翼が生えた王子は辺境伯令息に執心される

尾高志咲/しさ

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翼が生えた王子、辺境伯領へ

20.魔女と王子

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 アヴィは遥か昔、辺境伯の祖先が恋した魔女の姉の末裔だと言う。一族が女系なこともあり、男が生まれても魔女と呼ばれるのだと教えてくれた。

「魔女は本来気儘きままで自由なものだけど、辺境伯が恋した魔女は真面目だった。人と魔女は交わってはならないと、きっぱり線を引いたんだ。何が起こるかわからないから」
「その魔女の呪いの話は、エドマンドから聞いたよ」

 アヴィは片眉を寄せ、にやりと意地の悪そうな笑みを浮かべた。

「まさに人にとってはだよね。君の翼なんかまだいい方だよ。過去には子豚に姿が変わって、危うく肉として食べられそうになった者までいるんだから」
「に、肉!?」
「ああ、大丈夫。ちゃんと助かったから」

 ほっと胸を撫でおろしながら人の好みは色々だと思う。狼に子豚、翼ある者まで。思わず右手で自分の翼をさわれば、滑らかでほんのりと温かかった。エドマンドが好んだ神の御使いの姿。宵闇色の瞳を思い浮かべていたら、アヴィの低い声に意識が戻された。

「さあ、君の話を聞こう。なぜ、わざわざ魔女に会いたいと思ったのかを」

 僕は両手を膝の上に乗せて、ぎゅっと握りしめた。

「ロフォール伯と夫人が魔女に会って呪いを緩和してもらったことを知りました。ずっと狼の姿なわけじゃなくて、人の姿に戻れる期間があると。僕も……同じように」

 ――翼の無い、元の姿に戻れたら。

 どうしてだろう。口から出るのは空気だけで、願いが声にならない。アヴィの金色の瞳が細められた。

「王子、魔女の前で自分の心に無いことを言うことはできない」
「そんなこと! ……あれ?」

 声が出たことに驚いていると、アヴィが小さく笑う。

「当代の辺境伯と奥方がやってきた時はね、大騒ぎだったんだ。辺境伯は動かない狼を抱えたまま森の前で叫んだ。自分の命をやる、だから代わりにリリアナを元に戻してくれってね。夫人は部屋に閉じこもり、なにも口にせずに衰弱していた」

 僕は思い出した。自分の全身が鳥に変わるかもしれないと思って、辺境伯の王都屋敷で泣きわめいたことを。エドマンドがずっと慰めてくれたから何とか心を保つことができた。
 翼が生えただけでも衝撃だったのだ。いきなり体が獣に変わってしまったなら、どれほど恐ろしいことだろう。

「うん、王子の考えている通りだよ。人にとっては姿が獣に変わるなんて許容できないだろう。でも、魔女の呪いは辺境伯の一族の血に深く混じってしまっている。夫人を元通りにすることはできない。だから別の手を使った」
「……別の手?」
「そう。ひと時だけでも人になる魔法をかけ直したんだ。辺境伯が自分から言った通り、命の欠片かけらをもらって」

 ――ああ、君たちの言葉ではあれを、寿命って言うんだっけ?

 美しい魔女は何でもないことのように付け加えた。僕は返す言葉が見つからなかった。

 子どもの頃、乳母が読んでくれた物語を思い出す。魔女は願い事をする者に尋ねるのだ。
 ……願いを叶える代わりにお前は何を差し出す? と。

(姿を元通りにするには寿命を差し出せばいいんだろうか。自分の命の長さなんかわからないけど……たぶん全部とられることはないだろう)

 アヴィは椅子から立ち上がり、僕の隣にやってきた。すらりと背の高い彼は黒の長衣がよく似合う。燃えるような赤髪に輝く金の瞳は、闇夜に燃え上がる炎を思わせた。

「魔女に願うには代償がいる。君も辺境伯のように命の欠片を差し出すの? 口にも出せない願いのために」

 胸の奥がズキンと痛んだ。アヴィの金色の瞳を見つめると、何でも知っているように見える。アヴィは微笑んで白い手を差し出した。泉に自分を引き入れた手だと思うと、ぞくりと体が震える。

(……この手を取ったら、もう後戻りはできない)
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