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どれだけ続くのだろうと思われた時間は唐突に終わった。とんでもない音で殿下の私室のドアが叩かれたからである。訪問者は私の母だった。
ドアを開けた瞬間に見た母のあの顔は多分一生忘れないし、しばらく夢に見ると思う。めちゃくちゃ恐ろしかった。形容しがたい恐ろしさだった。
いつも穏やかな母のどこからその声が出ているのかという声量で怒鳴られ、私はさすがに泣いた。
母と一緒に殿下の私室までやってきた父とコーネリアス公爵は、青い顔をしたまま無言で突っ立っているだけで助けてくれなかった。こっそり見たアルベルト殿下も、そっと私から目をそらした。
おい、さっきあんなに私への愛とやらを言葉にしてきたのに助けないのか!助けてよ!!
こうして私は母から長々と怒られ、そのままアルベルト殿下と再度話をすることはないままサーラント公爵家に強制連行され、私の本当に短い逃亡旅は終わりを告げた。
家に戻ってきた私の目の前で、私が置いて行った手紙をびりびりに破かれ、もう二度と馬鹿な真似はしないで、と優しく抱きしめた母と父に、私はまた泣いた。
あれから早いもので一週間。
いや、私ゆっくり過ごしすぎじゃない?
あれから一週間、いろいろあって眠れないとか一切なく、毎日普通にぐっすり寝て、ゆっくり過してしまっている。
事件の翌日から父と母にも会えておらず、アルベルト殿下からの連絡もない。
公爵家の皆に聞いても、お忙しいようですね、としか言われない。
学園も卒業したので、することのない私は、公爵家の中で優雅に過ごしているのだ。
一週間前、もう二度と皆に髪をとかしてもらうこともないんだろうな、と思っていたのに、侍女やメイドたちに身支度を手伝ってもらっているし、もう二度と食べないんだろうなと思っていた公爵家の料理人たちの料理を普通に今日も食べている。
そして今は公爵家の庭園で一人ティータイムを楽しんでいた。
穏やかな一週間を過ごす内に、私はどんどん不安になってきていた。
あまりにも変わらない日常。あまりにも普通の公爵家一同。
誰もこの前の騒動について一切触れない。知らせもない。
これってもしかして。
「……もしかして、この前の騒動は全部夢……?」
「そんなわけないだろう。勝手に夢にするな」
ばっと振り返ると、騒動の際いろいろ暴露してくれたアルベルト殿下が軽装で立っていた。
あ、やっぱり夢じゃないよね。
「エルメアは一人で黙々と考えないでくれ。君に一人で考えさせると、とんでもないことになる」
「はは、すみません……。えっと殿下……前触れもなく今日はどうされました?というかすみません、私こんな軽装で」
「……そのままでいい。……婚約者が訪問してダメな理由はないだろう」
そういうと私の許可なく目の前に座ってきた。
許可とってよ!いいけど!!
控えていたはずの騎士達を見たが、すっと目をそらされた。全く、アルベルト殿下といえど勝手に通さないでほしい。
あと殿下はほんのり顔を赤くしながら言わないでほしい。
一週間前の騒動以来一切会っていなかったから、アルベルト殿下は私の中でまだまだ仏頂面が普通なのだ。いきなり変化されると私はついていけない。
「エルメア、その、今日も君を愛おしいと思ってる」
「……もう!いきなりなんなんですか!?脈絡なさすぎませんか!?」
「……言葉で伝えることが大事だと再認識したからな、思っていることは伝えようと」
「……こ、こわい」
「怖いとはなんだ怖いとは」
「真っ直ぐに思い伝えてくる美形怖い…」
「……それは照れてるということか?」
「いや、照れてもいるのですが……なんというか、私の許容を超えてこられると、どう反応すべきか悩むというか困るというか……」
私の言っていることがさっぱりわからないという顔をした殿下は、近くにいたメイドにお茶を頼みだした。
無言でアルベルト殿下を眺める。
うん、このとんでもない美形が私のこと好きなのか。いやとんでもないな。
殿下は私がじろじろ見ているのに気づいたのか、私をじっと見ると、またふわりと笑った。
「ああああ!!もう!!くそ!!私の心臓の脆弱さが憎い!!くそ!!」
「エルメア、口が悪いぞ」
「すみません、つい。アルベルト殿下があんまりにもかっこいいものでつい」
「……そ、そうか」
だから!照れないで!今のは私が悪いのかもしれないけど!
周りのメイドも護衛の騎士達も微笑ましい感じで見てくるのがもう、羞恥で死んでしまいそうです。
「……アルベルト殿下、そういえば例の件はどうなったのですか?拘束された二人は?」
「いきなり話を変えたな。……サーラント公爵が介入したらすぐに事が進んだよ」
「え?」
「……まあロードレイ叔父上もモーブ伯爵も、恐ろしい相手を敵にまわしたということだな。どうやったか聞きたいが、サーラント公爵が昨日、奴らの悪事の証拠をきっちりそろえて陛下に報告していたよ」
「え、だって父は調査に関わっていなかったんですよね……?」
「そのはずなんだが……。まあ私はもう出る幕がなくなって、ここにいるというわけだ」
「……最初から父に頼めばよかったのでは?」
思わず出た言葉にはっとした。
さすがに私のためにあれこれ頑張ってくれていた人にいうことではない。アルベルト殿下を見たらうつむいていた。ご、ごめんなさい。
「ご、ごめんなさい殿下。私別に変な意味で言ったわけでは」
「いや、君がそういうのも仕方ない。……まだまだ叶わないなあの方には。
そうだ、奴らへの尋問で得た情報で、薬を作成することになった。後遺症で悩まされていた国民たちにもやっと対応ができそうなんだ」
「そうなんですね!それは本当によかった…」
「しばらく後始末は続くだろうが、エルメアはもう心配しなくても大丈夫だ」
そうか、よかったよかった。……やっと大丈夫に……じゃないわ!!
「殿下!!!」
「どうした?」
「マリアベル嬢とアルマ殿はどうなったのですか?!」
私の大声にきょとんとしたあと、笑って答えてくれた。
「はは、そう言うかと思って、今日連れてきてる」
ほら、とアルベルト殿下が後ろを指さす。慌てて振り向くと、そこにはコーネリアス公爵に連れられた女性。
金色の髪をふわふわ靡かせて、美しいはちみつ色の目が私を見つめて立っていた。
ドアを開けた瞬間に見た母のあの顔は多分一生忘れないし、しばらく夢に見ると思う。めちゃくちゃ恐ろしかった。形容しがたい恐ろしさだった。
いつも穏やかな母のどこからその声が出ているのかという声量で怒鳴られ、私はさすがに泣いた。
母と一緒に殿下の私室までやってきた父とコーネリアス公爵は、青い顔をしたまま無言で突っ立っているだけで助けてくれなかった。こっそり見たアルベルト殿下も、そっと私から目をそらした。
おい、さっきあんなに私への愛とやらを言葉にしてきたのに助けないのか!助けてよ!!
こうして私は母から長々と怒られ、そのままアルベルト殿下と再度話をすることはないままサーラント公爵家に強制連行され、私の本当に短い逃亡旅は終わりを告げた。
家に戻ってきた私の目の前で、私が置いて行った手紙をびりびりに破かれ、もう二度と馬鹿な真似はしないで、と優しく抱きしめた母と父に、私はまた泣いた。
あれから早いもので一週間。
いや、私ゆっくり過ごしすぎじゃない?
あれから一週間、いろいろあって眠れないとか一切なく、毎日普通にぐっすり寝て、ゆっくり過してしまっている。
事件の翌日から父と母にも会えておらず、アルベルト殿下からの連絡もない。
公爵家の皆に聞いても、お忙しいようですね、としか言われない。
学園も卒業したので、することのない私は、公爵家の中で優雅に過ごしているのだ。
一週間前、もう二度と皆に髪をとかしてもらうこともないんだろうな、と思っていたのに、侍女やメイドたちに身支度を手伝ってもらっているし、もう二度と食べないんだろうなと思っていた公爵家の料理人たちの料理を普通に今日も食べている。
そして今は公爵家の庭園で一人ティータイムを楽しんでいた。
穏やかな一週間を過ごす内に、私はどんどん不安になってきていた。
あまりにも変わらない日常。あまりにも普通の公爵家一同。
誰もこの前の騒動について一切触れない。知らせもない。
これってもしかして。
「……もしかして、この前の騒動は全部夢……?」
「そんなわけないだろう。勝手に夢にするな」
ばっと振り返ると、騒動の際いろいろ暴露してくれたアルベルト殿下が軽装で立っていた。
あ、やっぱり夢じゃないよね。
「エルメアは一人で黙々と考えないでくれ。君に一人で考えさせると、とんでもないことになる」
「はは、すみません……。えっと殿下……前触れもなく今日はどうされました?というかすみません、私こんな軽装で」
「……そのままでいい。……婚約者が訪問してダメな理由はないだろう」
そういうと私の許可なく目の前に座ってきた。
許可とってよ!いいけど!!
控えていたはずの騎士達を見たが、すっと目をそらされた。全く、アルベルト殿下といえど勝手に通さないでほしい。
あと殿下はほんのり顔を赤くしながら言わないでほしい。
一週間前の騒動以来一切会っていなかったから、アルベルト殿下は私の中でまだまだ仏頂面が普通なのだ。いきなり変化されると私はついていけない。
「エルメア、その、今日も君を愛おしいと思ってる」
「……もう!いきなりなんなんですか!?脈絡なさすぎませんか!?」
「……言葉で伝えることが大事だと再認識したからな、思っていることは伝えようと」
「……こ、こわい」
「怖いとはなんだ怖いとは」
「真っ直ぐに思い伝えてくる美形怖い…」
「……それは照れてるということか?」
「いや、照れてもいるのですが……なんというか、私の許容を超えてこられると、どう反応すべきか悩むというか困るというか……」
私の言っていることがさっぱりわからないという顔をした殿下は、近くにいたメイドにお茶を頼みだした。
無言でアルベルト殿下を眺める。
うん、このとんでもない美形が私のこと好きなのか。いやとんでもないな。
殿下は私がじろじろ見ているのに気づいたのか、私をじっと見ると、またふわりと笑った。
「ああああ!!もう!!くそ!!私の心臓の脆弱さが憎い!!くそ!!」
「エルメア、口が悪いぞ」
「すみません、つい。アルベルト殿下があんまりにもかっこいいものでつい」
「……そ、そうか」
だから!照れないで!今のは私が悪いのかもしれないけど!
周りのメイドも護衛の騎士達も微笑ましい感じで見てくるのがもう、羞恥で死んでしまいそうです。
「……アルベルト殿下、そういえば例の件はどうなったのですか?拘束された二人は?」
「いきなり話を変えたな。……サーラント公爵が介入したらすぐに事が進んだよ」
「え?」
「……まあロードレイ叔父上もモーブ伯爵も、恐ろしい相手を敵にまわしたということだな。どうやったか聞きたいが、サーラント公爵が昨日、奴らの悪事の証拠をきっちりそろえて陛下に報告していたよ」
「え、だって父は調査に関わっていなかったんですよね……?」
「そのはずなんだが……。まあ私はもう出る幕がなくなって、ここにいるというわけだ」
「……最初から父に頼めばよかったのでは?」
思わず出た言葉にはっとした。
さすがに私のためにあれこれ頑張ってくれていた人にいうことではない。アルベルト殿下を見たらうつむいていた。ご、ごめんなさい。
「ご、ごめんなさい殿下。私別に変な意味で言ったわけでは」
「いや、君がそういうのも仕方ない。……まだまだ叶わないなあの方には。
そうだ、奴らへの尋問で得た情報で、薬を作成することになった。後遺症で悩まされていた国民たちにもやっと対応ができそうなんだ」
「そうなんですね!それは本当によかった…」
「しばらく後始末は続くだろうが、エルメアはもう心配しなくても大丈夫だ」
そうか、よかったよかった。……やっと大丈夫に……じゃないわ!!
「殿下!!!」
「どうした?」
「マリアベル嬢とアルマ殿はどうなったのですか?!」
私の大声にきょとんとしたあと、笑って答えてくれた。
「はは、そう言うかと思って、今日連れてきてる」
ほら、とアルベルト殿下が後ろを指さす。慌てて振り向くと、そこにはコーネリアス公爵に連れられた女性。
金色の髪をふわふわ靡かせて、美しいはちみつ色の目が私を見つめて立っていた。
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