婚約破棄されたのですが、どうやら真実を知らなかったのは私だけのようです

kosaka

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 なんだか寒気がする。
 ここで聞こえるはずがない声が外から聞こえた気がした。
父と母の声でもない。聞こえるはずがない、それこそ二度と聞くことはないだろうと思っていた声。
 そうこうしていると、コーネリアス公爵を押しのけ、その人物が馬車の扉の前に立った。そこには鬼のような形相の男が立っていた。


「……エルメア、私が一体何を望んでいるんだ?言ってみてくれ」
「………ア、ルベルト殿下、なぜここに」


 美しい顔を鬼のように歪め、私を見るその人。
 あの場でお別れし、人生で二度と会わないだろうと思っていた元婚約者、アルベルト殿下が目の前にいる。


「なぜ?こちらの台詞だ。なぜ国境に来た?何が目的だ?」
「……目的?国を出るのです、アルベルト殿下。あの場でお伝えしてアルベルト殿下も納得されたではありませんか。……やはり牢獄に入れてやろうとでも思われて追いかけてきたのですか?」


 自分で言っといてなんだが、さすがに牢獄は勘弁してほしい。というか何でだ。何でここにいるんだ。もう国外に出る一歩手前なのだ。どうかこのまま見逃してほしい。
 言いながらアルベルト殿下の顔を見ると、今まで見たことないような顔の歪め方をした。え、怖い。

「……もう、いい。君の考えはわかった。
 コーネリアス公爵、このままこの馬車でサーラント公爵家の馬車の場所まで戻る。私の馬は他の者に任せて連れて帰ってくれ。君は護衛を頼む」
「……かしこまりました」

 そのまま私の許可もなくドカドカと馬車に乗り込んできたと思ったらとんでもない強さで私を奥に押しやり、隣に座ってきた。コーネリアス公爵が殿下、どうか落ち着いて、と諭してくれたが、聞こえてもいないのか、そのまま私の腕を痛いほど掴んでくる。え、展開が急すぎてついていけない。


「……痛いです、殿下。離してく」
「断る。…コーネリアス公爵、扉を閉めてくれ。すぐに出発を」


 まだ言い終わってない!
 しかしアルベルト殿下の雰囲気が見たことないほどピリピリしている上に野生の猛獣のようなので、何も言えない。
 コーネリアス公爵はアルベルト殿下の言葉を受けて、馬車の扉を静かに閉めると、御者に声をかけにいった。御者も何が起きてるのかわからず、目を白黒させている。
 わかるよ、私も何が起きてるのかさっぱりだよ……。

 そうしてしばらくすると馬車は来た道を戻り始めた。ちょっと!お金払ってるの私なんだけど!
 抗議の声をあげようとしたら、コーネリアス公爵がとんでもない大きさの袋を御者に渡しているのが見えた。音からして現金だろう。……私の現在の手持ちではあれを超える額は払えない。万事休す。

 そろっと窓から外を見たらコーネリアス公爵を含めた複数の騎士団に取り囲まれていた。い、いつの間に……。
 もはや逃げ道などない。

 …私の作戦、一瞬ですべて白紙に戻ったんだが。

 そう思っていたら、先程より強い力で腕を握りこまれた。しかし、アルベルト殿下はこちらを見もしない。
 いや力強いな、腕もげそう……。

 そのまま待ってみたが一向に視線は交わらない。彼はずっと前を向いているが、先程からずっと顔が怖い。
 彼は私と会う時は常に無表情なので、ここまで怖い顔をされるのは初めてだ……あの図書館で舌打ちされた時ですら、もう少し穏やかな顔をしていた気がする。
 そんな風にジロジロ眺めていると、小さな声でアルベルト殿下が喋り始めた。


「……1年……今日までの辛抱だと、ずっと思っていた」
「え、」
「終わったら、また君と穏やかに過ごす日常が戻ってくる」
「あ、あの殿下……?」


 一人でポツポツと話し始めた殿下の言っていることがよくわからない。
 特に私の返答を求めているわけでもなさそうで、じっと前を見ながら、ただ静かに話し続ける。
 ……とりあえず腕を話してほしい。痛い。


「……この国の膿をすべて出しきり、学園を卒業して、そうすれば、君とやっと」
「あの、殿下何を仰ってるのです」
「……それを夢見て、君と距離をとって1年間過ごしてきた」
「アルベルト殿下、先程から何を」
「……私が言っておけばよかったのか?顔にすぐ出る君に?隠し事が苦手な君にか?……どうしてこうなるんだ」


 疑問系なのに私の方に顔は向かない。いや、どうしたんだアルベルト殿下。今日はすごく喋るじゃないか。
 その後無言になってしまったアルベルト殿下に、私も何も言えず、とてつもなく気まずい時間が流れ続けた。


 その間に馬車は来た道を戻ってしまい、とうとう私が馬車を乗り換えた場所まで戻ってきてしまった。
 アルベルト殿下が馬車から降り、腕を掴まれている為私も当然降りる。降りるというよりほぼ引き摺り降ろされた。
 そうこうしていると、町のはずれで別れたサーラント公爵家の馬車が近づいてきた。


「エルメアお嬢様!!ご無事で!!」


 先程町で別れた公爵家の御者が馬車を停めると、泣きながら走り寄ってきた。か、顔がびしょびしょだ……。


「お嬢様がお戻りになられず、コーネリアス公爵が来たときは何かあったのかと……!本当によかった……よかったです!!」
「……ご、めんなさい」
「いえ、いえ!謝罪など……!」


 おいおいと泣く彼に、とんでもない罪悪感が襲ってくる。そんなに心配かけていたとは。
 さすがにかわいそうになって、アルベルト殿下に掴まれている腕と反対の腕を伸ばして、シャツの袖で顔を拭いてあげた。
 ちょっと汚いけど、ごめん。そのままよりはマシだろう。ごしごし拭いてあげていると、その腕が突然叩き落とされた。


「……君、疲れているところ申し訳ないが、このまま城まで走らせてもらえるか?」


 私の腕を叩き落としたことには触れず、御者に穏やかに声をかけるアルベルト殿下。いや私に謝れ!!!
 さすがにイラッとして殿下を睨みつけるが、私を見てもいない。この野郎……。

 アルベルト殿下から声をかけられた御者の彼は恐縮した様子だったが、お任せください!と元気よく返事をして、私達から離れ、馬車に戻っていった。

 ……というか、お城に行くの……?なぜ……?

 私はアルベルト殿下に強く腕を掴まれながら歩かされ、公爵家の馬車に押し込まれる。御者の彼も殿下の乱暴な所作に思わずぎょっとしていた。
 さっきから大分乱暴だが、私は罪人か?……そうだ、罪人だった。

 そのまま、また隣に座ってくる殿下を見ながら、このままいきなりテレポートとかして国境越えられないかな、とか、睡眠スプレーでも殿下にかけて逃亡出来ないかなとか、出来もしない妄想で目の前の現実を見ないように努めた。

 はあ、これか何が起きるのかわからないが、とりあえず胃が痛い。

 そうして、公爵家の馬車に舞い戻ってきた私は、二度と行くはずもなかった城へと連行されることとなった。


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