、ミシュー?」
「翼の様子がおかしいんだ。僕が、あんなことを願ったから」
(エドマンドの想いを……翼を消すようなことを)
黙り込むエドマンドの顔を見るのが怖かった。怒られてもいい、嫌われたくない。泣きながら何度も繰り返すと、エドマンドは僕の耳元で囁いた。
……何があっても貴方を嫌ったりしません、と。
背中いっぱいに大きく広がった翼が、アヴィに向かって激しく叩きつけられたのだ。
「うわッ!」
「アヴィ!!」
咄嗟によけたアヴィに向かって翼がさらに打ちつけられる。まるで相手を攻撃するように動くのなんて初めてだ。僕が動転しているうちに、アヴィは翼をよけて部屋の隅まで後ずさった。
「アヴィ! 大丈夫!?」
叫ぶと同時に、僕の目の前は白い翼で覆われた。まるで後ろから抱きしめるように広がった翼が僕の体を包み込む。手で引っ張ってみても、翼は少しも動かない。僕はずるずると床に座り込んだ。
「……どうして」
『その翼は……私の心の現れです』
耳の奥に、エドマンドの優しい声がよみがえる。
(そうだ、この翼はエドマンドの心。その心を僕は失くそうとしたんだ。だから……怒ってる?)
エドマンドは何か感じ取ったのかもしれない。じわじわと悲しい気持ちが込み上げて、目の奥が熱くなる。翼にすっぽり包まれたまま動けずにいると、呆れたようなアヴィの声が聞こえた。
「王子、君の翼はずいぶん乱暴者だね。びっくりしたよ」
「ごめん。ちゃんと謝りたいけど、この翼は僕の自由にならないんだ」
「ああ、そうだろうね。こんなに激しい執心を向けられて、気の毒と言えばいいのか、いっそめでたいと言えばいいのか」
アヴィの言葉の意味がわからない。
「君が思っているよりもずっと、彼の想いは強いってことだよ! ……ほら」
アヴィがこちらに近づいた気配がすると同時に、僕を包んでいた翼がもう一度大きく広がった。
開けた視界の先にはアヴィがいた。背の翼が大きく震えるのを感じて、思わず叫んだ。
「だめ! もう傷つけちゃ、だめだ!!」
どんなに叫んでも、翼が自分の思い通りにならないことはわかっている。それでも叫ばずにはいられなかった。
「これ以上、アヴィに何もしないで!」
翼は広がったまま、動きを止めた。自分の言葉を聞いてくれたのだろうか。エドマンドの想いを宿す翼は、いつだって優しくて温かかった。誰かを攻撃するようなものじゃない。僕が元の姿になりたいなんて思ったから、おかしなことになったんだ。
胸が痛くて苦しかった。アヴィの姿がたちまちぼやけて、頬を伝う涙が幾つも膝に落ちていく。
「……君のそんな姿を見たら、すぐに飛び込んできそうだな」
アヴィは誰のことを言っているのだろう。顔を上げると、魔女はまっすぐに僕の後ろを見つめていた。突然、背後から幾つもの声が聞こえた。小さくなり大きくなって叫び合うその声は、よく知ったものだった。
「待ってください! 危ないんですよ、そこは!」
「泉の底に殿下がいらっしゃるなら私も行きます!」
「馬鹿を言うな! あっ! いけません、エドマンド様ッ! エドマンド様――っ!!」
(騎士の声……それに、ペテルとエドマンド?)
城にいるはずのエドマンドがどうしたのか。思わず振り向けば、壁にかかっていた水鏡が銀色に輝き、鏡面が波のように大きく揺れていた。目を凝らすと中に小さな影が見え、たちまち大きくなっていく。丸い鏡の縁がぐわんと大きく歪んで、銀色の水が飛び出してきた。
「!?」
「ミシュー!」
波が目の前ではじけて人の姿に変わる。宵闇色の瞳が僕を捉えたかと思うと、逞しい胸の中に抱きしめられた。
「な……んで? エドマンド……」
「貴方が泣いていらっしゃるのが見えました。ただなにもせずに待っているなんて、できるわけがない」
眉を寄せたエドマンドの指が、優しく僕の涙を拭ってくれる。いつのまにか広がっていた翼が畳まれていたことに気がついて、涙が更に溢れてしまった。僕はエドマンドの服を両手でぎゅっと握った。今すぐに謝りたかった。
「ご……めん。エドマンド、ごめん」
「どうして謝るのです、ミシュー?」
「翼の様子がおかしいんだ。僕が、あんなことを願ったから」
(エドマンドの想いを……翼を消すようなことを)
黙り込むエドマンドの顔を見るのが怖かった。怒られてもいい、嫌われたくない。泣きながら何度も繰り返すと、エドマンドは僕の耳元で囁いた。
……何があっても貴方を嫌ったりしません、と。
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