55 / 71
[番外編] 最後の仕事(8)
しおりを挟む
二人は村長の後に続いて集会所を後にした。連れて行かれたのは集落の外れにある掘っ立て小屋だった。
「元々は倉庫です。なるべく他の住民から遠い場所に隔離するためにここを使っています」
村長が説明しながら、その小屋の戸を開けた。開けた途端、苦しげなうめき声が聞こえてくる。
床に敷かれたござの上に患者達が寝かされていた。フォスターの言っていた通り、五十人程度いた。既にひしめき合っている。これ以上増えたら小屋からはみ出してしまうだろう。
どの患者も、全身の皮膚に赤い水ぶくれが浮き出ていた。足も腕も、胸も腹も、顔面も。苦痛に顔をゆがめ、もがき苦しんでいる。
「ひどい……」
グレアムが眉をひそめてつぶやいた。
村長が重々しくうなずいた。
「皆、高熱を出しとります。四日前、狩りに出た若い者が魔獣に噛まれて戻ってきて、これを発症した。それが最初の発症です。熱を出して痛みを訴えたかと思えば、全身に赤い水疱ができて……。三日三晩苦しんで死んだ」
サギトは一人の患者のそばにしゃがんだ。その肌に浮き出ている赤い水疱をじっと見る。
「薔薇……」
細かな赤い水疱が集まって、薔薇のような形を成していた。水疱の集合体の薔薇。
どの患者も全身の皮膚に、たくさんの薔薇を咲かせている。
だがよく見ると、薔薇の状態は患者によって違う。水疱が平らな者、分厚く膨らんでいる者。
そして、水疱が破れて爛れている者。
「うっ……、ぐっ……ああああーーーっ!」
ひときわ大きな呻き声があがった。近寄って見れば、その体中の水ぶくれがどれも爛れて、ぐちゅぐちゅと赤く、てかっている。
「しっかりして下さい!」
グレアムがその手を取って握り、魔術をかけた。淡い緑色の光が患者の体全身を包みこんだ。
患者の表情が和らいでいく。
精神に作用して苦痛を取り除く術。治癒魔術ではなく、与えるのはまやかしの安らぎ、麻薬効果だ。
苦悶の表情を浮かべていた男は、口元にうっすらと笑みを浮かべ、寝息を立てて眠っていった。
「す、すまんサギト、勝手に。つい術をかけてしまった」
「いや、いい。その患者にできることは緩和魔術しかない。もうその患者は……助からない」
村長が、はっとしてサギトを見つめ、苦しげにうつむいた。
「やはりそうか」
サギトは尋ねる。
「水泡が破れて爛れた患者は死んでいく、そうですね」
村長はうなずいた。
「ああ、そうだ。最初は小さな水疱が、だんだん膨れて大きくなって、破れる。破れたら今のように叫び声をあげながら、死んでいく。あんまりにも痛ましくて、とても見ていられない」
「何か分かったのかサギト!」
グレアムの言葉にうなずいて、サギトは両腕を前に伸ばし、全体に術をかけた。どの患者の体も緑色に発光し、表情が穏やかになり、呻き声が寝息に変わっていく。
「……とりあえず、全員に緩和魔術を施しました。どこか部屋を貸していただけますか。それから鍋をあるだけ。特効薬の調合に取り掛かります」
ずっと沈鬱だった村長の目に、希望の光が宿る。
「ありがとうございます、どうか頼みます!ええ部屋はお貸ししますとも!」
「元々は倉庫です。なるべく他の住民から遠い場所に隔離するためにここを使っています」
村長が説明しながら、その小屋の戸を開けた。開けた途端、苦しげなうめき声が聞こえてくる。
床に敷かれたござの上に患者達が寝かされていた。フォスターの言っていた通り、五十人程度いた。既にひしめき合っている。これ以上増えたら小屋からはみ出してしまうだろう。
どの患者も、全身の皮膚に赤い水ぶくれが浮き出ていた。足も腕も、胸も腹も、顔面も。苦痛に顔をゆがめ、もがき苦しんでいる。
「ひどい……」
グレアムが眉をひそめてつぶやいた。
村長が重々しくうなずいた。
「皆、高熱を出しとります。四日前、狩りに出た若い者が魔獣に噛まれて戻ってきて、これを発症した。それが最初の発症です。熱を出して痛みを訴えたかと思えば、全身に赤い水疱ができて……。三日三晩苦しんで死んだ」
サギトは一人の患者のそばにしゃがんだ。その肌に浮き出ている赤い水疱をじっと見る。
「薔薇……」
細かな赤い水疱が集まって、薔薇のような形を成していた。水疱の集合体の薔薇。
どの患者も全身の皮膚に、たくさんの薔薇を咲かせている。
だがよく見ると、薔薇の状態は患者によって違う。水疱が平らな者、分厚く膨らんでいる者。
そして、水疱が破れて爛れている者。
「うっ……、ぐっ……ああああーーーっ!」
ひときわ大きな呻き声があがった。近寄って見れば、その体中の水ぶくれがどれも爛れて、ぐちゅぐちゅと赤く、てかっている。
「しっかりして下さい!」
グレアムがその手を取って握り、魔術をかけた。淡い緑色の光が患者の体全身を包みこんだ。
患者の表情が和らいでいく。
精神に作用して苦痛を取り除く術。治癒魔術ではなく、与えるのはまやかしの安らぎ、麻薬効果だ。
苦悶の表情を浮かべていた男は、口元にうっすらと笑みを浮かべ、寝息を立てて眠っていった。
「す、すまんサギト、勝手に。つい術をかけてしまった」
「いや、いい。その患者にできることは緩和魔術しかない。もうその患者は……助からない」
村長が、はっとしてサギトを見つめ、苦しげにうつむいた。
「やはりそうか」
サギトは尋ねる。
「水泡が破れて爛れた患者は死んでいく、そうですね」
村長はうなずいた。
「ああ、そうだ。最初は小さな水疱が、だんだん膨れて大きくなって、破れる。破れたら今のように叫び声をあげながら、死んでいく。あんまりにも痛ましくて、とても見ていられない」
「何か分かったのかサギト!」
グレアムの言葉にうなずいて、サギトは両腕を前に伸ばし、全体に術をかけた。どの患者の体も緑色に発光し、表情が穏やかになり、呻き声が寝息に変わっていく。
「……とりあえず、全員に緩和魔術を施しました。どこか部屋を貸していただけますか。それから鍋をあるだけ。特効薬の調合に取り掛かります」
ずっと沈鬱だった村長の目に、希望の光が宿る。
「ありがとうございます、どうか頼みます!ええ部屋はお貸ししますとも!」
26
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。
キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ!
あらすじ
「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」
貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。
冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。
彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。
「旦那様は俺に無関心」
そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。
バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!?
「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」
怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。
えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの?
実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった!
「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」
「過保護すぎて冒険になりません!!」
Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。
すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。
姉の婚約者の心を読んだら俺への愛で溢れてました
天埜鳩愛
BL
魔法学校の卒業を控えたユーディアは、親友で姉の婚約者であるエドゥアルドとの関係がある日を境に疎遠になったことに悩んでいた。
そんな折、我儘な姉から、魔法を使ってそっけないエドゥアルドの心を読み、卒業の舞踏会に自分を誘うように仕向けろと命令される。
はじめは気が進まなかったユーディアだが、エドゥアルドの心を読めばなぜ距離をとられたのか理由がわかると思いなおして……。
優秀だけど不器用な、両片思いの二人と魔法が織りなすモダキュン物語。
「許されざる恋BLアンソロジー 」収録作品。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
全8話
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c
【完結】最初で最後の恋をしましょう
関鷹親
BL
家族に搾取され続けたフェリチアーノはある日、搾取される事に疲れはて、ついに家族を捨てる決意をする。
そんな中訪れた夜会で、第四王子であるテオドールに出会い意気投合。
恋愛を知らない二人は、利害の一致から期間限定で恋人同士のふりをすることに。
交流をしていく中で、二人は本当の恋に落ちていく。
《ワンコ系王子×幸薄美人》
冤罪で追放された王子は最果ての地で美貌の公爵に愛し尽くされる 凍てついた薔薇は恋に溶かされる
尾高志咲/しさ
BL
旧題:凍てついた薔薇は恋に溶かされる
🌟2025年11月アンダルシュノベルズより刊行🌟
ロサーナ王国の病弱な第二王子アルベルトは、突然、無実の罪状を突きつけられて北の果ての離宮に追放された。王子を裏切ったのは幼い頃から大切に想う宮中伯筆頭ヴァンテル公爵だった。兄の王太子が亡くなり、世継ぎの身となってからは日々努力を重ねてきたのに。信頼していたものを全て失くし向かった先で待っていたのは……。
――どうしてそんなに優しく名を呼ぶのだろう。
お前に裏切られ廃嫡されて最北の離宮に閉じ込められた。
目に映るものは雪と氷と絶望だけ。もう二度と、誰も信じないと誓ったのに。
ただ一人、お前だけが私の心を凍らせ溶かしていく。
執着攻め×不憫受け
美形公爵×病弱王子
不憫展開からの溺愛ハピエン物語。
◎書籍掲載は、本編と本編後の四季の番外編:春『春の来訪者』です。
四季の番外編:夏以降及び小話は本サイトでお読みいただけます。
なお、※表示のある回はR18描写を含みます。
🌟第10回BL小説大賞にて奨励賞を頂戴しました。応援ありがとうございました。
🌟本作は旧Twitterの「フォロワーをイメージして同人誌のタイトルつける」タグで貴宮あすかさんがくださったタイトル『凍てついた薔薇は恋に溶かされる』から思いついて書いた物語です。ありがとうございました。
【完結】弟を幸せにする唯一のルートを探すため、兄は何度も『やり直す』
バナナ男さん
BL
優秀な騎士の家系である伯爵家の【クレパス家】に生まれた<グレイ>は、容姿、実力、共に恵まれず、常に平均以上が取れない事から両親に冷たく扱われて育った。 そんなある日、父が気まぐれに手を出した娼婦が生んだ子供、腹違いの弟<ルーカス>が家にやってくる。 その生まれから弟は自分以上に両親にも使用人達にも冷たく扱われ、グレイは初めて『褒められる』という行為を知る。 それに恐怖を感じつつ、グレイはルーカスに接触を試みるも「金に困った事がないお坊ちゃんが!」と手酷く拒絶されてしまい……。 最初ツンツン、のちヤンデレ執着に変化する美形の弟✕平凡な兄です。兄弟、ヤンデレなので、地雷の方はご注意下さいm(__)m
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる