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翼が生えた王子、辺境伯領へ
19.魔女の水鏡
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「一際澄んだ泉は、魔女の水鏡と繋がると申します。無暗に近寄らない方がよろしいでしょう」
「魔女?」
思わず覗き込むと自分の顔が映る。次の瞬間、ゆらりと泉の表面が揺れた。揺れていた水が凪いだと思ったら、現れたのは赤髪に金の瞳の美しい顔だった。
目が合った途端、水の中の顔がにやりと笑う。思わず体を引くと、泉の中からぬっと白い手首が現れた。
「ひっ!」
白い手は僕の腕を掴んだかと思うと、すごい力で泉の中に引きずり込む。あっという間に僕の体は泉の中に入っていく。
「殿下!」
僕を呼んだのが騎士だったのか、ペテルだったのか。考えることもできぬまま、僕はきらきらと輝く泉の中に吸い込まれていった。
驚くほど冷たい水が体を包み、ごぼごぼと口の中に流れ込む。地上の音が遮断され、息ができぬ苦しさと共に目の前が暗くなっていく。ここで死ぬのかと恐怖に襲われた時、場違いなほどのんびりした声が聞こえた。
「おっと、危ない。目を開けて」
(!? だれ?)
ぱちりと目を開けると、穏やかな光が見える。それは柔らかな光を投げるランプだった。
「え? あれ?」
泉に引きずり込まれたはずなのに、どこにも水はない。ランプが置かれているのは何の飾りもない木の机だ。腕を掴んでいた白い手は消えて、僕は硬い木の椅子に腰かけていた。わけが分からず胸に手を当てると、はっとした。
「体が濡れていない……。どうして?」
「あれはただの泉じゃない。俺たちの水鏡に通じていると言われたはず」
低く響くのは男の声だ。驚いて前を見れば、ランプの向こうに人影があった。いつからそこにいたのだろう。炎のように赤い髪に金色に輝く切れ長の瞳。泉の表面に浮かんだのと同じ美しい顔が、そこにあった。
「あ、あの時の!」
「ようこそ。翼の生えた王子様」
からかうように言われて、自分がベールを被っていないことに気が付いた。泉に入った時に失くしたのか、辺りを見回してもベールはない。
「気にしなくていいよ。君が辺境伯の次代の唯一なのは知っている。まさか一人でやってくるとは思わなかったけど」
「……一人でやってくるって」
「おや、わざわざ会いに来たんじゃなかった? 銀狼まで引き連れてきたから、ここに呼んだのに」
「銀狼?」
「そう。泉の前にいる」
長い指がぴたりと僕の後ろを指差す。振り返ると、壁には銀色に輝く大きな鏡があった。僕の顔が映った鏡はゆらりと揺れて、こちらを覗き込む騎士たちに変わる。泣き叫ぶペテルと真っ青になった騎士たち。そして、彼らの前を阻む白銀の狼が一匹。ゆらゆらと揺れる水に隔てられているのに、それぞれの姿が驚くほどはっきり見えていた。
「あの狼はリリアナ様?」
「違うよ。辺境伯の奥方は銀狼の姿を写しただけ。元々、彼女は狼じゃないだろう? あれは森を守る一族で大切な友。君と話をする間、騎士たちを留めておいてくれる」
呆然としている間に狼や騎士たちの姿が消え、元の鏡に変わる。僕が前を向くと、金色の瞳が細められた。
「さあ、王子。早速だけど話を聞こうか。あまり時間をかけるわけにはいかない。銀狼が怒り出すからね」
「あの、貴方は……もしかして」
(この森に棲む魔女なんだろうか。低い声も背の高い所も男性に見えるんだけど)
「そうだよ。俺は魔女の一族の一人。アヴィって呼んで」
にっこり笑う姿は性別を越え、息を呑んでしまうほど美しかった。
「魔女?」
思わず覗き込むと自分の顔が映る。次の瞬間、ゆらりと泉の表面が揺れた。揺れていた水が凪いだと思ったら、現れたのは赤髪に金の瞳の美しい顔だった。
目が合った途端、水の中の顔がにやりと笑う。思わず体を引くと、泉の中からぬっと白い手首が現れた。
「ひっ!」
白い手は僕の腕を掴んだかと思うと、すごい力で泉の中に引きずり込む。あっという間に僕の体は泉の中に入っていく。
「殿下!」
僕を呼んだのが騎士だったのか、ペテルだったのか。考えることもできぬまま、僕はきらきらと輝く泉の中に吸い込まれていった。
驚くほど冷たい水が体を包み、ごぼごぼと口の中に流れ込む。地上の音が遮断され、息ができぬ苦しさと共に目の前が暗くなっていく。ここで死ぬのかと恐怖に襲われた時、場違いなほどのんびりした声が聞こえた。
「おっと、危ない。目を開けて」
(!? だれ?)
ぱちりと目を開けると、穏やかな光が見える。それは柔らかな光を投げるランプだった。
「え? あれ?」
泉に引きずり込まれたはずなのに、どこにも水はない。ランプが置かれているのは何の飾りもない木の机だ。腕を掴んでいた白い手は消えて、僕は硬い木の椅子に腰かけていた。わけが分からず胸に手を当てると、はっとした。
「体が濡れていない……。どうして?」
「あれはただの泉じゃない。俺たちの水鏡に通じていると言われたはず」
低く響くのは男の声だ。驚いて前を見れば、ランプの向こうに人影があった。いつからそこにいたのだろう。炎のように赤い髪に金色に輝く切れ長の瞳。泉の表面に浮かんだのと同じ美しい顔が、そこにあった。
「あ、あの時の!」
「ようこそ。翼の生えた王子様」
からかうように言われて、自分がベールを被っていないことに気が付いた。泉に入った時に失くしたのか、辺りを見回してもベールはない。
「気にしなくていいよ。君が辺境伯の次代の唯一なのは知っている。まさか一人でやってくるとは思わなかったけど」
「……一人でやってくるって」
「おや、わざわざ会いに来たんじゃなかった? 銀狼まで引き連れてきたから、ここに呼んだのに」
「銀狼?」
「そう。泉の前にいる」
長い指がぴたりと僕の後ろを指差す。振り返ると、壁には銀色に輝く大きな鏡があった。僕の顔が映った鏡はゆらりと揺れて、こちらを覗き込む騎士たちに変わる。泣き叫ぶペテルと真っ青になった騎士たち。そして、彼らの前を阻む白銀の狼が一匹。ゆらゆらと揺れる水に隔てられているのに、それぞれの姿が驚くほどはっきり見えていた。
「あの狼はリリアナ様?」
「違うよ。辺境伯の奥方は銀狼の姿を写しただけ。元々、彼女は狼じゃないだろう? あれは森を守る一族で大切な友。君と話をする間、騎士たちを留めておいてくれる」
呆然としている間に狼や騎士たちの姿が消え、元の鏡に変わる。僕が前を向くと、金色の瞳が細められた。
「さあ、王子。早速だけど話を聞こうか。あまり時間をかけるわけにはいかない。銀狼が怒り出すからね」
「あの、貴方は……もしかして」
(この森に棲む魔女なんだろうか。低い声も背の高い所も男性に見えるんだけど)
「そうだよ。俺は魔女の一族の一人。アヴィって呼んで」
にっこり笑う姿は性別を越え、息を呑んでしまうほど美しかった。
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