鬼の乙女ゲーム世界で裏チートで生き残りたいだけなのに

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出会い

名前を失くした日

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 冷たい寒さが肌を刺し草花が雨露に濡れた日、私が転生して六年目の冬が訪れた。

「花火ー!」

「はーい!」

 弥生の呼ぶ声に元気良く返事をしながらまきを片手に駆け寄る。

「もう!また薪を集めてたの?手を怪我するから太郎に任せなさいって言ったじゃない!」

 背丈や髪が伸び少し大人っぽくなった九歳の弥生は薪を奪って床に置くなり両手を掴んで土を手拭いで拭った。

「ごめんなさい…でも、太郎お兄ちゃんはまだ寺子屋から帰って来ていないし少しでもお手伝いしたくて…」

 寺子屋には基本、六歳から通う事が出来て太郎と弥生は毎日の様に通っていた。その中でも、太郎は成績優秀で顔立ちも良いため他の女の子からモテモテで寺子屋から帰って来るのに少し時間がかかっていた。

「それでも、駄目なものは駄目!女の子なんだから怪我は絶対駄目だし、いつだって綺麗にしなきゃ!ほら、後ろ向いて?髪やってあげるから」

弥生の言う通りに後ろを向くと背中まである長い黒髪を赤い髪紐を片手に慣れた手つきで編んでいく。

「ふふふ~ん、花火は元が可愛いんだから可愛くしなきゃ駄目じゃない!」

嬉しそうに髪の毛を扱う弥生に苦笑いを浮かべる。

出会った頃と違って弥生が花火に接す態度は驚く程変化した。出会った頃から半年間は小さな事でも毛嫌いしあからさまに嫌な態度をとっていたが、半年過ぎると少しづつ罵声も無くなり優しい態度が増えていった。三年が経つ今では世話焼きの姉に成程に変化したのだった。

「よし、出来た!」

「わぁ‥!可愛いね、花火」

「太郎!?何時帰ってきたの?」

「今だよ。早く花火に会いたくてね」

入口の戸から顔を出した太郎は十歳になり弥生と同じ様に背丈も伸び大人っぽくなったが少し違うところといえば元から良かった顔立ちのイケメン度が増したくらいだろう。

「花火は今日何してたの?」

「お手伝い」

「そっか、花火は可愛くて頑張り屋さんだもんね」

そう言うと、笑顔で優しい手つきで頭を撫でた。

「聞いてよ!太郎!花火ってば頑張るのはいいけど、また薪拾いしてたんだよ!?」

「え?また?怪我するから駄目だって言っただろう?花火」

「ごめんなさい…でも、少しでも手伝いたくて…」

「花火…それでも、駄目なものは駄目だよ?小さくて可愛い手に傷でも出来たら僕が悲しいからね」

「うん…もうしない」

太郎は心配そうな表情を浮かべながら花火の手を両手で優しく包み込んだ。

太郎も出会った頃と比べたらかなり変化したよね

出会った頃の太郎は笑顔で優しい風に言いつつも内容は嫌悪感丸出しの言葉ばかり述べていたのだが、半年過ぎると少しづつ言葉も優しい言葉に変わり嘘ぽかった笑顔も本心からの笑顔へと変化していったのだった。

今では歯の浮いた台詞を軽々言うちょっと過保護な兄って感じだし

「ん?どうかした?」

「ううん、太郎お兄ちゃんは今日も格好良いね」

「っ…ありがとう」

少し照れくさそうに笑う太郎に笑みを浮かべ返すと、背後から聞き慣れた小さな男の子の声が聞こえてきた。

「お姉ちゃーん!お兄ちゃーん!」

史郎しろう!?こら!走ったら転ぶわよ!」

無我夢中で家に走って来る史郎と呼ばれた黒髪にそばかすのある三歳の男の子は弥生の怒鳴り声にピタッと足を止めるとゆっくりと歩き出した。

「ごめんなさぁい!でも、早く花火お姉ちゃんに会いたくて…」

落ち込んだ表情を見せながら家の中まで入って来た史郎は花火の前まで行くと懐から緑の風呂敷に包まれた小さな饅頭まんじゅうを取り出した。

「はい、これ!花火お姉ちゃんに」

「これ、どうしたの?」

「街に行った時にお母さんに頼んで買って貰ったんだぁ!花火お姉ちゃんに食べて欲しくて!」

史郎の純粋無垢な無邪気な笑顔に愛しい気持ちと同じくらい戸惑いの気持ちが沸いた。

気持ちは凄く嬉しいんだけど迷惑をかけない事を条件にこの家にいるようなものだから少し複雑…

史郎は花火が本当の姉じゃないと言う事を知らない。何故なら、史郎が産まれたのは花火がこの家に来て半年してからだった。その頃には、この家の人達が少しづつ変わり始めたので史郎に対して誰も花火が本当の家族ではないとは言わなかったのだ。

「ありがとう、史郎。お母さんはどこ?」

一先ず、差し出された饅頭を受け取ると一緒にいた筈のふきを探す。

「お母さんはもうすぐ来ると思う」

史郎の言葉に外を見ると大きな包みを片手にすぐそこまでふきが歩いて来ていた。

ドンッ‥

「ふぅ~、疲れたぁ…後は、下ごしらえをするだけね」

家に入るなり床に持っていた大きな包みを置き広げると中には乾物と大きなたいがあった。

「わぁ…!凄い!」

「今日はご馳走だね」

弥生と太郎は鯛を見るなり感嘆の声を上げ史郎は嬉しそうにまじまじと覗き込んだ。

「今日は花火の誕生日だからね。夜はご馳走よ」

誕生日…

誕生日と言う言葉に内心焦りの感情でいっぱいになった。

「で…でも、その前に皆で演劇を見に行くんだよね?」

話を切り替えるようにふきに話しかけると弥生が前のめりなって口を挟んだ。

「そうそう!何時行くの?早く行こっ!だって、もうず~っと楽しみで仕方がなかったんだから!」

「ふふっ、はしゃぎ過ぎよ。弥生」

「だって~、早く行きたいんだもん!」

「お父さんが帰って来たら皆で行きましょう。もうすぐ野菜が売り終わって帰って来る筈だからそれまで待っててね。私はその間に鯛の下ごしらえをしておかなくちゃ…」

「は~い…じゃあ、お母さんのお手伝いするね」

「ありがとう、弥生」

「僕は食後の甘味の為に何か山で木の実か何か探してくるよ」

っ!?

「わ、私も行く!」

太郎の言葉に慌てて手を上げて叫ぶとその場にいた全員が驚いた顔で振り返った。

「花火の誕生日なんだし、付き合わなくて大丈夫だよ」

「い、いや…その…甘い物が好きだから自分で選びたくて…駄目かな?」

何とか言葉を紡ぎながら言い返すと太郎は困った顔で笑った。

「仕方ないな、分かったよ」

「うん、ありがとう」

私は急いで部屋の中にある古びた木製の箪笥たんすから破けた黒い手拭いを取り出すと左目にあてそのまま後頭部で先を結び入口へと戻る。

「花火…もう目を隠すなんて事しなくていいって言っただろ?」

「そうよ、花火の事を悪く言う人がいたら私やお父さんが怒るから大丈夫よ」

太郎とふきが口々にそう言うとその場にいる弥生と史郎も心配そうな表情を浮かべた。

「ううん、私がそうしたいからしてるだけだよ。だから、心配しなくても大丈夫。」

私だけならまだしも他の皆まで悪く言われたくないからね…

皆の顔を見ながら笑顔で頷くと太郎が手を差し出した。

「分かった。花火がそこまで言うならもう何も言わない。だけど、無理はしないって約束。分かった?」

「うん」

「じゃあ、行こうか…」

差し出された手を握り竹籠を持って家を出ようとすると背後からふきの声がかかった。

「二人とも、あんまり奥まで行かないでね!手前までよ!分かった?」

「"はーい!!行ってきまーす!!”」

ふきの言葉に二人揃って返事をすると山沿いまで歩き出した。

 ❋

ガサガサッ…ガサガサッ…

早く採って帰らなきゃ…っ!

山の中に入るなり草木を掻き分けながら小さな木の実を竹籠に入れていると太郎が背後から声をかけた。

「花火…少しいいかな?」

「…?」

手を止めて振り返って太郎を見ると何故か真剣な面持ちで立っていた。

「ずっと花火に謝りたいと思っていたんだ。花火と初めて出会った頃に酷い言い方や態度をとってしまった事…」

「あ……」

申し訳なさそうに言葉を紡ぐ太郎に開いていた口を噤んだ。

中身が大人だからと言って蔑む言葉に決して傷つかなかったと言ったら嘘になる。だけど、初めの頃はともかく今はもう……嫌いになる理由が見つからなかった

「ごめん…花火。今までずっと言いたかったんだ…」

「太郎お兄ちゃん…私は太郎お兄ちゃんも他の皆も大好きだよ」

笑を浮かべながら太郎の右手をそっと握ると、下を向いていた太郎が顔を上げ瞳から涙が零れた。

「っ…これからは僕が花火を守るよ。何があってもずっと…僕は花火のお兄ちゃんだからね」

「うん……」

その言葉に何故か嫌な予感がしてならなかった。朝からずっと募っていた不安が強くなり心を覆って今すぐにでも家に帰らなければいけない様なそんな予感が……

ゲーム内で月華の二番目に古い記憶。月華の六歳の誕生日、ふきと六郎を含めた三人の子供達が家の中で怯えた表情で抱き合いながら月華は隅の方で自身の肩を抱きしめ身を震わせていた。その原因は目の前で刀を手にした一人の男だった。その男は月華の目の前で一人、また一人と斬っていくと真っ赤な液体が刀から零れ落ち残された月華の頬を掴み笑ったのだ。後から判明するその男の正体は、この世界の各国で転々としながらをモットーに仕事をするのリーダーであるろうという人物だった。

もし、ゲーム通りの展開になるとしたら攻略対象者やヒロインとの接触は避けられない。そして、死亡フラグが高まる…否!それだけは避けなければ!それに…‥

手を繋いだまま優しい笑みを浮かべる太郎を見つめる。

太郎…ゲーム内での月華の記憶の描写で他の家族は見向きもしなかったのにたった一人月華の前に立って守ろうとして斬られてしまった……

「花火?どうかした?」

「ううん、何でもない…そろそろ帰ろう?太郎お兄ちゃん」

「うーん…そうだね、このくらいなら足りそうだ」

太郎は竹籠の中を覗き込むと少し考えて頷いた。

「じゃあ、帰ろうか?花火」

「うん」

優しい笑顔、暖かな言葉に手の温もり…私は太郎だけじゃなくて他の家族全員を守りたい……

ガサガサ…

「ちっ…たっく、何処にいるんだよ?もう一人のガキは…」

っ…!?

出口まで来た瞬間、不意に聞こえた男の言葉に息が詰まる。

「太郎お兄ちゃん、待って!」

「どうし‥」

「しっ!」

直ぐに唇に人差し指をあてて言葉を止めるとジェスチャーで身を屈めさせて促すと小声で話しかける。

「太郎お兄ちゃん、今は外に出たら駄目!絶対に駄目だからね!声も絶対出さないで!」

「わ…分かった」

太郎は突然の事に動揺しながらも小さく頷くと、段々と近付いてくる足音に耳を澄ます。

「はぁ…全員家に居るって聞いたから楽な仕事だと思ったのによぉ…」

この感じ…この人、恐らく…‥狼だ

男の声にドクンドクンと心臓が高鳴っていくのを感じながら太郎の手をギュッと握り締める。

まさかもう、皆を…?ううん、そんなわけない…そんなわけ‥

「…花火」

「っ…」

ポツリと小さく呟かれた太郎の声に顔を向けると何かを悟ったかの様な太郎の表情にドクンドクンと心臓が跳ねる。

「…‥ごめんね」

「っ‥!?」

その瞬間、困った顔で笑った太郎は繋いでいた手を離し出口へと走った。

ガサガサッ…

「ん?何だ?このガキ」

「あの…さっきまで、何処に居たのか教えてくれますか?」

駄目…

「さっき?お前まさか…」

駄目だってば…っ!

震える体を動かし太郎が消えた出口へと走る。

ガサガサッ‥‥ブシャッ…

「うっ…」

「っ…!?」

手を伸ばした手が宙を舞い太郎が目の前で倒れ込みそれと同時に真っ赤な液体の雫が頬に飛び散った。

「あ…‥…‥」

ドクン…ドクン…

目の前でどんどん広がる真っ赤な液体に呆然とその場に崩れ落ちた。

「お…‥おにぃ‥ちゃ…ん…‥」

着物が赤く染まっていく倒れた太郎に手を伸ばしそっと触れるが微動だにせず、ただひたすらに自身の体が指先から冷たくなっていくのを感じた。

「あれ?もう一人ガキなんてあの家にいたか?」

男は真っ赤な液体が零れ落ちる刀を片手に花火の目の前へと立つと身を屈めて顔を覗き込む。

この人が太郎お兄ちゃんを…皆を…‥許さない‥っ!

「っ…‥」

「ほう…良い目をしてんじゃねぇか…」

「うっ‥」

男は頬を掴むとニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

「よし、決めた!お前は今日から俺のものだ」

男は手を離すと左目を隠す黒い手拭いに手を伸ばし瞬時にその手を払い除ける。

バシッ‥

「っ‥!?ちっ…まぁいい、直ぐにそんな態度も取れなくなるだろうよ」

男は面白そうに笑うとそのまま軽々と花火を上げ肩に担ぎ歩き出した。

あ…‥雪…‥…

不意に、ぽつりぽつりと降り出した雪に遠ざかる太郎を呆然と見つめる。

『…これからは僕が花火を守るよ。何があってもずっと…僕は花火のお兄ちゃんだからね』

お兄ちゃん…太郎お兄ちゃん…‥ごめんね、守れなくて…‥大好きだよ…ずっと……

無意識に頬から零れ落ちた雫が降り続ける雪に溶けていった…‥そして、私はその日という名前を失くした……

 ❋

ガサガサ…ガサガサ…ガサガサ…

降り続ける雪の冷たさや暗く染まっていく空の風景に、山奥を歩く狼の足音だけが響き続ける。

「お、見えてきたな」

草木を抜け空間のある草原に出て来るなりそこには複数の人間が立っていた。

「おらよっと…」

ドサッ…

担いでいた手が離され地面に落とされると狼が叫んだ。

「おい!ガキ、前に出て来い!」

すると、奥の方から一人の銀髪の少年が出て来た。少年は、綺麗な銀色の髪に右目に泣きぼくろがあり冷たさのある水晶の様な水色の瞳をしていた。
















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