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翼が生えた王子、辺境伯領へ
34.魔女の元へ
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寝台で微睡んでいる間に夢を見た。
僕はいつの間にか、ふわふわと漂ってアヴィの部屋にいた。燃えるような赤い髪の魔女が机の向こうに座っている。すとんと向かい側の席に座ると、アヴィがはっとしたように顔を上げた。
「王子? 何でそんな姿でここにいる?」
何でと言われても、これは夢だろうと首を傾げた。だって、僕がいるのは辺境伯の城だ。アヴィのいる森は遠い。
アヴィは柳眉を寄せて、じっと僕を見つめた。金色の瞳は心の奥まで見通すようでどきどきする。
「……ああ、そうか。君はもうわかったんだね」
アヴィは見惚れるほど綺麗な笑みを浮かべた。
「エドマンドと一緒においで。待っているから」
アヴィ?と叫んだはずが声が出なかった。ぱちっと目を開けると、自分の寝台の上だった。陽はもう傾いていて夕暮れの光が部屋を満たしている。ちょうど部屋に入ってきたペテルが、体の具合はどうかと聞いた。
「もう大丈夫だよ、ペテル。さっき、アヴィの部屋にいて……」
「アヴィ? それは森の魔女殿ですか? じゃあ、翼が」
ペテルに聞かれた途端に、はっとした。
そうだ、今日はアヴィの言った約束の日のはずだった。翼のある姿に戻る期限の三日目。
『――いいかい、三日だけだよ』
慌てて背に手を回しても、翼はない。念のためペテルにも見てもらったが、つるりとした人の肌のままだった。
(……どうして?)
夢の中でアヴィが言った言葉を思い出しても、なぜ翼が戻っていないのかわからない。
その晩、僕の部屋を訪れたエドマンドに昼間の夢の話をした。エドマンドは頷いて、明日一緒にアヴィの元に行こうと言ってくれた。
「ミシュー、森に行く前に我が城の庭園に行きましょう。美しい泉があります。そこから魔女殿の元に行けるかもしれません」
「泉?」
「はい。私が以前、森に行くことができたのは泉に映ったミシューの姿を見たからです」
隣国の使者たちがやってきた日。互いの顔合わせを兼ねた昼食会が終わり、庭園を案内した後のことだと言う。
「泉が不思議な光を放っていて、どうにも気になったのです。近づいてみればペテルや騎士たちの姿が水面に映る。そうかと思えば、貴方が泣いているのが見えました。思わず手を伸ばしたら、そのまま水に呑まれて森にいました」
「だから、エドマンドは森に来られたんだ……」
いなくなったエドマンドを探して、城内は大騒ぎだったらしい。全然知らなかった。
「ごめんね、エドマンド。僕のせいで」
「いいえ、勝手をしたのは私です。それに、我が家には以前から色々ありますので、家臣たちにも多少は心構えがあります」
「……それって、いいことなの?」
「臨機応変な対応ができるようになるかと思います」
微笑むエドマンドにつられて、僕も思わず笑ってしまった。
翌朝になると体はすっかり楽になっていた。
朝食が終わった後すぐに、エドマンドと一緒に庭園に向かう。僕の体が心配なのか、大丈夫だと言ってもぴたりと体を寄せてくる。
「エド……ちょっと、歩きづらい」
「では、私がミシューを抱えて歩きましょうか?」
「そ、そうじゃなくて。もう少し離れてくれればと思ったんだ」
「離れると良からぬ虫が飛んできますから」
「虫?」
「ええ、どこから湧くのかわかりませんので。お側にいれば虫よけになるでしょう?」
失礼だとは思うが、脳裏にちらりと隣国の第二王子が浮かんだ。彼は帰国の際に「再会を願う」と長文の手紙を寄こしたのだ。さっと見た後に暖炉に放ったが、あのめげない性格は交渉事には強そうだと思う。
辺境伯の城の庭園には、王城では目にしたことのない花々がたくさん植えられていた。エドマンドに北方の花を一つ一つ教えてもらうのは楽しい。小道を進むと、前方に燃えるような赤い花の群生が見えた。
「エドマンド! あの花、まるでアヴィの髪の色みたい」
「ああ、本当に。ちょうど花の奥に泉があります」
案内された先には五弁の鮮やかな花が今を盛りと咲いていた。そして、すぐ近くに滾々と湧く美しい泉があった。泉の水は広々とした池に流れ込むよう整備され、陽を受けてきらきらと輝いている。
「……一際澄んだ泉は、魔女の水鏡と繋がっている」
「ミシュー?」
「森に行った時に、彼が教えてくれたんだ」
僕が振り返った先には、護衛についている若い騎士がいた。彼は、僕が魔女の棲む森に行った時、馬車の御者を務めてくれた騎士だ。城ではエドマンドの側に控えている。
「彼の一族は、昔からロフォール家に仕えてくれています。魔女の話も代々伝わっているのでしょう」
僕は頷いて、エドマンドと一緒に泉を覗き込んだ。
びゅうと風が吹いて、飛んできた赤い花びらが幾つも泉の中に浮かぶ。それがゆらりと赤い髪に変わったと思うと、アヴィが水の中で笑っている。
「アヴィ!」
泉の水が一斉に輝き、たちまち僕とエドマンドの体を包みこんだ。エドマンドが僕の手を掴み、二人できらめく水の中を流されていく。繋いでくれた手の温かさがあれば何も怖くない。光の輪が前方に見え、見る間に鏡の形になった。
僕はいつの間にか、ふわふわと漂ってアヴィの部屋にいた。燃えるような赤い髪の魔女が机の向こうに座っている。すとんと向かい側の席に座ると、アヴィがはっとしたように顔を上げた。
「王子? 何でそんな姿でここにいる?」
何でと言われても、これは夢だろうと首を傾げた。だって、僕がいるのは辺境伯の城だ。アヴィのいる森は遠い。
アヴィは柳眉を寄せて、じっと僕を見つめた。金色の瞳は心の奥まで見通すようでどきどきする。
「……ああ、そうか。君はもうわかったんだね」
アヴィは見惚れるほど綺麗な笑みを浮かべた。
「エドマンドと一緒においで。待っているから」
アヴィ?と叫んだはずが声が出なかった。ぱちっと目を開けると、自分の寝台の上だった。陽はもう傾いていて夕暮れの光が部屋を満たしている。ちょうど部屋に入ってきたペテルが、体の具合はどうかと聞いた。
「もう大丈夫だよ、ペテル。さっき、アヴィの部屋にいて……」
「アヴィ? それは森の魔女殿ですか? じゃあ、翼が」
ペテルに聞かれた途端に、はっとした。
そうだ、今日はアヴィの言った約束の日のはずだった。翼のある姿に戻る期限の三日目。
『――いいかい、三日だけだよ』
慌てて背に手を回しても、翼はない。念のためペテルにも見てもらったが、つるりとした人の肌のままだった。
(……どうして?)
夢の中でアヴィが言った言葉を思い出しても、なぜ翼が戻っていないのかわからない。
その晩、僕の部屋を訪れたエドマンドに昼間の夢の話をした。エドマンドは頷いて、明日一緒にアヴィの元に行こうと言ってくれた。
「ミシュー、森に行く前に我が城の庭園に行きましょう。美しい泉があります。そこから魔女殿の元に行けるかもしれません」
「泉?」
「はい。私が以前、森に行くことができたのは泉に映ったミシューの姿を見たからです」
隣国の使者たちがやってきた日。互いの顔合わせを兼ねた昼食会が終わり、庭園を案内した後のことだと言う。
「泉が不思議な光を放っていて、どうにも気になったのです。近づいてみればペテルや騎士たちの姿が水面に映る。そうかと思えば、貴方が泣いているのが見えました。思わず手を伸ばしたら、そのまま水に呑まれて森にいました」
「だから、エドマンドは森に来られたんだ……」
いなくなったエドマンドを探して、城内は大騒ぎだったらしい。全然知らなかった。
「ごめんね、エドマンド。僕のせいで」
「いいえ、勝手をしたのは私です。それに、我が家には以前から色々ありますので、家臣たちにも多少は心構えがあります」
「……それって、いいことなの?」
「臨機応変な対応ができるようになるかと思います」
微笑むエドマンドにつられて、僕も思わず笑ってしまった。
翌朝になると体はすっかり楽になっていた。
朝食が終わった後すぐに、エドマンドと一緒に庭園に向かう。僕の体が心配なのか、大丈夫だと言ってもぴたりと体を寄せてくる。
「エド……ちょっと、歩きづらい」
「では、私がミシューを抱えて歩きましょうか?」
「そ、そうじゃなくて。もう少し離れてくれればと思ったんだ」
「離れると良からぬ虫が飛んできますから」
「虫?」
「ええ、どこから湧くのかわかりませんので。お側にいれば虫よけになるでしょう?」
失礼だとは思うが、脳裏にちらりと隣国の第二王子が浮かんだ。彼は帰国の際に「再会を願う」と長文の手紙を寄こしたのだ。さっと見た後に暖炉に放ったが、あのめげない性格は交渉事には強そうだと思う。
辺境伯の城の庭園には、王城では目にしたことのない花々がたくさん植えられていた。エドマンドに北方の花を一つ一つ教えてもらうのは楽しい。小道を進むと、前方に燃えるような赤い花の群生が見えた。
「エドマンド! あの花、まるでアヴィの髪の色みたい」
「ああ、本当に。ちょうど花の奥に泉があります」
案内された先には五弁の鮮やかな花が今を盛りと咲いていた。そして、すぐ近くに滾々と湧く美しい泉があった。泉の水は広々とした池に流れ込むよう整備され、陽を受けてきらきらと輝いている。
「……一際澄んだ泉は、魔女の水鏡と繋がっている」
「ミシュー?」
「森に行った時に、彼が教えてくれたんだ」
僕が振り返った先には、護衛についている若い騎士がいた。彼は、僕が魔女の棲む森に行った時、馬車の御者を務めてくれた騎士だ。城ではエドマンドの側に控えている。
「彼の一族は、昔からロフォール家に仕えてくれています。魔女の話も代々伝わっているのでしょう」
僕は頷いて、エドマンドと一緒に泉を覗き込んだ。
びゅうと風が吹いて、飛んできた赤い花びらが幾つも泉の中に浮かぶ。それがゆらりと赤い髪に変わったと思うと、アヴィが水の中で笑っている。
「アヴィ!」
泉の水が一斉に輝き、たちまち僕とエドマンドの体を包みこんだ。エドマンドが僕の手を掴み、二人できらめく水の中を流されていく。繋いでくれた手の温かさがあれば何も怖くない。光の輪が前方に見え、見る間に鏡の形になった。
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