翼が生えた王子は辺境伯令息に執心される

尾高志咲/しさ

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翼が生えた王子、辺境伯領へ

35.翼の在り処

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(……魔女の水鏡だ)

 僕たちは鏡から飛び出して、アヴィの前に立った。魔女はランプを置いた机の向こうに座り、両肘をついて微笑んでいる。まるで、前に会った時から少しも時が経っていないかのようだった。

「二人が来るのを待ってたよ」
「……アヴィ。夢と同じことを言ってる」

 僕を見て魔女の眉が下がる。やれやれと言いながら、向けられた瞳は優しかった。

「夢じゃないよ、王子。昨日、君は魂だけでここに来た」
「え?」
「魔女に会いたいと願っただろう? 君の想いが体に掛けられた魔法を辿って、ここまで来たんだ。魂だけなら移動が簡単だから」
「僕が自分で?」
「そう。魔法の期限には少し早いし、余程伝えたいことがあるのかと思った」

 アヴィと話しているうちに自分の勘違いがわかった。翼が戻るには半日あまり早かったのだ。

「王子は、自分がどんな姿でここに来たのか覚えてる?」

(どんな姿って。あの時は確かふわふわと漂っていて……)

「あっ!」

 叫んだ僕を見てアヴィが頷く。

「翼が……」
「そう、王子の背には翼があった。想いが形をとったものがね。だからもう、自分にとって一番大切なことがんだと思った」

(――一番大切なもの。ああ、そうだ)

「アヴィ、もう僕に魔法はかけなくていい。……翼のある姿のままがいいんだ」

 僕は、自分のすぐ隣に立つエドマンドを見た。エドマンドの瞳が大きく見開かれている。

「エドマンド、わかったんだよ。翼がなくなったら、すごく寂しいんだ」
「寂しい?」
「うん。まるで心にぽっかり穴が空いたみたいなんだ。でも、翼があるとね、すごくあったかくて幸せな気持ちになる。僕の翼はエドマンドの心だよね。だから、この先もずっと一緒にいたい」

 いいかな?と聞けば、エドマンドはぐっと眉を寄せてうつむいた。

「……私は、貴方が思うよりもずっと心の狭い男です」
「本当にね」
「アヴィ!」

 僕が声を上げると、横槍を入れたアヴィは肩をすくめて黙った。エドマンドがゆっくりと言葉を絞り出す。

「貴方の言葉に……一喜一憂してしまう」
「うん」
「貴方をすぐに抱きしめて囲い込みたくなる」
「う、うん」
「貴方に触れようとする者は全て叩きのめしたい」
「……うん」
「翼は、そんな私の心をそのまま反映してしまう。ミシューは、それでも構いませんか?」

 思い出すだけでも翼は驚くような動きをしている。いっそエドマンド本人よりも自由というか、感情豊かというか。

「いいよ。だって、どれもエドマンドだもの。頑張って鍛錬してくれてるのも知ってるし」

 エドマンドは黙って僕を抱きしめた。僕の肩に顔を埋めて、背に回した手にぎゅうぎゅう力を込めてくる。

「はい、もうその辺で! じゃあ、王子にかけた魔法を解くよ。エドマンド、王子の背から手を離して」

 アヴィの言葉にエドマンドの手が離れ、部屋の中がぱっと銀色の光で満ちた。きらめく光がふわりと自分の体を包んだかと思うと、僕の背には再び、真っ白な翼が戻ってきた。

「――翼だ……」

 僕もエドマンドも胸が詰まって言葉にならない。アヴィに御礼を言うのが精一杯だった。

 アヴィはにっこり笑って、また何かあったらおいでと言った。庭園の泉は遥か昔から魔女の水鏡と繋がっている。ただ、水鏡に繋がる泉が幾つもある時にはうまくアヴィの元に行けないこともあると言う。アヴィは僕とエドマンドが名を呼べば、必ず応えると約束してくれた。

「それじゃあ、辺境伯の城に送ろう。ああ、銀狼によろしく」
「銀狼? 前にここで見た狼?」
「あいつは君たちのすぐ近くにいるよ。辺境伯家を気に入ってるから」

 僕とエドマンドは顔を見合わせた。アヴィはそれ以上何も語らない。僕たちは魔女の水鏡を通って庭園の泉の前に戻った。
 泉の前には若い護衛騎士がひざまずいて待っていた。魔女の元に行っていたことを告げると、ほっと息をつく。

(そういえば、この騎士は銀髪に青い瞳だ)

 ふと、銀狼と同じだと思った。

(銀狼が人に変じて護衛をしているなんてことがあるだろうか。いや、まさか……)

 隣に立つエドマンドを見ると、眉間に皺を寄せている。どうやら同じことを考えていたようだ。

「殿下、翼が」

 若い騎士がぽつりと呟く。澄んだ瞳が僕をじっと見つめている。

「うん、美しいだろう? とても大切な翼なんだ」

 普段表情を変えない騎士が微笑んだ。僕の心にも幸せな気持ちが広がる。エドマンドがそっと僕の腰に手を添えた。
 『魔女の呪い』は愛する者の体を作り変える。愛情も執着も全てが唯一人に流れ込んで、分かち難く互いを結びつける。それをどう思うのかは、人によって違うのだろう。

「ねえ、エドマンド。呪いと祝福は、きっと紙一重なんだ。僕は今、すごく幸せだよ」
「……私も同じ気持ちです」

 背の翼がふわりと広がって、優しくはためいた。エドマンドの瞳が潤んでいる。僕を想う気持ちが伝わってきて、全身がじんわりと温かくなる。
 もう翼を隠すベールはいらない。この姿に驚かれることがあっても、なにも恐れず堂々としていればいい。

「誰かに翼のことを聞かれたら、とびきり愛されていると翼が生えるんだって言うよ」

 エドマンドは黙って頷いた。何度も頷いて手の甲で目を擦るから、僕はその手をそっと止めた。眉を下げて、目も鼻も赤くなった顔が愛おしい。

 二人一緒に歩き始めた先には、どこまでも青い北の空が広がっていた。


          【 完 】



 ~・~・~・~・~・~・~

 エドマンドとミシューの物語をお読みいただきありがとうございます!
 番外編(全4話)に続きます。
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