恋愛物語り。

闇猫古蝶

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最後に君に。

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学ランに袖を通した途端、何だか急に寂しくなった。

「…最後か」

今日で、この制服ともお別れ。

「行ってきます」

リビングにいる父さんと母さんに声をかけ、ゆっくりと玄関のドアを開けた。

一歩踏み出すと、まだ冷たい風が、頬を掠めていく。

ぶるっと身震いして、自転車に跨る。

「あ、おはよー」

「おはよう」

ペダルに足をぐいとかけそうになった時、声をかけてきたのは幼馴染の君。

高校に入ってからは疎遠になっていた。

好きだったから、からかわれるのが、怖かった。

今でも大好きなのに、一度も君には想いを伝えていない。

「あの、さ」

「ん?」

ほとんど無意識に、口を開いていた。

このままでは後悔する、と心の奥底で感じたのかもしれない。

「一緒に、行かない?」

驚いたように目を見開いた君だったが、一呼吸あけて

「うん!」

と大きく頷いた。

「じゃあ、行こう」

自転車から降りると、ようやく二人は歩き出す。

君の小さな歩幅に合わせて歩くのは、中学生以来で…隣にあったはずの顔は、俺の肩よりも下の位置にある。

物理的なものだけじゃなくて、心にまで距離が出来たみたいに感じた。

「……」

「……」

無言で学校へ続く道を歩きながら、目はちらちらとお互いを見る。

話すタイミング、或いは言葉を探しているようで…おかしくって、思わず噴き出す。

「やめよう!なんか、私たちらしくないじゃん?」

「そうだな」

ほんの数センチだけ、昔の距離に近づいた気がした。

「そういえば、さ…」

「なに?」

君はもじもじと恥ずかしそうにしながら、上目遣いで俺の顔を覗き込んだ。

ドキッとしたが、目を逸らしたら想いに気づかれてしまいそうで、動かないよう我慢した。

「まだ、一緒に学校行ってた頃…だから、高一の夏前くらい、かな?」

「うん?」

「好きな人いるって、言ってたでしょ?」

「……」

「もう三年も今日で終わっちゃうけど、告白はしたの?」

「…してない」

間を空けて言うと、君は呆れたというようにため息をついた。

「なんでしないのー。後悔するよ?まだ、好きなんでしょ…?」

他人のことなのに悲しそうな声色を出す君は、二年前と変わらずに優しいままなのだろう。

「ずっと言おうか迷ってる…」

「もう、最後なんだよ…?」

「今更って、思われないかな?」

「乙女か!」

背中をぱしっと叩かれたけど、痛くはなかった。

代わりに胸が、ほんの少しずきりと痛んだ。

「今更だって、いいの!好きって言われて嬉しくない子、いないと思うよ?」

「そういうもん?」

「そういうもん!」

力強く叫ぶ君の髪が、風にさらわれてふわっと広がった。

その時、鼻腔をくすぐった大人の匂いに、君が遠くなってしまうように感じて…

「なら、言うよ」

そんな言葉を吐き出していた。

「伝える、今日。絶対に」

「うんうん、それでいいの!」

楽しそうに飛び跳ねる君は、どこまでも子供っぽくて。

けれどさっき感じたように、大人でもあって。

上手く言えないけれど、何かが確かに変わってしまう前に、伝えなきゃと思った。

「頑張れー!」

「うん」

熱い応援を隣で受け、間近に見えてきた校門に目をやりながら、俺は言った。

「だから、今日の放課後…時間、いいかな」

「え?」

「告白、したいから」

震えなかった声に、自分も少しだけれど成長していることを知った、卒業式の日のことだった。
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